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武神、通りまーす  作者: さかなで
21/29

戦 -いくさー  いまだかつてない嵐

なんか朝敵ってのもうやむやになったし、犠牲もあんまりでなかったようだからいいけど、鈴鹿ってマジに怒ると怖いのね。でもさらなるバトルが?まあ、俺、武神ですから。最近あんまり戦ってないけど、武神ですから。

仕掛けたのは藤原式家の手の者。よく組織された手練れが、それぞれの任務を全うし始める。


田村麻呂たちの屋敷の周りが破壊されていくのである。巡らされる塀を壊すのではなく、要所に構えられた神体を破壊してゆく。一万の兵の中を自在に駆け抜けるさまは、見事というしかない。


一部始終を見届けた天姫と春姫は、屋敷内の者たちに素早く合図する。


「アンタんちの家来も捨てたもんじゃないわねー」

「ふだんは要人の暗殺とか気に入らない貴族をせん滅したりとか、わたしは好きじゃなかったけれど、いまは毒でもなんでも家族のために使う。おんなって怖い生き物ね」

「そういうの、嫌いじゃないわ、春ちゃん」

「テンコちゃん、出る?」

「もちろん。家はまかせたわ」

「はい。ねえさん。あんまり殺さないでね」

「うふふ」「ふふふ」


狂気の姉妹の誕生を、俺は見ずに済んだ。


結界を張り直そうと陰陽師の連中が動き出した。が、ひとり、また一人と消えてゆく。ミコチが異空間に飛ばしているのだ。陰陽師頭の山上船主が数人の陰陽師のものと抵抗している。


「ばーか」

ジト目のまだ若い娘がひたひたと歩いて来る。


「な、なんだおまえ。く、くるな」

言ったやつは消えた。


「なにをした?おまえ、ばけものかっ」

そいつも消えた。


「くそー、変な術を使うガキがいるとは、おまえのことだったのか」

「ガキちがう。あたしはミコチ。スクネの嫁。だれよりウエディングドレスが似合うおんな」

「わけわかんないこというなー。俺は陰陽師頭山上船主さまだ。お前なんぞに負けるか。しねっ」

船主が太刀を抜いて切りかかった。


「フナ虫、さよなら」


あれっ?どっかでそれ聞いたことがあるような。山上船主はそう考えながら、消えた。


都の大路に大穴が開いた。


ずどーーん、とふたたび音がした。


天姫が爆撃しているのだ。都の人の大半は避難している。藤原式家が手をまわして住民を避難させていたのだ。これだけのことを秘密裏に行える力を持つのだ。敵にしたら手ごわいだろう。しかし今回はこちらの味方らしい。そりゃそうだ。式家の大事な謀略の中枢に、こともあろうに手を付けてしまったのだから。


長岡京の入り口で田村麻呂軍と対峙していた軍は二万を残し、八万人が田村麻呂の屋敷に向かう。


それを見届けた各指揮官たちはゆっくりと前進を指示した。

矢を射かけられても平然と振り払う。槍で突かれても笑いながら止める。まして切りかかっても殴り倒されてしまう。もはや鬼神の群れだった。


「まあ、ころすなよ。御大将はこいつらもわれらとともに蝦夷討伐に行くおつもりだ。大事にしてやれ」

「あー骨折っちゃったんですけど五本くらい」

「二か月ほどで治る位にしとけ。使い物にならなくすんな」

「はーい」


田村軍将兵自身が驚いていた。もはや人間の動きではないのだ。人間の動きなど見切れてしまう。鈴鹿に鍛えられて、本当に魔軍に近くなったのだ。


「こらおもしれえ」

「ぎゃーーー」

「あ、まて、まだなんもしておらん」


しょせん寄せ集めの軍だ。数を頼りにしていたのだろう。いっせいに潰走し始めた。


「じゃ、ぼちぼち都へ」指揮官の一人が言った。

「マジ魔軍っすね」

「このくらいじゃなきゃ、蝦夷に勝てないってことだろ」


どーーん、とまた大きな音がした。


「どうなっているんだ。田村麻呂たちは全員守山峠で捕まえるはずじゃなかったのか」

青い顔をして古佐美が言った。

「まあ、何事も想定外というものがございます」墨縄がこともなげに言った。

「しかしここが襲われたら」

「大丈夫です。五千を囮にしてお屋敷に張り付かせております。われらの居場所など知れようもありません」


小さな寺に隠れていたのだ。おそらく絶対に見つからないだろう。数人の者にしか知らせていないからだ。その数人は人質のもとに監視に充てている。すぐに勅令を発し、騒ぎをおさめる。準備は整っている。あとは朝廷の主だった参議が集まればいい。これで田村麻呂も終わりだ。


「ひっひっひ」薄気味悪い笑いを墨縄はした。


「ご報告します。浜成さまのお屋敷が」

「どうした?」

「うばわれました」

「なに?」

「報告します。弟麻呂さまが何者かに連れ去られ」

「ばかもの。すぐに追えっ」

「守備の軍が追いつめられております」

「なんだと?」


侮っていた。田村麻呂を侮っていたと、いま気がつかされた。敗戦の責任を逃れるため、浅はかな知恵に得意になっていた。目が曇っていたのだ。墨縄は今更ながらそれを悔いた。だが後には引けない。


「皇后を子と一緒につるせ」

「しかしそれは」

「やれと申すのだ。やつらに吠え面かかせてやる」

「無理みたいだよ、それはね。ぼーくちゃん」


凍りついていた。辺り一面、木もなにも氷で覆われていた。


「ど、どこから?」墨縄があらん限りの声を出して言った。


「あらん。みなさんがここに連れてきてくれましたのよ」


「ば、ばかな。つけられて?」

「そっちにいるおじさま?かつがれていたようだから、むこうでお休みしてて。家の者がやさーしくしてあげるから」


紀古佐美はすべて理解した。逆らっても意味がない。もう謝るしか手立てが残っていないことを。なすすべもないことを。あいつは、どうだ?ばかが。まだ見えてない。墨縄、いままでわしの下でご苦労だった。お前はいたるところで判断ミスを犯した。それを俺は許した。俺が凡庸だったからだ。凡庸だからこそ、命が惜しい。すまぬ、墨縄。


「さらば」古佐美は小さくつぶやくと、出て行った。


「まて、相手はひとりじゃ。こんなおんなひとり」


空気が変わっていることに気がついた。時間は終わったのだ。俺のいる時間は。


「ぶってんじゃねーよ。はやくおわらしたるから、その首、だせってんだよっ」

恐怖、とはこういうことか。と消えゆく意識の中で墨縄は思った。


べしゃ。聞きなれない音を聞いたと、古佐美は思った。


表に田村麻呂が悲しそうな顔をして、立っていた。


「紀古佐美さまですね。はじめまして。田村麻呂です」

「あ、ああ」もう彼は声も出ない。

「皇后さまが、命ばかりは助けてくれと」

「は、あ」

「お屋敷まで案内しましょう。まだうちの者が暴れ足りないようです。とばっちり受けると、死んでしまいますからね。さ、走りますよー」

「ちょ、あんた」

「追いつかないとモロ、爆撃に巻き込まれちゃいますからねー。がんばれー」

「たすけてー」

「はははは」


そのあとも爆撃と不可思議な爆発が続いた。


「ミコチー。あいつらに気が済んだらやめろと言ってこい」

「むりぽ」

「もー、修栄堂のお菓子買ってきたから一緒に食べようって」

「らじゃー」


破壊はすぐに止んだ。


「まったく都の半分ぶっ飛ばして。どうしてくれんだよ」

「まあ、しょうがないわね。もしゃもしゃ」

「そうね。むにゅむにゅ」

「むぐむぐ」


「文屋」

「はい。もうすでに復興準備が」

「え?そうなの」

「はい。お言いつけ通り、使える資材はほとんど新都造営の方に。あとは張りぼてを」

「まあ手回しがいいな。さすが文屋」

「御冗談を。この機に一気に遷都の造営を進めるおつもりとは。今回の騒動は、すべて田村麻呂さまのお知恵かと、お疑いするほどです」

「まさかー」一応俺は謙遜した。

「そうよ。ダーリンがそんな頭いいわけないでしょ」

「ダーリンいうな」

「なによ」

「テンコ膝に乗るな」

「ごほうび」

「あ、ちょーーーっと、あたしもーー」

「ミコチ、背中もらう」

「おまえら、団子食いながらやめて。あー髪についちゃう。ちょ、おも」


「僕ら、がんばったよね」「ねー」見つめあう俊哲ところく。おつかれさまでした。


翌日宮中に参内した大伴弟麻呂は辞表を提出した。


これにより朝廷はパニックになった。


俺も俊哲とほかの二人の副官とともに辞表を出した。


「えー、のたりはよかったのに」俺はこの仲良しっぷりに、ちょっと照れた。

「なにいってんですか。オレなんもしてないっすよ。ぜんぜん活躍してないっす」

「まあ、のたりはしょうがないとして、わたしも今回の件は不本意であるのでね」多治比浜成がエリート面して言う。

「なーんでわしがしょうがなかと、なんばいいよる」


のたり、おまえ出身どこだ?


「まあ、いいか。なあ。どっかで飯くわね?」

「よかですな」「いいんじゃない?いい店しってるよ」「僕もいきますー」


朝廷の参議たちが追ってきた。


筆頭にあの和気清麻呂がいた。

「もー世話やかせないでよー」

「あ、その節は」

「親分がおやぶんなら、アンタらもあんたらね」

「そりゃどうも」

「褒めてねーし」しかし清麻呂はたたずまいを正した。

「まあ、お礼は言わなくっちゃね」

「はい?」

「とにかく、ヤマトを潰さないでくれて、ほんとにありがとう」

清麻呂は深々と頭を下げた。ほかの参議たちも同時にならっていた。

「ちょ、やめて」

「なに言ってんのよ。頭下げるだけでヤマト安泰なのよ。どんだけでも下げるわよ」

「怒ってないんですか?朝廷にはむかったんですよ」

「あんたこそ、いえあんたのこわーい家族こそ怒ってないの?」

「はあ、修栄堂の団子でどうにか」

「帝は大喜びよ。なにしろ無傷で皇后親子が。あとはわかるでしょ」

「式家も大喜び」

「あーヤダ。なーんか田村ちゃん、すれちゃったーぁ」

のたり、こいつころしていい?

「だめっす」のたりは俺のアイコンタクトに答えた。


「とにかく辞表の件はちょっとまってて。弟ちゃんに説得しまくりよ。もうちょーいそがしい」

どたどたと清麻呂が駆けて行く。


「やっぱ飯食いにいこう」


俺らはめんどくさいことを忘れて、飲みたかった。


「料理が美味くて酒も美味い。しかも音曲や舞もすこぶる見事な店がある」

浜成りがドヤ顔でいう。

「ほほう」のたり、息が荒いぞ。

「もちろんおなごだってたーくさんいる」

「俺はそういうの禁止だからな」お仕置きがこわい。

「まあそういうんじゃなく、文化的情操の向上だ。みやびも知らんと、貴族とは付き合えんぞ。いわばコミュニケーションツールというやつだ」

「そ、そうだな。米に蛙しょん鶴だな」


つるんとした膝小僧が、あった。


「こんばんはー。鈴虫だぞ、おれは。いやあたしは、的な。お前らをもてなしにここにいたぞーくるぞー」

「だれこれ?」

なんか可愛いんだけど、こういう仕事には絶対向いてない子がいる。日本語もおかしい。


「むむ。ちょっと接待役の変更を」早く行け、浜成。

「それはことわる蛙。もう、おなご的はわししかおらぬ」

「だってこの店は」

「くくく。まだ気がつかんのか薄らぼんくら」

「すいません、このえぼし貝のから揚げみっつと蕪菜のお浸し。あと山鳥串焼き、塩で」俊哲は大声で注文した。

「わしウーロン杯」のたり、最初はビールだろ、ふつう。


「この期に及んでまだいうか」

「まだオーダー通ってねえぞ」のたりがキレ気味だ。


「よかろう。おしえよう。わが名は鈴虫。墨縄の娘、鈴姫じゃ」


おれはチクっと心がうずいた。


ゾクッと体が反応した。これは妖気?なんで人間が?


「ふはは。驚いたか人間ども。われは妖魔。墨縄にとりつきし母の子として生まれたるこの世とあの世の使者である。恐れおののけ」


「しね」

どこからともなく剣が伸びてくると、なにかが妖魔の鈴虫に襲いかかった。


「うぬらなにもの?」

「ふ、妖魔ごときに名乗る名などない」

「あれー?(もや)さん、(おぼろ)さん、(かすみ)さん。あ、(きり)ちゃんも?何してんの?」

「いっぺんに名前明かさないでくださいっ」

「あれー」

「うほ」


それぞれこのお姉ちゃんたちに助けられたんだよね、のたり、浜成。


「やはり出たわね、この逆恨みのおつむ魍魎が」靄ちゃん意味わかんない。

「あねさま急所を」霞ちゃんはしたない。

「一発で仕留める」朧ちゃん過激っす。

「急所ってなに?」霧ちゃん、それはもう少し大人になってから。

「霞、朧、霧、この靄ねえさんのだんなさまのために、死力をつくしなさい」


「あー、いまなんと?」

「外野はだまっとれ」

「え、俺外野?なんか中心にいたような気がすんですけど」

「あ、いえ、いま内野安打だから。そっち飛んでないから」

「なんのはなし。こよし」

ビシッと空気がはぜた。どっちもダメージを受けているようだ。


「おまえらなんなんだ。なぜ邪魔をする。これは死んだ母さんとの約束なんだ。そしたらあたいの意思になったんだ。ころすころすころす。じゃまするやつは殺せと母さんが言った。あたしは田村麻呂の嫁にならなきゃならないんだーーーーっ」

暴風のように妖気が吹き荒れた。


「?」


ちょっと整理してみよう。


墨縄わるいひと=とりついた妖魔―→子の鈴虫―→なんで俺?


あ、やっぱわかんない。


「ふざけんな。嫁になりたきゃ順番だ、後ろに並べっ」靄ねえさん、なんですか、それ。

「くそっ順番があったのか。そうか」


おい?なにあきらめてんだ?


妖魔はがっくりと首を垂れて霧姫の前に座った。


「ちょっと、後ろでしょ?」霧ちゃん怖い顔やめて。

「あ、はい」

なに素直に従ってんの?妖魔でしょ?あんた。


「田村麻呂さま、一応騒ぎを収めました。なにとぞご安心を」

「えと、靄さん。よく話の展開がわからないんだけど」

「不束者ですが、どうぞよろしく」

「よろしく」「よろしくでっす」「おねがいします」「よろしくしてやれ」


おまえら戦争また起こす気なのか?


三日三晩、淀川のほとりに火花が上がった。長岡京の人々は復興の慰めに朝廷が行ったイベントと思っていた。


それは女同士の熱い戦い。人間の湯けむりシスターズはよく戦った。しかし相手は人外。勝てるわけがない。だが鈴虫という妖魔。もの凄い妖気の力なのだ。天姫と互角に戦える。おどろいた。

なぜか鈴虫は湯けむりシスターズを助け、絶妙なコンビネーションをかけてくる。交差する火花が美しい。おんなが燃焼しているのだ。美しくないわけがない。


「おまえは行かなくていいのか?」

「ミコチはだれが嫁でも揺るがない。ミコチはミコチ。スクネはスクネ」飴をなめながらさらっと言った。

「ミコチ、ふたりでどっかだれもいないとこで暮らそうか」

「それはだめ。ミコチはもう家族。あいつらも家族。一緒にいる。場所じゃないけど。心はいる」

「俺がいなくなったらどうする」

「そうしたらミコチはおまえを、スクネをさがす。たとえ何百億年かかろうと、その何億倍の空間を尋ねても、必ず見つける」

「こえーよ」

「恋は狂気のはしくれ。愛は狂気の真実。どのみちスクネに逃げ場はない」

「なんかおまえまともなこと言えるのね」

「八尾の母さんに教わった」

「あんのばばあーーーーっ」


道鏡の、いや八尾の切れ長の美しい目が笑っている、そんな気がした。




田村麻呂の家族をもう一つのテーマに物語を作っていたら、家族が中心の物語になって来てしまいました。しかもバトルフィールドがこれほど似合う女たち。蝦夷との対決は、どうなるんでしょう。

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