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武神、通りまーす  作者: さかなで
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ふたりの姫

蝦夷討伐の前に、なんかややこしくなってきています。ああ、また門前に人影が。

田村麻呂のよき理解者であった今は亡き、源じい。驚愕の事実も明かされる?

「こんばんはー。誰かいませんかー」


田村麻呂の屋敷の玄関先で、若武者が大声で奥に声をかけた。


「すいませっーん、だーれーかーーいないんでーすーかーっ」


もう一人が後ろからやってきたようだ。


「あ、この時間は呼んでも誰も出てこないよ。みんな晩御飯で忙しいのさ」

「あ、びっくりした。あなたはどなたですか?」

「あ、ごめん。驚かした?僕は俊哲。百済王俊哲」

「あ、そう」

「あ、そう、って。なんかこの家に用?」

なんか生意気な奴だと俊哲は思った。


「用があるから尋ねてきたんだ。用もないのに訪ねてくる奴はいないだろ」

「そ、そうね」

「きみはこの家のものか?だったら取り次いでくれ」

ものを頼む態度じゃない。しかも初対面で。しかもしかもこっちにだけ名乗らせといて、なんなんだ、こいつは。


「あ、あはは。まあ、この家は勝手に上がって、みたいなところがあるから。ついてきなよ」

「そうか。では遠慮なく」

ほんとに遠慮しないんだなー。どこの田舎もんだろ?身なりは悪くないけど、やけにでかい太刀ぶらさげてるなあ。顔立ちは、さっき暗かったんでよく見えなかったが、なんか女みたいだし。地方の貴族なのかな?

そんなことを思いながら廊下を歩いていた俊哲であった。名前くらい聞け。


大広間からにぎやかな声が聞こえる。


「こんばんはー」

「おお、俊哲。いらっしゃい」

「俊ちゃん、こんばんは。そこ座りなよ」

「あれ?おともだち?天姫ちゃーん、夕飯二人前、追加ねー」

「ねえさん、わたしが持ってくる」

「ありがとう、霧ちゃん」

「いちいち霧を発生させるな、うっとおしい」

「ごめんなさい、鈴鹿ねえさま。つい癖で」

「あのー田村」

「すいません、よく言っときます」

「おまえの後ろにも(もや)かかってんぞ」

「湯けむりシスターズに無茶言うな」

「なんだその温泉アイドルみたいなのは」

「あのー田村」

「ミコチ、おつゆよそって」

「どんぐり汁はまだある、いくらでも胃に入れろ」

「そんな汁は存在を否定される、的なあたしの味覚」

「ミコチと鈴虫、なんかキャラかぶってねえ?」

「あのー田村?」

「千手さまが僕の唐揚げ盗ったー」

「仏のパシリのくせに仏を盗人扱いすんな、鷹継。喜捨じゃ。喜べ」

「千手、大人げないぞ、ひっく」

「飲み過ぎだ、道鏡」

「その名をだすな」

「あんのーーっ、田村あああっ」


「なんだ、俊哲。飯は静かに食え」「食え」

全員に言われた。


「いやいやいや」

「いやなら帰れ」

「菓子はおいてけ」

「ちがいます。お客さんです。お客さんを、お連れしたんです」


唐揚げをもぐもぐ食っていた若武者が「え?」という顔をして箸を置いた。


「もうもはふめまふぃふぇ」

「飲み込んでからしゃべれ」

「ふぁい」


「ん、ん。おいしいー。唐揚げもう少しくれませんか」

「わたしが揚げたのだ。感謝しながら食え。ほれ」

「ありがとう。あれ?耳」

「まだいたのかかぐや。早く帰れよ」

「迎えに誰も来ん。なんか空間に異常なエネルギーがかかったので、連絡も取れんのだ」

俺とミコチは目を逸らした。


「で、誰なの?あんた」

「ふぉうふぇふぃふぁ」

「食ってからしゃべれ」

「ふぉい」


「あーおいしかった。あ、お茶くれませんか?あーすいません。まーいいお茶ですねー」


ズ、ズーと茶をすする音が、静かに広間の時間を過ぎさせていく。みやこの冬は、今年は長いかもなあ、と思わせる木枯らしが、庭の枯れ木をふるわせる。


「ちょ、何この沈黙?おかしいでしょ。なんか変でしょ」

「よせ、ちえ。ここの家はいつもこうだろ」

「わたしはもう慣れたぞ」

「あんたはなじみ過ぎなのよ。それよりもう少しまおから離れなさいよ、クルスナ」

「そう言いながらまおの膝にさりげなく手を置くな、ちえ。どこのキャバ嬢だ」

「キャバ嬢いうな。部族へ帰れマオリ族」

「ほんとににぎやかだな。みやこというところは」

「お前のせいだろ」

ちえとクルスナが客を睨んでいる。


「だからアンタはなんなのよ」

「わたしは本質の主体が無自覚をもあわせた観念性の理念原姿に」

「それはいい。それは俺が悪かった。いや、名前でいいです。ついでにご用件を」

「ああ、ならこいつのほうが先だぞ。ほらご用件を言え、俊哲とやら」

「え、僕?」

「そうだ」

「ないですよ、用件なんか」

「なに?」

「そいつは飯食いに来てるだけで、用件なんかないぞ」

「田村くん、失礼ですよ。当たってるけど」

「用件ないのに来るんだ」

客は不思議そうに俊哲を見ている。俊哲はみるみる顔を赤くした。


「みやこにはいろいろいるんだな」


「では、改めて。わたしは勢夜多多良五十鈴(せやたたらいすず)という。出雲から来た。人を捜してここに参った」

「へえ、ここに?誰を?」

「勢夜多多良源良継というひとだ。わたしの祖父である」

「源良継?だれそれ」

「とぼけるな。書状を受け取った」

古びた文を取り出した勢夜多多良五十鈴という若武者は、恭しく拝すると、それを広げた。


「昨年、父が亡くなり、書庫を整理していたら出て来た。最初、平城の方に行って、それからこっちに来た。坂上家とはここのことだろう?」


「これ源じいの字じゃないか」

「源じいと呼ばれていたのか、ここでは。そうか。ここに仕えていると書かれている。だせ」

「源じいはいない」

「なに?どこに行った?」

「もういないんだ。亡くなったんだ、先月」


俺の話を聞き終わる前に若武者はぽろぽろ涙をこぼした。


「そうか。遅かった、のだな」


俺は源じいのことを話した。


「幸せに生きたようだな」

「いや、もっと長生きして欲しかった。そうすりゃあんたにも会えたのにな」

「そうだな。わたしの手で殺せたのに」

「なんですとー?」


「墓はあるのか?あったら教えてくれないか」

「あ、あるけど、どうすんの?」

「掘り起こして骸を切り刻む」

なにをした、源じい。


「いやいやいや」

「帰らん。菓子もない」

「いやそうじゃなく、なんでそんなに源じいを恨む?」

「べつに恨んでいるわけではない」

「じゃ、なんでそんなに」

「一族の汚点をはらすのだ」


「みなさん、ここでお開きにしましょう。解散です。かいさーん」

俺はとっさに言った。危険だ。この話は聞いてはいけない気がする。


「そうなの。たいへんね。で、汚点てなんなの?」

「千手、おい千手観音。なに空気読まないで勝手な質問してんだよっ」

「あ、だって田村ー。このこ言いたそうだからー」

「聞くとね、あとあとめんどくさいの。あんたで実証済みでしょ。いいから寝なさい。ね、お願い」


「じつはな」

こいつも空気読めないやつだったんか。


遥かむかしから、こいつの一族は出雲で鉄をつくり、鉄を打ち、農具や剣を作ってきたそうだ。優れた太刀も多く作られた。そのなかにひと振りだけ、おぞましいものができてしまったそうだ。鉄の原料となる砂鉄のなかに時折入る異物。それは後に出来上がる太刀の性質を決定するのだ。

それはあってはならないものだった。ふだんは何事もないが、雷が近づいたりすると吠えるように震え、しまってある納戸の空間を歪める。そしてとうとう納戸ごと消えてしまったのだという。


「それと源じいとどういう関係が?」


一族は血眼になって全国を捜した。しかし見つからなかった。一族は出雲で鉄をつくりながら、代々その太刀を捜しまわったそうだ。源じいもその一人だったのだ。


「文にはこう書いてあります。坂上家で太刀を見つけた。おそらく捜していた太刀に間違いない。これを持ち帰り溶かし捨てれば、一族の汚点は消え去るだろう」


俺はすごーく嫌な予感がした。


「しかしこの家の若者の力は、きっとこの太刀を使いこなすことができる。だからそばで見守る。とあります」

「あ、そうなの?だれかなー、その若者って」俺は全力でとぼけることにした。


全員が俺を見ている。


「一族の汚点をさらに祖父は広げるつもりだったのです。ただの人間にその太刀を治めることなどできるはずがありません」

「ふつうの人間ならねえ」テンコ、あとでお仕置き。

「きっと祖父はその魔刀に魅入られてしまったんです。だから」

「はなしはわかった」


「え?」

「ようは、その太刀をあなたが持って帰って溶かすなり捨てるなりすればいいわけで、源じいの墓にまでそこまですることはないと思うのですよ」

「そうは参りません」

「なんで」

「一族の汚点をいまお話申し上げましたでしょう?」

「ききましたが、なにか?」

「これも汚点のうち」

「はいいい?」

「聞いた者すべてを消去しなければなりません」

「あれえ?」

「まことに申し訳ありませんが、みなさん死んでください」


あーきちゃったね。お約束なんだ、これ。地雷って最近降ってくるもんなんだ。踏むものじゃなかったんだ。


「あははははは」鈴鹿がまっ先に笑った。

「鈴鹿、失礼ですよ。この方真剣みたいですから」

「わたし一人と思っていたのですか?ばかですか?もう取り囲んでるんですよ、この屋敷は」

「知ってるわ。さっきから千人くらいがチョロチョロしてるもの」天姫が口をはさんだ。


「?」

「みんな武者のいで立ち。まあ、遠いところ、ご苦労様ですね」

八尾さんが茶をすすりながら茶菓子に手を出した。俊哲が菓子を配ってる。この点数稼ぎが。

「みなさん、女ばかりで怖くないんですか?外には精強な武者が千人いるんですよ?あ、わたしを人質とお考えなら無駄ですわ。わが一族はそんなことに躊躇しませんから」


「えと、なんできみの父上さんは知ってて最後まで誰にも言わなかったの?」

「死に際に父は言いました。坂上田村麻呂だけにはかかわるな、と。たしかにみやこでは最強とうたわれてるそうですが、いまは軍もいないじゃないですか。この屋敷にいる者、合わせたって五十人くらいでしょ。千人に襲われてはひとたまりもないはずです」

「千人ねえ」湯けむりシスターズがクスクスわらってる。


「なんなの?この余裕は。ばかなの、この家の者は。もうじき死んじゃうのよ?」

若武者は震えて言った。武者震いってやつ?


「田村くん、違うと思うよ、それ」俊哲のつっこみきた。


「わーとばっちりだ。わたし関係ないのに、なんでーなんでー。いやーっ死にたくなーい」

正常な反応してるのはかぐや姫だけだな。


「あなたどうしましょう。屋敷まわりで戦われたら、あとのお掃除がたいへんですよ。近所からも苦情来ちゃうし」

「ミコチが飛ばす。全員、アフリカあたりに」

「やめなさい。空間にまた穴開けたらかぐやさん帰れなくなっちゃうでしょ」

「鈴虫がやる。全員、溶かす、ドロドロ的な」

「気持ち悪いこと言わないで」

「テンコがやる。ぐるっと焼き尽くす」

「環境破壊じゃないか、それ」

「困ったわね」

「困ったなあ」


若武者はわけがわからなかった。いま、死に直面しているはずのこの事態に、後片付けや苦情の心配をしているのだ。


「じゃ、俺が一人で行ってくる」

「えーそれって殺さないんでしょー。つまんなーい」鈴鹿、なんてこと。

「誰が行っても殺しちゃうでしょ」

「まあ、そうだけど」

「ミコチは、殺さない。アフリカは獣の宝庫」

「結局死にますから」

「まあ、おれに任せて」


「え、千人ですよ?一人で?なんで」若武者は混乱した。

「じゃ、晩御飯の続きしましょ」

「八尾さま、晩酌でしょ」

「そうともいう」

「どうなってるの、この家っ」


玄関からスタスタと出た俺はとりあえず一番そばにいたやつに尋ねた。

「あのさ、この家のひと、皆殺しにきたの?」

「ああっ?なんだきさま。ひとりで何しに来やがった?土下座でもしに来たか」

一斉に笑い声が起きる。


「なんか笑わせてるわね」

「気の毒ねー」

「あれでお仕置き少し酷くなるね」

「明日の朝までで目を覚ませばいいけど」

「通行の邪魔よねー」

「あーまた苦情来ちゃう」

「高子ねえさま、鷹継が行きますよ。そのための元服なんだから」

「いやですよ。なんですか、その謝罪要員みたいな言い方」

「言うようになってきたんじゃない、このガキ」

「すいませんでした。行きます。行かせてください鈴鹿ねえさま」

「あのー、さっきからこの人鈴鹿って呼んでますけど?」

「あ、知ってるの、鈴鹿」

「え、と、もしかして」

「鈴鹿御前。第六天魔王のむすめ」

「みゃーーーーーーっ」

若武者は青くなった。


田村麻呂はスタスタと歩きながら武者を殴り倒して行った。


屋敷のまわりの武者たちを倒すのに、それほど時間はかからなかった。武者たちはピクリとも動かず、みやこの大路に折り重なっていた。すこし強かったかしら。


「ただいまー」

「遅かったじゃない」

「加減がわからなくて。最近たたかってなかったからなー」


若武者は震えあがった。本当にみな倒してきたのか。しかも一刻も時間はたっていないのに?


「ほら、これやるからもう帰って」

俺は『黒漆剣』を渡した。


「受け取れません」

若武者はきっぱりと言った。


「なんで。もう帰って、みなさんと。秘密は誰にもしゃべらないからさ」

ミコチと鈴虫の目が泳いだ。


「いいえ。ここにおります。いて、皆さんを見張らなければなりません。きっと祖父もそうだったにちがいありません。これからは一族の名誉のため、皆さんを監視していきたいと思います」

「いやです」

「だめです」

「もう、高子、なんか言ってやって」

「しょうがないじゃない、そういうことなら。いまさら人が一人増えてもどうってことないわよ。ね、若武者さん」

「そういう問題か」

「そういうものよ」

「いいんなら、晩御飯の続きね」

「まだ食うのか?」

「よくありません」

若武者は唐突に言った。


「なにが」

俺はきいた。たぶん聞いちゃならないことかも知れないと思いながら。


「なにか誤解をされているようなのですが」

「なんの?」

「わたしは若武者ではありません」

「じゃ、なんなの?」

「勢夜多多良五十鈴は武者ではありません。勢夜多多良家のひとり娘、五十鈴でございます。家の者はたたら姫と申しております」


我が家に再び殺気がはしった。









こうして女性関係がややこしくなって行きます。どうすんだ、田村麻呂。混乱の田村麻呂ファミリーと作者は月世界を巻き込みさらに収拾がつかなくなりそうです。

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