11.黄昏探偵の相談室(後編2)
君は誰?
私の記憶の中に、1番よく出てくる人。
どうやら、幼なじみらしい。覚えてる中で、1番小さな頃の記憶から登場している。
名前は?
分からない。
その人は、右手首に青い砂時計のブレスレットを付けている。
私は、左手首に白い砂時計のブレスレットを付けている。
いつ買ったの?なんで付けてるの?今でも付けてる?
違う。
もっと大切なことを聞きたい。
そう、例えば……
『記憶を失くした私を、今も覚えてる?』
虹色の葉が、ひらひら舞い、ふわっと消えた。
今日、いつかのショッピングモールに呼び出された。
救世主『リオ』が、オレを助けてくれる手がかりを渡してくれるらしい。本当に救世主だ。感謝してる。
─────紹介が遅れたな。オレの名前は明津玄岳。みょうづはるが、だ。中高生の頃は『げんがく』だの、『げんげん』だの、本名で呼んでくれるやつは中々いなかった。でも………あいつは、ちゃんと呼んでくれたっけ。
ありがとう、も言えなかったな。だからこそ、今から会う人達にはありがとうを言いたい。『リオ』にもこれから何度も言おう……
ヴー、ヴー、ヴー、ヴー
っと、電話だ。リオか?
………いや、違った。
とんっ
「……もしもし」
『よっハルガ。彼女さん見つかった?』
「ばっか彼女じゃねぇただの幼なじみだ!」
『はっはは、ごめんごめん』
「ったく……ところで、そっちはどうなんだ、ソウ」
『なんとか行けてるよ。あ、ウォウフも元気だよ』
「そうか……悪い。本当に、いきなり辞めて」
『辞めたじゃなくて、休んだでしょ?脱退した訳じゃないんだから怖いこと言わないでよ。それより、玄岳なら大丈夫だと思うけど……見つけるまで、絶対戻ってこないでね」
珍しく強めの言葉。
そんな言葉も、オレの心に真っ直ぐ届いた。
「………あぁ、当たり前だ。」
オレも届くように、強く言った。
ソウが静かに笑った。
『あ、そうだ。そうは言っても、作詞作曲にはこれからも協力してほしいんだけど……』
「そんなの当然だ」
『やった、ありがと。じゃあまたかけるね』
「ああ、またな」
通話を切った。
ソウは、同時期に転生した。オレがギターを弾けるのを知った途端、バンドを組まないか、と誘ってきた。最初は断り続けていたが、あんたとなら行ける気がするからやりたい、と言われ、さらっと心を掴まれた。
その後、童界のなんかのオオカミ、ウォウフを誘い、バンドを結成した。苦難もあり、何度もぶつかりあったが、その度に自分の欠点に気づいて直すことが出来た。努力のかいもあり、ファンもどんどん増えていった。2人に出会えたから、こんなことが出来た。大切な友達に出会えて、本当に幸せだ。
でも、彼らと出会うきっかけになったのは、カケガエノナイ、生前の幼なじみだった。────
ざぁっ
風が吹く。
虹色の葉たちが、またひらひら舞っては消えた。
今日はいい天気だ。あの日と同じ。あの時は夕方だったが、夕日が綺麗だった。
──あの日。愛しき日々が終わりを告げた日。
幼なじみは突然、事故にあった。
オレの目の前で。
横断歩道の信号は、確実に青だった。
ぶつかった自動車は電柱にぶつかり、あいつは意識を失くした。幸い命に別状はなかったが、右足を骨折し脳にも影響があった。
──そして、あいつはなってしまった。
逆行性健忘症。
発症以前の記憶を忘れるもの……記憶喪失に。
なんでお前が。オレがあの時先に歩いてたら、こんなことにならなかったのに。オレのせいだ全部全部、オレのせいだ。あいつの両親が、何を言おうとオレのせいなんだ。
絶望したオレと反対に、あいつは喪失前の自分を精一杯追いかけていた。勇敢に物事に立ち向かう、本当の優しさを知っている『自分』を。
『記憶を失くす前の自分に、少しでも近づきたいから。』
そう言って、あいつはリハビリはもちろん、勉強や苦手だった運動も頑張り、いつの間にか、少し違えど、オレの知ってる『あいつ』になっていった。
そのうち、好きなものも見つけた。あるバンドだった。曲を聴いた瞬間、あいつは恋に落ちた。それから数日間はぼーっとしていて、リハビリどころではなかった。
その影響もあってか、オレはあいつが特に好きだったメンバーのギタリストを真似をし、ギターを始めた。別に、あいつが喜んでくれるから続けてたとかそういうのでは無い、断じて。うん。
……と、気づいたらブレスレットを見ていた。
黒い紐に青い砂が入った、砂時計のブレスレット。
『あの日』に買った、最後のおそろい。
あいつは黒い紐に、純白の砂時計だった。
『あの日』にも割れなかった『お守り』として、生涯ずっと付けてくれていた。確か、左手首に。今でも付けているのだろうか。早く会って確認したい。そして、色んなことを話したい。
そう思うごとに、熱くて胸を焦がすような、切なくて悲しい気持ちも高まる。この想いの名は、なんというのだろうか。あいつなら知ってる気がする。
あいつ、っていうだけで高まるから。
あと、決まって暑くなる。
……ん?
そういえば、リオ遅くないか?いつの間にか集合時間を過ぎている。迷ったのか?
別に、心配とかそういのでは無いが電話をかける。
……と、着信音らしき音楽が近くで鳴った。
お!?
急いで立ち上がって辺りを見回したが、いない。偶然か?にしてはタイミング良すぎないか?
耳にスマホを当てたまま木の周りを見ようとした瞬間、人々のざわめきがスマホの中から聞こえてきた。
「あっ、もしもしリオか?お前今どこにい」
『ココです。』
「は?」
「ココです。」
驚いて声が出なかった。理由三つ。
2つ目の声が、リオのものではなかったこと。
その声が、真後ろから聞こえたこと。
その声が………、『あいつ』だったこと。
「……あづ?」
振り向くと
この間と違う、チェックのセーターを着たリオと、
白いワンピースに黒く長い髪と大きな目の『あいつ』……あづがいた。
時が戻ったみたいだった。『あの日』と全く同じ格好をしている。
「お前……なんでここに」
「……さい」
「え?」
「ごめんなさい!私、覚えてないんです!」
「……は?」
「また記憶喪失になったんです!」
……周りの雑音が消える。
つまり、また最初のあづでは無くなっていた。
ということだ。
あづは、潤んだ大きな瞳でオレを見た。
「だから、あなたの名前も覚えてません!自分の名前も……でも、名前だけなんです!全っ部名前だけで、あの日々は忘れていない!記憶を失くしてからの日々も……記憶を失くす前の日々も!」
「分からないんです!なんで私だけ記憶失くすのか!なんでいちいち忘れるのか!しかも名前だけって……呆れてますよ!自分でも嫌になる!なんで……なんで私だけなの……?」
力なく笑った。
「教えて……名前の分からない、私の幼なじみさん」
……オレが聞きたい。
ほんと、なんでお前だけそんなになるんだろう。オレが代わりになれないのか?大切な、カケガエノナイ幼なじみに。……なれる訳ない。でも、あいつの苦しみを、少しでも軽く出来ないだろうか。何か方法は無いのか?あの頃みたいに考える。
すると、とても簡単なことに辿り着く。『あの日』と同じように。
「………オレが、傍にいればいい」
「……え?」
「理由なんてオレも分からない。だから、あづが何度忘れようと、オレは死ぬまで……次に転生するまで、俺がそばにいる。どうやったって忘れらんねえよ、お前の名前なんて。一瞬でさえ忘れられない。あづの家族やオレの家族の名前だって忘れたことはない。さすがに、あづの友人全員は覚えてないが、少しは言える。……あづの記憶は、オレの記憶だから。だから、誰かを思い出せそうだったら言ってくれ。そいつの名前教えるから。オレが……」
あづの顔がぼやける。気にせず、オレは言う。
「あづのカケガエノナイ幼なじみだからこそ、これが出来るんだ。だから、オレのそばにいてくれ。次転生するまで、ずっと。」
「……ずっ、と?」
「あぁ。また忘れると困るだろ。大丈夫。オレは『あづ』という存在があれば、それで十分だから」
「い、いやいや。それは言い過ぎだよ」
「言い過ぎな訳あるか。逆にあづがいないと空白の日々になる。オレは空白のつまらない日々より、鮮やかな充実した日々の方を好んでいるからな」
目じりを拭う。
あづの目はぽかんと開いたままだった。
オレはそっと、あいつの目もとも拭った。
はっ、として、顔を赤らめたあづは、困ったように、嬉しそうに、微笑みながら言った。
「………うん。ありがとう。お言葉に、甘えさせていただきます。」
「……あぁ。」
『愛しき日々』が、もう一日付け加えられた。
今日は、とてもいい日だ。
また、あづと生きられる。
あの不思議な気持ちが、また高まった。
「じゃあ………。その代わり、名前教えてよ。私と、君の名前」
「……え、お前の名前はもう教えたじゃないか」
「ごめん、フルネームは教えてもらってない」
「あづで十分じゃないか」
「いや。自分の名前も言えないなんて恥ずかしくて生きていけないよ。もう死んでるけど」
「はぁ?別にいいじゃないか」
「良くない!あ、じゃあ私の今の名前も教えない!」
「い、今の名前!?何だそれは!おいリオ!知っているんだったら教えろ!」
「……うぇ!?お、俺ですか!?」
「だめ!教えないで下宮さん!」
「なんだお前、下宮って言うのか。じゃあ、お前の後で教えろよ。フルネームでな」
「えぇ!?俺部外者ですから2人ので十分じゃないですか!」
「じゃあ、オレも教えない」
「じゃあ、私も教えない!」
「えぇ!?……ど、どうしよう、このままじゃ相談完了にならない………」
「相談?何だそれ?」
「はっ、また心の声が……」
「??ま、それ後で詳しく教えろよな、大読或月。」
「なんで私が………え?」
あづが固まった。
「い、今、何て?」
「だから、おおよみあづき。大きいに読む、或るに月だよ。そして……オレの名前は、みょうづはるが。明るいに河津の津、玄米の玄に岳」
「……大読或月……明津玄岳……ありがとう、玄岳。私の今の名前は、じゅうじいんゆかり。十に時に病院の院で夢の光」
「夢の光……いい名前だな。夢光」
「うん。付けてくれた人もね、すごいいい人なの」
「……そうか」
良かった。あづにも大切な人が出来ていたんだ。
「じゃあ、会いに行きますか!」
「………は!?」
「行こ、玄岳!」
「おま……元からその予定だったのかよ!」
「うんっ!行きましょ下宮さん!玄岳ーペガ車だよペガ車!」
「ペガ車ぁ!?お前そんな高いの乗ってんのか!?」
「やっぱりアレ高いんだ。って、それよりほら、行きますよ玄岳さん!」
「あ、ちょ、引っ張るなあ!てか名前教えろよリオおおお」
こうしてオレは、リオとあづに連行されることになった。
白い砂時計のブレスレットがついた、あづの左手に引っ張られながら。
真花
「いやーもー最高かよーーーー!!」
ヒロさん
「ど〜したの真花ちゃん」
「少女マンガ的な展開でテンション上がってますっ」
「なる〜。次回はどんな人達が来るのかな〜」
「確かに!願っときますっ☆」
「うん〜」
磐瀬常郎所長
「何の話してるのか分からないけど、今回は本当にみんなありがと〜。僕達のお礼品もお楽しみに〜」