第一話 殺戮と作曲のある日常風景 その3
赤咲のオブジェ創作にあたっての材料となる人間。
それは圧倒的に少女が多い。
また赤咲も材料の選定には強くこだわりがある。
女性なら十五歳以下、男性であるなら八歳以下と明確に決めている。
かつては、成人の男性や女性も題材として扱っていた。
しかし、それでは素晴らしいオブジェは出来なかった。
理由は一つでしかない。
それは悲鳴や恐怖に満ちた表情。
それらがとても醜いからだった。
野太い声で悲鳴をあげられても、創作意欲などわいて来ない。
少女であればその悲鳴を聞きながら、長ければ三日とかけてあらゆる苦痛を与え続けて最高の作品を作り上げるのだが、大人の男では悲鳴など一時間として聞いていられない。
もちろんせっかく作り始めた以上、途中で投げ出す事は許されない。
やむなく早めに頭を潰して遺体としてから、加工を始めオブジェは完成させるがその出来は非常に悪く、自身の作品の中ではワーストクラスの酷い出来だったのだ。
成人女性は男性よりはマシだが、その厚化粧と香水の臭いがやはり集中力を奪う。
悲鳴も芝居臭さが混じってしまい、やはり赤咲を満足させるには至らなかった。
そういった失敗を何度も繰り返し、その結果として今の条件が出来たのだ。
しかし年齢というのはあくまでも基本の一つであり、最低限な条件に過ぎない。
その条件に当てはまれば誰でもいいというわけではない。
赤咲が『これだっ!』 と思った人間で無ければ意味が無いのだ。
また絶対に殺してはいけない人物というのも赤咲には存在する。
これは赤咲の何百という人間を殺し続けた中で、ただの一度として犯していない絶対の禁忌でもある。
それは、素晴らしい芸術的才能を持っていると赤咲が認めた者である。
赤咲は直感でそれを感じ取る事が出来るのだ。
赤咲にとって人間は大別して二種類に分けられる。
それは優れた才能を持つ上位種と、秀でた物を持たない下位種の二つだ。
上位種は非常に貴重であり、失われればそれは世界的な損失である。
そのような人間を殺す事は許されざる行為であり、死を持っても償え切れない大いなる大罪である。
しかし逆に下位種などは幾ら殺しても全く問題ではない。
世界の人口は現在七十億人であるといわれている。
そしてそのほとんどは凡人である。
つまりその中の、仮に一万の人間を殺したとしても、世界に与える損失は微々たる物でしかない。
しかも赤咲は芸術的なオブジェ。アートを創作している。
それはただの紙に芸術的な一枚の絵画を描き、唯一無二の宝にしているのと同義でもある。
つまり赤咲にとって非常に崇高な行為なのだ。
そしてこれは赤咲が芸術家である為に必要なルールでもある。
赤咲は自身が一歩間違えれば、ただの大量虐殺者になる事は充分に理解している。
そうならない為に、必要不可欠な自分の中での殺人に対する絶対の枷ともなっていた。
赤咲はさりげなく、周囲を見渡しながら芸術の材料となりし者を見定める。
―今日は……あの子がいいな。可愛いし、ちょっと気が強そう。ああいう子を相手にするのは結構面白いんだよな。今日もとてもいい物が作れそうだ―
赤咲が見つけたのは、十二歳ぐらいの活発そうなショートヘアの女の子だった。
そして見つけた後の赤咲の行動は早い。
怪しげの無い自然なそぶりで後をつける。
しばらくして少女が人通りの無い道へと進んだらすぐに後ろから抱きつくように迫り、体重を首にかけて両手の指を使って頚動脈を圧迫させる。
こうする事で意識を一瞬で気絶させてしまうのだ。
後は、麻酔を嗅がせて完全に意識を眠らせてからスーツケースに押し込める。
この一連の動作に三分と掛からない。
時間をかけては目撃者が出る危険もあるが、この素早さではそのリスクは限りなく低い。
後はスーツケースを持って、普通に帰るだけである。
旅行帰りを思わせた普通の行動で誰にも怪しまれる事は無い。
赤咲は真っ直ぐに自宅へと帰る。
今日も鮮血に彩られた創作活動にいそしむ為に
自宅へと帰ると、赤咲は少女をスーツケースから出す。
そしてオブジェ創作には邪魔となる衣服も全て剥ぎ取り全裸にしてからベッドへと縛る。
しかし、少女はまだ眠ったままである。
未だに目覚めていない少女を前に赤咲はどうするかを思案する。
昨日は彫刻のようなオブジェであった。
今まで赤咲は二日連続で意味合いが近いテーマを扱ったことは無い。
同じようなテーマを連続で扱うのは、マンネリとなる恐れがあり赤咲はそれを避けている。
常に変化を求め続ける。それが赤咲のこだわりでもあるのだ。
「うーん。そろそろ新しい日用品というのもありかな。皮靴というのも面白いかも。人の皮だと履き心地が悪いかもしれないけど……でも何事もやってみる事が大事か」
眠り続ける少女を前に創作意欲は沸いてくるが、全体的な完成図はまだ出来上がってこない。
「悩んでてもしょうがない。まずはやり始めることが大事だ。仮に失敗しても改良を加えれば必ず完成するんだ。やる前から諦めるなんて俺らしくもない」
赤咲は難しそう題材に取り組む為に自身の鼓舞から始める。
日用品というのはオブジェとは異なり、見た目だけじゃなく実用性も重視する必要がある。
外観の美と機能性の美。
日用品であれば両方を追及しなくては芸術とはいえない。そのために日用品に対してはオブジェ以上に細かな作業が求められる。
「とりあえずは起こさないとね。やるのはそれからだ。よし起こすぞっ!」
赤咲は早速、少女の意識の覚醒から始める事にする。
少女が意識を取り戻して何らかのアクションをくれれば、きっと新たなインスピレーションをもらえるに違いない。
それは確実に創作意欲を存分に刺激してくれるだろう。
赤咲は優しく頬を叩いて少女を起こす。
眠っている間は絶対に傷つけない。
傷つけるのは意識が覚醒して後。
痛みで目覚めさせるというのも、もちろん面白いがそれではコミュニケーションが全く取れなくなってしまう恐れがある。
せっかく面白そうな少女を見つけたのだから、最初はあくまでも優しく接してこそ恐怖は際立ち、最高な悲鳴を聞かせてくれるというものだ。
「ねえ起きてよー。そうしないとつまらないよー」
少し子供っぽい口調に変えてみる。
声も高めにして、子供っぽさを強調する。
そうすると、何か波長があったのか、なにやら少女にも変化が見える。
「うっ、……うん。ここどこ?」
ようやく目覚める。それを確認して、赤咲も普通の口調へと戻る。
「やっと起きた。おはよう。俺は赤咲斬耶」
「あか……さき? 誰ですかあなたは?」
少女はまだ自分の状況を理解していない。
「俺か。俺は君を攫った芸術家さ。今日は君を基に皮靴を作ろうと思ってる」
「革靴? 意味が分からないんですけど……ん? ちょっとえっ!? 私……何で私裸?」
少女は赤咲の口調に怒りを覚えるが、少しして自分の姿を確認し、かなり焦った表情を見せる。
外見からして、男に全裸を見せるのには強い抵抗がある年頃なのだ。この反応は当然である。
「まあ落ち着いて。別に君が想像するような行為に走る気はないよ。でも意味が分からないか……まあ分かりやすく説明すると、皮靴っていうのは人の皮で作る靴さ。で、その皮は君のを使おうと思ってる。そして裸なのは、今後の作業の邪魔なので処分させてもらっただけさ」
赤咲の口調は落ち着いた優しい物だ。しかしその様子にますます少女は激昂する。
「はあっ!? 冗談はよして下さい! この変態!!」
「いや、冗談じゃない。それに変態でもない」
「変態じゃないって、女の子を気絶させて服を脱がした時点で変態よ! ……まさか貴方が最近頻繁に起こってる子供の連続失踪事件の犯人!?」
少女は怒りに任せ怒声を続ける。
しかし次の赤咲の言葉には少女も驚かざるを得なかった。
「うん。まあ失踪っていっても、全員殺しちゃったけど」
「死んでる? 死んでるって貴方まさか……」
先ほどとは打って変わって静かになる。
死という事実に、かなりの恐怖を覚えたのだ。
「ああ。殺したよ。でも大丈夫。殺したけど死んじゃいない」
「死んじゃいないって、殺したなら死んでるよね」
「いや……殺しただけなら確かに死ぬ。しかし俺は殺しながら創造も同時に行った。俺が殺した者は全て、何らかの形でこの部屋に残っている」
赤咲の言葉に少女は恐れを感じ取る。危険というのを本能で感じ取ったのだ。
そして恐怖と焦りが混じった声で赤咲へと問いかけを続ける。
「のっ残ってる? 大体死んだら腐るじゃないですか」
「防腐処理ぐらいはしてるに決まってるじゃないか。最初の頃は苦労したけど、慣れたら簡単なものさ。完成する際にはその処理もバッチリ終わってる。せっかく作ったものが数日で腐ってしまったら、あまりにも勿体無いしね。そんなこと、俺は絶対にしない」
「ふっ、ふん。くっ口だけじゃないの。そんなことあるわけないんだからね」
「信用しないなら見せてあげようか」
少女の返しがあまりにも面白いので、赤咲は饒舌に言葉を返し続けた。
今までの少女は、二度か三度言葉を交わすのが精一杯ですぐに涙を流してまともな会話は叶わなかった。
だが、今回の少女はかなり長く会話を続ける。
しかも、決してパニックになったり、媚びて命乞いをしようともしない。
その態度に気をよくした赤咲は珍しく、少女の前にオブジェを見せる。
数週間前に作った竜の模型のような物である。
「こういったものを作ってるよ。どっちも人100%の俺の自信作かな」
「人100%? そんな証拠どこにありますの? どうせそうやって誘拐した子供を怖がらせてるだけのはったりでしょ。だっ、騙されないんだからっ! この変質者っ!!」
「うーん信じないかな。じゃあこっちはどう。一年以上前に作ったんだけど」
イマイチ反応が悪かった為に、もう一つとして球体の不思議なオブジェを見せる。
「こっちはどうかな」
「ただのボールみたいな物でしょ。それが何?」
赤咲が見せても、少女は首を傾げるばかり。むしろこのやり取りで落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
「いや……人の頭って意外とボールみたいな綺麗な球体じゃないんだ。それで細かい物をそぎ落として、綺麗な球体を作ったってコンセプトなんだけど」
「人の頭って……なにいってるの。馬鹿じゃない」
赤咲が丁寧に説明するが、少女は馬鹿にしたように切り捨てる。
「もういいわ。そんなはったり、わたしが誤魔化されないんだからっ!」
更に赤咲への罵倒を続ける。変質者には負けないといわんばかりの強気な態度である。
しかし赤咲はその態度にも特に動じる様子は無い。
「ははは。馬鹿は酷いな。でもこれはちゃんと人間と分かるよ。ちゃんと原型も残ってるからね」
「原型?」
「ああ。例えばここ」
首を傾げる少女に対し、赤咲は球体の持ち方を変えて、ある一面を見せる。
「これだよ。分かる?」
「えっ……ちょっっとこれって……うっ、うぅぅ、いや嗚呼ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
少女はその面を見た瞬間、今までの態度は完全に豹変してしまう。
先ほどまでの気丈な仮面は砕け散る。
無様に悲鳴を上げて、目をそらし続ける。
「なんだ。もうギブアップ? 残念だな。でもそんな悲鳴をあげるような物かなあ」
赤咲は首をかしげて、少女に見せた面を自分の方へと向ける。
そこには顔があった。
いや、顔『だった』ものがあった。
眼がある。
口がある。
鼻がある。
頬がある。
顎がある。
ただ、その全てがありえないものとなっていた。
眼は窪んだように沈んでおり、そこを綺麗に糸で縫いつけられていた。
口は唇を削り取られて平らになっていた。
鼻は、鼻頭を切り取られて、鼻の穴が正面からでも確認出来た。
頬は頬骨を完全に削っていた。ただ削った後の骨が完全に露出していた。
顎は先端が無くなっていた。丸みをつけるように無理に削ったようで血の赤と骨の白が綺麗なコントラストを作っていた。
「とても綺麗な球体だと思うのに」
「あっ、あああ、いや」
少女は恐怖を隠しきれて居ない。
先ほどの強気に言い返していた姿は跡形も無くなっていた。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、ただただ恐怖に心を支配してしまっている。
「じゃあおしゃべりは終わりだ。そろそろ作業へと移るね。君との会話で色々と良い刺激をもらえた。感謝するよ。この感謝の意を形にするためにも、最高のデザインの靴を作ってみせるぞ!」
「いっ、いや、止めて。止めてください」
少女は必死で命乞いを始める。
しかしその言葉は赤咲に届く事は無い。
「ちょっとどうしたんだい? 俺は怖いことはしないよ。ただ芸術的な皮靴を作るだけさ」
赤咲は笑顔でナイフを構える。
「ちょっとお願いです。やめてっ!」
少女は悲鳴を上げる。
しかし赤咲はその言葉には耳を貸さない。
既に赤咲は、先ほどとは打って変わった真剣な表情を見せる。
この表情の赤咲には周囲の雑音は聞こえない。
全神経を目の前の少女の体へと向ける。
ナイフを振り下ろす角度。
突き刺す場所と深さ。
そういった場所を間違えてはいけないからだ。
皮靴を作る以上、今回にいたって大事なのは皮膚。その皮膚をいかに傷つけずに切り取るかが、今回の皮靴制作の肝となる。
かといって皮膚を切り取る過程で早期に少女が死んではいけない。
少しでも皮膚の鮮度を保つ為には、全身の皮膚を剥ぐまで生きてもらわなければならないからだ。
また靴底や靴の内側などには、筋肉や脂肪も使用する。それらは腐敗も早いために、いきなり殺してしまえば、良い皮靴などは作れない。
その為に突き刺すポイントを真剣な眼差しで見極める必要があった。
「ここだ!」
「ひっ」
少女が短い悲鳴を上げたが、赤咲は構わずに少女の臍下に狙いを定めてナイフを下ろしていく。
覚悟はほぼ直角を意識し、勢いはつけずにそっと沈めるように、ゆっくりと深く沈めるようにナイフを刺していく。
「あっ、ぁぁ」
激痛にうめく少女。
しかし構わずにナイフを沈めていき、目標の深度にまで到達すると、ゆっくりとナイフを引き抜く。
「……ふう、これで後は皮を剥いでいけばいいかな」
最初の重要な工程を終えて、一息をつく赤咲。
しかしそれとは逆に少女は完全に目が白黒し、意識が朦朧としていた。
「どうしたの? さっきまではあんなに元気だったのに」
赤咲がもう一度声を掛けるが、少女は反応を返さない。
既に意識は手放しかけている。
「……まあいいか。じゃ続きを始めるね」
赤咲は早速皮膚の切除を開始する。
手早く、躊躇いもなく、まるで野菜の皮を剥くかのように、少女を皮膚をナイフによって剥いでいく。
「あっ、いぃぃぃ、いたぁぃ、やっやめ」
少女は地獄のような痛覚の刺激に耐えたね、何度か声も絶え絶えになりながら助けを請う。
しかし、その言葉は赤咲にとっては、命乞いにはならない。
作業を順調に深刻させるためのBGMに過ぎない。
「ふふふ、反応がいいな、君は。最高だよ、正に一言で表すならマーベラスだ! 今まで何人も使ってクリエイティブな創作を行ってきたけど、君ほどの逸材は居ない。もしかしたら君は最初から俺の芸術の素材となる為に生まれたのかも知れないな」
赤咲はご機嫌になりながら、手を早める。
手が早くなれば、当然少女の皮膚もそれだけ早く失われていく。
その後三十分もしないうちに、少女の皮膚は顔を除いてそのほとんどが切り取られていた。
「よしっ! とりあえず皮膚はほとんど採れた。次は……」
ちょっとグロめのエピソードです。
続きも明日には投稿します。