10.下宮理雄の休室録
相談室をお休みにし、俺たちが行ったある場所。
そこで、俺はとてもいい経験をしたんだ。
…………んぅ?
薄く、目を開いた。
日光が、葉と葉の小さい隙間を縫って俺を照らしていた。眩しくって、左手の甲で目を隠した。
あ、皆さんどうも。今日は、相談室をお休みにして天界のショッピングモールに来ていまーす。
……え?なんでかって?えーと。
○ここ一週間誰も相談室に来なかった。
○昨日、水晶の点検だとかで来たガブリエル(仮)さんが鼻で笑った(その際、真花が水晶を丁重にぶん投げて渡していた。)。
○ヒロさんがペガ車に乗ろう、と提案。
○買い物したい、と真花。
○俺の意見など聞きもせずに決定。
とまぁ、こんな感じです。はい。
まぁ、俺買うものなかったからゲーセンで暇をつぶし、ベンチに座ってたってわけだ。このベンチ。実は、この三階建てよりさらにデッカイ木をぐるっ、と囲んでいるんだ。しかも、この木がつけているのは、なんと虹色の葉。ようやく異世界っぽいものに出逢えた気がするなぁ………。
さ、説明も終わったから、もうひと眠りしよ…………
………………………ぅ……………………
ぽすっ
…………ん!?なんか、受け止められた!?
「危ない………頭打つところだったぞ。」
「うぇ!?」
「あ、ちょ、動くな!!………っしょ。ほら、もう大丈夫だ。」
「あ、ありがとうございます?え?」
ぱっ、と隣の受け止めてくれたらしい人を見た。
…………わ。
すっげぇイケメン。色白の肌にキリッ、とした目。黒と赤の上下ジャージが異様に似合っている。なんか、俳優みたいな、現実では会えなそうな凄いオーラをまとっている。
「どうした?頭ぶつけたか?」
「えっ?あ、いや、お、おかげ様で大丈夫です!」
「そうか………ならいい。」
ふっ、と優しく笑った。え、笑顔って本当に輝くんだ………あ。
ふと、俺とこの男性の間に置いてある、黒いものに目がいった。
「………これ、何ですか?」
「ギターだ。」
「え、ギター!?うわぁ!初めて見ました!」
「………は!?」
ぐいっ、と近づいた。ち、近い近い近い近い近い!!
「ぎ、ギターを生まれて初めて見ただと!?そ、そんな………」
すっ、と静かに元の位置に戻って腕と足を組み、呆然とした。ご、誤解させてしまった……
「あの、生まれて初めて見たわけじゃないです!テレビや動画とかでは見たり聴いたりしてましたし……」
「……直接見たり聴いたことは?」
「あ、それはないです。」
「そうか………」
そっと腕だけほどき、黒いケースを持ち上げた。
じじーっ、とチャックを開け、中から肌色のギターを取り出した。な、なんでいきなり取り出したんだ?
「弾いてやる。お前、なかなかレアなヤツだからな」
「……えええ!?」
「あ、嫌ならいいんだぞ?強制的じゃないし……」
「き、聴きます!聴きたいです!!」
ばっ、と手を挙げた。もう絶対こんな機会ないし!!
すると、満足そうに頷き、肩掛けとギターの間をくぐった。そして、ギターのへこみと組んでいる足を合わせ、そっと弦に触れた。
───じゃらん。
優しく鳴った。メロディが続いていく。軽やかで、心のこもったメロディが。
ギターから、彼の横顔に視線をうつした。
………嬉しそうに目を瞑っていた。指が弦に触れるごとに、彼の体もふわっ、と揺れる。
彼にしか見えてない世界の中で、ギターの音色だけが流れているようだった。
……音もこの人も、今までにないほど輝いていた。
「これが、ギターの本物の音だ。」
「………。」
「どうした?終わったぞ?」
「………すごい。」
「は?」
「すっごいです!!あんな、あんなキレイなもの初めて聴きました!!生で聴くのってこんなに違うんですね!!教えてくださり、ありがとうございます!!」
「お、おぉ。そんなに感動してくれるなんて思わなかったなぁ。」
まじまじと俺を見つめた。いやぁ、なんか嬉しいなぁ………ん?
「右手首につけているの、何ですか?」
「んっ?あぁ、これか?」
「はい。あ、ブレスレットですか?」
黒い紐に、青い砂の入ったキレイな砂時計がついたブレスレットだ。砂が光を反射してキラキラ光っていた。
………と、彼は前かがみになって見る俺に、ぽそっ、と秘密の話をするように小声で言った。
「………これは、オレと天界にいる幼なじみとの唯一の繋がりなんだ。」
「……唯一の、繋がり。」
俺が態勢を戻すと、彼は寂しそうな顔をしていた。
その表情さえ輝いて見えて、でも、冷静さを取り戻して言葉を探した。
「え、えと、て、天界にいるのだったら、会えないんですか?」
「会えない。俺たちはお盆の時しか現界に下りれないだろ?だが、大抵オレは仕事が被るんだよ。オレだって会いたいけど…………会えないんだ。」
ぎりり、と右手首をきつく握った。顔も悔しそうに歪んだ。幼なじみさんへの気持ちが、とても強く伝わってきた。
「……じゃあ、探しましょうよ。」
「探す時間あったらとっくに探してる。オレは毎日忙しいんだよ………」
「そ、そんなことないですよ!!」
バンッ、と開け放しになっていた黒いギターケースに思い切り手を置いた。
彼の驚いて丸くなった目と合い、一瞬ひるんで、でも、言葉を続けた。
「だ、だって、こんなところでのんびり出来るぐらい暇なんだったら、いくらでも探す時間あるじゃないですか!俺もすげぇ毎日暇なんで、いくらでも手伝いますから!忙しいを理由にして諦めないで下さい!!」
「………。」
あっ。やってしまった。めっちゃ呆然としてる。
「す、すみません。俺なんかがこんなこと………」
「そんなことない。」
今度は彼の番だった。
「そうだな………確かに、オレは仕事を理由にアイツを探すことから逃げてた。覚えてないかもしれない、って思ってな。でも………カケガエノナイ幼なじみを忘れるわけないよな。うん。そうだ、そうだ。探す方法なんかいっぱいあるよな。そうだよ、最初からこうすりゃ良かったんだ…………」
ぶつぶつ、と呟いて、決心のついた輝いた目で俺を見た。
「ありがとう。お前のおかげだ。仕事より、 恋だもんな、今の時代!」
「そ、それは分かりませんが…………」
「多分そうだろ!あ、連絡先教えてくれないか?本当に図々しいが、何かあったら助けてほしい……」
ジャージのポケットからスマホ取り出し、画面をタップして俺に差し出した。そこには、IDが表示されていた。
お、おおお。
「も、もちろんです!いつでも連絡して下さい!」
私服のズボンのポケットからスマホを取り出した。
画面をタップし、IDを入力した。ポコン、と音がなり、オオカミのアイコンがでた。
「で、出来ました!」
「ありがとう。あ、もうこんな時間か。今日は本当にありがとう。また、いつか。」
「はい!こちらこそ、素敵なギターの音色をありがとうございました!」
ぺこ、と体を折った。ギターの先が頭に軽く当たった。
「あだっ」
「ふっ………大丈夫か?」
笑った。さっきより自然さが増していて、輝きが増していた。
「わ、笑わないで下さいよ!」
「あっはは、わるいわるい。じゃあ、またな。連絡する。」
「あ、はい!また!」
ギターを片付け、ケースを担いだ彼は俺に手を振り去っていった。
いやぁ、本当にかっこいい人だったなぁ………
「しーたーみーやーくーん!!!」
「あ、はい!?」
「何今の2.5次元イケメンギタリスト!何でスマホいじってたの!?」
「に、2.5?いや、連絡先交換しt」
「なんですと!?あ、詳しい情報はフードコートで!!ヒロさん待ってるから!!」
「あ、そなの?分かった!」
スマホをポケットにしまい、長いスカートを揺らす真花の後を追いかけた。
……ふと、彼のギターの音が蘇った。そういや、あの曲聞いたことがある気がする。なんだっけ…………
「ま、いっか。」
「下宮くん!2.5次元イケメンの話聞きたいから早く!」
「だから、なんで2.5なんだよー」
急いで追いつき、一緒にフードコートへ向かった。
かたん。
「ふぅ………こんなもんかな。」
初めて休室録なんて書いたけど、なかなかいいんじゃないかな?ちょっと小説っぽく書いてみたけど、なんか言われるかな?ま、いっか。
───そういや、あの曲、本当に誰の曲だっけな。
えー……んー………
ばんっっっ
「おわっ!?」
「お久しぶりです下宮さん!!」
「え、し、秋宮さん!?」
いきなりドアを開けて入ってきたのは、秋宮間千さんだった。なんで?
「どうし………」
「こっ、この、このニュース見てください!!!」
「ニュース?」
差し出されたスマホの画面を見た。
「………脱退?」
そこには、太い文字で「脱退」という言葉が書かれていた。そして、もう1つ…………
『LostVE』、と書かれていた。