第三話 赤咲と食人鬼の始めての邂逅と更なるアートの創造 その3
その日の夕方。
赤咲は一度家に帰り、私服へと着替えてからアート創作の為のキャンバスとなる人間を探す為に、再び外出する。
探す為の場所は、昨日狂一郎と出会った場所と同じような、街に幾つかあるクライムスポット。
こういった場所の、赤咲の利用頻度は決して高くない。
何故ならこういった場所は人通りが少ないが、それ故に獲物も少ない。
面白い物が居なければ空振りに終わることもある以上、普段は決して利用しない。
しかし今回に限っては、事情が違った。
昨日の水原狂一郎の事件。
世間には、動物の犯行と発表されてはいるが、実際は人間による犯罪である。
当然警察はそれを承知で捜査をしている。
つまり警察は、厳戒態勢で街を警備しているのだ。
赤咲であれば攫った遺体はオブジェとして地下室に保存し、余った廃品も処分しているので、遺体は発見されずに全て失踪事件で終わってしまい、事件は大事にはならない。
しかし、水原の事件は遺体が表に出てしまっている。
大事になっている以上、通常の場所で攫うのはリスクが大きすぎる。
彼は警察に捕まるわけにはいかなかった。
もちろん赤咲は警察が怖いわけではない。
万が一でも捕まれば、極刑も甘んじて受け入れる覚悟はある。
だが、それでも今はまだ捕まるわけにはいかない。
赤咲にはまだ作りたいものがあった。
才能の泉はまだ枯れていない。
その泉は常に水を湧き出し、赤咲に新しい発想を与え続ける。
しかし、もしも捕まってしまえば、その泉から新たな芸術の創作は適わなくなってしまう。
だから今はまだ捕まってはいけない。
自身の才能の泉が枯れるまでは、絶対に捕まってはいけないのだ。
才能溢れる者が創作を行わないなど、許される罪ではない。
それは世界に対する大罪なのだ。
それ故に、赤咲は慎重を期して比較的パトロールの少ないクライムスポットにて、獲物の探索を行っている。
―いいキャンバスが見つかるといいな―
けれど、赤咲は逆境でも苦にせずに明るく考えながら、クライムスポット内で人間の探索を行う。
しかし、残念ながら優れたターゲットは見つからない。
―やっぱ、人が少ないと難しいかな―
探索も難航してしまい、赤咲にも疲労が見え始める。
―今回は実験要素も大きいし、ある程度は妥協するのもいいかもしれないな―
赤咲の中でのハードルも次第に下がっていく。今回の創作は全く新しい試みであるので、キャンバスにはパーフェクトは求めてはいない。
最低限の条件さえ満たしていれば、問題は無い。
―さすがに小さい子供は無理でも……ちゃんとした対象が見つかれば嬉しいんだけど―
赤咲は諦めずに、周囲の探索を続ける。
そして、その探索が三十分を過ぎたあたりで、ようやく赤咲はターゲットを発見する。
―おっ、あれはいいな。真面目そうな女の子。年齢も大体十五歳は下回ってるだろうし、問題無いな―
少女は眼鏡にセーラー服。雰囲気から、中学生らしい思春期独特の危うさを持つ可憐な少女である。
赤咲の下方修正したキャンパス基準を大きく上回る、綺麗な少女だった。
そのような、予想以上に優れたキャンバスを発見するや、赤咲はすぐに行動を起こす。
気配を消して、音も無く忍び寄り、抵抗するまもなく背後から手刀を繰り出し、相手を一瞬で昏倒させる。
後は、いつものように麻酔を使用して眠らせてからスーツケースに入れて家に帰るだけである。
赤咲は時間も遅くなり、ひと気がなくなった町で家路へとついた。
自宅に帰ると、赤咲は地下室のアトリエへと向かう。
いつもと同じように、少女の服を脱がして全裸にしてから拘束。
通常であれば、それで下準備は完了なのだが、今回は手順を変える。
「さてと。今日はこれを使用するかな」
赤咲は、服を脱がすと予め用意しておいた純白のドレスを少女に着せる。
そして服を着せた後に拘束を行う。その後にカメラもセットする。
映像の保存。
それが今回の赤咲の新しい試みである。
「映像を残す。初回は初心に帰って、少女は果たしてどれだけの苦痛に耐えられるのか。どれだけの苦痛を与えれば死ぬかのドキュメント。うん、面白そうだ」
使用する道具も確認する。
今回、赤咲はナイフを使用しない。
代わりに、野菜などを卸す時に使う、卸金とトンカチ。そして大量の釘を用意する。
恐らく今から行う事は、地獄の一風景なのだろう。
「じゃっ、起きてもらおうかな。起きて、ねっ、……起きなさい!」
赤咲が軽く頬を叩いて少女を起こす。
しかし、麻酔を嗅がせたために簡単には起きない。そのため赤咲は今回に限り、特殊な気付け薬を嗅がせることにする。
最も気付け薬といっても、単純に複数の種類の唐辛子を混ぜただけの代物である。
だが、単純が故に効果的でもある。その刺激臭を前に少女はすぐに目を覚ます。
「うっうぅ、ここはどこよ」
苦しそうな声を伴って少女は意識を覚醒させる。
「おはようお嬢さん。お目覚めはいかがでしょう」
仰々しくお辞儀をして、少女を出迎える。
「おはようって……最悪の目覚めよ。大体なんなのこの状況? って、なによ、この服! 純白のドレスって、あんたどういうセンス?」
少女は自身の状況についていけないが、赤咲に対しては怒りの態度で応えた。
「センスも何も、これから行うことを刺激的に魅せる為には、純白のドレスが効果的だからだよ」
「行うってなに? って、動けない」
赤咲に突っ込みを入れようとして、少女はようやく自身が拘束されていることに気付く。
全く身動きが取れない状態に対し、不安な感情がこぼれ始める。。
「あんたなにする気? まさか私に変な事を……」
少女の顔が青ざめるが、赤咲はそんな少女の表情の変化を愉快に感じたように、不敵な笑みを浮かべた。
「なにを想像してる。まあ君が言う変な事の内容なら想像出来ないことも無いけど……そんなことはしない。それに関しては保障しよう」
「ふっ、ふん。別にエッチな事なんて……あっ」
言ってから、自身の失言に気付き少女は顔を赤くしてしまう。しかし赤咲は気にも留めない。
「やっぱりそんなことか。下らないな。少なくとも俺はお前にそのような感情を持つ事は無い」
赤咲は、おかしな物を見るような視線を少女に向ける。
心の底から理解が出来ない、不思議な物を見るような目線で少女を見下す形になる。
「大体君のようなものに俺がそのような劣情を持つと考えるなら、それはありえない。例えるなら、君はキャンバスであり、俺はそのキャンバスに素晴らしい作品を描く芸術家だ。どうして芸術家がキャンバスに劣情を抱くと考える。全くおかしなことをいう」
「はあっ? 私がキャンバスってどういう意味よ?」
今度は逆に少女が、おかしな物を見るような目を赤咲に向ける。
互いが互いを全く理解できていない。
「そのままの意味だよ。まあ今回は、キャンバスといっても絵ではない。映像作品として残すんだけどね」
「映像作品?」
少女は小首をかしげるが、赤咲は気にせずに続ける。
「ああ。カメラはもう回っている。主役は君だ」
「……まさか如何わしいビデオ! 嫌よ、助けて!!」
少女はまたも暴れ出す。
しかし拘束されている以上、その動きは微々たる物だ。
「だから、そういう方向に考えるな」
同じようなリアクションに、赤咲もうんざりしたような表情を見せる。
「嫌よ、そういって、エッチな事をするのが目的でしょ。そうはいかないんだからっ!」
少女は赤咲の言葉を信用する気が無かった。
最もそれは当然もであるのだが。
―これ以上は無駄か―
少女の反応に、赤咲は会話を続けるのは無意味と判断し、行動に移すことにした。
「今回行うのは、生命の神秘。そして、一人の人間はどれだけの苦痛に耐えられるか。生きられるか。正気を保てるのは、どこまでか。いわば人間の耐久度を試す人体実験のドキュメント映像だ」
「えっ!?」
赤咲が突然背を向けて、カメラに向けて語るのを見るや、少女は背筋が寒くなった。
そして、その内容に背筋が凍るのを感じる。
「まず使用するのは釘だ。釘を足に打ち付けながらどれだけ平気かの実験。……まずは十本から行うとしよう」
赤咲は釘を用意して、少女の足の甲へと向ける。
そして、トンカチを構える。
「えっ?、じょっ、冗談は止めっ」
少女が言い終わるのを待たず、赤咲はトンカチを振り下ろした。
「ぁっ」
声にならない苦痛の言葉。
足は小刻みに震え、その足の甲には鈍く光る銀色が打ち込まれていた。
「こうしてみると、ピアスにも見えるな」
赤咲は、淡々とその様子を語る。
確かにそれはピアスに見えないことも無かった。遠くから見ればボディピアスに間違える事だろう。
「さてと、続いて……」
赤咲は次に足首辺りに釘を向け、トンカチを構える。
少女は何とか止めようと、懇願の言葉を投げようとするが、無意味だ。
赤咲はそれを全く無視し、再び釘を打ち付ける。
「あぐっ!」
先程よりもはっきりと、そして大きい声が漏れる。
苦痛に対して、限界であるのを示すように。
「ははは。いいね、でもまだまだ全然元気だ。やっぱ人間はとても丈夫だな」
赤咲は関心したように呟く。
そして、三度目。
次は、脹脛めがけて釘を打ち込む。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!!」
大きい悲鳴が飛び出る。
「げっ、限界。……やめてぇ」
懇願の言葉。
だが、赤咲はその釘の打ち込まれた脹脛を見つめ、笑顔をこぼす。
「へえ、痛覚の集中具合から、足の甲の方が痛いと思ったけど……脹脛のほうが痛いんだ。意外だな」
新しい発見に、赤咲は非常に充実しているという笑顔を見せる。
その表情は無邪気な少年の笑顔だ。
「なるほどねえ、脹脛の方が痛いなら……次はここにしよう」
四度目の場所。
そこは太ももの内側である。
そこに狙いを定め、赤咲は力強く、釘を構えトンカチを下ろす。
「あっ、あああぁぁぁ、いやあああぁぁぁ!!!」
部屋全体に響き渡る、とても大きな悲鳴が、少女の口から出る。
口からは泡も出ており、失神寸前といった様子だ。
「ははは、面白い、いいリアクションだ。でも失神は早いぞ。まだ半分も終わってないんだから」
赤咲の言葉もほとんど耳に届いていない。
地獄のような痛覚の海の中で、少女は溺れ始めている。
「もう、反応が無いのか、なら……次はここにしようかな」
少女の反応が薄くなってるのを感じ、赤咲は狙いを変える。
足の先の方、つま先へと狙いを変える。
場所は親指の先端。しかし、爪に直接刺すのではなく、爪の間へねじ込むような角度で構える。
「今回で丁度半分。さあどんな反応かな」
赤咲は静かな声色でトンカチを打つ。
釘は足の爪の下に入り込むように、ねじ込まれ綺麗に差し込まれていった。
「ぎぎゃああああぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴が轟く。
野獣のような悲鳴だ。
悲鳴は大きく響き渡り、少女は目を見開き、ただ激痛でのたうつように首を振る。
しっかりと拘束されているので、大きな動きは無いが、もし拘束が甘かったなら、激しく暴れていただろう。
そして、その反応には赤咲は至高の笑みを浮かべる。
「ちょっ、今の悲鳴……面白すぎ! お笑いの人でもそこまで派手なリアクションはしないと思うよ。本当に君、面白い」
赤咲は最高の気分で、調子を乗せて更なる釘を手に取る。
勢いに乗った赤咲は手を早め、残り五本の釘もあっという間に少女の体へと打ち込んでいく。
そして、それが全て打ち終えた後、少女は全身を痙攣させながら、完全に正気を失っていた。
―……あれ? もう終わり? 思ったよりも早いな。もう少しはいけると思ったんだが……―
それから二十分後。完全に意識を失った少女の前で赤咲はしきりに首を捻る。
少女が意識を失った後。
頭から水を被せ、指の爪を剥がし、卸金を使って、左手の小指をゆっくりと摩り下ろすなど、赤咲は少女の意識が戻るかを、色々と試した。
しかし、少女の意識は沈んだままで再起の兆しをまるで見せない。
完全に意識が死んだのを赤咲は確認する。
いや、これではそうなのだと認めざるを得ない。
「参ったな。まだ予定していた工程を半分もやっていないのに……想像以上に脆いな。いや……この子が脆すぎただけか。どっち道、あと数人は試さないと駄目だな。一人では人体実験ドキュメントとしてもデータが不十分すぎる。」
赤咲はガッカリしていた。
少し前までは、面白い反応を見せていたが、八本目辺りで反応が鈍くなり、十本目では反射による痙攣しか起こさなかった。
痛覚が限界を超えたことによる強制的な脳のシャットダウンであるが、予想以上に早い臨界点の突破は、赤咲に軽い失望も与える。
「まあいいか。じゃ…一応は肉体の方が完全に死ぬのはどこまでか……釘何本目で完全に反応を起こさなくなるか。こっちの方をやりますか」
赤咲は釘を数本取って、順番に少女の体。
その腹、腰、胸、肘、脇、顎、頬、眼、鼻、耳、首、臍、手首、足首、両手両足の指の一本一本に至るまで。
その全身に釘を打ち続けていく。
既に意識が死んだ少女からは、何のリアクションも返らない。
ただ、体の反射だけが、少女の肉体が死んでいないのを確認させる。
しかし、その反射も次第に弱まっていく。
―……死が近いな。あと……どれぐらいだ? 三百本に行くかな―
最初の一本から数えて、使用した釘は二百七十本を越える。あと三十本で三百の大台に達する。
そこから赤咲は、少女の死の瞬間をはっきりと記録する為に、釘を打つペースを少しだけ落とす。
記録に間違いが起こらないように、慎重に一本一本と刻むように打ちこむ。
その姿はさながら、ベテランの大工を思わせる。
アーティストとは、見た目が華やかでも、裏では汗を流して一つの芸術と真摯に向き合わなければならない。
今の赤咲の姿は、ある意味では真のアーティストなのかもしれない。
完全な死の瞬間を明確に記すべく、一本一本と丁寧に、赤咲は釘を少女の肉体へと沈ませ続ける。
そして、その作業もやがては終わりを迎える。
二百八十四本目。
その釘を打った瞬間、少女の体は何の反応も返さなくなった。
―ん? 反応が無い。死んだのか?―
反応が失われたのを感じ取り、少女の脈を確認する。
既に全身が釘にまみれているので、正確な死の確認の為には手首と首の頚動脈で脈を取り、更に呼吸の有無も確認する必要がある。どちらも機能していなかった。
本来は瞳孔の確認もすべきだが、両目は共に釘によって潰されている。
しかし、脈と呼吸の二点が死んでおり、肉体による反射も確認出来ない。
これは既に、死んだと断定するには充分な証拠が揃ったといえる。
「意識の死亡までに使用した釘は十本。しかし、肉体の完全な死までには、釘は二百八十四本が必要か。想像以上に意識が脆弱だな。……いや、体が強靭なのか……」
少女の遺体の前で、赤咲は一人ぼやき続ける。
だがすぐにカメラの方へ向かい、スイッチを切る。
「後で編集が必要だな。映像記録として面白いかどうか……完成が楽しみだ」
赤咲の目の前には、数時間前までは元気に活動していた一人の少女があった。
そのドレスは、鮮血の真紅に染まっている。
あまりにも綺麗に染まったそれは、最初からそんな色だったようにも見えるほどだ。
そしてすっかり変わり果ててしまった少女を前に、赤咲は充実感に満ちた表情を浮かべる。
それは一つの大仕事をやり遂げたような、とてもいい表情だった。
更新しました。
今回はちょっと怖いエピソードですがどうでしたか?
次回からは新章。
ちょっとコミカルなエピソードの予定です。




