古代日本て、ファンタジー?
古代日本。戦乱、異常気象、疫病、物の怪。ファンタジー要素満載のかつてあった歴史。現代目線で、おもしろおかしく紐解いたら、異世界譚となんら変わらない。そのなかでとくに異彩を放つ超人、坂上田村麻呂。どこが名字でどれが名前かわからない謎の男に、時代が振り回される。
平城京は魑魅魍魎いろいろと出てますが、まあ平常運転です
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鬼が出た。
家人が慌てたように屋敷の門代わりの板戸をくぐりぬけて叫んだ。
「お、鬼めが五条七坊のあ、荒れ寺に住みついておじゃ げふっ」言い終わらないうちに粗末な着物をはだけ胸を掻きむしり倒れたじじいが、泡を口から飛ばしながら庭で太刀の稽古をしていた兄者と俺のところに転がってきた。
「や、権じい、なにごとにて仕分け立てる」(なにがあったんだ権じい)兄様はキリっとした目元を動かさず、鷹揚に問いかける。
普段は声もかからぬ兄者の直々の声がかりとあって、地面にめり込むように顔面を押し付けたじじいは、泣きながら見聞きしてきたことを伝えた。
「さては出でました妖狗、さも鬼人の類かとな。成敗はせんなきにあらずばいぶしかるや」
「兄い、意味わかんねぇ」
現代で言う奈良時代末期、奈良のあたりにあった首都「平城京」。都、とはいえぶっちゃけ度重なる政変や飢饉、外交問題と国内の不穏な動き。もはやにっちもさっちもいかない閉塞感に、みな疲れ果てていた。
とは言っても一部の貴族は肥え太り、庶民の怨嗟の声は響けどもこの国を司り安んじるべき聖皇(この国の始祖の末裔)ですら宮の普請・造営にかかりきる有り様だった。
「松尾丸はせんなきかな」
兄者は何事もなかったようにぷいと踵を返すと、さっさと母屋のほうに行ってしまった。
「逃げたな」
さっきまで兄者の太刀を受けていた細い松の枝で、汗で痒くなった背中を掻きながら俺は呟いた。
「ぷっ」じじいがすかさず反応する。
『権じい』は家人といっても雑用とか下働きをしている薄汚れた老人で、乞食同然の――いや乞食はまだましな人種でそれ以下の、もはや屍人に近い有様なのを親父が見つけて、なんの因果か下働きとして使っている。
「坊は、はぁはぁ、見境がごじゃらるによって、ごっ、権じいはもう気が気では」
心配するくらいなら教えなければいいのだろうに、権じいはいつも俺に一番に教えようとする。
兄様や、他のこまっしゃくれたご兄弟よりも、松尾丸さまだけがこの権じいの目にとまったお方なのです――
かさぶたのように固まった目ヤニの奥のよどんだ瞳をうるませて、権じいはいつも誰もいないところで俺に言った。権じい・・過去に何があったか一切話さない爺さんだが、親父と俺には常に従順なのだ。そして俺をいつだってかばってくれる。鬱陶しいと思うことはいつもだが、真剣な権じいの態度になにか酸っぱいものが喉に入ったような気がしてしまい、もうどうでもいいやと思うことにしている。
十二になったばかりでろくな鍛錬もしてこなかったが、もう弓や剣の腕前は兄様をはるかに超えていたし、弟たちも相手にはならなかった。それがまた権じいの確信になったようだし、俺もとくに悪い気はしなかったので放っておいた。近所の悪ガキどももずいぶん前に締めておいたし、横行する野盗を一人で捉まえて右京職(治安当局)に放り込んだことも権じいはいつも自分のことのように喜び、そして感心していた。
「若さまなれば、もののけも易くお隠しなされば誉れとなりましょうな」
権じいは迷いなく言い放った。オイオイ。
「須佐之男の生まれし変わりの御台なれば、よろしくお出ませられるが吉兆かと」
誰だよスサノオって。俺は十歳過ぎたばかりのいたいけな少年なんだぞ。そんな人肉を平気でボリボリ食いそうな名前のヤツの生まれ変わりって、なんかどういうセンスしてんだよ。
ただ、俺は生まれつき髪は黄色く――というより金糸のようで、瞳は秋の蒼天のような色ともあっていろいろ気味悪がられたが、洛中には遠い異国からやってきた姿かたちも様々な人たちが大勢いたりして、そしてとくに俺の家は渡来人の家系でもあり、ちょっとは偉いらしい親父の御威光もあって、それほどひどい目にはあわなかった。そんな俺を権じいは「須佐之男の生まれ変わりであじゃりょう」と容姿からの憐憫というより、自身の辛い生い立ちのなかから贔屓につながっているのが、ガキの俺でも痛いほどわかるのでもう笑っているしかなかった。
「えー・・めんどくさいなー。そんなの右衛士府(治安維持部隊的なとこ)かなんかに通報すればいいのにー。だいたい鬼なんて人間の領分超えてるし―、むーり―」
「鬼こそ若が退治ていただくが本末。このこと他のものにいかが務まりましょうや。常々若が退治なさる妖のごとく見事討ち取ってご家門の誉れとなりませや」
じじいは引かねえ。
「障魔や物の怪みたいにゴミみたいな魍魎と違って『鬼』ってほら、別格じゃん? でぇ、俺も今、次期遣唐使っての?狙っててホラ、勉強中だし。そゆのは兄貴とか親父に言って何とかしてもらって」
「クックック。主さま・・その魔物とはそこはかに弱そうで、わが得たところ大した妖気も感じませぬ。いっそ退治てしまわれてもよろしかろうと」
またよけいなこと言うヤツが。
去年洛中の高僧に化けて都を大いに騒がせた迷惑化け狐。退治したとき、どうか命ばかりはとプルプル震えながら懇願するんで、まあいつでも殺せるからと許してやったら途端になつきやがった妖狐『テンコ』。おまえどこにいたんだよ。
「主さまのおそばはいつもおもしゅろうございますな。クックック」
俺の髪の色と同じ、金色の体毛をふさふさとなびかせて、気がつくと隣にちょこんと座ってやがる。
「これはおキツネ様もご同意めさるる。よきお使いの報せゆえ、一太刀とってお出ましくださいませ」
「俺が子供とか、一切考慮ないのね、君ら。俺だって殴られりゃ泣く年齢なんですけど。どういう過度な期待抱いちゃってんの」とりあえず口に出してみた。
「プクククーっ、なに言ってんの主さま。衛士五人飲み込んだ大ガエルをとっと退治して、聖皇さまの御前で半分消化した衛士を吐き出させたツワモノが」
キツネ、それで親父にどつかれ後宮には出入り禁止になったんだよ。てめーが「被害状況を報告でーす」とか言い出して吐き出させた骸のありさまに、聖皇さま腰抜かしたんじゃねーか。
「よきおはたらきでおじゃいましたな」
じじいてめーもか。
都の門は夕刻、閉められる。とはいうものの、どこも壁みたいのはあるがスッカスカで、立派なのは南側なのだが立派な城壁、とは程遠い。いうなれば誰でも好きな時に出入りできちゃう。野盗だろうが夜盗だろうが入り放題出放題。そんなんで常駐百五十人程度の衛士が見回っても、どうにもなるもんじゃない。まあ貴族や有力寺院なんかは自前の警護兵を雇ってるから問題はないんだろうが、困るのはいつも庶民であって押し込まれて殺されるのは日常茶飯事なのだ。それに加え、魑魅魍魎の類、怨霊や生霊、はてはもうゾンビみたいのまで跋扈するから、人心は病みおまけに天然痘とか疫病とかはやるだけはやるので、もはや神仏にすがるしかない。
俺には祖先から受け継ぎそなわったチカラがあると思う。先祖が渡来人だったということも関係しているのか俺の風体から色濃く滲みだし、さらに歳を重ねるごとに強くなっていく。それは体から発する炎のようなもので、拳や太刀に乗じさせることで恐ろしいほどのエネルギーを放出させる。そしてその炎は俺を守り、さらに自在に形を変え攻撃する。例えば壁の向こうだとか高い矢倉の上だとか水の中でさえ力は届くのだ。
普通、常識的に考えればそういう力があると知られただけで、恐れられたり忌み嫌われたりするのだが、親父は「まあ、そういうこともあるんだろ」ぐらいにしか思ってないようだし、兄や他の兄弟たちもとくに関心がないようだ。いいのか、それで。まあ、普段から妖怪だのなんだのがわらわらいるぶっそうなご時世なのだ。自分の身の安全こそ大事で、他のことはどうでもよくなってるのも確かだけどね。
「ええと、まあいいや。とにかく行けばいいんでしょ、行けば」
なかば投げやりな態度でじじいの言った方向に向かう。
「若、太刀をお忘れでもうしてごじゃいましょう」
「いらねーよ、そんなもん。素手で十分だ」
だいたいちびっこが大刀なんか持ち歩いていたら、どの時代でも補導されて親呼ばれるっつーんだ。それにキツネが「たいしたことない」って言うし、まあ問題ないだろ。
「さすが主さまですねー。肝がすわりなしゃってる。クックック」
「おい、テンコ。マジ妖気ねえんだろうな、そいつ。行ってから、あ、間違えましたじゃシャレになんねーぞ」
「大丈夫ですよ主さま。わたくしがいつ嘘偽りを申したでしょうか。命にかけて保証しますよ」
「あー、おめーキツネだろ?騙してなんぼだろ?根底から覆るような保証なんか、だれがいるかよ」
「きびしいなぁー。ていうか口、悪いっすね。おこさまと思えないんですが」
「ほっとけ」
平城京の外は月明りも乏しい、うっそうと草の生い茂った気味の悪い世界が広がっている。洛外に暮らすものも、闇に縮こまって朝の訪れを祈るしかない。なにかうごめくものがあれば、それは夜盗か物の怪か、おおよそろくでもないものばかりだ。
重い租税、強制労働、なにかあればすぐに戦働き。民に安んじる暇はない。半分溶けた骸に腰を抜かした聖皇や貴族ども。魑魅魍魎とはそれらの姿の裏返しに過ぎない。親父はよくそんなことを言っていた。計り知れない大きな国である唐。滅ぼされたり属国のように扱われる周辺の国々。恐ろしくて背伸びをしてしまう。大きく見せたい。属国やまして滅ぼされるのはまっぴらだ、やがてそれは軋轢を生む。国力がついていかないのに強引に進める。やがて中央どころか地方まで収奪を始める。当然国は乱れる。
親父は常に政治と民の安寧を願っていた。武官ではあるがマツリごとの機微を誰よりも把握し、常に権力の中枢にいた。しかし驕らず、誠実に政務はこなしていたため、あまたある政変にも柔軟に対処していた。そんな父親を見て育った俺は、なにか役に立てばと力をつけ、またそうやって親父の後押しをしてきたつもりだった。
「お前などがかかわるものではない。物の怪よりもなお質のよくなき者の多くことに、魂も身も枯れはてて存ぜる」雑穀を炊いた粗末な飯時、親父はいつも俺だけに説教をたれた。
荒れ果てた寺の山門らしきところに、幾人もの死骸が重ねられ、入るのを拒む景色があった。
「こりゃあ衛士もうかつに手を出せないね。クク。」
キツネは見定めるように山門の石段を登っていく。
「やっぱり鬼ってヤバいやつなんじゃない?ていうかこれ見ておかしいと思わないやつ、普通いませんから」俺はセンスのないそのオブジェを見て、無性に腹が立った。
「主さまスイマセン、お怒りの真っ最中でしょうが、それの大本というか、本人さまがいらしたようです」
見ると、黒衣の大きな姿が山門の石段の上にあった。そして地獄の蓋が開くような、地響きに近い揺さぶられるようなチカラのこもった声。
「われは道鏡。弓削道鏡である」
うわっ、怖っ。ていうか人間じゃん。鬼じゃないやん。道鏡って誰?
さまざまな思考が俺の小さな頭の中で渦巻いた。よく見ると左手になにか持ってる。コンビニ帰りかと思うほどの大きさだが、どうやら人の生首らしい。もう危険とかのレベルでなく、速やかに脱出するべきだと俺のゴーストは囁いた。
「なんでお前が人の名を勝手に名乗るんだ、樽海」
「え、ああすいません、名前出せばビビると思って」
「こんなちっこい餓鬼ビビらせてどうしよってんだい?」
「へえええぇぇ」
よくみると黒衣のとなりに小さい人影がある。どうやら大声をだしたのはそのちっこい方で、黒衣のやつは女のような声で話した。
「しかしみればこんな夜更けにこのようなところで、何故にこのようなわっぱが? これは物の怪の類いか、あるいは犬の散歩か」黒衣のおんな声のやつは、生首をブラブラゆらしながらつぶやいた。
「犬の散歩です」おれは逃げようとした。
逃げる気満々で踵を返そうとしたところ、大きな霊気が襲ってきた。
「んなわけあるまい」小さいほうがそう言うと、すごいスピードで駆け下りてきて、蹴りを放った。
が、そいつの足の親指の指紋まで見えちゃう俺は、たいした動きもしないでかわしてしまう。
「やはりただのガキじゃねえな」
「わーこわい、たすけてー」
「棒で何言ってんだ憎たらしい」
「ぷっクック、殺しちゃいましょーか、主さま」
見ると『テンコ』が舌なめずりをしている。
さらに霊気が強まった。どうやら大本は上でじっと見ている黒衣のやつなのだろう。
「やめなさいテンコ。人ならば話せばわかる。だいいちいくら正当防衛だって言っても、物の怪けしかけて人を殺しちゃったら言い訳にならないから。もう人外扱いされちゃうから」
俺が言うのと同時ぐらいに霊気はおさまった。
「あ、ははは。まあよい、ついてまいれ」
「しかし聖人さま、こんな怪しいやつ、お近づけになるのは如何かなと」
「怪しいやつが、話せばわかる、なんて言うと思うか?」
「しかしこやつの身のこなし、肝の据わり具合、ただものでは」
「だからそれを尋ねたいのじゃ」
大きい黒衣のそいつは、生首をさらにブランブランさせて楽しそうに歩きだしていた。
「どうする?主さま。殺さぬ程度に痛めつけちゃいます?」
「やめとけ、テンコ。お前じゃかなわないよ、あの黒衣には。後ろのちいさなおじさんだったら問題ないけど」
「誰がちいさなおじさんだ、ゴールデンコンビ」
たしかに金色のコンビだが、言語体系があやふやになっているぞ。古代日本だぞ、ここは。
「なにそれ芸人かよ、意味わかんねえよ」
「ぷ」
俺が怒ると同時に黒衣がふいた。なぜか可愛らしいと思ってしまった。
前半はインチキ古語で、後半は現代語の乱用です。以後、この調子が続きます。本来の歴史ものではなく、単なる怪異話でもありません。田村麻呂を中心にした家族の物語です。