ワンダー(前)
前編です
リンネの後を追うとやがて一階、館の入り口近くの大広間にたどり着いた。
中にはそれなりに人がいるらしく、外からでも中からのどよめき声が聞こえてくる。
何が起きたか分からないけどアタシ達は中へと足を踏み入れる。
「オフちゃん! リュウ子ちゃん! 無事でよかったぁ……!!」
「アーシャさん……抱きしめるの……苦しい」
「心配……しすぎ」
そわそわしている見慣れた姿はこっちを見るなり、足早に両腕でアタシ達を抱きしめた。
一向に力を緩めないアーシャは無視して周りを見渡すと、長い木製のテーブルの向こう側に何か一点を見つめる人だかりができていた。
「アーシャさん、何かあったんですか?」
「ああ、気が付いちゃったかな? 実は、人が亡くなってたんだ……」
手を緩めると、今日一番の真面目な顔で耳元でささやかれた。
人の死か、アタシにとっては『ミュート』事件の度に目にするのは避けられないけど、見慣れない人がざわつくのは理解できる。
「すみません通ります……あっ」
「ん……なに君、あれは子供が見るべきじゃないぜ?」
サンゴの現れたタイミングでの事件、なにか関係があると思って死体を覗こうとするも人にぶつかってしまう。
倒れそうなアタシを受け止めたのは、飾り気のない制服姿の地味目な黒髪の少年だった。サンゴと同じくらいの年頃に見える。
「ぶつかったのはごめんなさい、アタシは……見慣れているので大丈夫。それにアナタも大人には見えないです。なぜこんな所に?」
「ははっ、心配してくれるのかい? なぜここに居るのか、まぁ一言でいえば好奇心の行く末だな。おっと、俺の方の心配こそ無用だったか、ここに居る子供なんだから訳あり以外ないわな」
地味目なお兄さんは周りに声をかけてアタシの手を取り前へ出る。
何歩か進みと衆目が注がれる死体が見えてくる。その姿には確かな見覚えがあった。
「嘘……!?」
「死体はかなり長身の男、銃を携帯しているから一般人ではないな」
淡々と分析する声をよそにアタシは何度も確かめるように男の特徴と状態に目をやる。
背が高く、地味な作業着みたいな服装、そして何よりその顔と銃。
銃はリボルバーと呼ばれる種類のものでアタシの背にあるモノと似通った形と大きさ。そして顔は、間違えるはずもない幾度も共に困難を越えてきた相棒の顔。
リエドだ。
「うそっ! どうしてなの!?」
冷静にあろうとすれど声は荒くなり徐々に血の気の引いていく、きっと傍から見たら青ざめた顔をしてるに違いない。
あり得ない、どんな厳しい戦いも生き抜いて、アタシを庇って戦うのも訳なくて、『百合ヶ丘』の後でも戦い続けるのを止めなかった。『ミューテーション』を消し去るまで死なないなんて言ってたのに、あっさり……そんな…………ありえない。
「……知り合い、より深い仲だったのかい?」
心を見透かしたようにお兄さんは呟く。そしてうなづくアタシを見て周りに聞こえないように小さく呟く。
「それなら安心しな、この男は生きている」
「!?……本当なの?」
「君が声を出したとき、少しだけど指が動いた。医者は呼吸と脈拍共になし、って判断した。普通は死んでるはずだが、あからさまに声に反応していたよ」
そう言われもう一度よく観察してみる。
体は完全に止まっているけど外傷は見えない、けどリエドは自分のことを全然話さないから持病ってこともありえる。
あとは周りの持ち物、やっぱり目を引くのは銃か。死してなお握られるそれには本体と同等の存在感がある。
……今気が付いたけど一つ弾が空で発砲された跡がある。
周りに争った跡がなく、銃弾でできた銃痕もどこにもない。命中したなら血の跡ができるはずだけどそれもない、それなら。
冷静に状況を分析していると、ふとサンゴに手渡されたものを思い出した。
ポケットを探り小さなメモ帳を取り出す。表紙をめくるとそこには、
『百合ヶ丘の再来を止めるためリュウ子と縁を結べ PS.協力者は失敗作のアレを使用』
と走り書きの文字。
失敗作のアレというと、この状況的にも『死弾』のことだろう。
リエドにはあらかじめアタシが作った弾丸をいくつか渡している。その中の一つが『死弾』で前に人を殺す意図を込めて作りだしたもの……ではあるんだけど覚悟が足りなかったのか効果が不完全だった。
もうここまで来れば確信できた、リエドは生きている。
「おい見ろ! 男が動き出したぞ!?」
「『外傷はないが死んでいる』って言ったのは誰! とんだやぶ医者ね!」
結論を出したところで驚愕と悲鳴が響きはじめた。
『死弾』の効果が切れたのだ。
一時的に仮死状態にするので精いっぱいか……やっぱり失敗作ね。
「うおぉぉぉぉ!」
「お、おい!? アイツ暴れ始めたぞ!」
「あの目は正気じゃないな……おいアンタ生きてたの良かったが、てっ……おわっ!?」
言う通り正気には見えないリエドに近づいた男は無造作に投げ飛ばされ、人ごみの中に突っ込んだ。
それにしても何、アレ。前に『死弾』を使ったときは暴走なんてしなくて、精々理性のたがが緩む程度なはず。
てことはアレが理性で抑えつけられたリエドの本性……?
「チッ、ちょいとマズい感じだ、君! ここを離れた方がいい、ほら手を取って」
「え……? ちょっと」
地味目なお兄さんはアタシの手を取り握ると、出口へと走り出した。
周りの人たちもその行動につられるように逃げる流れを作り始める。
アタシの背丈ではその流れに抗うことは難しい、下手すれば転んで足蹴にされて大けがだ。
「アーシャ、これはどういう事態なんだ! あれだけ騒ぎは避けろと言ったはず!」
「えーと……あはは、すみません“古文書”の影響みたいですねぇ。一時的に死者が蘇る類の」
「笑い事じゃない! 一時的とはどのくらいなのだ!?」
「一か二時間程度ですかねーそしたらまたぐったりしますよ、安心してください」
「あれを見て安心できるか! そんな時間経てば客どころかワシ自身までぐったりしとるわ!」
流れの終端辺り、出口付近は混雑で人だまりになり、そこでアーシャは誰かと言い合いをしている。相手は身なりと会話の内容的に館の主人だろう。彼はアーシャに強い態度で食ってかかるがその顔色は悪い。
話の内容は真実味があるがでたらめだ。リエドは『死弾』の副作用でこうなっている。
が、凶暴なさまには“古文書”が影響しているのかもしれない。
「……っ、うぅ」
「リュウ子!」
手を握られたまま出口にたどり着こうかという頃、流されて壁に押し付けられるリュウ子を見た。ぶつかってしまった男は謝罪をする雰囲気を見せるもギョッとしたように固まった。たぶん鱗を見たのだろう、男はすぐに顔を背けて見なかったふりをした。
「君! 安心してくれ、もう外だよ」
「……アタシは残ります」
「いくら慣れてるからって、知り合いだからって、あれは正気じゃない。逃げるのを第一にしなきゃ取返しがつかない事になるぞ」
「覚悟の上です」
ほんの短い間、お兄さんはアタシの目を確かめるように覗く。
「……すまない俺の悪癖だ。どーにもいらない世話を焼いちまうみたいだ」
「そんなことないです。良い所だと思いますよ」
「君はホントに……おっと、どうやらココでお別れだ。一応名乗っとく俺の名前は……」
アタシが流れから外れると人だまりが解消されて人が流れた。
名前はよく聞き取れなかったけど、あの制服には見覚えがある。サンゴの通う学校の男子用制服があんなだったはず。トカゲをとっちめたらサンゴづてに探して、お礼を言おう。
心機一転まずはこの状況の解決だ。
アタシは人波からかばうようにリュウ子に駆け寄った。




