独りで迎える聖夜は酷く寂しいものなのです。
酷く悲しく寂しいもの。独りカラオケ、独り遊園地、独り初詣で…ちなみにこれら全て経験済みである。それも一度や二度ではない。むしろ最後に誰かと行ったのいつだっけ? てな具合である。
そして今現在、もう何度目か知れない独りで迎えるクリスマス・イヴ。
これでいいのか!? 若さ漲るこの歳でこんな寂しくていいのか!? 断じて否!!
とか悶々と作っていたら大量の鍋おでんが出来上がってしまった。四、五人で囲んでも余るぞコレ。そんなに友達いないのにと自らの内なる願望に咽び泣いた。我ながら鵺が便所で踏ん張っているような奇天烈な泣き声だった。
泣くのはいいが困るのはコレの処理だ。正直こんなの明日まで持ち越したくない。彼は考えた――それなら近所に押し付けもとい配ってやろうか。しかしこうも考える。聖夜に独りでいる寂しい輩が他にいるのか。…一人くらいいるだろうさ。独りだけに。
大鍋を抱えてまずは隣の部屋を叩く。反応なし。一応は同じ大学に通う挨拶はする程度の知り合いだが…やはりいないか。その隣もいない。その隣も、もっと隣も…
明日は救世主の誕生日だのに誰も彼も自分ばっか祝いやがってと自分を棚に上げて毒づく。鍋が重いので引き返し、諦めるかというところで彼は反対側の部屋に目を付けた。アパートの一番隅だ。最近入居したらしいが誰かは知らない。しめたと早速インターホンを押した。――しかし何も鳴らない。電池切れか? だが誰かはいるらしい。彼は戸を叩いた。カモを逃がすのは惜しい。いっそ鍋ごと押し付けようかというところで戸が開いた。
顔を出したのは女だった。何度か大学で見かけたことがある。立体マスクを常備している妙な人だ。
そして彼女は、めっちゃ美人だった。
「あの…何か?」
困ったような声に彼は我に返った。そうだ、マスク美人という言葉もある(あるのか?)。とにかくこいつを「作り過ぎたんでどうです? これ」
蓋を開ければ湯気も立つ。我ながらなかなかの出来だと思う。隠し味は羨望と怨嗟だが。
「あー…それは、どうも」
ひょいと受け取ってしまってから彼女ははたと目を泳がせた…全部受け取っちゃった。
「あの」
「はい?」
あっさりと手が空いてぼんやりしていた彼に、彼女は思い切って言う。
「御一人、なんですか」
「…ええまあ」
視線をそらしつつ言う。彼としては何とかならんかと常々思っているが。
「でしたらその…一緒に、食べませんか」
「へ?」
「一人鍋は、辛いですし」
どうぞ、と部屋の奥を示した。
あれよあれよという間に彼女の部屋で二人で鍋を囲んでいた。彼としては誰かと、まして女の子と二人きりの状況などついぞないので緊張することしきりである。それはもう黙々と食べた。味などさっぱりわからない。
半分ほど食べたとき(驚きだ)、その都度マスクの隙間から器用に食べていた彼女がふと箸を置いた。
「どう言えばいいかわからないので率直に言いますが」
「ん? はい」
急に改まった態度の彼女を彼は竹輪をくわえたまま見やる。
「私、実は哺乳類アレルギーなんです」
彼はとりあえず竹輪を呑み込んだ。
「はい?」
熱さに涙を浮かべつつ彼は問い返す。「哺乳類アレルギー?」
「はい、その…犬とか猫とか…全部」
恥ずかしげに俯く彼女をほけっと眺めていた彼は不意に気付いて、
「って俺も哺乳類なんですけど大丈夫なんですか」
何だか凄く間抜けなことを言っている気もしたがそう問うと、彼女は慌てて首を振り、
「それは大丈夫なんです! その…マスク、してますから」
はあ、と間の抜けた返事をした彼に彼女は更に言いにくそうに、
「それでその…どう思いますか」
「どうって?」
「こんな変な体質で、です。その…どうでしょう」
切実そうな声音に、しかし彼は気付かず軽い調子で、
「んー…大変だろうなあ、と思いますよ」
「…え?」
驚いたように目を丸くする彼女に、彼は続けて、
「あ、いや、他人事っぽくて申し訳ないですけど、そう思います。人も駄目ってことはマスクずっと着けてるんでしょ? いやもう、想像するだけで大変そうですよ」
言葉を失っている彼女に、彼は困った表情で、
「やっぱちょっと酷い言い方でしたね、すみません」
と言った。彼女は慌てて「いいえ!」と言い、また箸を取った。その後は黙々と箸を動かし、結局全部食べてしまった…信じ難い。しかし腹がはちきれそうだ。
部屋を出る際、彼女は玄関で、
「その…有り難うございました。凄く美味しかったです」
それはよかったと返しつつもこの人はお腹大丈夫かなとちょっと思った。彼女は笑顔を見せ、
「俺に、今度は私から何か御馳走しますね!」
それはもう、凄く美人だった。
部屋に帰ってから、彼は思った。
やっぱり誰かと過ごした方がずっと楽しい。
時空モノガタリと重複投稿。