第二話 マリア5と赤咲の少しだけ楽しい日常風景 その3
そして更に五日後。
この日はスタジオでレコーディングが行われることになっている。
既に何度もやっている事ではあるが、作詞をメンバーが行ったというのは初めてであり、いつもとは少し違った緊張感がある。
パート割は既にメンバーに届いているが、今回は普段とは異なるパート割になっているのでメンバーから不満もあった。
―いよいよか。楽しみだな―
けれど赤咲は、今回は面白い物が出来そうだ、という予感もあり非常にわくわくしている。
「ちょっと! 何で私のパートがこんなに少ないのよ」
だが陽菜はメンバーの中でも特に強く、不満を露わにしていた。
今まではメインボーカルに桜と陽菜のツインボーカル。ハモリを恭子と杏とミリアというのが定番だったので、今回の桜一人にメインボーカルに残り4人のハモリという形なのは陽菜からしたら面白くは無いだろう。
しかし、それは赤咲も当然予想していたので、対処もしっかりと考えていた。
「悪いな陽菜。でもダンスのフォーメーションでは陽菜がセンターだからそれで今回は納得してくれないか。次の曲は陽菜のパートも多くするからさ」
「そう……まあそれなら今回だけは譲ってあげてもいいけど」
「ああ。そうしてくれると助かる」
陽菜は目立つ事が大好きなので、こういう落としどころを見つけることで上手く解決する。
もちろん、次の新曲で陽菜のパートを増やすというのは、赤咲にとっては嘘ではない。
今回は桜が作詞を行った事と、歌の内容と桜の声質の親和性が極めて高い事から、桜一人のメインボーカルという形を取ってはいるが、陽菜の高い歌唱力と音楽センスは赤咲も高く評価しているのだ。
赤咲の陽菜に対する評価は、作詞の出来の酷さ程度で失われるものではない。
しばらくすると、時間になり全員がスタジオへと集まってくる。
それを確認すると、早速レコーディングとなる。
「じゃあ早速始めるよ。桜、準備はいいか?」
「はい」
レコーディングブースの中に入っている桜は、集中した面持ちでマイクの前に立つ。
音楽がヘッドフォンから流れ出すのを感じ取ると、桜は歌い始める。
「夏のような 恋をしたよ」
歌の出来は前回の時よりもノビノビと歌っているようだった。
―やっぱり思ったとおりだ。桜とこの歌は相性がいい―
桜の歌声に赤咲はとても感動している。聞き惚れているといっても、あながち間違いとはいえないだろう。
それだけ今回の桜の歌は素晴らしかった。
桜はそのまま最後まで歌い終わるとヘッドフォンを外して、コントロールルームに控えている赤咲に視線を向ける。
「どうですか?」
「あっああ、凄くよかったよ。一発OKだ。前よりもさらによくなってる。最高だよ」
「そう。良かった」
赤咲のOKサインに緊張の糸が解けたのは、満面の笑顔で桜はブースから出て行く。
「じゃあ次は……陽菜いってくれ」
「ええ。最高をハモリを見せてあげるわ」
「ああ、期待してるぜ」
赤咲が勢い良く送り出すと、陽菜は意気揚々とブースへと向かう。
そしてそれと入れ違いに、桜がコントロールルームへと入る。
「はふー! 桜凄く良いデス。ワタシも歌うの楽しみデスよ」
「ミリアちゃんありがとう。ミリアちゃんの歌も期待してるよ」
ミリアのテンションの高い賞賛に桜も笑顔で返す。
「はふー! 期待サレマシタデス」
「ミリアさん、あまりはしゃいでないで歌詞の確認をした方がいいですよ」
ミリアがはしゃいでいると、杏が注意を促す。
―はは、こういうときは、杏はお姉さんだな―
赤咲も自然と笑顔がこぼれる。
しかし、ブースの方で陽菜のスタンバイが出来たのを確認すると、赤咲も表情をすぐに真剣な顔に戻す。
「準備はいいか?」
「当たり前でしょ、音楽お願いね」
「分かった。じゃあ流すよ。……はい」
音楽が流れると陽菜も歌い始める。
陽菜は先ほど録音した桜の声に上手く重ねるように歌っていく。陽菜のレベルの高さには、赤咲も何度も助けられているが、今回も期待は裏切らなかった。
その後も、ミリア、恭子、杏と順番はレコーディングを行っていき、その日は順調にレコーディングを終了する。
「じゃあこれで終了だけど、プロモーションビデオの撮影は来月だから。詳しい日付けは後でマネージャーから連絡が来ると思うけど、絶対に忘れるなよ」
赤咲が諸注意の再確認を行い、その日は解散となる。
もう時間はかなり遅い時間になっていたのだ。
―すっかり遅くなっちゃったな。今日はもう帰るか―
この時間では、アート創作に勤しもうにも、恐らく題材となる人間の確保は期待薄だった。赤咲もこの日は、久しぶりにまっすぐに家へと帰り、眠りに就くのだった。
更新です。
次回からはまた新たなエピソードです。
新キャラも出る予定です。
お楽しみに