鉄と月
帰ってくれない姫ふたり。なんなの?もういい加減にしてほしい。しかもまたなんか攻めてきたし。
時代がおかしいって。もうなんでもありになっちゃうから。それでも田村麻呂の家族は、地球最強、いやたぶん宇宙も。
まさに鉄の女だった。
頑固さにおいて、だれもかなうものはいなかった。
「出てけ」
「やだ」
「女子は定員一杯なの。帰れ」
「いやだ」
「ころすぞ」
「殺されるのも、出てくのもやだ」
「どうしたら出てってくれるのよ」
「田村麻呂をくれ。人質という意味で」
「あんたにやったとして、どうすんのよ」
「出雲で一族に迎えて、わたしに子を成してもらう」
「やっぱりころす」
「あのー」
「まだいたのか、ウサ耳」
「じつはおはなしが」
「こっちにはない。帰れ」
「そうもいかなくなって」
「おまえも死にたいのか」
「そうだ、帰れ」たたら姫がぼそりという。鈴鹿に睨まれる。
「あんたにいわれたくないわよ、たらりん姫」かぐやが言い返す。
「だれがたらりんだ。うすらバカみたいじゃないか、ウソ耳」たたらが怒った。
「ウソ耳じゃねえよ、ウサだろ、ボケ」
「しね、ウザ耳」
「わざとまちがうんじゃねえよ、のーたりん姫」
「もはや原型ねえじゃねえかくそゲソ耳」
「ふたりとも帰ってちょうだい」
高子が呆れた。
「いやよ」「そうよ」
「そこだけあわせんな、てめーら」鈴鹿が『血吸』を抜いた。
「あれ?」
「どうしたの、鈴鹿さん」
「いや、あたしの『血吸』が反応、しない?」
鈴鹿御前の妖刀『血吸』(ちすい)は魔の精気を吸い、妖気を放つ。人や魔物の血を吸わせると、刀身は血の色に染まり、命の焔を吹き出す。その焔に触れると、生きとし生けるもの全てが死の世界にいざなわれる。切られるだけでなく、魂まで吸い取られるのだ。
「へんね。故障?」高子は心配そうに聞いた。そこは心配するところかなと、あとで聞いた俺は思った。
「ふふふ。ふふふのふ」
「なによ、たりらん」
「ちょ、だから多々良。たたらひめっ」めっちゃ、むきになっている。
「その太刀は使えません」
「へ?なんで」
「あたしは鉄の女」
「意味がわからない」
「あたし、このたたら姫はね、全ての鉄を支配できるのよ。ばーか」
「なんだそりゃ?」
高子はともかく、鈴鹿までぶったまげてた。
「ばかはおまえだ。あたしを怒らしたな」鈴鹿はマジ怒ったみたいだ。
鈴鹿は自分の所有物に関して超固執する。自分のものには見境がなくなるのだ。それはつまり、太刀であり、俺であり、家族である。こいつは俺らを自分のものと思っているのだ。
「血は吸えないが、切ることはできる」
「ふん。どーぞ。やってみればー?」
俺がいたら絶対止めたろう。
ごちん
「いったあーーーっ、なにすんのよっ」
「あれ?ほんとに切れない?」
「ちょっと、コブできちゃったじゃないっ。あ、血もでてきた。ちょ、マジ?救急車呼んで」
「切れてないだろっ」
「ただいまー。あれ?なにやってんの?」俺はしまったと思った。なんか胸騒ぎがしてたから、俊哲がキャバクラ行こうと誘ってくれたのに、早く帰って来たのだ。胸騒ぎって、こっちね。俊哲、まだそこらへんにいるかな?
「あんた、なんなのよ、こいつ」
「どいつ?」
「この烏帽子おんなよ」
「ひさびさだな、烏帽子って聞くの。なんか新鮮」
「なに感心してんのよ。こいつが酷いのよ」
「なにいってるの、あんたがやれって言ったんじゃないのよっ」
「どこの世界になぐって頂戴って頼むバカいるのよ。マゾかあたしは?あんたはサドか」
「佐渡島かなんだか知らないが、はなしが見えないんですけど」
高子が話してくれた。我が家で唯一まともな人だ。
「えとね、おじょうちゃん」
「おじょうちゃんてなによ」
「たとえ鉄を切れなくしてもね」
「ああ?」コブが痛そうだ。
「そんなもので殴られたらふつう、痛いでしょ」
「ああ。なるほど」
ばかだ。ばかがいた。
「あのーいいでしょうか?」
ウサ耳のかぐやが恐る恐る言った。
「あ、ごめんなさい、気がつかなくて。なあに?かぐやちゃん」
高子やさしいな。唯一うちでまともな人。
「もうすこしでー、うちの人たちがー」語尾を伸ばすな、ノータリン。
「迎えに来るのね」
「ううん」
「あら、来れないの?」
「来るんだけどー、迎えに、っていうのもあるんだけどー、ちょっと違うかなー」
「歯切れが悪いな。何が言いたいのだ」俺はイライラした。
「たぶん取り返しに来ると思うの」
「なにを」
「あたしを」
「なんで」
「捕まったと思ってるから」
「誰に?」
「この魔人さんに」
「はよ帰れ」
「もう無理」
「なんで」
「武装した兵器がたくさんこっちに向かってる」
「なんでわかんの?」
「持ってるこの鏡に映ってんの。なんか調子悪かったんだけど、さっき直ったみたいで」
まあ、ほかの人間なら慌てるところだが、うちにそんなやつはいない。
「ぎゃーーーっ、みやこの空いっぱいに、なんかすんごい怖いものが出て来たっ」
いた。千手観音だ。わすれてた。
「それでなんとか連絡取れないの?」
冷静だなー、高子。うちで一番まともな人。
「むりぽ。戦闘行動中は無線封鎖されるから。これじょーしきよ」
「どうすんだよ、それじゃ」
「だから目的達成まで連絡取れないのよ。そんなこともわからないの?ばかなの」
「てめえ」
「よせ、鈴鹿。あのさ。その、目的達成って?」
「決まってるでしょ。あたしの奪還とこの星のせん滅」
「天姫っ、いるっ?」鈴鹿が大声を張り上げた。
「なに?ねえさま」天姫がスッと現れた。
「みんなを集めて」鈴鹿は殺気立っていた。
「もう集まっています」天姫はニコッと微笑んだ。目元が涼やかで美しいなー、と俺は思った。
「みなに伝えよっ。かねてよりのこと。迎撃に向かうもの、守備にあたるもの、それぞれ役目を果たせっ、おくれをとるなっ」
鈴鹿は『血吸』を握りしめ叫んだ。もう『血吸』はめらめらと赤い焔を吐き出している。
いつの間にそういうシステムがうちに構築されたのかわからないが、すでに分担は決まっているみたいだ。
「あんたはどうする?」
「え?俺?」
「どっちにする?」
「どっちって」
「攻めるか、守るか、よ」
「それ月と魔界の戦争だろ、本来」
「早い話がそうよ」
「そうか」
「あなた、家族がね、いるのよ、ここに」
「しってるよ、高子」
「なにを迷ってるの」
「いや、この世界の人間が、かかわっていいのかな、と」
高子は美しい顔を俺に向けると、キッとした目を見開いて、言った。
「ここに、みやこに、わたしたちの家族がいます。みんな大事です。それが今、踏みつけられそうになっています。みんな戦う覚悟をしています。わたしもここを死んでも守ります」
高子は涙をいっぱいためて言った。
「だからあなたも、みやこを、家族を、守ってほしいのです。いえ、みやこなんてどうでもいい。どこのだれかの戦争なんてどうでもいい。どこでだれがくたばろうと、知ったこっちゃない。家族のだれかが傷ついたら許せない。ちょっとでもかすり傷でも絶対許さないっ。わかるわね?わかったら、さあ、あなた。みなごろしにしてきなさい」
高子。うちでいちばんやさしくて、まともな人。そしていちばん怒らせたらいけない人。
俺は鷹継から太刀を受け取った。『黒漆剣』だ。いいのか、これ?
「大丈夫。あたしがいる。少しは制御できるはず」五十鈴が笑った。
「たたら姫、頼む」
「わたしも行く」
「やめとけ、うさこ。おまえの仲間だろ」
「ちがうわよ」
「え、なんで?」
「あれは自動で動く機械。人なんかじゃないわよ」
「え、なにそれ?」
「自立型重機動兵器、鐘馗。一機だけでもみやこなんか消し飛ぶわ」
「それいっぱい来てんのか」
「まあ、三十万くらい。そのくらいしか隠せなかったから」
「どこに隠してあったんだ、そんなに」
「琵琶湖の底よ」
「ばかやろう」
あやしい光をともなって、大きな船のようなものは静かに空へ浮かぶ。山々のあちこちから、逃げ出す鳥の群れが飛びだしていく。
「姫は見つかったか」
「はあ、しかしまだみやこの中心に」
「捕らわれているのか」
「少し動きがあるようです」
「姫の奪還を優先しろ」
「あーなんかちょっと変ですね」
「なんだ、どうした?」
「鐘馗の何機かが墜ちました」
「はあ?故障か?」
「いえ。撃墜されたかと」
「魔軍が来たのか?」
「えと、魔人はひとりだけのようです」
「じゃ、なんだ」
「人間みたいです」
「ばかな。やつら、われわれより二千年は文明遅れてるんだぞ。そんなやつが」
「空間振動、きます」
ひと振りで五千機以上が消えた。正確には喰われた。黒漆剣から黒い渦が出ている。虚無、があの月の兵器を捉え、またたく間に虚無へと引きずり込む。
「ひどいな。制御かかってなければこの星ごと喰われてるな」
「ふん。役に立つでしょ、あたし」たたら姫がドヤ顔で言った。
「また機体が消失。十万が消えたことになります。魔人と人間のふたりでの攻撃がこれほど」
「戦術を変えろ。そいつらにかまうな。高度を下げさせろ。手当たりしだい焼き尽くせ」
鐘馗たちは高度を下げ、みやこ中に散らばって行く。
「くそ、これじゃみやこがまきぞえになる」
「大丈夫、ミコチたちがいる」鈴鹿がさけんだ。
そこここに空洞ができている。鐘馗が吸いこまれていく。ミコチが空間に空洞を作り、鈴虫が吸いこませている。吸いこんでいる先は、どうやら富士山の火口らしい。すごいけど、嫌な予感がした。
天姫は自由に各個撃破している。ミコチの空間移送を利用して、瞬時に移動するから、動きがあまり早くない鐘馗では迎撃できないらしい。
「押されています。約半数が墜とされました」
「しかたがない。瑞馗を出す」
「あれは本国の許可なしには」
「かまわん。御影をついていかせろ」
「暗殺部隊ですよ、御影は」
「だが最強だ」
なにか動きの変わったやつが数機、出てきた。天姫が捉えられないようだ。
「あれは瑞馗。鐘馗とは戦闘能力がケタ違いです」かぐやが大声で教えてくれる。どっちの味方なんだ、あいつ。
火力が強い。防ぐのがやっとだ。要所要所は千手の結界が守っているが、長くは持たないだろう。
「きゃっ、はなせ」かぐやの声だ。
真っ黒な人影が三体と後ろに瑞馗がいた。すでにかぐやを押さえている。
天姫が飛び込んできた。瑞馗は倒したようだ。金属のようなものがバラバラと落ちていく。三体の影がかぐやを連れて行こうとしたときに、鈴鹿が立ちふさがった。
「だめ、来ないで。こいつらは」かぐやが叫ぶ。
同時に一体が鈴鹿に向かって行った。
「鈴鹿っ、離れろっ」俺はあらん限りの声で鈴鹿に叫んだ。まずい。絶対まずい。逃げろっ、鈴鹿。
光が先に、衝撃が後に、やってきた。黒い影は自爆した。
黒煙がゆっくりと風に乗り、消えていく。
鈴鹿は、落ちて行った。
真っ白になった。俺の頭のなかと心のなかが真っ白になっていた。
天姫が追っているのが、見えた。なんだろう。なんなんだろう。この感じ。ああ、そうだ、鈴鹿山の鬼、何だっけ、名前。ああ、高丸って言ったっけ。あれ、なんだろ。どうしたんだ、俺?
「田村っ、しっかりしろっ」
「え?」
「ばかやろう、なにやってんだ、しっかりしないか」スサノオがいた。
「あ、鈴鹿が」
「みてみろ、大丈夫だ」
天姫が、手を振っている。笑っているのだ。そうか、無事なんだな。
「まあ、あれだけやられたんだ。しばらくは動けないがな」
「ちょっと、どいててくれ」
「ああ、派手にやんな」スサノオはニヤリと笑った。
天地が晦冥した。
俺の力が黒漆剣の力を吸収している。たたら姫はスサノオに連れられて避難するようだ。
かぐやについていた影が一体やってくる。もう少しこっちへこい。もう少しだ。
自爆する瞬間、おれは殴っていた。その影は粉々になり、消えた。
もう一体がたじろいだ。
それがそいつの最後の動きになった。かぐやは何が起きているのかわからないようだった。目をきょとんとさせ、ただ、黒髪が揺れていた。
「鈴鹿ねえさん、だいじょうぶ?どこか痛くない?」
「テンコ、ありがとう。ちょっと痛いけど、もう大丈夫。戦えるわ」
「ごめんなさい、あたしのせいで」かぐやが泣いている。
「あんたのせいだけど、あんたが悪いんじゃないわよ。でもやつら、ぶっ殺す」鈴鹿さん、こわい。
「鈴鹿ねえさん、一緒に行くよ」
「お前らの出番はもうないぞ」
「スサノオ、何を言う。あいつらはまだあんなにいるんだぞ」
「お前の亭主が本気で怒ったんだ。もうあいつらは、おしまいだ」
天地が晦冥した。
月の兵器は動かなくなった。
「どうしたんだ?計器がはたらかない?」
「凄いエネルギーです」
「ばかな。星ごとふっとばす気か、あいつは。まあいいさ。シールドを張れ。星が砕けてもこの船は大丈夫だ」
「姫は?」
「止むをえんだろ」
「しかしそれではなんと言い訳を」
「知るか。命の方が大事だ」
男が立っていた。船の中に。
「え?」
「自分たちだけ、命が助かれば、いいのか?」田村麻呂はひとりごとのように言った。
「き、きさま、なんだ。なにものなんだっ」
「お、れは、毘、沙門」
「だれかこいつを殺せ」
船の乗員は誰も動かなかった。なんだかわからないが、もうおしまいなんだなと、思った。これは人じゃない。いや、われわれが知っているものではない。われわれは月で生まれ、宇宙を知り尽くした。はるか銀河も超えた。しかしこんなものには出会わなかった。いや、ずっと過去に、そう、始まりだ。宇宙の始まりにいたんだ。こいつは始まりなんだ。
指揮官らしい者は消えた。どこに消えたか、詮索は意味がなかった。きっと始まりに呑まれたんだ。皆がそう思った。だから考えるだけ無駄だ。つぎはわれわれの、番なのだから。
「・・・田村麻呂、とも、言う」
その男はいなくなっていた。
同時に計器は元に戻った。なにも反応しなかった。みやこに群がっていた兵器たちが消えていた。
「え?どうしたんだ」
「少なくともこの星も月も、なにもかも無事です」
「あれはなんだったんだ」
「さあ。でも、人だったじゃないですか」
「そうだな。人、だったな」
船の中のスクリーンが、手を振っているかぐやを映し出していた。
月の人間もこれを見ているだろう。
「鈴鹿、大丈夫か?」
「田村、いえ、あなた。死にそう。おぶって」
「うそつくな」
「テンコ、いいの?そんなこと言って」
「なんだ、元気そうじゃないか」
「いやいやいや。痛いから。すっごく痛いから。足とか両方折れちゃってるから」
「テンコを蹴ってるぞ」
「みゃーーっ少しは優しくしろっ」
「はいはい。お姫様だっこ。ご褒美」
「にゃ」
「テンコ何してる?」
「おんぶのご褒美」
「ミコチ、鈴虫、重い」
「いけ、屋敷まで、なるべくゆっくり」
「おのれの、いやあたしが、的な褒美はぶらさげ」
「かぐやとたたらはやめろ」
「なんでー」「どしてー」
「おねがいやめて」
帰ったら高子に殴られた。泣きながら笑ってた。
翌日、朝廷から呼び出された。
怒られた。
罰として、蝦夷討伐の副司令官に、再び任命された。
弟麻呂さんが「まあ、そんなとこでしょ」と言ってくれたらしい。
弟麻呂さんは征夷大将軍に任命された。他の三人も、また一緒だ。
鈴鹿が産気づいた。お祝いに来た朝廷と、魔界と、月の使者が鉢合わせした。みんな笑っていた。
今夜は(も)宴会だ。
どうにか宇宙の危機を救った田村麻呂ファミリー。蝦夷討伐の命も降ります。そして遂に鈴鹿に子供が。武神の子、そして魔王の孫。あれ?いいのか、人類。




