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武神、通りまーす  作者: さかなで
13/29

青年立つ  遷都 その三

怨霊となった早良親王は亡くなった田村麻呂の兄、広人の体をさらい、空に消えていった。取り戻そうと躍起になる田村麻呂だったが、行方は判らずじまいだった。なんとか怨霊の行方を突き止めようとする田村麻呂。だがちょっと息抜きも必要なんじゃないかなと、思う田村麻呂。青春真っ盛りである。

深夜。家人はすべて寝ている。俺は物音を立てぬように、そっと炊事場の裏の木戸を開けた。


「なにしてんのよ」

「ひっ」


「びっくりさせんなよ、鈴鹿。えと、コ、コンビニだよ。ちょっと喉が渇いちゃって」

「どこの世界に鎧具足着けてコンビニに行くバカがいるのよ」

「ま、まあホラ、最近は牛車もスピード出すし、野盗の群れもヒャッハーしてるし」

「フーン。最近は牛も野党も怨霊にビビって、この長岡の都には入りたがらないんだけど」

「そ、そうか?へーぶっそうなんだなー」

「いいから来なさい」


「やっぱりだわ」

広間に連れていかれると、高子を筆頭に天姫、ミコチ、道鏡、樽海、スサノオ、千手、そしてころくがいた。

なんで千手がまだいる?


「え?みんななにしてんの」

「いいから座りなさい」

「はい」

「やっぱり一人で行こうとしてたわ」


ばれていた。嫁ふたりに相手にしてもらえない夫はどうする?そりゃ、夜のネオン、快楽の都、いわゆる歓楽街へ行くのが普通だろ?鎧着てりゃまさか、という作戦だったが、ガチャガチャとうるさかったのだな。


「いや、そもそも一人で行くだろう、普通」

「水臭いこと言わないでよ、なんのための家族よ」

「え?道鏡とか家族ちゃうし」

「むっ」道鏡が睨んだ。

「とにかくあなた一人に行かせるわけにはまいりません」

「なんで」

「危険だからです。そんなこともわからないの?ばかなの」

「そんなに危険じゃないような、ちゃーんと選べばいいような気がするのですが」

「何を選ぶのよ」

「いやだから」

「とにかく行くならわたしたちもお供します」

「えーー?そういうとこに連れてくのは、どうかと」

「心配してくれるのはありがたいんですけど、わたしたち、みんなでもう決めたんです」


高子がぴしゃっと言い放った。


あんなとこにみんなで行って、どうするのだろう?俺的にはミニスカートから出ている膝をなでなでしながら酒を飲みたいなーと。日ごろ満たされないささやかな欲求をちょーっと満たしたいなーと思っただけなのに。


「お前の気持ちはわかる」道鏡が諭すように言った。


え?わかっちゃったの?バレてるの?わかられちゃったの、俺の気持ち?ヤバイ。超ヤバイ。俺は女たちの顔を見回した。


「あにさま」「あなた」「スクネ」ミコチまだそれいう。


「みんな、ごめん。このたいへんなとき、俺、なにやってんだろ」


俺は手をついて謝った。ザ・土下座だ。

俺だって男だ。エッチな気持ちになることだってある。しかしいまはみんながシッカリまとまらきゃならないときなのに、俺ってやつは。こんどはもう少し作戦を立てて、たとえば俊哲のとこにお泊りする振りとか。いやミコチがついてきそうだし。あいつんとこ菓子いっぱいあるからな。夜間戦闘訓練となると鈴鹿や天姫が参加すると言い出すだろうし。歌の会、だと高子が連れてけとうるさいか。法人税滞納の摘発と強制執行という手はこないだ使ったばかりだし。寺にこもるとか言い出せばさすがにみんな遠慮するが、道鏡はわが意を得たりとばかりに一晩中付き合ってくるだろう。しかしその立派な胸の張り出しが、若い男の仏道修行のどんだけ妨げになってるのか、本人知っているのか?あーもう、あとはペットの捜索しか残ってないな。猫、犬はダメだな。サルとかダイオウグソクムシとか女子に人気のないヤツじゃなきゃ。(注:ダイオウグソクムシは深海の生物で、女子には意外と人気です。キモ可愛いとか)


「謝っているわりには悪い顔してるぞ」道鏡がつっこむ。

「いや、あは、あははは」


「だけど俺も男だ。たぎるときもある。仕方のないことだ。いや、うちの女たちを責める気はない。それは本能みたいなもので、目の前になんだろ、えーとこうムニュムニュしたぷりぷりしたそういうものが、白いワンピの短い裾から、またはぴったりした肩袖の隙間からチラチラと。そういうのを見て俺の燃え盛る炎を鎮め退治するにはどうすればいいかと」


「つまりひとりで悪霊を討ちに行こうと」道鏡はぴしゃりと言った。


「え、ええ、えーー?えー、そ、そう、です?あ、いやそうです、そうなんです」

「???」


オイオイオイ。困るよキミぃ。そういうことね。あ、そういうことなんだ。紛らわしい。なによ、謝って損したわ。


「とにかく田村の兄、広人をさらった怨霊が白いワンピのムニュムニュであり、それを討つのがおまえの望みならば、それでわれらがともに()って戦うことはおかしくはあるまい」


白いワンピと戦うこと自体おかしいです、道鏡さん。


「でも、みんなの気持ちはわかる。だがヤツの霊力はハンパじゃない。これは壮絶な戦いになる。そんなことにみんなを巻き込みたくない。わかるか。お前らは俺の大切な家族なんだ。誰一人、失いたくない。だから今回は俺一人に行かせて、あいや任せてくれ」


半分は本気だった。あと半分は邪な考え。


「バカね、あんた。それであたしらが引くとでも思ってるの?いい加減、甘ちゃんね」

「鈴鹿?」

「いいわよ。死んでらっしゃい、ご自由に。でも、あたしたちも自由にさせてもらうわ。あんたが死ぬならあたしたちも死ぬ。あんたが生きるならあたしたちも生きる。戦う理由なんてどうでもいいわ。どう?文句ある?」


「お前の負けだ、田村」道鏡が肩に手を置いた。温かい手だった。


「でも田村くん、ホントはキャバクラとかに行こうとしてたりして」

千手、普段はバカなくせになんでこーゆーときは感がいいんだ?


「やあね千手さまったら」

「まさかー」

「あははは」

「おほほほ」

普段バカでよかった。


作戦会議と称してスサノオと樽海と俺は離れの小部屋に移った。ころくは傍で寝ている。

「失敗だな」

スサノオは呆れたように言った。


「冷静さを欠いていた。いつものお前なら、怨霊?なにそれー、楽勝なんすけど。え、ついてくるの?マジでー、スプラッタっぽくなるよー、もうゲロゲロ。そんでも来るのー、いいよー、にゃはにゃは。とか言って余裕かますのにな」

「最初、コソ泥のように捕まったのが大きな敗因ですな」樽海がしたり顔で言う。


長岡京洛中、けっこう外れに最近できた店、『出会い茶屋 バルハラ』。そこの新人に「春駒」という壮絶美人、目はぱっちりと出るとこは出て引っ込むとこは引っ込むという、たとえ草食男子だろうと瞬く間にティラノサウルスに変えてしまう神秘の姿の女の子、それが俺のお気に入りなのだ。


「あ、としちゃん、やっと来てくれたん?もう」

春駒の、本当に心からでたような笑顔に、宮中のいやな仕事も忘れられた。

だが、俺の(あざな)をなぜ彼女は知っていたのだろう。


「やん、俊哲ちゃんから聞いたー」

春駒は俊哲に聞いたと言った。最初にこの店に連れてきてくれたのが俊哲だった。


だが、彼女のツルっとした膝小僧に、全てどうでもいいと思わされた。


「っまそれはさておき、怨霊の居場所だが」

「うん、それはこのまえ鈴鹿が霊力探知で捜索して、ちょっとでもめぼしいところは天姫が絨毯爆撃を敢行したんだが」

「おもわしい結果は出ない、か」

スサノオは腕を組み、考え込んだ。


最近は俺のブレーンとして、また諜報機関のトップとして俺の力になってくれている。蝦夷の情報収集、分析などはもっぱら彼の仕事だ。


「そうなれば、神居処(かみいどころ)を拠点にしている可能性が高いですね」樽海はそう分析した。


妖怪や魑魅魍魎の気配は鈴鹿や天姫、ほかに俺や道鏡でも察知できる。しかし神域はできない。善神だろうが邪神だろうがひとに祀られた神は等しく不可侵であり、言い換えれば神さえもそれを犯すことはできないのだ。


ちなみに鈴鹿は魔人といっても瀬織津姫という古代神・禍津日神まがつひのかみという神の化身である。『まがつひ』は本気出せば人類滅亡などたやすいのだ。それでも神域には相互に干渉できない。システム上、それぞれ独立したサーバーとでも言えばいいだろう。


「ふうむ、神居処か。神域をうまく隠れ蓑に使っているのか。さすが天才の兄さんらしいな」

「なにを褒めている」

「失敬」

「さすれば長岡京を含め辺り周辺の関連施設ともなれば、すごい数になります」

「そうだな。山中の祠まで入れると、もはや無数、だな」

「ひとつひとつ潰していったら何年かかるか」

「帝が祟り殺されるほうが早い」

「打つ手なし、か」

「そうでもないさ」

俺は少しだけ心当たりがあった。


「ただ、どこからくるのか。その方向さえわかれば場所は絞れると思う」

「それは任せろ。考えがある」

スサノオはそのイケメンに切れ長の目を光らせ、ニヒルにつぶやいた。なんかムカつく。


翌日、長岡京全体を見渡せる場所に櫓がつくられた。丸太と板で簡単に作られたものだが、最上部にあの『大悲の弓』が設置されている。


「なんですか、これは」樽海が怪訝そうにスサノオに尋ねた。

「ああ、親父やおふくろが抜けても霊力はこの弓に備わっているからな。こいつの目は千里の先まで見通せる。こいつの弦は微細な霊波をも感じ取ることができる。だが最大の特徴は、こいつが発する神力の波は、神羅万象あらゆるものを感知し捉える、というところにある。いかに巧妙にステルスをかけてきても、こいつからは逃れられん」

「イージス・アショアみたいなもんだな」

「なんですか、それ」

「知らん」


「どら、設置はすんだか」

「けっこう地味ね。もっとこう派手派手じゃないと気分のらないわ」

「派手なのはお前だけにしておけよ、このエロババア」

「なに言ってんのよ、地味すぎて踏みそうになったわ、このマイナー日本書紀」

「やめてふたりとも」

イザナギ・イザナミさん、どうしてあんたらはいつもいつも。


「まあ、オペレーターはわしらに任せておけ。どんな些細な変化も知らせる」

「なんなら衛星とばして地球の裏側まで網羅できるわ。どこから来ても感知できるから、心配しないでね」

根はいい人たちなんだよなー。


「ではお願いします」


怪異は神出鬼没だった。あるときは都の東、ある時は西と場所を変え時間を変え現れた。被害は人心の錯乱が主だったが、次第に都中の人々が怖れ、病んだ。

しかも間が悪いことに疫病が流行りだし、しかもそれは疱瘡、いわゆる天然痘といわれる質の悪いもので死者も多く出ていた。水利を得、衛生的に理想の環境だった長岡京も、感染力の強い病魔にはまったくの無力さを露呈した。

さらに不運は続いた。遷都から数か月、連続して起こる地震、豪雨、それに伴う山崩れ、異常気象は飢饉をもたらし餓死者は増え続けた。


人心は乱れた。


「櫓の精度がイマイチだとイザナギペアから申し出があって、ミコチが空間と時間の補正を行い、今は三次元的方向性と時間振動の分析で探知は究極にまで高まった。それにおいて宮中秘蔵の『京』は、演算においてなかなかの役割を示してくれた」

「なんでも『京』は、次期はさらに能力を高められると」

「ああ、二番ではだめだからな。なにごとも」


「みな集まったか」

俺は大広間を見渡した。


左右に百済王俊哲、立烏帽子。文屋大原が鎧を身にまとい平伏している。そしてすべての家族、郎党がいた。


「では役割を伝える」道鏡は張りのある、透き通った声で告げる。


「高子ひめ、ミコチひめはこの屋敷の守り。兵三十名をつける。親父殿と石津麻呂殿は指揮を。樽海、お前もここの守りじゃ」

「は」

「戦に出れぬ者たちは、みな高子の言うことを聞くのじゃぞ」

「はい」

一斉に幼い弟や妹たち、そして家人たちが答えた。

「高子、頼む」

道鏡が一礼する。


「次は直接遭遇する部隊じゃ。櫓の探知によって、おおまかな出現傾向が算出できる。それに沿って動いてくれ。犠牲は少なからず出るだろうが、みな心せ。差配はわたしが。以下、大原など兵五十名」

「ははっ」小気味よく大原が返事を返した。嬉しくてしょうがないらしい。なんせずいぶん平和に明け暮れて、たまに起きる戦闘も野党相手じゃ物足りなかったのだ。


「よし、次は伏兵として俊哲、兵二十とともに我らに後続せよ」

「はい。わたしも兵を八十人ほど連れております。田村どの直参の兵には到底及びませんが、微力ながらでもお使いください」

「うむ、心強い」

「俺は鈴鹿と」

「そうだ。最後はお前らだ」

「ころく、絵図を」

「はい」


ころくは大広間の中央に大きな絵図面を広げた。


「ころくに調べさせた長岡京一帯のやま桜の分布じゃ」

「ここら辺が毎年見頃です」

ころくが指さした。

「そしてアケビも多く自生しています」

「そうか」

俺はなんだか悲しい気持ちを堪えられずにいた。

「あなた」

高子がそんな俺を救ってくれた。


今夜怨霊が出れば自ずと潜伏場所が判明するだろう。イザナギ・イザナミ元夫婦ペアは最大限の探知能力を発揮させ、出現の機会を探っている。


「おのおのご油断めされるな」

道鏡が、久しぶりに、そう言った。


兵の一人が駆けて広間に入ってきた。

「櫓から合図です。出現は西方三里」

「西山かっ」

古い墳墓が、ある。






ついに怨霊との戦いが始まる。敵は早良親王の悪霊だけではない。天才、兄の広人が死して立ちふさがっているのだ。田村麻呂一族にはたして勝機はあるのか?

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