第三話 赤咲と食人鬼の始めての邂逅と更なるアートの創造 その1
レコーディングが終わって、一週間が経過した。
赤咲の周囲は何事もなく、緩やかに時は流れていく。
マリア5のメンバーは、桜が連ドラの主演。
陽菜はバラエティ番組の司会。
恭子はクイズ番組のレギュラー。
杏は各界著名人との対談番組。
ミリアはヨーロッパ諸国への旅番組。
と五人も変わらずに個々の活動も精力的にこなしており、テレビをつけるだけでも五人の活躍は確認出来る。
赤咲それに負けじと、新曲以外にアルバム用の曲のストックを作ってはいるが、モチベーションは少し低下している。
―やっぱ、新しい出会いがほしいな―
そんなことも考えてしまう。
今日も学校では、普段のように隆と楽しくやってはいるが、やはり変化は無い。
それはそれで楽しいのだが、慣れてしまえば人は贅沢になってしまうのかもしれない。
人間アートも、皮靴製作はとても燃えたのだが、その時の少女があまりに秀逸過ぎた為に、それを超えるような良い人間には出会えない。
凡人の中でも特に普通な凡人にしかめぐり合えず、その為にハイクオリティな物は作れずにいた。
「はあ、何か無いかな」
赤咲は適当に、普通の人が刺激を求めるのと同じような感覚でテレビをつける。
番組はニュースだった。
「何か面白い物は……えっ!」
ニュースでやっていた内容。
それは非常にありえない、異質ともいえる事件の報道であった。
ニュースキャスターはそのニュースを読み上げる。
「今入ってきたニュースをお伝えします。先ほど都内にて、人間の遺体が発見されました。遺体は二十歳~四十歳の男性。遺体は損傷が激しく動物に食べられていたような痕が多数見られており、警察は身元の調査、事件と事故の両方の面から捜査を行うと……」
キャスターは淡々と読んでいる。
だが、それは非常に興味深い物だった。
―都内にて、動物に食べられた遺体……ね。動物……都内で人間を食べる動物……か。なるほどなるほど―
赤咲はしばし、思案をするが事件の真相は容易に想像が出来た。
「都内で人間を食べるような猛獣が存在するとは考えにくい。いたとしても動物園絡みなら、脱走事件としてニュースになるはず。そう考えると……恐らく犯人は人間。……面白いな、一度接触してみるか」
赤咲の表情は明るかった。
現代のしかも、自身の住む街の近郊で食人者がいるかもしれないのだ。
赤咲は、もしもの出会いに胸を躍らせ、夜の街へと出向くことにした。
夜の街。
赤咲は一人で街を徘徊する。
人通りが少なく死角が生まれやすい。それでいて、パトロールなども行われない地。
警察署における管轄の境界線にあたる地域。
それはどの街にも多数存在する、犯罪の温床となりやすいクライムスポット。
また、赤咲がアートの題材を捕らえるのにもたまに利用する収穫場でもある。
この場を赤咲は一人、彷徨い歩く。
無防備な男を装って、さも自身こそが獲物であるように振舞う。
しかし、赤咲は既に何百もの命を奪ってきた男でもある。
ただのスリなどであればともかく、人間を食べるような一線を踏み越えた人間であれば、その気配は容易に察知できる。
しかし、だからこそその食人者も赤咲の奇妙な振る舞いには黙ってみていることなど出来るはずも無い。
同じ臭いのする人間。それでありながら、不自然なほどに無防備な隙を見せるという行為。
この異質さを敏感に感じ取ったのか、食人者は漆黒の闇から赤咲の前へと、その姿を現したのだ。
「貴様何者だ。何故このような場所にいる」
男の声は不気味なほどに低く、相手を脅すような声だった。
「……やっとおでましか。君だろ。さっきニュースでやっていた食人者ってのは」
しかし赤咲はその脅しのような声にも怯まず、目の前に現れた男に笑顔で話しかける。
「先に質問に答えろ。貴様何者だ? その気配から察するに……貴様も人を食べるのか」
「まさか。俺は食べないよ。人間はアートの素材だ。人間は俺にとってはキャンバスに等しい。この世界にキャンバスを食べる人間など居ないだろ」
赤咲は問いに否定しながら、工夫を凝らした言い回しで答えた。
だが、その様子に食人者はあまり納得してはいない。
「アート? どういう意味だ」
「分かんないか。アートってのは、人間を使ってオブジェを作ったり日用品を作ったりすることだよ。自信作だと人間の皮靴とか……頭部で作った球体の置物かな」
「……変わってるな」
赤咲の答えに男は、同じような低い声で答える。
しかし先ほどのような脅しの雰囲気はなくなっている。
「変わってる? 俺がか?」
「そうだ。まあオレも似たようなものか」
「似てる?」
「ああそうだ。互いに人間を殺してるだろ」
男は赤咲に同種に出会ったような、不思議な感覚を持って話しかける。
しかし、その言葉には赤咲は首を振る。
「違うな。全然違うよ」
食人者は言葉に、赤咲ははっきりと異を唱える。
「君は人間を食べ物と見ている。俺は人間を芸術のキャンバスと見ている。これは大きく違う。全く持って別のベクトルにいる。君はカニバリストであり、俺はアーティストだ。この二つは同列に語るにはあまりにも性質が違う」
赤咲は特に力強さを込めるでもなく、ゆっくりと、ただし力強く語った。
「そう来るか。確かに言われて見ればオレとお前は違うな。だが、それならばお前はオレに何のようだ」
「用? ただ会いに来ただけだよ」
「ただ会いに来ただけだと」
赤咲の返事には、男も拍子抜けのような態度を見せる。
「そうだよ。だって生粋のカニバリストなど早々にあえるものじゃない。まさか現代の日本でソニー・ビーンのようなカニバリストと出会えるなんて、衝撃だよ。最近の日本の若者は駄目だ、昔の方が良かったとかそういう意見がチラホラと聞こえるが、君のような人物がいるのであれば、日本は捨てた物じゃないと思うよ」
赤咲は心底嬉しそうに言う。
その表情は非常に純粋で真っ直ぐな輝いた目だった。
「くっくっく。面白い男だな」
「面白い?」
「ああ。幾ら貴様が殺人に躊躇が無いといっても、食人者と顔を合わるなんて普通は出来ない。怖いと思うのが普通なんだよ」
男は心底愉快そうな表情を見せながら話しかける。
最初の脅しの怖さは完全に消えている。
「なるほど。だけど、そのような普通な感覚を俺に押し付けるのは間違ってるな。そもそも、人を食べる程度で怯えるなんて、そのような感覚じゃアーティストは務まらないよ。アーティストとは、常に新しいもの。自分の持たない物を持つ物には寛大になるべきなんだ。自身が許容出来ない物を異常と拒絶するような狭量な器の者は真のアーティストにはなれない」
「くっくっく。そういう考えが出来るとは、相当に面白い男だ」
赤咲の語りには男も満足そうな表情を見せる。
「面白いというなら、君も相当に面白いよ」
「くっくっく、そうかそうか。じゃあオレはここらで去らせてもらう。別の用もあるのでな」
「そっか。いい体験になったよ」
「オレは水原狂一朗。また機会があれば会おう」
「赤咲斬耶だ。じゃあな」
赤咲が軽く手を上げると、水原は闇へと姿を消した。
カニバリストとアーティストの邂逅。
その最初の一夜は静かに過ぎ去る。
新キャラ登場です。
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