メイド
少女のメイド服は標準のものより動きやすい作りだ。スカートの丈は膝の下までの半端な長さでふくらはぎまで白いソックスが覆って、上は半そでだ。動きやすそうな服の割に露出度は高くはなかったが、僅かに露出する肌に目を引かれた。
そでから覗く白い細腕、その手の甲から二の腕の半ばまで腕の外側にはトカゲのような鱗が規則的に並んでいる。
他には喉元やソックスとスカートの隙間、そして頬にも微かに鱗が見える。
「テクニシャン……へんたい」
目の前の少女は一層顔を赤らめてポツリと呟いた。
あ然。
「え……えぇ!?」
敵に攫われたんだ、苦難があることは想定できていた。
けれど、奇妙な姿で、かつ同じ年頃の女の子に変態扱いされるのはまったく想定外。
「えっと、どういうこと?」
「こっちのセリフ……お気に入りの場所で寝てたら……あなたが」
ここに居るってことは敵の仲間には違いない。けどアタシが誰かは知らない様子。
おそらく誰かの子供ってことなんだろうけど、普通アジトに連れてしかも目を離すだろうか?
……幼い見た目に騙されちゃだめだ。今までも同様の罠があったじゃないか。
それにトカゲの尾を持つどころか肌にまで『変異』が起こっている。あのトカゲ男との関係は間違いなくある。
冷静に相手の出方をうかがうことにしよう。
「新入りさん……だよね? ……わたしのことを知らないみたいだし」
「……うん、そうなの、とりあえず自己紹介ね。アタシは……そう、オフェーリア。オフって呼んで。尻尾を触ってしまったのはごめんなさい」
「尻尾はたいじょぶ、気にしてない。やっぱり新入りさん……オフ、うん。わたしはリュウ子……入ったワケは聞かない、悲しいことがあってここにきた……だろうから」
そういうとリュウ子は目を伏せた。
子供が殺伐とした場所にいる理由なんてロクなもんじゃない、気を使わせちゃったみたいだ。
けれどリュウ子の表情は少し安堵の色、嬉しそうにも見えた。
「リュウ子……さん、よかったらここの事教えてくれないかな? みなさん忙しいみたいで」
「リュウ子だけでいいよ……わたしは暇だから案内してあげる」
「ありがとうリュウ子、それと……」
それはそうと都合のいい勘違いを利用しない手はない。
その上で問題が一つ、この姿ではアタシを知っている人に正体がバレてしまう。
幸いリュウ子にはアタシの容姿が伝わっていなかったが、トカゲやその部下には情報が行き届いてるだろう。
そのため、変装する必要がある。
「替えの服はないかな?」
□
部屋の外は大きく開けていたけど重苦しい空気が満ちていた。
コンクリートの柱が規則的に並ぶ大空間には同じく白線に沿って規則的に乗用車が並んでいた。
と、いってもその数は駐車上限の半分にも満たない、合計で十台ほどだ。
「見まわりおつかれさま」
「は……はい、リュウ子さん。ええと……そちらの方は?」
「新入り……案内してる」
すれ違った見まわりの男は怯えた視線でリュウ子に応対する。
リュウ子は気にした様子はなく、端的に会話を終わらせて前へ進んでいく。
それにアタシも追従しようとすると、
「その格好メイドの新入りだな?」
アタシの服装に対しての追及。怪しんでのものではなく確認の意味らしい。
リュウ子の『信じて……ダイジョブ』との言葉を信じてよかった。
ちなみにデザインはリュウ子の半そでを長そでにした冬用だ。生地も少し厚いらしく、確かに熱がこもる気がした。
「ええ、それとこの仮面は……」
「わかっている。傷でもあるんだろう、ここじゃ珍しくもない。それより、」
仮面に対しても責める声はない。ここのメイドは訳ありが普通なのだろう。
話しかけてきた男はそこでいったん区切ると、半歩近づき耳元で小声に切り替えてつづけた。
「リュウ子……さん、には気をつけろ」
それだけいうと警備に戻ってしまった。いわれなくとも警戒を怠るつもりはない。
「危ない……」
「えっ?」
急に手を引かれる、小さな手だ。
直後、さっきいた場所を音もなく車が通りぬける。
「見た目普通だけど……特注の車だから……気をつけて」
「あっぶなぁぁ……仕事かぁ」
アタシの持っている情報ではトカゲ男は情報を取り扱う組織を運営している。
仕入れる情報は『ミュート』関係だけでなく、密輸品の斡旋や権力者の弱み等いかにも情報屋らしいゲスな類のほか緊急性の高い情報を扱う。
例えば天災や人災の被害にあった土地で必要としているもの情報だろう。被害状況を細かに調べ上げて現地に足りないものをリスト化する。いち早く纏められた情報は政府、反政府問わず名声を求めに応じて取引される。これが意外と金になるらしい。
つまりは善悪問わずに金の匂いのする情報全般を扱うわけだ。
そのため、車は人に気取られないよう音の出ないタイプの改造が施されているみたい。
これは事前情報になかったことだ。
「オフ……いこう」
「あ、はい」
思案しているとリュウ子から声をかけられる。
気が付くと目の前には階段があり、階上からは光が漏れている。地下はここまでらしい。
「こっち……はぐれないで」
「あ、ちょっと!」
リュウ子は歩調を速めて一息に階段を上りきり振り向いた。
光の下で、こっち、と伸ばす腕では鱗が光を受けてキラキラ輝いて見える、やっぱりただの女の子じゃないな。
未知に対する恐怖はある、反面、リュウ子は微笑み、あくまで穏やで年相応の女の子にしか見えない。
そのアンバランスさに考えがまとまらなくて少し目まいがする。
「待って、すぐいく」
アタシは足を速めてリュウ子に追いついた。
するとリュウ子は手を取り、
「ここ……入ろう」
「えーと、ここは“愛の巣”?」
さっきの階段となりの通路その一番目の部屋には“愛の巣”と極太の筆で書かれた木製のプレートが掲げられている。
うわ胡散臭い。オクヤマといい勝負だな。
「入ってどうぞー」
少し気の抜けた女性の声が扉ごしに聞こえた。
敵意は感じない。考えてもらちが明かないし入るべきだ。
「おかえりーリュウ子ちゃーん!」
「うん……ただいま、アーシャ」
中はこれまでのコンクリートの印象からかけ離れた、様相になっている。
まず目の前あるのは落ち着いた色合いの木製の円テーブル、それと同じ色合いの椅子を合わせている。
床には金の刺繍が外縁を彩る足の短い赤色の絨毯がひかれている。
テーブルには空の白いカップとスコーンなどの様々なお菓子が皿の上に並んでいる。
奥に目をやると上端が丸いデザイン性の高い、採光にも優れた格子窓が目に入る。外には草原が見える。
手前にはアタシより少し小さく白い戸棚が配置されて反対側には暖炉のような飾りが配置されている。
それと、入ってきた扉とは別にもう一つ木製の扉が見える。
部屋自体は五人程度で満員になる大きさで例えるなら英国洋館のミニチュアみたいだ。
「待ってたよー二人とも。さぁさぁ椅子にかけてー」
「ええと……あなたは?」
「私はアーシャ、リュウ子の友達……かな、ねぇ?」
部屋の主、アーシャは背の半ばほどのストレートな金髪を軽く揺らしてブラウンの瞳をリュウ子に向ける。
アーシャの問いにいつの間にか行儀よく椅子に座ったリュウ子は頷く。
アタシもリュウ子に倣って席に着く。
「アタシは新入りのオフェーリアです、オフと呼んでください」
「オフちゃんかーヨロシクね! …………ふむふむ」
全身をたしかめるような視線が向けられる。
もしかして疑われてる?
突然現れた新入りなんて怪しいしなぁ、ホイホイついてきたのはうかつだったかも。
なんて考えていると、アーシャがアタシの方まで近づいて、
「もぉぉぉ! かわいいぃなぁぁオフちゃあぁん!」
「えぇ! 何っ!?」
「んんんんん! 良い……べりぃぐっすめぇる! 満点パーフェクトォ」
身構えてアタシを襲ったのは甘い匂いと激しい抱擁。そう気がつくまでしばらく時間を要したけれど。
「ちょっと! 何です急に!?」
「うーんサラサラ金髪もたまらない!」
次いで猛烈に頭を撫でられる。
助けを求めてリュウ子の方を向くと、知らんぷりでスコーンをつまんでかみ砕いている。尻尾まで振ってのんきしてないで助けてよ!
何分かわからない間もみくちゃにされていると、
「アーシャさま、紅茶が出来ました……よ」
凛とした声が響くとリュウ子と同じデザインのメイド服の女の子が姿を現した。
手にはティーポットと小さな金属のカップを数個乗せたお盆を持ち、それをテーブルに置いて言葉をつづけた。
「はぁ……またですか」
「あ、リンネちゃん。ありがとね」
アーシャの猛攻が止んだ。助かったぁ。
椅子にへたり込んで声の主に目を向ける。
黒髪をポニーテールにした日本人の女の子だ、彼女もここで働いているのだろうか?
「大丈夫? 初日から災難ね」
「ええ……なんとか」
「アーシャさま……」
リンネは丁寧な口調をしつつもアーシャを静かに睨んだ。
アーシャは『ゴメンね』といいつつも反省する色は見えない。
「それとリュウ子、新人さんの案内ありがとう」
「うん……ごほうび、ちょうだい」
「いつもの?」
『うん』と答えたリュウ子の頭をリンネは優しく触り、撫でた。
その様子には確かな絆が感じられた。彼女はここに長くいるのだろう。
「ご褒美もいいけどーまずはお茶にしよ、冷めちゃう冷めちゃう」
「確かにそうですね、かしこまりました」
「しかた……ない」
リュウ子を撫でるのも半ばで、リンネは隣の部屋から持ち込んだ紅茶の入ったティーポットをカップに傾ける。
紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。あまり詳しくないけどかなり上等な茶葉を使っているのだろう。
「ああ、そういうことだったのですね」
「そうそうーオフちゃんのための、ね」
「アタシの? 何のことですか?」
「アーシャの……占い」
「『今日は新たな出会いがある、相手は甘いものが好み』と仰っていたのでアッサムを使用しました」
「うんうん的中してよかったー。ささリンネ、仕上げをよろしくー」
アーシャの声に呼応してリンネは紅茶を注いだカップに小さな金属のカップの中身を注いでいく。
すると見る間に赤い紅茶は落ち着きのある茶色に変化する。
「ミルクティー……」
「これでお詫びになるといいんだけど、甘いのはお好みかなー?」
「ええ、とても」
「いつもはストレートの紅茶なんだけどー。混ぜて味を『変異』させる、そんなのも悪くないかなってねー」
甘いものは好みだけれど、アーシャの言葉が妙に引っかかった。『変異』の部分だけを強調したような?
とっさに視線をアーシャに向けるけど、不審な様子は見られない。
いや……きっと気のせい。
敵地での予想外の展開の連続、そのせいで過敏になっているだけ。
けれど頭のどこかで警笛を鳴らす自分がいるのも事実。
アーシャは危険かもしれない、いろんな意味で。




