第五話 キリング ノット アート その3
それから数時間後。
赤咲は病院のロビーで項垂れていた。表情からは普段のような覇気が感じられない。
今まで何がどうなって、ここにいるのかなどは覚えていない。
ただ、気がついたらロビーの椅子に座っていたのだ。
手術中のランプが手術室の前で赤く点灯している。
その手術室の前では蒼葉桜の保護者、関係者が両手を組んでその少女の無事を祈っている。
赤咲はそれを遠くに見ながら、茫然自失といった風に項垂れている。
その赤咲の周りでは、同じくマリア5のメンバーである4人も桜の無事を祈るようにして、手術室を見つめている。
緊急手術が始まって、既にかなりの時間が経過している。
だが未だにその手術は終わらない。
「桜」
彼女の名を呟く赤咲。
けれど憔悴しきったその声には、力はこもっていなかった。
やがて時間は深夜零時を回る。
日付けが変わり、事務所の社長が赤咲たちの前に立つ。
そして全員へ向けて声を掛ける。
「今日は遅い。明日の朝進展があれば伝えるから、今日は帰りなさい」
社長は全員分のタクシー券を財布から取り出した。
既に交通機関は動いていないので、タクシーで帰るしかないだろう。
だが、全員それを受け取ろうとしない。
「ごめん社長。でも私……帰っても眠れそうに無いし……出来れば今夜はここで桜を見守りたいわ」
「ワタシもデス。サクラのオペが終わるまで……帰りたくないデス」
「私も同じ意見よ。大丈夫。明日の朝の仕事に穴は空けたりはしないから、今だけはここにいたい」
「私も皆さんと一緒です。桜ちゃんが無事だと分かるまで……ここに居させてください」
4人の意思は同じだった。
そして全員が強い気持ちで、桜の無事を信じている。
その想いの強さに、社長は納得したようにタクシー券を財布に戻して、引き返していく。
そしてマリア5のメンバーの気持ちの強さは、それを聞いていた赤咲にも何か強い力を与えたのだった。
―みんな全く諦めて無いのか……そうだよな。桜はまだ闘ってるんだ。それなのに俺たちが先に諦めたら駄目だよな。ああ、絶対に最後まで諦めない!―
想いの強さは、人から人へと伝わる。
赤咲も、前よりも少しだけ落ち着きを取り戻し、しっかりと手術室の方を見据える。
―こんな事で死ぬなよ。桜!―
赤咲の目の力。
視線の力は魂のエールとなり、桜へと届くはずだ。
それはきっと何者にも変え難い強い力。
それはきっと奇跡を起こす力になるだろう。
そして更に数時間後。
赤咲とマリア5の4人にも強い睡魔が襲ってくるような真夜中。
遂に手術中のランプが消える。
「終わったのか」
思わず立ち上がる赤咲。
まもなく手術室の扉が開き、執刀医であろう医者が出てくる。
結果を聞くために、医者の周囲に集まる蒼葉桜の保護者。
そして、その後ろで赤咲とマリア5の4人も医者の言葉に耳を澄ます。
「手術結果ですが……」
医者が口を開く。
赤咲の鼓動が自然と高鳴る。
―頼む。無事であってくれ!―
強く祈る赤咲。
そして、医者は続きの言葉を告げる。
「成功です。明日には意識も取り戻すと思います」
その声に赤咲は安堵する。
力が抜けたのか、地面に膝をつき、両目からは涙も流れる。
―生きてた。桜……助かったんだ。良かった!―
長い緊張から開放され、赤咲はようやく一息をつく。
他のメンバーも同じだった。
互いに抱き合って、桜の無事を喜び合う。
その日はすっかり夜も更けてしまっているため、赤咲たちは病院で一夜を明かすことになった。