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ディオス閣下の受難

 とある部屋の前、とある男が何度も溜息をついて立往生していた。

 センター分けの長い銀髪を後ろで1つ三つ編みでまとめ右肩から前に垂らし、碧水色の瞳には片眼鏡モノクルがかけられた、彼こそがこの国の若き宰相であり、国王陛下の右腕。

 シュロ=シン・ディオス公爵である。

「ディオス様。入られるのですか?入られないのですか?」

 入り口に立つリリアンヌの親衛隊の1人が見かねたように声をかけた。

 その彼に静かに視線をよこして、シュロは再び大きな息を吐き出し、肩を落とした。

 彼が今立っているこの場所は、この国の王女殿下であらせられる、リリアンヌ=リリィ・サニファン・アラフォーニアの部屋の前であった。

 シュロの唯一無二の主人、グラナシオ国王陛下の命を受け、この場に来たのだが、内容が内容なだけになかなかリリアンヌの部屋へ踏み出すことが出来ない。

(まったく・・困ったものですね)

 深く項垂れていると、後ろから聞き覚えのある声が、声をかけて来た。

「あれ?どうなさったのですか?シュロ様。殿下に何か御用でしょうか」

「ああ、ナディアですか」

 まんまるの鳶色の瞳に、お団子にして纏めた若草色の髪をもつナディアは、不思議そうに首を傾げている。彼女はリリアンヌの一番の侍女であり、15歳と年も近いことから、友人としても仲がいい。

「・・いえ、また改めて出直します」

 結局、覚悟の決まらなかったシュロは、ナディアに向けてそうはなつと、そのまま踵を返して彼女の横を通り過ぎていく。

 だがそれを許してくれなかったのはナディアだ。

「お待ちください、シュロ様!何か用があるのでしょう?大丈夫です!リリアンヌ様は今は暇を持て余していますから!今日はまだエドワード様が来られてなくて、元気がありませんでしたから、いい気晴らしになると思うのです!!」

「いや、っ今日は、・・ちょ!」

 ナディアは通り過ぎようとしていたシュロの腕を強引に引っ張り、扉を叩くとそのまま部屋の中に入れられてしまった。

「ただいま戻りました!リリアンヌ様!」

 元気よく挨拶する、ナディアを引きつりながら横目で見てシュロも挨拶をする。

「ご機嫌麗しく、殿下。たまたま(・・・・)そこで彼女と鉢合わせて、たまたま(・・・・)こう言う流れになりまして」

「ええ!?でもシュロ様、リリアンヌ様の部屋の前で立往生していらしたじゃないですか!」

 空気の読めないナディアに、笑顔で挨拶していたシュロは頬を引きつらせた。

「なーんだ、・・シュロですの」

 それまで黙っていた部屋の主人は、口を開いたかと思えば酷く落胆したような声が聞こえる。

 不思議に思い、シュロは下げていた頭を上げた。

 そこには淡いピンク色の華やかなドレスを着たリリアンヌが、唇を尖らせて、長椅子(カウチ)に膝を抱えて座っている姿があった。

 これにはシュロも片眉を器用にあげて、怪訝な顔をする。

「・・殿下、どうかしたのですか」

「エドワード様がお昼になっても、今日の挨拶に来られないから、リリアンヌ様拗ねているのですよ」

 疑問を口にしたシュロに答えたのはナディアだ。少し笑いさえ含まれているようである。

「う、うるさいわよ!ナディア!少し黙ってちょうだい!!」

 カッと頬を赤らめたリリアンヌは、慌てたように怒鳴った。

 ここで合点がいったシュロは、再び溜息が出るのをぐっとこらえた。

(だから、嫌だったんですよ・・・)

 グラナシオにはここに来る前、この役目は自分にはできないと、何度も断った。けれど、彼は彼で頼めるのはお前しかいないと、頭を下げられて、国王陛下に頭を下げられた自分が、それ以上断れない状況を作った。

 そもそもこの役目は、親であるグラナシオの役目ではないだろうかと。今になっては、冷静になって判断できる。

「でも、どうしたんですかねぇエドワード様。この5年、リリアンヌ様の近衛に配属されてから、毎日欠かさず朝の挨拶に来てくれていたんですけど・・・」

 心配気に呟くナディアは、ひょっとしてシュロが何しに来たのか知っているのではないだろうか。そんなわけないのに、胃がキリキリと痛み出す。

 エドワード=エド・アルビノン公爵子息と言えば、この国ではちょっとした英雄である。

 6年前グラナシオの妻、リーリア妃の暗殺計画を企てた犯人を、エドワードはアンダーソン侯爵家であると突き止めた。それが若干11歳の頃である。

 翌年には、騎士団に入団。そこで腕を買われ、12歳で王太子エセルバート殿下の近衛に配属された。

 その頃15歳のエセルバートは、いたずら好きの悪ガキで、よく悪さをしては自分の近衛である親衛隊に城中追いかけ回されていた。追いかけ回されてていたとは言葉だけで、そのだれもが彼を捕まえることはできなかった。簡単に言うと、近衛すらエセルバートは遊び道具としていたに違いない。

 だがその鬼ごっこも、エドワードによって終止符が打たれた。

 今までまったく捕まったことが無かったエセルバートが、なぜか首根っこを引っ掴まれながら、エドワードにひこずられる姿は今でも記憶に懐かしい。

 けれどその真相は誰も知らず、当人たちでさえそのことを語らないから、謎は謎のまま迷宮入りしている。

 そしてなぜかそれからしばらくして、エドワードはエセルバートの近衛から、リリアンヌの近衛へと移動になり、それから2年後彼は親衛隊隊長まで登りつめた。その頃まだまだエドワードが14の時である。

 ひとえに彼は全てに恵まれた天才なのだった。

 と、彼にはその3年間でもたくさんの武勇伝があるのだが、話はそろそろ本題に入ろうと思う。

 彼エドワードは、そう、何せこのリリアンヌ王女の近衛にして、親衛隊隊長である。

 当時8才のわがままで、人見知りのリリアンヌは、近衛に配属されたエドワードにそれはそれは懐いた。それをいつ恋心と知ったのか、皆が暗黙の中で感じとっていたほどで、いくら恋愛沙汰に疎いシュロさえ知っている事実だ。

 だからもし、今エドワードが自分の兄の側近に移動になったと知ったらどうなるのだろう。

 シュロは考えただけでも、ブルリと肩を抱えた。

(やはり、今日は帰ろう…)

 そう決意したシュロはこの場を辞しようと口を開きかけたところで、また別の乱入者が現れる。

 ここがリリアンヌ王女の部屋であるというのに、バタバタと騒々しく入ってきた乱入者は、息を切らせながら口を開いた。


 

「ど、っどう言うことですの?!リリィお姉様!エドワード様がお兄様の側近になったって、侍女たちが噂しておりましたわ!!」


 

 王妃の美しい茜色を受け継いだ髪を、たて巻きロールにして赤色のリボンでツインテールにし、紺青(こんじょう)色の瞳をもつ末の姫君、アリィナ=アナ・サニファン・アラフォーニャは、まさかの爆弾を投下しながらあらわれ、シュロの顔を一瞬で蒼ざめさせた。

 アリィナは、リリアンヌより3つ下で、エドワードとの仲を影ながら応援し、時には3人で茶会を開き、時には3人でピクニックと称したデートへ連れ出していた、立役者だった。

 そんな彼女がこのタイミングでまさかの爆弾を落とすものだから、シュロはもちろん逃げる隙すら無くしてしまった。

(・・なんで・・なんで・、このタイミングで来るんですか・・)

 顔なんて二度とあげられないだろう。

 それなのに、目の前の長椅子(カウチ)からは、ひしひしと冷気が止まらない。

 こんなことなら来るんじゃなかった、そう後悔するにはいささか遅すぎたようで、「・・・さないわ・・」低く紡がれた声が、シュロの(こうべ)の向こうから聞こえた。


 

「許さないわよ!!」


 

 その声が彼の苦渋の始まりである。


 

()()()()()()、詳しく話がききたいのだけど・・かまわないですわね」


 

 仁王立ちのリリアンヌを筆頭に、ディアナとアリィナがこれまた腕組みしながらこちらを見下ろしていた。


 


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