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24時間

24時

作者: りこりす

 公園のベンチに座り、懐中時計で時間を確認する。ちょうど長針が24時を指したところだった。

「クロはさ、24時派なんだけど、うーちゃんは24時派?それとも0時派?まさか、12時派?」

「俺も24時派だぜクロっち!」

「まーじでー!?さすがうーちゃんだぜ!」

 ひゃはははは、と二人で笑い合う。ベンチ横の薄汚れた自販機の明かりが微かに点滅する。自販機も笑ってる。背後から猫の鳴き声が聞こえた。

「クロも、うーちゃんも、自販機も、猫も、みんなみんな笑ってる」

 あの日、見殺しにした少年は笑っていない。あの日、見殺しにした少女は笑っていない。あの日、見殺しにした30人は笑っていない。あの日も、あの日も、あの日も、クロは毎日誰かを見殺しにしている。見殺しにしているのに、笑っている。笑えてしまっている。今日も見殺しにした。

「そんなに思い詰めることはないんだぜ!クロっち!」

「クロは残酷なのかな、残虐なのかな。誰かを救うためでもなく、何かを変えるためでもなく、ただ世界を繰り返して惰眠を貪ってる。クロは何度も何度も誰かを殺しているの」

「記憶は残ってないんだから、何度も、じゃなくて初めて死んでるんだぜ!気にすんなよ!」

「そ、そうだよね……」

 残り12時間。午後12時になったら、いつも通り、世界をやり直す予定でいる。もう何度目になるのか分からない。誰かを救うためとか、世界を救うためとか、そんな大義はなかった。あるのはただ世界が前に進んでしまうのが怖いという恐怖だけだった。どんなものにも終わりがあって、救いはない。終わってしまえばすべてが無に帰る。時間は無限なのに、寿命は有限で、死んでしまえば何もかもが無駄になってしまう。

「後の世代に何かを残したところで、何になるの」

 死んでしまった人は何も感じられず、何も考えられない。後の世代に何かを残したところでそれを観測できない。有限だから美しいとか、有限だから愛おしいとか、有限だから尊いとか、有限だから命は輝くなんて、そんなの全部戯言なのに。終わってしまえばすべて無で、無駄。

「怖いんだろ?だったらいいじゃねえか自分のためだけに繰り返したって。時間が進むことを善とする奴らと、対立したっていいじゃねえか。時間が進むことを怖がったっていいじゃねえか。誰もがみんな、英雄的な、主人公的な思想に賛同できるわけじゃあない」

「うーちゃんはさすがだぜ…!ありがとうね……」

「ああ。主人公じゃなきゃいけないなんてことはないんだ」

 空を見上げると月が輝いていた。何度も何度も見た同じ月。今日も昨日と全く同じ月だった。昨日と同じ時間、同じタイミングで、足元に二匹の黒猫がやってきた。痩せ気味の黒猫と太り気味の黒猫。

「うーちゃん、うーちゃん、いつもの二匹の登場だよ」

「お、来たか。そろそろだと思ってたぜ!相変わらずかわいいじゃねえか!よしよし」

 うーちゃんが二匹の黒猫を交互に撫でる。うーちゃんが二匹を撫で始めると、二匹ともゴロゴロと喉を鳴らし始める。何度見てもかわいかった。クロも一緒に左手で二匹を撫でる。

「にゃんにゃかわいいね…!うりうりうりうり…!にゃんにゃー!」

 野良猫にも関わらず、よく手入れが行き届いているのか、ふわふわでサラサラでもふもふでファサファサとした毛並みをしていた。かわいいし、気持ちいいし、きっと猫は世界で最強の生き物に違いない。

「兎が猫を撫でる構図ってのも奇妙な話だよな」

「それを言ったら、うーちゃんだって、ウロボロスが猫を撫でてる状態だよ?おかしくない?」

「ひゃはは、違いねぇ!」

 兎と言っても、着ているパーカーに兎の耳が付いているだけで、クロ自身が兎なわけじゃない。1人になっても死なないし、寂しさで死ぬこともない。遠くの音が聞こえるほど耳が敏感なわけじゃない。敏感なのは現実に対する恐怖心くらい。現実といえば……

「そういえばさぁ、この写真気に入ってるんだけど、覚えてる?」

「ああ?何だ?……あぁ、これな、すごいよな」

 カメラでいつかの日に盗撮した写真を確認する。鳩と一緒に眠る人が写っている写真。この公園の鳩は警戒心が無駄に高くて、近付くとすぐに逃げられてしまう。しかし、写真の人は、鳩と一緒にベンチで寝ていた。しかも、二匹の鳩にいたっては、人の上で寝ている。初めて見た時、現実を疑った。同じ時を繰り返し過ぎてついに頭がおかしくなってしまったのかと不安になった。メルヘンが過ぎる。

「思っている以上にこの世界はメルヘンでファンタジーなのかも?」

「同じ時を繰り返すとかいうとんでもないファンタジーしてる癖に今更何を」

 ひゃははは!、なんて二人で笑い合う。夜の公園に蛇と兎の笑い声が響く。いつかの日と同じ笑い声が響く。自販機の明かりが点滅する。二匹の黒猫が疑問符付きで鳴く。夜風に混じった草木の香り。何度も聞いた声、何度も見た明かり、何度も嗅いだ香り。何度も生きた世界だった。  

 世界には悪いけれど、何度でも繰り返す。世界は終わらせない。先へは進ませない。

 うーちゃんで懐中時計を握り締めた――

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