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カラー・フルバレット  作者: 長山社
1/8

ミス


 標的まで100メートル、射程に入った。


 フードつきの茶のローブで全身を覆い人型のシルエットしか判明しない。が、その足元、ローブのすそからトカゲのような尻尾が覗く。ターゲットの証拠だ。


 街の地下に位置する薄暗い下水道はその暗さや音の反響のせいで追跡は困難を極める、故にここで逃すわけにはいかない。

 薄い水を跳ね除け速度を緩めず左手の古臭いリボルバーの弾倉をスライドさせ装填できる状態にする。


「おい、センコウダンだ」

 右側を並走する小さな人影に指示を出す。

「センコウダン? ......了解!」

「急げ」


 急かす声に焦った様子で一発の弾薬が手渡される。弾薬は見ず右手の感覚で装填させ、即座に引き金を引く。

 撃鉄が落ちると軽い破裂音と共に弾丸が放たれる。弾丸は標的に吸い込まれるようにみるみる距離を縮める。


 が、命中寸前で標的は飛沫を上げて天井すれすれまで跳躍。弾丸は効力を得ず素通りする。


「あまーい! 千十屋の饅頭特甘より千十倍あまーーい!」


 右から聞こえたやかましい声はすぐさま目の前の閃光と耳障りな金属音にかき消された。

 視界が光に覆い尽くされると共に騒音が聴覚を潰す。


 訓練しているとはいえ無意識からの攻撃に耐えることはできず膝をつく。視界は白く染まり、頭が荒波に揺られる船のように揺さぶられまともな思考などできない。


 傍らで俺の体を揺さぶる奴がいることも災いして中々思考が戻らない。

 ほどなくして機能が回復する頃には目標は影も形もなくなっていた。



□□□



 待ちに待ったチャンス。

 それを逃したアタシたちは白昼の下、公園にいた。


 泥のはねた黒のキュロットスカートや髪を水道で洗いながら横目でアイツを見る。

 カーキのジャケットに長ズボン、泥のついたままの姿でベンチに座り、傍らの布の上で銃を整備している。

 体を洗い終えて彼に近づいても、その動きには淀みがない。


「ねぇ機嫌直してよー。アンタの機嫌が悪いとこっちまで気が滅入っちゃうんだから勘弁してほしいわ。いつまでそんな顔してるのさぁ」

「生まれつきだ」


 アイツはこちらを見る素振りもなく銃の整備を続ける。その表情は昨日の追跡の時と変わらない。


「いーや絶対怒ってる! 全然こっち見ないもん。リエドって怒ってる時そうでしょ。だいたいアンタは自分はスキなんて見せませんよーだなんて風だけど周りから見たら丸っとお見通しなんだから!」

「......」


 ついに口を閉ざした、更に怒らせてしまったみたいだ。


 反対に整備の手つきは熱を増していく。銃をパーツごとに分解し詰まった砂利を取り除くと各々丹念に磨いていく。シングルアクションのリボルバーっていったっけ。


 銃には詳しくないアタシでもわかる手際の良さ。ごつごつした手に似合わない思わず見とれてしまう丁寧な手つきはどんな時も乱れたためしがない。ちょっと銃に嫉妬。


「おい」

「えっ!? な、なに? 別にアンタなんか見ちゃあいないけど、なにか用かしら!?」

 突然リエドに声をかけられビクッとする。


「標的は地上に出たといったな、次の策はあるのか?」

「ええーと、この辺りは住宅街だし目撃情報を集めるのが手っ取り早いかな。けど昨日の今日で見つかるほど簡単じゃ......」

「そうか、俺は武器を調達する。オン、お前は聞き込みを頼む」

「どうして? 武器ならリボルバー? ソレがあるじゃない。ずーーっと大事に使ってきた相棒なんでしょう?」


 リエドの隣のリボルバーを指す。あれだけ熱心に整備していたのに使わないのはおかしい。


「コイツはもうダメだ。仲間に話はつけてある、明日には届く」

「え、えぇ? まだ使えそうに見えるけど?それに......」

「とにかく頼んだぞ、オン。それとそのおしゃべりな癖は止めておけ」

 正面から目を見据えての言葉は有無を言わさぬ響きだ。


「アンタが口数少なすぎるのよ......むーしょうがないなぁアタシの役割でもあるし、わかった」

 アタシは戦えない、リエドはこの通り情報収集に向かない。足りない所は補いあう必要がある。

「それと、この銃はお前に預ける」

 いつの間にやら組み立て終えた銃をホルスターに包み渡される。


「え、どういうこと?」

「見てたからだ。俺はいく、明日の正午この公園で再開しよう」

 言葉少なにそう言い残し言葉を挟む暇もなくリエドは足早に公園を去っていった。


「銃......かぁ」

 ホルスターから出てる木製のグリップを握ろうとするけど、大きくて握ることができないから、そっと指でなぞる。別に欲しいって目で見てたわけじゃないんだけどな......


 リエドの相棒。最初に会った時から使っていた銃で何度も整備しているのを見てきた。

 簡単に手放せる物だったのかな......


「あのーゴメンね、君ちょっとお話いいかな?」

 公園の入り口にはいつの間にか警官の姿。人のよさそうな笑顔で近づいてくる。


(ねぇ......どうするの? ......ってリエドはいないんだった!)


「ねぇキミ、小学生だよね? 学校はどうしたの?」

 案の定声をかけられる。こういう時は、


「えーとぉ実は近くに引っ越してきたばかりでチョット散歩してたんです!」

 立ち上がり、銃を背に隠しながら答える、苦しいか?


「そっかぁ、住宅街とはいえ昼間は人気がないからほどほどにね? それに今日は外出するのは危険だから家にいたほうがいいよ」

 ほ、何とか切り抜けたかな、ちょっとぶりっ子になったけど気にしない。面倒は起こしたくないし。

 けど危険か......


「なにかあったのですか?」

「実は昨夜この辺りで屋根の上を走り去る人影を見た、って噂があって。見間違いだろうと思うけれど目撃数が多くてね、一応確かめたほうがいいと思って僕が見に来たんだ」

 屋根を渡る跳躍力、標的の可能性が高い。ラッキーお手柄やっりぃ!


「お化けなのでしょうか? 怖いけど実際に居たらちょっと見てみたいかも」

「そんな事言ってるとホントに出てくるよ! お化けはお兄さんに任せてキミはお家に帰りなさい、いいね?」


 微笑みのつつ優しい言葉と顔でそんなことをいう。お人よしだ。

 このままじゃ『家まで送るよ』なんて言いだしかねない。早くここから離れなきゃ。


「あはは、気をつけます。それじゃあアタシはこれで......」

 ベンチの前に立つ優しい警官を横目に出口へ向かう。


「あ、一人じゃ危ないし送…キミ、危ない!」

 後ろから鋭い叫びが聞こえる。それと同時に体には浮遊感。

 警官に覆いかぶされる形で地面に倒れた。


「ちょっと! いきなりなにするんですか!? 女の子をいきなり押し倒したりして一目ぼれですか? だとしても時と場所を......」

「ゴメンッ! やむをえなかったんだ。あれを見て」

 その顔には冗談の色は見えない真剣そのものだ。


「あれ、とは?」

「......チッ」


 そこには先日のローブの男。足元は大きく凹み奇襲をかけられたことがわかる。

 頭から足まで全身をローブで覆いその足元にはトカゲの尻尾がのぞ......


「......かない!」


 うまく隠しているのか尻尾は見当たらない。トカゲの尻尾切りよろしくどこかに捨てたのかもしれない。背の丈は同じで何より町中で身を隠す一般人はいないはずだから人違いだとは思えない。


「ない? なにか落としたのかい? でも今は僕の後ろに隠れて!」

 本当にお人よし。アタシをかばうように拳銃を構えて前に出る。


「状況わかってんのか? 死ぬぞ、お人よしクンよぉ」

 トカゲ男(尻尾無)は低くガラの悪い声で挑発する。


「市民を守るのは僕の仕事だ! それが小さな女の子なら尚更だ!」

「ハッ、死んでも本望ってか? 死んだらなににも成らねーっての......退いてもらうぞ」

 トカゲは言葉と共に姿を消す。ほんの一瞬間の間の後お人よしは大きく吹き飛ばされ後方の水道に激突、小さなうめきを上げた。


「さぁ邪魔者はいなくなった。俺はお前をさらう、抵抗しなけりゃケガはさせねぇ」

「いやだ!」


 アタシの言葉には反応を示さずトカゲは近づいてくる。

 永遠にも思える一瞬、歩みを止めさせたのは一つの声と炸裂音。


「止めろ!!」


 トカゲは不意の攻撃である弾丸を気にした風もなく余裕で躱す。

 後方ではお人よしが頭から血を流し、千鳥足でアタシに歩み寄っていた。その目はトカゲを射殺さんばかりだ。


「へぇ案外根性あるんだな警官てのは、けど腑抜けにしか拾えない命もあるんだぜ?」

「腑抜けの僕か、そんな命は拾う価値もない。誰かの助けになることだけが僕の生きがいなんだ!」


 名前も知らないアタシには、どんな覚悟でお人よしが守るなんていっているのかわからない。その言葉、態度にはお人よしで程度ではないひどく重い響きがある。思わず体が震え上がるようだ。


「心配しないで、僕が必ず守る」

 いつの間に近くにいた警官にはボロボロさを感じさせない力強さがある。


「どうしてアナタは人を守るの......?」

 意識せず言葉が出ていた。が、


「ヒーロー気取りがよ! 命まで取るつもりはなかったがもう手加減しねぇ!」

 答えが返る前にトカゲが激昂した。邪魔も弾丸にも反応しなかったアイツが。

 警官はその声にアタシをかばうように一歩前に出る。


 だめ、このままじゃ彼が死んでしまう。どうにかしなきゃリエドに助けを......だめ、間に合わない。周辺には人がいない、いても都合よく助けてくれる人はいない。じゃあ誰が彼を助ける?


「警官さん! 下がってください」

 アタシしかいないだろう。二歩、歩み出て警官の前に立つ。


「それは......できない」

「アタシなら大丈夫、秘策がありますから!」

「できない、キミのその顔を見ればわかる、強がりだ」

「いいから下がって!」


 反論は飛んでこなかった。

 チラリと見ると彼は横に倒れていた。気を失っているようだ。いよいよ後に引けない。


「どいつもコイツもヒーロー気取りか、まぁいいぜ」

 余裕のつもりかゆっくり歩みよるトカゲ。


 アタシは縮まる距離を無視して尻もちをつく勢いで地面に座り目を閉じ意識を集中させる。


 脳裏にアタシ自身、そして腰かけるイスとテーブルを想像する。

 イスに腰かけて作るのは一つの弾薬。相手を拘束する決して切れない鉄鎖、効果発揮は発砲から、すぐ!


「目を閉じて動かない、観念したか?」

 トカゲの声は近い、目の前にいるのだろう。アタシは握った掌に確かな感触を受け、リエドのようにホルスターから銃を抜いて後ろ手に見ないで弾薬を装填し目を開く。


「うぁぁぁぁぁ!」


 背の銃を腰に当て地面を支えに西部劇のガンマンのように引き金を引く。

 瞬間、視界が真っ白になり。手足が千切れるような衝撃が襲う。

 微かな浮遊感を味わいながら、アイツの悲鳴を耳にする。


 ざまあみろ余裕かましてるからだ......

 あれ、アタシ......いつものおしゃべりはどこにいったの............


 浮遊感の中、地面に激突する感触を味わうことなく意識は途絶えた。


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