第三話 赤咲と食人鬼の始めての邂逅と更なるアートの創造 その2
翌日。
赤咲が通う高校の教室では、いつもどおり生徒達の騒がしい喧騒が響いていた。
その中で赤咲は窓の外の景色を見つめながら、物思いに耽っている。
―昨日の男。水原狂一朗か。面白い男だったな。……今日は全く新しい試みに挑戦するのもいいかもしれない。そうだな。今日はいいアートが作れそうだ―
上機嫌に、今日の予定について考える。
昨日の水原との一件は、赤咲の芸術センス訴えかけるものがあったのだ。
「なあ斬耶。昨日のニュース見たか?」
「ん? ああ見たよ。でも、何のニュース?」
と、突然背後からの声に、反射的に答える赤咲。
声の主は、赤咲の友人の大野である。
「何のって、昨日都内で人が動物に喰われたってさ。ライオンとかだと思うけど、まだ全然見つかって無いんだって。怖いよな」
「ああそれか。確かに怖いよな」
その犯人とは昨日会って話もしている。
しかし当然それは、トップシークレットであるので赤咲は適当な相槌を打つ。
「でも不思議だよな。動物園からライオンとかが逃げ出したって話は全然聞いてないし……」
大野は仕切りに首を捻る。
「どうせ、どこかの動物園が隠蔽でもしているのでしょう」
そこで綾瀬川が話に入る。
「昨日のニュースで、家の者も大騒ぎでしたわ。まあわたくしの家でしたら、セキュリティーがしっかりしているので、何の心配もありませんけど。ですがしっかりとしてほしいですわよね。危険動物を扱うという責任感に欠けていますわ」
綾瀬川は非常に立腹している。
住んでいる町に猛獣が徘徊していると考えれば、その反応も当然だ。
「そっか。でもまあ、セキュリティが万全なら綾瀬川は心配ないな。安心したよ」
「はっ、赤咲……今なんとおっしゃったんですの?」
赤咲の言葉に反応し、突然綾瀬川の顔が赤くなっている。
「いや、綾瀬川が杞憂なく身心共に、平穏無事ならそれに越した事は無いって思っただけさ」
「なっ!」
赤咲の言葉にますます顔を赤くする綾瀬川。
しかし、当の赤咲は全く自身の発言に頓着していない。
「おい斬耶。いつの間に綾瀬川とデキてたんだ」
そこで、当然のように大野が赤咲をからかう。
またクラスの男子の視線も、自然と赤咲に集中する。
「えっ?……ああ違うよ。ただ綾瀬川は今度、ピアノのコンクールがあるだろ。だからそれに影響が無いならそれに越した事は無いってだけさ。音楽には、その人の心が表れるっていうだろ。綾瀬川の高貴で綺麗な音色に影響がしたら大変だしさ」
しかし、赤咲は視線を完全にスルーして、大野には率直に思ったことを口にした。
「それだけか?」
その言葉に大野はつまらなそうな態度を見せる。
「それだけって、それ以上何があるんだ?」
大野の追及には、赤咲は首をかしげながらの応答を返す。
だが、すると綾瀬川の赤く染まっていた顔は、次第に元に戻ってしまう。
「そっ、そうですの。ではわたくしはこれで」
「ああ、またな」
「ふんっ」
綾瀬川は気分を害したといわんばかりに、その場から離れ自分の席へと戻る。
周囲も既に赤咲には関心がなくなり、その場には赤咲と大野のみが残る。
「ん? なあ隆。綾瀬川、何か苛立ってたみたいだけど、どうしたんだろ?」
「お前なあ、少しは綾瀬川の……いや、これは俺が言う事じゃねえや」
「えっ?いや、言う事じゃねえって、最後まで言えよ。気になるじゃ……」
赤咲が大野に追及しようとするが、そこでタイミングよく始業を告げるチャイムが鳴る。
「…………もういいや。何となくだけど、これはお前に聞くことじゃない気もするし」
赤咲は気の抜けたチャイムの音に、気がそがれたように、落ち着いて自分の席へと座る。
その後、担任教師によるホームルームから始まる、何の変哲も無い普通の一日が始まるのだった。