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彼は彼女で、彼女は彼

 

 まったく、ふざけているとしか言いようがない。


「あら、エドワード様久しぶりに荒れてるわ」

 アルビノン邸に帰宅してからというもの、そのまま自室にこもってしまったエドワードを心配して、侍女ーーニーナは部屋の前で、立ち止まった。

 部屋の中からはボスボスと響く、何かを振り回す音が聞こえる。長年仕えるニーナにはそれが羽毛枕だとすぐわかった。

「この荒れようは、また新しい枕を新調しなくちゃね」

 冷静に考えながら、こういう時は落ち着くまで放って置くのにかぎる。

 踵を返して歩き出したニーナの目の前に、赤い目を細めた、アンセムがあらわれた。頭を浅く下げると、ひらひら手を振りながら、横を通り過ぎていく彼を見送った。

  

  

  

 

 

 枕を振り回して、振り回して、羽毛がはらりと飛び散るのも構わずに、ただがむしゃらに。

 疲れて息が上がったエドワードは、荒い息と怒りで真っ赤になった頬をしていた。

「荒れてるねぇ〜、エドワード」

 いつの間に入って来たのか、赤目にくせ毛の茶髪が目の端に見えた。

 それがアンセムだとわかって、エドワードは持っていた枕を投げつけた。

「うわ?!何するんだ!」

「うるさい・・!」

 アンセムは慌てて避けて抗議する。

 ただのやつあたりなのは、重々承知しているエドワードなのだが、こればっかりは仕方ない。

「まぁ、君の気持ちもわからないでもないが・・陛下は全くなにをお考えなのか」

「知るわけないじゃない!!」

「こらこらエドワード(・・・・・)、言葉使いが自に戻ってるから」

 肩をすくめて、首を左右に振るアンセムに、ギロリと視線だけ寄越したエドワードーー、レイチェルは噛み付く勢いで怒鳴った。

 彼、否。彼女の本当の名前は、レイチェル=レイラ・アルビノン。アルビノン公の娘である。

 だからどうして、レイチェルが男装しているのかというと、話は少し長くなる。

 もともとレイチェルには双子の兄がいた。彼こそが、エドワード=エド・アルビノン公爵子息にして、ハワード伯爵だった。だったと過去形で話したが、別に彼が故人になったわけではない。

 エドワードと、レイチェル2人にはもともと産まれた頃から、不思議な力があった。手のひらで、怪我をした部分や痛む部分に触れると、そこが治る不思議な力だった。力は、エドワードよりレイチェルの方が何倍も大きかった。その頃の2人は、いやレイチェルは心の優しい娘で、下町にこっそり遊びにでては病気や怪我を触っては治し、触っては治し繰り返していたのだ。良いことをしている自覚はあったし、ありがとうと言われるたびに、レイチェルの鼻は高かった。

 けれどそれが原因で、聖女協会に目をつけられたのだ。

 癒しの神、フィリート。別名、聖女を崇める協会である。レイチェルの噂を聞きつけた聖女協会は、彼女を聖女に祭り上げようとした。

 もちろん、そんなことアルビノンが許すわけなかったが、聖女協会は規模も大きく、一切不可侵の領域であり、公爵の力をもってしても逃げ続けるのは、不可能であったのだ。

 そこでエドワードは考えた。女装して自分が乗り込もうと。それに公爵が納得したわけではないが、彼は年々成長するにつれて力が弱まってきていたので、あと2、3年の内に力はほぼなくなるのではと仮説を立てた。

 それが双子が14の時で、3年の月日が流れた今日までレイチェルはエドワードを演じ、兄エドワードは教会でレイチェルを演じている。

 兄から毎月手紙が届く。その内容は、どれもレイチェルを心配し、1年のうちに家に帰れるだろうそんな内容だ。そしてさらに最近、新しい聖女候補が現れて、力の薄まる兄は近々家に帰れそうだ。そう記してあり、両親共に喜んだものだ。

 けれど嬉しい反面、エドワードとして気づいた友人関係や、リリアンヌ王女の親衛隊隊長であったことをすてねばならないことが、覚悟のいる非常に苦しいものでありそうだと思って今日まで過ごしていた。

 なのに、エドワードが帰って来る前に、リリアンヌ王女の親衛隊職から任を降ろされたレイチェルの心情は、計り知れない。

「陛下は何を考えているの?!私が男装しているレイチェルだって知ってるのに!エセルバート殿下の側近にするなんて!!」

 憤りを露わにして、プルプルと寮の手のひらを握りしめる。

 近くにあったソファーに腰掛けたアンセムが、腕を組んで難しい顔をした。

「確かにね。僕は君の代わりにリリアンヌ殿下の親衛隊隊長の任をもらったよ」

「なんですって?!」

 座っていた寝台から、くわっと目を見開いたレイチェルはギリギリと手のひらを握りしめて、近くにあるソファに優雅に腰掛けているアンセムを睨みつけた。

「こらこら、また何か投げつけるんじゃないよ?君は容赦ないからね」

 にこりと先手を打ってきた彼を恨めしげに睨みつけて、レイチェルはふんっとそっぽを向いた。

 それに何がおかしいのか、ふふっと夕日のような赤い目を細めて笑ったアンセムにさらに腹が立って唇を尖らせる。

「何がおかしいのよ?!」

「いや。そうしていると、本当に君は演技の天才だなと思ってね。今の姿をリリアンヌ殿下に見せてあげたいものだ」

 嫌味ったらしくそう言ったアンセムは、肩をすくめた。レイチェルの弱点をよくよく理解しているから成せる、彼の技だ。

「リリィ様にこんな姿見せれるはずないでしょ!ああ!愛しのリリアンヌ様!私はあなたのためなら、命だって捧げます!」

「でた。・・王女殿下至上主義」

 彼の呆れ返った声などもうレイチェルには届かない。

 レイチェルがここまで憤る理由。その背景は、リリアンヌ王女を崇拝しているからだ。

 初めて出会ったのは、レイチェルが14の時。その頃から名を馳せていた兄、エドワードになり、親衛隊隊長を務めることになったのだが、最初はレイチェルも嫌々だった。そりゃあそうだろう。今まで、女として生きて来て、急に男として生活し、なおかつ王女を守らねばならない立場。多少、剣には心得があったので、そのことには何も不安はなかったが、エドワードになりきり男装がバレずに済むのだろうかと不安ではあった。

 初めての対面の日、いや、兄であればいつも通りの勤務だったのだろう。エドワードの副官であり、レイチェルの幼馴染のアンセムと共に、王女への朝の挨拶へ向かった。

 そしてそこで、レイチェルは運命の出会いをしたのだ。

「陽の光に照らされてさらに煌めく美しい赤金色(あかがね)色の御髪。同じ色の長いキラキラする睫毛の下から、夜の様な美しい紫紺の瞳。白磁の肌はきめ細やかで、頬は薄っすらと桃色になり、その桜色の唇がにこりと微笑まれて!!!!!ああああああ!!!」

 興奮でレイチェルは勢いよく寝台の上に立ち上がる。

 両手を組んで天井を見上げる彼女を、どこか残念な瞳でアンセムは見てから大きなため息をついた。

「でも、もう明日からはエセルバート殿下の側近だからね」

 静かに釘をさす彼に、レイチェルはピタリと動きを止めた。

 そして、今度はぐしゃりと顔を歪めると大粒の涙をこぼしながら叫ぶのだ。

「どうしてなのぉ!?私の愛しのリリアンヌ様ぁあああ!!!」

 その後、日付が変わるまで延々とアンセムは、レイチェルの泣き言を聞くことになる。




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