5.和服美人の相談室(中編)
一体、彼女はなんで相談に来たのか。
そんな疑問を胸に浮かべながら、彼女の口が開くのをドキドキしながら見た。
────ある日の、放課後
「私ね、あの子のことが嫌いなのよ」
わざとらしい、大きな声で、髪をお団子に結わえている亜樹本 木夏が言い放った。
足を組み、優雅に座る彼女は、形界の″日本人形地区″で1、2を争う華族のお嬢様だ。
その両隣で、こくりとうなずく、黒髪美少女の坂明里早子と『ぼぶへあー』の桜田合美も名族の令嬢だ。
─────つまり、この3人は、わらわ『三島恋加』のクラスの女王様たち。
ここの中學校では、作られた時代ごとにクラスが分けられている。
この『一ノ一』のクラスは、江戸時代後期に盛んに作られた『おやま人形(たいてい、お雛人形のような髪型だが、みんなおろしたり、『ぽにいてえる』にしたりしている)』という日本人形が多い。
その中でも、限りなく明治時代に近い時に作られたのが、この3人組。
それと…………彼女たちの言っていた『あの子』、見沢高さんも。
フワリと立ち上がった亜樹本さんを中心に、女王様たちは見沢さんの席へ行った。
「ねぇ、見沢サンは『あの子』が誰だかお分かり?」
「……………。」
「あら、木夏さんの質問に答えてあげませんの?ひどいですわぁ。ねっ、早子さん!」
「へぇ?あ………そ、そうよね、合美さん。ほんとにひどいわ」
と、3人は口々に言った。
「………………はぁぁぁぁあああ」
ふいに聞こえた、『ついんてーる』の見沢さんの、長いため息。
「毎日、自分の愚痴を聞かされると飽きるわ。もっと面白い話ましょ?お・じょ・う・さ・ま・た・ち」
くるくると黒い毛先をまわしながら、余裕の笑みを浮かべた彼女は言った。
ぱしゃんっ!
─────水が、彼女の頭にかかった。
フフフッと不敵に笑う桜田さんの手に、水がしたたっている小瓶が握られている。
「持ち主が下級華族のクセして生意気なのよっ!!」
「……………あら、そんなこと関係ある?同じ時代に作られたお仲間じゃないの。」
「誰のお仲間ですって………!!?」
「落ち着きなさい、合美さん。こんな人に口答えしたら、令嬢の恥よ…………あら。そろそろお父様の馬車が来る時刻だわ。」
送りますわ、と赤茶色の鞄を持った亜樹本さんが言い、彼女らは帰ってしまった。
……………ポタっ
涙なのか、かけられた水なのか分からない。
悲しみのつまった小さな雨粒が、1人残った見沢さんの机の上に落ちた。
「……………見てるんだったら助けてよ、バカ」
ポツリとつぶやいた彼女の一言に、ドアの近くでずっと様子を見ていたわらわは、全速力で離れることしかできなかった。
そのまま、階段を駆け上がり、屋上のドアを思いっきり開けた。
さびた金網に手を絡め、
「うわ″あぁああああああああああああ!!!!!」
と、思い切り叫んだ。
「………… もう、限界じゃ!何回も助けようとしたのじゃ!!本当の本当じゃ!!!!でも!!!!」
……………………でも、
わらわの心の中で、何回も繰り返した「もしも」が、また、わらわの頭を過ぎる。
もし、友人の笑顔が一生、私にむけられなかったら?
もし、ありもしないことを先生に言われたら?
もし、お父様やお母様がからかわれたら?
もし、もし、もし、もしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもし……………
もし、アイスルアノヒトにきらわれてしまったら?
ゾクッ
「………………でも、もしも、見沢さんが愛する人に嫌われていたら?」
ポツリとつぶやいた。
これも、わらわが繰り返した「もしも」のひとつ。
なかなか助けられない自分に腹が立つ。
そんな時、4階の屋上で叫ぶ。
もう、習慣となってしまった。
「……………帰ろ。」
金網から手を離し、白と黒の水玉模様のリボンがついた、赤茶色の鞄を持ち、帰路へ向かった。
────────☆☆☆☆☆☆☆─────────
「────お帰りなさいませ、お嬢様。」
「ただいまなのじゃ、柴崎」
なびくこげ茶色の髪をもつ執事、柴崎武尊に鞄を持たせ、自分の部屋の、レース付きの布団へダイブした。
「────今日も、お疲れのようですね。」
「当たり前じゃ。もう、クタクタなのじゃ〜!」
「─────心のご準備は、まだ出来ないようですね。」
「当たり前じゃ。お前に相談しただけでは、解決にいたらなかった。し、余計に酷くなったのじゃ!」
「それはそれは。」
申し訳なさそうに、深々とお辞儀をした。
伸ばしすぎた前髪が、パサリと落ちた。
「──────あ、そうでございました。」
「?? 何かあったのか?」
「ええ。この度、形界に住む者全てがとある異世界へ行けることになったのです。」
「………………ほう。それで?」
「はい。その異世界は、お上様達がお造りになった、誠に素晴らしく、新しい異世界でございます。」
そこで言葉を切り、落ちてきた前髪を耳にかけた。
「その異世界に、相談室があるのです。」
「相談室?どんな相談でも受けてくれるのか?
そんなうまい話、ある訳なかろう。」
「それが、あるのですよ。「魔界」のとある魔女が行ってみたところ、見事に解決してくださったと絶賛の声が。」
「宣伝の為に言わせたセリフのようじゃな。くだらぬ」
うつ伏せのままだった体を起こし、彼を見た。
「……………と言っても、お前は行けと言うのだろう、柴崎。」
「よくぞご存知で。左様にございます。」
「………………分かった。行き方を教えてくれ。初対面の人に会うと性格の変わるわらわでも、相談できるのじゃな?」
「左様にございます。」
「……………そうか。」
もし、彼女を助ける方法が見つかったら?
もし、彼女を助ける勇気が見つかったら?
初めて考える「もしも」に少しワクワクしていた。
後編へ、続く。