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武神、通りまーす  作者: さかなで
19/29

戦 -いくさー  来たい人だけ来ればいいよ

なんか罠にはまったような田村麻呂一行ですが、本人も鈴鹿も平気な様子。

人集め金集めのまえに、こんなミッションがあったんです。しかし予想外な展開が。またアンタの武器ですか。坂上家に伝わる武具ってどんだけなんですか。

「五百だな」

「えっ?」

「五百本」

「なんですか、それっ」

「矢の数」

「五百十七本よ」

「数えてんのか、ふたりともっ」俊哲は驚きあきれたが、すぐに顔色を変えた。

「逃げ場がないですっ。遮蔽物がなにもない」

「そりゃそうだ。野っぱらの真ん中だもん」

「見りゃわかるわよ」

「どうしてあんたらは落ち着いていられるんですっ?」

「俊哲、うるさい。文屋を見習え」

文屋は緊張はしているが、恐れてはいないようだ。

「なんでーっ」

俊哲は頭を押さえ、地面に突っ伏した。


「どっちがやる?」

「たまにはあたしにやらせて」

「どぞ」

もう、余裕だなーこの夫婦。と文屋は思った。


「ちゃっ」

飛んでくる矢がすべて瞬時に燃え尽きた。矢じりさえ残らない。


「なに今のちゃっ、っていうの」

「なんか技の名前考えて言おうとしたら舌噛んだ」

「なんかもったいなかったですね」文屋は冷静に言った。

「あーそーだよー。ちゃんと止めればまだ使えたのにー」

「早く言ってよ、そういうことは」

「少しは考えろよ脳筋むすめ」

「あんたこそ考えてなかったでしょ額に肉」

「あーそれいっちゃいけないんだぞ」

「ちょっとヤメテ」文屋が周りを見回して言った。

武装した兵士が千近くいる。もう囲まれているのだ。


「ちょっと、俊哲。起きろよ。面白そうだぞ」

頭を抱えていた俊哲が起き上がって見ると、大勢の武装兵が立っているのが見えた。のぶせりなんかの野盗の群れなんかではなく、れっきとした正規兵のようだ。


「なんでしょうか、あいつら。ここら辺の氏族にしては数が多いですね」

冷静さを取り戻した俊哲は、これでもいくつもの修羅場を田村麻呂とくぐりぬけてきたつわものだ。このくらいではビビらない。


「やる気はあるみたいですが、やつら太刀は抜いてませんね」

「様子見って、とこか」

「なんの様子見かしらね」

「いまにわかるさ」


やがてうっすらと霧が出て、徐々に辺りを覆っていく。そして次第にそれは濃くなって周りがほとんど見えなくなってきていた。


きらっと光る(やいば)が四本、霧の中を動くのが見えた。


「来たよ。鈴鹿は後ろの小さいのを。ころすな」

「あんなのを?」

「俊哲たちじゃころされるよ」

「ま、しょうがないわね。あんたは三人?」

「せっかくだから、あいさつをね」

「酔狂ね」

「知り合いみたいだからね」

「つけてきてたしね。もしかしてあんたの浮気相手なら、あんたごところすけど」

「もうかんにんしてください、それいうの」

「はやくやっちゃって」

ぽかーんと俊哲と文屋が立っている。


「ぎゃっ」

小さい方が倒されたようだ。

「?」

影が三体、揺らいだ。

「心配しないで。気絶しただけ。ふふ。可愛いわ。食べちゃおかしら」

「ーーーっ」


影のようなものは交差しながらこっちに向かって来る。


「太刀が二つと薙刀か。長いのはやっかいだな」

三つの刃をかわすと、田村麻呂はようやく太刀の柄を握った。


「しょうがないなー。今回は家からこれ持ってきちゃったけど、なんかしゃべるのかなー。いやだなー」

俺は恐る恐る太刀を抜いた。抜いた時、周りの温度が急激に乱高下した。

「えーと、だれかいますかー?おるすですかー」とりあえず太刀に声をかけた。

「?」

影が戸惑っているようだ。


空間が変だ。全てがゆがんできた。太刀に空間の映像がくっついてくるように、ネバネバとまとわりつく。なんなのだ。これ、ヤバくね?


黒漆剣(くろうるしのつるぎ)。坂上家でもこの剣だけはだれも持たなかった。もてば何があるかわからなかったからだ。しかし、いまわかった。これは鈴鹿の『血吸』(ちすい)よりはるかに危険だと言うことを。


田村麻呂を中心に、黒い渦巻のようなものが徐々に大きくなっていく。


「くっ、あねうえ、おそろしいっ」

「ひるむな。こけおどしじゃ」

「姿が見えないわれらが有利。わたしが切りこむ。あねうえっ、(かすみ)っ、あとにまいれ」

「あ、まて(おぼろ)っ」


きん、と音がして影の剣が折れた。いや、切られたのだ。


ある日、スサノオがこの剣を見たとき、こう言った。

「これは空の果て、空の始まりに出来た。巨大な星の死骸がぶつかり合って生まれたもの。目に見えぬほど小さくあの空にある陽より重い。それは空を彷徨い、やがてそれも死を迎えるときが来た。何億の月日が経ったとき偶然拾われた砂鉄の中にそのかけらが混じっていた。それは打たれやがて剣となった。死して力を失ったとはいえ、まだ少しの力を残していた。星を壊すくらいの」


俺はただの神話だと思っていた。しかしこの剣を目の当たりにすると、それはただのおとぎ話ではない気がした。


現代で言う寿命の尽きかけた「ストレンジレット」がこの正体。現実に存在したらヤバい。


切られた剣はあっという間に蒸発した。

薙刀が襲ってきた。剣で払うと、それも瞬時に蒸発して消えた。


蒸発に見えた。だが違う。俺は見た。こいつは喰ったのだ。正確には感染した。こいつは触れるすべての物質をおのれと同等の虚無へといざない連鎖させる、選択さえしない究極の無常、本質的な暗黒の末路。死、さえ飲み込む。


「なによこれ」

「ねえさん、まわりが」

「息ができないっ」


空気が振動している。いや、共鳴している。


黒い渦がまわりを、いや世界を飲み込もうと高らかに吠えているようだった。混沌へと導く破滅の歓喜。物を構成する微細なものに与えられた自由。時間さえも飲み込む貪欲な重力。あらゆる凶悪が圧縮され昇華する崩壊のにぎやかな虚無。有と無との相克。もう直ぐ終わる。なにもかも。いや、終わりさえも終わる。


「剣を収めて下さいっ。お願いです」


もうひとつの影が剣を放り投げ、ひれ伏した。

「お願いします。もうやめてください」


俺もちょっとヤバい気がして剣を鞘に収めた。


「あー、やっぱり湯煙シスターズか」

俺がこともなげにそう言うのを、姉妹たちは震えながら聞いていた。


「何なんですか」


あー、長女だっけ?(もや)ってよばれてるひとだったっけ。俺は思い出した。思い出すのにちょっと時間がかかったのは、マジこの太刀にビビってたからだ。


「なんですかそれ。なにいってんですか。湯けむりシスターズって何ですか?じゃなかった、なんなんですかあれは。ひとの持つ物ですか」

「人のものにケチをつけてはいけません」

「わけわかりません。ばかなんですか」

「ちょ、ヒドイ」


「あ、あのー、あなた。お話し中、失礼ですけどちょっといいかしら?」

鈴鹿がなにか丁寧な口調で俺に話しかけるんだけど。気持ち悪いんですけど。


「みなさんビビっちゃって、大量に失神者もいて、あ、俊哲さんも文屋さんもですけど、どうしましょう」

「ほっとけば。さて、帰ろうかな~」


俺が一番ビビってるんだ。はやくこの剣をどこかに捨てなければ。


「あなた、だめです」

鈴鹿は俺を見透かしたように言った。


「さっき、見ました。もう少しで星が、いえこの次元が終わるところでした。いったいどんな力を使ったらそうなるんですか?あなた魔王より魔王なんですけど。いえ、神も仏もなにも突き抜けちゃってますけど。そんなもの野っぱらに捨てるなんて、考えただけで恐ろしいんですけど」

「いや、俺は別に」これって俺のせいなの?


「お話し中すいません。(もや)です。お久しぶりです。もう許してもらえませんでしょうか」

「申し訳ありませんでした。(おぼろ)です」

「ごめんなさい。(かすみ)です」

(きり)ちゃんはあっちで失神してるのか。


三人はたっていられないようで、へなへなと座り込んでいた。


「地獄の蓋が開いたようでした」靄さんがか細い声で言った。

「あれで地獄が残ってたらね」鈴鹿さん。

「あのーこちらはもしかして」

「あ、鈴鹿だよ。鈴鹿御前」

「ひぃぃぃぃっ」引く三姉妹。

鈴鹿、なにをした?


「よろしくね。って、どこかで会った?」鈴鹿に思い当たることはないみたいだ。

「あ、以前、あなたを討伐に行ってこてんぱんに」

「へー、鈴鹿にころされなかったんだ」俺は純粋に驚いた。

「あたし女はころさないわよ。ころすのは男だけ」しれっと鈴鹿は言いやがった。

おとこになにがあったーっ?


「じゃ、そういうことで」俺はめんどくさいのは苦手だから、とりあえずこの場からいなくなるのがベストなんじゃね?


「じゃ、って、ちょっとまってください」

「なによ」

「いや、わけとか聞かなくていいんですか?ふつう聞きますよね。なんでこんなことした、とか」

「いいよべつに」

「いやよくないでしょ。矢撃ち込まれたでしょ。千人の兵が取り囲んだでしょ。あたしらがおそいかかったでしょ?」

「あーそりゃさ、いまはそれほどでもないけど、前はしょっちゅだったからなー。魔物とかもっといたし。慣れってこわいよね」

「慣れちゃってるんですか?この異常事態、慣れちゃってるんですか?」

「たとえばご飯のとき、前はあぐらかいてたんだけど、みんなから行儀悪いって言われて正座させられて。最初はつらかったけど、いまは平気、というくらい慣れた」

「千人の兵が正座レベルなんですか?頭おかしいんですか」

「失礼な」

「あねうえ、もうやめて」

「じゃ俺は行きます。さようなら」

「千人、蝦夷討伐軍に入ります」

「え?」


朧がとんでもないことを言った。


倒れていた兵も起き出し、みなどこかへ引き上げていった。へこへこお辞儀を忘れなかった。

あとに十人ほどが残っていた。


「こんなところではなんですから、あちらに席がございます。そちらへ」靄が促す。

俊哲も文屋も起きたようだが、わけがわからないらしい。


いつのまにか天幕が張られ、中に入ると床几がいくつか並んでいた。

四人が座るのと同時に十人の武士が進み出た。


「われわれはこの伊賀の各地で、民草をまとめそれぞれ耕し砦を築き武を鍛えしにございます。その数合わせて千。先ほどのもののふどもでございます」

「これはわが大伴が旧所領。いずれも大伴に縁故のある者。みな坂上さまのお力を見、御大将として申し分なきとここに集いました」靄が言った。


そうか、大伴の縁者たちだったか。ころさないでよかった。


「御大将。ぜひともわれらを東征軍に」

「御大将。われらも蝦夷討伐に」

「及ばずながら、われら姉妹もお加えください」


「あなた」

「田村麻呂どの」

うちの連中は喜んでいる。しかし問題があるのだ。これは今回最大の難問。


「あー、願ったりなんですけど、ひとついいですか?」

「なんでしょう?」靄が代表して聞くようだ。


「今回の討伐軍は、勝っても褒美は出ない。ましてや負けたらそれまでだ。ふつう人はぜったいそんなのに参加しません。も、はっきりいってばかです。敵は恐ろしく強い。向こうに行ったら食べるものもないかもしれない。知らない土地でコンビニもない。そんなとこに行くヤツの気が知れない」


十武将が互いに顔を見合わせ、そして笑いながら答えた。

「御大将が行かれるのなら、われら、よろこんで」


「こまっちゃったな」

「もういいじゃない。来たい人だけ来れば」

鈴鹿はさらっと言った。



ここは薬草の宝庫と言っていい。ここで何年も暮らして、全ての草木を知りたい。心からそう思った。

ちえが時折珍しそうに地面からなにか摘まみ上げている。おおかたそれは鹿のフンなどであるが、教えると「ギャッ」っと反応した。超面白い。


「まおーっ、こっちになんか珍しい草、生えてるよー」

「おーそうか。いま行く、ちえ」わくわくが止まらねえ。

「ちょっと、はやくー。鹿に食べられちゃいそうよ」

「マジか。ちょっと、ラッシー、追っ払っちゃって」

「ワン」


巨大な白い犬が駆けていく。ものすごい早さだ。鹿は慌てて逃げるが追いつかれて倒れてしまったようだ。

「まおー。なんか鹿がピクピクしてるけど」

「ワゥ?」犬がそばで尻尾を振っている。


「あちゃー、犬に驚いてビックリして死んじゃったみたいだ。悪いことしたなー」俺はちょっと悔いた。

「あー、まお、ひどーい」

「僕じゃありませんよ。ラッシーがやったんですからね」

「犬のせいにしてる」

「ジト目で見ないでください」

「ラッシーってなに?」

「犬の名前」

「ちょ、勝手につけていいの?」

「呼んで、来たからいいかなと」

「飼い主に怒られるわよ」

「ワフッ」ラッシーが嬉しそうに吠えた。


「はっはっは。そうか鹿をな」

「どうした」

「ああ、モレか。まおが鹿を捕まえた」

「僕じゃなくラッシーです」

「ラッシー?」

「あ、勝手に名前付けました」

「ほう。『セタ』にか。それで?呼んで、来たのか」

「はい」

「はっはっは。お前の監視にとおもったが、間違いだったようだ」

「いいえ、かれは優れた監視者です。この域外に出ようとしたら、恐らく噛み殺されたでしょう」

「まあ、そうだな。とにかく今日は御馳走だ。お前らもあとでこい」

「いいんですか」

「都の話でも聞かせろ」

「もう、アテルイったら」

モレが怒っていたが、怒った顔はものすごく美しく見えた。



もののふが隊を組む。長弓を持ったものが先頭らしい。あと長槍、薙刀が続く。

あれから各部隊より人選があって、百名近くが俺の旅についてくることになった。


「いやだよー。こんなについてこられちゃ、好き勝手できないじゃん」

俺は必死に訴えた。


「この先、これほどの兵がおりましたら交渉相手も侮らないかと。ぜひお連れください」朧ほか十武将は必死に食い下がる。

「御大将。わがままより、お役目優先で」

ぴしゃりと文屋に言われた。お母さんみたいになってきたぞ。


「もう。ダラダラ遅かったりしたら置いていきますよ」

もうしょうがないか。


こののち、いちばんダラダラしているのは俺だと判明した。置いていかれそうに何度もなった。


こうして東海道各地に見参して助力を請う。伊賀の件はすぐに知れ渡っていたらしい。最終的に三万の兵が集まってしまった。


でもどうやってこいつら食わせんだ?

たとえばひとり米三合弱食って年に十斗。三万の兵なら年に三万石、つまり七万五千俵の米がいることになる。現代の重さで言えば約4,500トンになる。


「あたしがまとめて面倒見るわ」


鈴鹿はそう言ってくれたが、俺は手放しでは喜べない。兵は普段、地場では畑を耕すなど生産に従事している。しかし離れて戦に専従すれば単なる非生産的消費者である。たとえいくさがなくても駐屯するだけで、そうなってしまう。しかもそれだけの消費に充てる食料の確保が問題なのだ。

近隣から食料を調達すると、物価が上がる。そして庶民は困窮するのだ。


俺は考えた末、当面兵を新都造営にあて、あわせて訓練や都の警備をしていくことにした。造営、警備、訓練、休暇とローテーションを組み、朝廷からの造営費と警備費を当てる。それはこの軍に造営費と警備費という収入と徴兵先からの補助を加えてようやく維持できる水準だが、その原本は食料と貨幣だ。食料は軍にただ消費されるだけだが、地域経済にとってこの軍が落とす金、いわゆる貨幣がもたらす経済効果は計り知れない。


「五万は欲しいとこですね」文屋が言った。

「いや、来春の出兵にはこれが限度だ。訓練に訓練を重ねてギリギリなのだ」

「それほど敵が強いので?」

「強い。だが、負けたくない」

「これほどのつわものなれば、多少の犠牲はあっても勝てましょう」

「犠牲は出したくない」

「しかしいくさ場です。何があるか」

「文屋。俺は敵味方の犠牲は出したくない、と言っているのだ」


文屋は黙った。

この人を理解しているつもりだった。だが、底抜けに明るい笑顔の向こうに深い考えがあり、そして驚くほど気の毒な現実があると今気がついた。彼はそれをいつも乗り越えていく。ひとり?いや鈴鹿さまや天姫さま、ご家族、俊哲さま、道鏡さま、みんなで、である。彼がひとりで向かうなら、俺はいらないだろう。しかしこのひとは俺に示してくれる。あなたの道を。俺もその道を。


「そういうことであれば、いろいろ作戦が必要ですね」

文屋は無上の完悦に浸っていることを、そんな進言で主に伝えた。





ストレンジレットはアップ、ダウン、ストレンジというクォーク三種の結束状態。中性子星とブラックホール、または他の中性子星が衝突した時発生する最悪のエネルギー変換触媒。もしストレンジレットが地球のどこかたった一つの原子と衝突したとき、それはエネルギーを放出しながらストレンジ物質へと変わり、連鎖的に次々に感染する。やがて地球は理論上、ちいさくて熱い火の玉になる、らしいです。こわ。

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