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武神、通りまーす  作者: さかなで
17/29

戦 ーいくさー  征東将軍 弟麻呂(おとまろ)

ついに蝦夷討伐の内示を受けた田村麻呂は、坂上家から参加する人選をはじめた。が、あいかわらずの坂上家。すんなり決まるはずがありません。さらに討伐軍の将軍、弟麻呂におよばれの田村麻呂。意外な危機が迫っていました。

坂上家はいつものようにもめていた。


蝦夷(えみし)討伐にあたり、だれが田村麻呂と一緒に行くかを話し合う席で、全員が行くと言い出したからだ。


「なりません」「いけません」「ゆるしません」「だめ」


最初に高子が行くと宣言したが、高子は身重でありそんなところに連れて行けるはずがない。これは全員一致で否決された。高子は身重になった体をゆがめ、すこし悔しそうにしている。まあ、しょうがない。これもわが一族のためだ。俺もやることはちゃんとやってるのだ。ぐっ?ミコチが俺の腹を突いた。


次に鈴鹿御前が立候補したが、これは全員不承ぶしょう認めた。鈴鹿ひとりでも勝てるんじゃないか。ついでに義理の父になった鈴鹿の父、第六天の魔王が参加すると言ったが、これはさすがに俺が断った。


「なんでよー。わしもスーちゃんと戦いたいのにー」

「魔王のあんたが加わった時点で戦いが地球侵略になりますから。朝廷軍が魔軍になっちゃいますから」

「ばかな。あっという間に世界征服できるのに。征服した後で何とでも理屈なんかつけられるぞ」

「げほがほごほ」


せき込みながら千手観音が怖い目で睨んでいた。あんたまだいたの?


「世界征服後の戦後経営なんてこの国の朝廷になんかできません。却下、です」

困ったお義父さんだ。


「あねさまには負けません」「負けない」

天姫とミコチが名乗りをあげる。順当ではあるが、俺は反対した。


「俺は、お前たちは連れて行かない」

「何でよ」「なんで」

「もう、お前らお年頃なんだ。嫁入り前の娘が、戦場(いくさば)に立つなんておかしいだろ」

「年頃ってなによ。鈴鹿姉さまだってそのお年頃に兄さまと戦ってんでしょ」「でしょ」

「それは別の話だ。嫁のもらいてがなくなる、そういうはなしだ、これは」

「じゃ、問題ないじゃない」「問題ない」


ミコチがかぶせてくる。ウザい。


「問題、大ありだろっ」

「テンコは兄さまの嫁になると決めていますから、問題ないはずです」「ミコチも問題ない」


こいつら公の場でついに嫁入り発言しやがった。


「嫁ってなによ。俺らは兄妹なんだから、ね。後世、そういう風俗習慣があったって思われたくないから。そういうこと言ってると、おまわりさんに連れてかれますよ」

「あたしは松尾丸と血なんかつながってないもん」「スクネとは血がちがう」

「俺の幼名だすな、おまえら。とにかく嫁もいくさも却下」


「いいじゃねえか、行きたいってんなら」

スサノオが突然言い出した。


「天姫は戦力的には過大すぎるぐれーだし、毒にもつええ。ミコチは後方との距離をなくしてくれるだろ?こいつぁすげえぞ。負傷した兵はすぐ手当を受けられるし、兵站(へいたん)も困難さがなくなる。増援も瞬時に出せるなんざ、もう負ける気がしない。ついでに嫁にもらってやれば、なんでも言うこと聞きそうだから世界征服も夢じゃない」

「なんでお前らは世界征服にこだわるんだ」

魔王はぐっと親指を立てていた。


「いつのまにスサノオを手なずけてたんだおまえら。しょうがねーなー」

「やった、嫁だ」「ミコチ、ウエディングドレス着る」

「おいまてそっちじゃないっ」

俺の静止をよそにはしゃぎまくる天姫とミコチ。もはやだれも止められない。いや、止めない?


「はかりやがったな」


道鏡、いや八尾は笑っている。やはりこいつか。


よく考えてみれば、魔王が世界征服とか言い出したのがおかしいのだ。魔王は仏の力に抑えられている。人類滅亡ぐらいはできるが、生かして従わせることはムリだ。できもしないことを言ったのだ。そしてすかさず同じことを言いだしたスサノオのワードに囚われてしまった。巧妙な言葉の罠だ。


天姫とミコチが小躍りしながら八尾にVサインを送っている。仏教界の頂点だったおまえが魔王と組んでいいのか?


「なかなか愉快な評議ですな」

ニコニコと楽しそうにしているのは巨勢野足(こせののたり)だ。名前どおり巨漢で強そうだが、澄んだ目をしている根の優しそうな武人で、今回俺と同じ副司令官職で同道する。


討伐において、俺は戦略上の意思統一を徹底するため、ほかの三人の同職と徹底的に話し合った。謀略知略を作戦の主眼とする多治比浜成。武力をもっての制圧を主眼とする巨勢野足。もっぱら懐柔をもっての平定を目指す百済王俊哲。この三人を含めた俺との意見が一致しなければ、強力な蝦夷の軍には到底勝てないと俺は思っている。

スサノオとイザナミ、イザナギのファミリーが俺の部下数十名とともに現地に潜入し、逐一情報を上げてきている。報告によると、かれらは優秀な狩猟民族であるとともに、同一の神を信仰することで根源的な意思統一をはかるいわゆる統制社会ができあがっていて、それが東北各地に散らばっていたのだ。


唐にならって複雑な官位制度と褒賞主義、そして律令により臣民を統制するシステムは、巨大な人民と他民族を抱える唐であってこそ機能するが、国力が少ない我が国の、しかもひともいないところに組み込むのはいささか過大であった。


「貴族が増えすぎて領地が足りなくなったから、蝦夷の土地を取り上げようなんてな」

野足はずけずけと言い放った。

「その貴族のおかげで飯が食えたり家族を養うことができる。蝦夷に礼を言わねばな」

浜成は貴族だが、付き合ってみるとすこぶる誠実で、友思いだった。ただ天来の秀逸さで傲岸不遜のところがあるので友達は少ない。皮肉をユーモアと誤解している。

「だから我々のように聖皇さまにお仕えして、ともにこの国の発展に尽くせば」

俊哲は相変わらず理想家だ。


「俺はたたかいは好かん。戦うことじゃなくて、殺しあうことが、だ。何も生まれない。だがわれわれは朝廷に従わなければならない。それが役目だ。この戦争、たしかに領地もだが、主義思想の対立でもある。律令を拠り所と考える人間と、自然を神に統合した信仰思想を持つ民とは相いれない。しかもそこに仏教思想が絡んでくる。鎮撫安寧を標榜しその地や民草に根をおろす。貴族も民心も、朝廷をも動かすその覇道の先こそ蝦夷の土地だ」

「つまり仏教者と自然信仰教徒の戦い。宗教戦争だな」

俺の意見に浜成が続けた。


「だから当然衝突は避けられない。小さな部族の懐柔ならどうにかできるだろうが、主力とはおおいくさになる」

これが今のところわれわれの一致するところであった。


「ないわー」「無茶です」「ありえん」「マジか」


気がつくと春駒が立ち上がっていた。


「なぜですか?わたしがいくさに出るのはいけないのですか?」

「だって女じゃん」

「鈴鹿さまも天姫さまもミコチさまも女です」


えー、そのまえに人間じゃないとおもうぞ。


「そういうんじゃなく、おまえは高子と一緒でふつうの人間だ。いくさはムリだ」

「じゃ、八尾さまは?人間でしょ」


ふつうじゃないけどね。


「わたしは保護者でついていく。芋掘りの遠足とおなじじゃ」


「よくわかんないですけど、そんなのずるいです」

「いくさばに女子供はじゃまなだけじゃ」

「わたしだって藤原の娘です。薙刀のひとつも振れます。矢も百歩の距離なら外しません。雑兵の百人くらいなら目をつぶっても倒せます」


ついに本性をあらわしましたね。藤原式家、こわいわ。


「相手する敵は動かぬ巻き藁ではない。まして烏合でもない。れっきとした訓練された兵なのだ」


ついに俺が口を開く。

「もういい。ありがとう春駒」

「春子です」

「あ、ああそうです春子さん。いえ、だからこそこの家を守って欲しいのだ。出仕する兄は家を守れない。春子が高子と幼い弟や妹を守ってやらなければ、どうする?都では相変わらず早良の怨霊が出没し、野盗も多く入り込んでいる。俺らの留守を預けられるのはおまえだけなんだ」


「わたしはみなさんと違って、田村さまをお助けしたり、お守りしたり、まして一緒に戦ったことなどありません。みなさんが羨ましい。なんとかわたしも田村さまの家族になりたい。その一心はかわりません」

「もうわかった」

八尾は優しく言った。

「心配せんでももうお前は家族じゃ。坂上田村麻呂の立派な嫁じゃ。だから田村が留守の間、しっかりおまえが田村の家を守る。これに勝るものはない」


「わかりました。きっとこの家を、高子さまやご弟妹みなさまをお守りします」

春子は唇をかみしめて言った。


余談だが、こののち田村麻呂出征中、都にでた盗賊二十人余りの首科を春子はあげている。都ではさすが坂上の春姫さまと人々が賞賛した。さらに朝廷からかなりの絹織物をもらったらしく、それで高子や弟妹の服を作ったと自慢気に文をよこした。あと百くらい首をとったらみんなの服も新調できますとも書いてあった。藤原式家のむすめ、こわっ。


わが陣容は決まった。


俺に八尾の方、鈴鹿御前、天姫、ミコチ、ころく、スサノオ、だ。イザナギ、イザナミ呪われペアは現地で情報収集、樽海は連絡役。ほかに俺の副官の文屋大原が私兵四十人をまとめる。


翌日、文屋をともない都の中心まで出かける。


古風な作りの屋敷が見えた。ここらあたりは比較的造営が新しいのだが、ここだけは閑寂としていた。

「田村麻呂でございます」


「ああ、ようきた。ささ、あがれ」


屋敷の主が直接迎えに出るとは、気さくなのか変っているのか。おおよそ高位の貴族のふるまいではない。


奥に通されると、すでに遠征に加わる三人も来ていた。


「さて、あらためて。大伴弟麻呂(おおとものおとまろ)です。みなさんのことはよく知っています。今度の蝦夷討伐の軍にこれほど心強い方々がいてくれるのは、まことにありがたいことです」


すぐに奥から酒肴が運ばれてきた。膳を運ぶ家中の者の中に、とりわけ美しい娘が二人おり、かいがいしく支度をはじめる。よく見るとそっくりだ。双子、らしい。


「そこのおなごはわが娘。次女の『朧』(おぼろ)、三女の『霞』(かすみ)と申す。お見知りおきください」

「はあ」

四人はあいまいな返事をかえした。あまりにも美人過ぎて返答に困ったのだ。控えにいた俺たちのおつき連中も同様な反応だった。とくに野足がモジモジしている。可愛いやつだ。笑える。


「朧です」右目の下に小さなほくろがあった。

「霞、です」左目の下にやはり小さなほくろがあった。見分けやすいかも。

「どもー」男どもはついバカっぽい返事をしてしまう。


「わたしも最近都に着いたばかりで、内政のことにもうとく、人事に関してもほとんど名だけで見知ったものもおりませんゆえ、お役目もいろいろ難儀すると思いますが、よろしく補佐の程お願い申す」

物腰柔らかく、自身のことも謙遜もせず正直に話しているようだ。


「さあ、あいさつはすんだ。あとは宴じゃ。むすめどもの舞などお目汚しになれどお披露目いたそう。さ、はじめよ」


つ、と場に十五、六のむすめが鼓を持ち座ると、ぺこんと頭を下げた。

「四女の霧です」鼓を打ち、謡いはじめた。美しい声だった。それにしても姉妹揃ってつかみどころのない名だな。おおかた長女は(もや)という名前だな。女中の注がれるままに盃に酒を満たすと、そのまま少しずつすする。いい酒だ。


大伴弟麻呂。先の大伴家持など早良親王の事件で連座し処断された一族であるのに、地方にいたので無関係とされた。また、第一次東征軍として出兵したが兵站の責任者として直接戦には関わらず、敗戦の責任もとらされなかった。和気清麻呂が、やつは運がいいと言っていたのを思い出した。


そんなことを考えていると、舞が始まったらしく、ふたりのむすめが袖より進み出てきた。白装束に烏帽子を被り、半面ををつけている。変わった面で、ひとりは泣いているような目、もうひとりは笑っているような目が彫られていた。面から下は白い顔に赤い唇がむすび、奇妙な美しさ、いや狂気に似た感情が流れ出ているようだった。

ちょっと怪しい気がしてきた。あまりにも美しすぎるのだ。俺は矢立から筆を出し魔よけの文字を手に書いた。


ふたりは舞いながら剣を抜くと、あざやかに振り、また流した。あれ、本物じゃないか?


間違いなく本物の剣だった。空気が切り裂かれる。やがてふたりが近づくと、俺の目の前で舞い始めた。

剣筋が俺に触れるか触れない見きりで通って行く。ふたりの口元が笑っている。

やがて謡が終わる間際、そして舞の終わる間際に俺は誰の目にも見えない早さで、面の笑っている目のほうの剣の先に盃を置いた。


「ごちそうさまでした。いろいろ面白いものも見せていただいた。帰ってみなにものがたってやりましょう。さて、ではまた」

俺は帰ろうと立ち上がった。ヤバいとこには居たくない。早く帰った方が、いいに決まってる。


「おまちください」「おまちください」

「やだ」

「え?あっ?あの、ちょっと」

「え?あねうえ、田村さまなんか怒ってる気が」

「怒ってねえし」

「え?だけど、あ、ちょっと。ちょっとまってください」

「いや普通なら、なんですかとか理由聞いたり」

「いやべつにいいです」

「え、なんで」「そこは知りたいとこでしょ」

「とくには」

「おねがい待って」「すいませんお時間とらせませんから」

どっかで聞いたセリフだ。


「もー早くね。犬の散歩しなけりゃならないんだから」

「犬なんて飼ってらしたんですか?」

「え?飼ってますよ。テンコっていうんですよ」

「あねうえ、はやく言いなっ」

「ちょーっと、頭の整理がつかないのよ」

「おまえたち、やめなさい」


やっと黒幕が出てきた。


「へーーっくしょいっ」

「大丈夫?天姫」

「うん、大丈夫。だれかうわさしてんのかな」

「鼻水でてるよ」

「うん。あにうえ、遅いね」

「また浮気してる?」

「こんどは殺そうね、ミコチ」

「うん」


俺は少し寒気がし、身震いした。


「さきほどのご無礼、申し訳なく、このとおり謝ります」

弟麻呂とふたりのむすめが平伏した。


「いやなかなかの余興でした。謝るなどととんでもない。わたしこそ武骨者ゆえ雅を知らず、まことに失礼しました」

俺はとくに怒ってないふりをし、大物アピールをしておいた。


「じつは武門の誉れも高き田村さまのお力を見たいと、むすめたちが申すもので、いやわたくしもそれはぜひにも見たい気持ちで、あい図ってしまいました」

「剣の先の盃には驚きました」

「あれであねうえはまったく動けなくなりました」

「朧も霞もまだまだね」

女中がいきなりしゃべってきた。

「霞の剣に田村さまがいたずらを」

「えっ?」

三女の霞が自分の剣の刀身を見ると、墨で「不覚」と書いてあった。

「なんで?いつのまに?」

「田村さまがご自分の手に書いた文字を剣に移したのよ」

「あねさまは見えたの?」

「少しだけ。ほとんど残像ね」

あねさまとよばれた女中が振り返ると俺にお辞儀をした。


「はじめまして。長女の『靄』(もや)です」


俺はきょうはじめて驚いた。








弟麻呂のむすめ、四人姉妹の登場で、蝦夷討伐のまえにひと波乱がありそうです。蝦夷にもなにか進展がありそうで、目が離せなくなりそうです。

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