5.和服美人の相談室(後編2)
「──隣に引っ越してきました!見沢 高ですっ!」
元気いっぱいについんてーるを揺らす女の子。
わらわの、初めての友達。
なのに、裏切った。
自分が、嫌われるのが怖かったから。
でも、柴崎がいたから。
下宮さん、西岩さん、古鳥さんがいたから。
今日は、戦える。
オレンジ色のリボンで、黒髪を束ねた。
鏡の前の自分を思い切りにらみ、笑いかけ、ドアを開けた。
翌日。
「お初にお目にかかります。本日限りお世話になります、下宮理雄です。」
「同じく、西岩真花です。」
「教育実習生の古鳥広斗で~っす☆」
「ヒロさん軽いわ。」
思わずこぼれたツッコミに、クラス全体に笑いの波が生じた。ああ、はずかしいいい!!!!
───っと、一回ストップ!!
気分転換も踏まえ、昨日までの経緯を説明しまーす。
あの後、三島さんの執事、柴崎さんが入学手続きをしてくれて、俺たちコロウマ相談員は、一日体験入学生として、三島さんの通う桜晴中學校に来た。桜が入っている學校っていいね。うん。
ちなみに、俺と真花は生徒、ヒロさんは教育実習生として。一応、俺と真花は高校2年性だけどね。うん。
あ、俺らは三島さんの従兄弟の設定だけど、担任にしか知らされていない。これは、三島さんの要求。
「では、委員長、祝福の言葉をお願いします。」
「はい。」
迷いのない返事。
知らされていないはずなのに。
『委員長』は、優雅に席を立ち、通路を歩き始めた。
し ん
誰かのため息。
クラスが魔法にかかったように、彼女の魅力に吸い寄せられていく。
────── で も。
ビクッ
と肩を震わせるものと、それを心配そうに見つめるもの。
前者は、ツインテールの梅色の袴を着た女の子。
…………多分、見沢 高さん。
お嬢様達の、標的。
そして、後者は、今回の相談者である、三島 恋加さん。
昨日は流していた黒髪を、袴と同じオレンジ色のリボンで束ねている。
「お初にお目にかかります、御三方。私は、このクラスの委員長をつとめております、亜樹本木夏と申しますわ。」
………お嬢様の一人、亜樹本さん。
いつの間に、目の前に来たのだろう、この『委員長』は。
お団子に結わえた髪型に、日本人形とは思えないほどクリクリの目。唇は血のように赤く、袴は紅色。
───三島さん曰く、このクラスの3人の女王様の1人であり、最高権力者。
みんなイジメのことを知っているはずなのに、何故こんなにも魅了されているのだろう……。
「ちょっと下宮くん。惚れてたら殴るからね」
「え、あ、ごめん。ぼーっとしてた。」
小声で真花に謝り、ちょっと笑ってるヒロさんと3人で、お辞儀を返した。
ここからが、相談員の役目が試される時。
そう、心で思った。
────────☆☆☆☆☆☆☆─────────
「では、この答えが分かる人………じゃあ、西岩。」
「えと………I am going to study English.」
「うん。正解。」
おおー、というクラスのどよめき。
空色の袴?を着た俺は、隣の席に座った黄緑の袴とハートのピンの真花と笑顔でグータッチした。
────今は、早いもので4限目の英語。
本来の目的を忘れたのかレベルの発言力の真花。
さっきからお嬢様達と真花しか発言していない。
新たに現れた発言戦士(?)にクラスは大盛り上がり♪♪
俺も発言しない派なので大盛り上がり♪♪
「では、教科書の79ページを開いてください。」
「ねぇねぇ下宮くん。」
小声で真花が話しかけてきた。
「何?」
「前の席のふたり、誰だか分かるよね?」
「まぁ、さっき発言してたしな。
──坂明里 早子と桜田 合美だろ。」
こくり、と頷く真花。
幸か不幸か、てか100%不幸だな。何故かお嬢様ふたりの後ろ席になってしまった俺たち。
坂明里さんは、三島さんと同じくらいの綺麗な黒髪美少女。しかも天然。
────真花曰く、美少女に天然足したら、最強。
そして、桜田さんは、頼れるお姉さんタイプ。とても見沢さんに水をかけるようには見えない。とても。
「てかさ、三島さん、なかなか動かないね。」
「確かに、なっ。」
行動するタイミングまでは彼女の自由なので、さすがに見守ることしか出来ない。
なーんか、もどかしーなー。
「えーと、じゃあ、この単語の意味が分かる人」
やけに気だるい雰囲気の教師が発した言葉に、やけに気合の入った真花が手を挙げた。
………と思ったら、下げた。あれ?
真花を見たら、こっちを見て、誰かを指していた。
──────あっ!!!
見沢さんと三島さんが、手を挙げている。
いつの間にか、お嬢様達も手を下げ、クラスも緊張が走っていた。
当然、三島さんが発言するはずだ、と皆が信じてる。
………この空気の中、三島さんはどう動く?
と、先生が振り向き、気だるいため息をついた。
「………なんだ。見沢しか手を挙げていないのか。」
じゃあ、どうぞ。
と言った先生。
クラスの目線が、見沢さん……
の、後ろの席の三島さんに注がれる。
厳しい、冷たい、たくさんの目線。
前の席の葡萄色の袴と、檸檬色の袴が揺れる。
少し遠い、紅色の袴も。
────ついに動き出した、三島さん。
嫌な空気が流れる中、4限目終了の鐘が鳴った………
─────────☆☆☆☆☆☆☆────────
「へぇ〜、面白くなってきたね〜ぇ」
呑気に「あはは〜ぁ」と笑うヒロさんは、今まで先輩の先生達にいろいろ教えてもらったとか。
「面白がらないでよ、ヒロさ〜ん。恋ちゃん頑張ってるんだから〜」
と、三島さんをニックネームで呼ぶ真花。一瞬誰のこと言ってるのかと思った。
────今はお昼の時間。
ヒロさんの手作り弁当を、屋上で食べている。
教室で食べようとしたんだけど、クラスメートからの質問の嵐と三島さんの行動があったから、やめた。
三島さんは、1人でトイレに行ったきり、戻ってこなかった。てか、そばにいたらなんかしそうになるし。
あくまで、勇気を与えるためにいるんだから、俺が行動したら意味が無い。
………てか、人形も飲食するんだなー。どうやらファミレスとかゲームセンターもあるらしいし。
あの和服でプリクラ撮るのかな。なんか、新鮮。
「大丈夫かな。三島さん」
ぽそっ、とつぶやき、おにぎりをかじった。
────瞬間。
突然開く、屋上のドア。
目の前を走り抜ける、人。
その人は、錆びた金網を駆け上がり、向こうへあっという間に降り立った。
あのツインテール、見沢さんだ。
いったい、何をしようと………………………………
まさか。
「…………飛び降りるんじゃ……………」
ふわっ
彼女の体が、下の世界へ、浮いた。
反射的に動く、俺の体。
それをとがめる、ヒロさん。
硬直する、真花。
動き出す、周りの人達。
「こうちゃああああああああああん!!!!」
開けっ放しになっていたドアから飛び出す、何かのメモを掴んだ、三島恋加さん。
『恋加ちゃんへ、
久しぶりにお手紙書いたよ。
また、もしもゲームしたかった。
でも、もう出来ないね。
恋加ちゃんは、いじめらたくなくて、逃げていたんだよね。でも、全然悲しくなかったよ。
最後に、庇ってくれた。
それだけで、私は嬉しいよ。
ありがとう、恋加ちゃん!
大好きな、恋加ちゃん!
執事の柴崎さんが大好きな、恋加ちゃん!笑
めいいっぱい生きてね!
最後の『もしも』を送ります。
もしも、屋上で最後に会えたのなら。
高ちゃんより』
叶えられなかった、『もしも』。
誰もいなくなった、錆びた金網の向こう側。
三島さんの、叫び声。
和服美人の相談室、終了。