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クズ女の一日B(1)(終)

その女子中学生は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。また憂鬱な一日が始まるのか……。彼女は嘆息をつきながらベッドから抜け出した。これから朝の用意を済ませて学校へ行かねばならない。当たり前だ。学生なのだから。しかし彼女は学校が好きではなかった。


別にいじめを受けているとかというわけではない。"一応"同性の友達も二人いるので孤立もしていない。ただ……。彼女の中では学校という存在は生理的に受けつけない場であった。


具体的にどう受けつけないのかは彼女自身よくわからないでいた。なんとなく、なんとなく嫌な場所なのである。特に理由はないのかもしれない。あるのかもしれないが彼女はそれを上手く言語化出来ないでいた。


そんな漠然とした嫌悪感を覚えながら、女子中学生はリビングにまで足を運んだ。テーブルには二人分の朝食が並んでいた。母親が用意したものだ。父親はもう電車に乗って会社に向かっているころだろう。


奥の台所からおはようと母の声が聞こえた。彼女は朝食のメニューを見てますますゲンナリとした気持ちになった。煮魚とピーマンと牛肉の炒め物。彼女は野菜全般が大の嫌いで、ピーマンはそのベストスリーに入るぐらいに苦手な食べ物だった。


母もそれはわかっているはずだが、健康のためだとかで今でもたまに出してくる。まったく本当に色々と私に迷惑をかけてくる人だ、と彼女は内心独りごちた。


彼女の母親は彼女のためを思い様々な世話を焼いてくれていた。しかし彼女にとってはそれら全てが余計なお節介にしか感じられなかった。


それだけならよくある母と娘の関係であるのだが、この女子中学生の場合はそれを原因に心の底から母親を嫌っていた。憎んでいるとも言って良いほどだった。しかしそれを表情に出すことは決してしなかった。母親がショックを受けることを恐れて--というわけではない。


ただ、反抗的な態度を示すと自分の評判が下がるから。理由はそれだけだった。もしこの母親が娘は生意気なやつだと近所の誰かに話したらどうなる。たちまち自分は悪者扱いされるではないか。なので彼女は誰にも、実の家族に対しても本性を明かさないで生きてきたのだ。


さていつも通り処理を済ますか。彼女はすぐさまテーブルの横にある学校のカバンを手にし、一枚のビニール袋を取り出した。母親がこちらを見ていないのを確認すると箸でピーマンを摘まんだ。


躊躇うことなくそのピーマンを袋に入れた。そして何事も無かったかのように女子中学生は食事を開始した。鬱陶しいピーマンを排除したので何のストレスもなく楽しく煮魚と牛肉を食べることが出来た。


「ピーマンちゃんと食べて偉いわね」


台所から戻ってきた母親が皿を見て言う。女子中学生は笑顔で心にもないことを言った。「だってお母さんの作った料理だから」


朝ご飯を食べ終えると歯磨きや着替えを済ませ渋々玄関の扉を開けた。自転車に乗り高校まで向かう。心なしかやけにペダルが重く感じられた。どうやら今日はいつにも増して学校へ行きたくない気持ちが強いようだった。


川沿いの道を走っていると女子中学生はカバンから一つの袋を取り出した。それは先ほどのピーマンを入れた袋だった。周囲に誰もいないのを確認した彼女はそのままその袋を川へと放り投げた。


彼女は処分に困った物があると度々この川へ捨てている。それが一番手っ取り早い処分方法だから。そう考えての行動だった。


彼女の中でまったくの罪悪感がないわけではない。多少なりとも申し訳ないという思いが生まれてもいる。しかし彼女は気づいていない。その気持ちが偽善であるということを。


ピーマンを無事処分でき少しばかり安心した気持ちになっていると彼女の視界に一匹の鳥が入り込んできた。すぐにその正体がハトだということがわかった。


何となくその生物のことが気になり、彼女は自転車を道端に停めハトの側に駆け寄った。一目見たところ、軽傷を負っているみたいだった。そして彼女の中で一つの閃きが光速の様に駆け巡った。


そこからの彼女の行動は素早かった。両手でハトを抱え込み、人通りの少ない路地に入り込んだ。


四方を見渡し誰もいないことを確認すると彼女は持っているハトを強く地面に投げつけた。硬いコンクリートの路面に叩きつけられる形になったハトはまさしくハトが豆鉄砲を喰ったような顔になった。それから彼女はハトに対し、殴る蹴るなどの暴行を開始した。一方的なまでの暴力。まさしく蹂躙と呼ぶにふさわしい光景だった。


ハトは時折りもぞもぞと動いてこの場を脱しようとしたが、その度に彼女はそれを阻止するため、パンチや蹴りにより一層の力を込め逃走の隙を与えないようにしていた。本来なら素早く羽を広げて飛び逃げれるはずなのだが、最初に彼女に投げられたときの衝撃で片羽に傷を負ってしまい上手く飛翔出来ないでいるのだ。


しばらくしてハトが瀕死の状態になったことを確認すると、彼女はハトを持ち上げ学校へ向けて駆け出した。正門をくぐり校舎に入ると職員室に直行した。息を弾ませながら手近にいた教師に声をかける。


ハトが瀕死の状態で倒れていたと説明すると、すぐさま車で動物病院に連れていこうという運びになった。ここで彼女はどうせなら私も病院まで同行して、学校をサボろうと思い立った。教師らも自分が助けた動物の容態が気になる女子生徒としか思わないだろうと考えたからだ。


彼女の目論み通り、「自分もついていって良いですか?」と尋ねるとハトの容態を医者から聞いたらすぐに学校へ戻ることという条件を出してきた。彼女としてはハトの治療が終わるまで病院に留まっていようと思っていたのだが当てが外れたので、心中ガッカリしていた。


こういったとき彼女は決まって舌打ちをする。無論その行為がばれないように彼女なりの工夫はしている。こうべを垂れ口を閉じた状態で舌を打つのだ。こうすることで音が相手に聞こえにくくなるからだ。


落胆の心境のまま車内に乗り込み十分ほどで目的地に到着した。教師が受付の女性に事情を説明するとすぐさま診てもらうことになった。待合の奥にある診察室に入ると異様にやせ細った、五十代ほどの男性獣医が座っていた。


獣医はひとしきりハトの観察をしたのち、ゆっくりと口を開いた。


「うん、結構酷い傷だけど治療をすればちゃんと元気になると思いますよ」


助かるのか……。獣医の言葉を聞き彼女はホッと胸をなで下ろした。なぜなら仮にハトが亡くなってしまったら、自分が必死になってハトを学校まで持っていったのが無駄ということになってしまう。小さき鳥の命を救った救世主。彼女はその名声を手に入れるためにハトをなぶっていたのだ。


それから彼女はすぐに学校へ戻ることになった。校舎前の時計を見ると予想よりもずっと早く帰ってきている。まだ一限目も始まっていない時間だろう。運転席から降りてきた教師がそばにいたので、またばれないように舌打ちをした。


重い足取りで教室まで赴くと出席を取っている最中だったようで、生徒の名を呼んでいる教師の声が聞こえた。若干入るのに気後れしたが、勇気を出して扉を開けた。


案の定、教室中の人間がこちらに目を向けてきた。途端に彼女は自分でもわかるほど顔を紅潮させた。注目を浴びるのは大の苦手であったからだ。それを察して教師がすぐさま遅れてきた理由を説明してくれた。


ハトを救出したと聞かされた生徒たちはみな一様に感心と賞賛に満ちた眼差しで彼女を見つめている。非常に心地の良い光景。彼女の優越感と承認欲求はとくとくと満ちていった。こういった注目の浴び方は彼女は大の好物であった。


そんな中で、一人だけ異なる"目"をしている女生徒がいるのを彼女は見逃さなかった。その女生徒は彼女の"一応"の友達であった。一緒に何度か遊んだこともある仲だ。


だが彼女にはわかっていた。あの女生徒は自分のことを見下し蔑んでいることを。特に顔に関しては『女として終わっているな』と心の中で馬鹿にしていることだろうと彼女は思っていた。


しかしこれといった根拠は持っていなかった。ただ、なんとなく彼女の中でこの女生徒は私を嘲笑っている--そんな気がしたのだ。なので内心彼女はその友達にクズ女というあだ名をつけていた。


なぜ証拠もなくそんな風に思うのか彼女自身それが不思議であったが、もしかしてこれがいわゆる女の勘というやつではないかと彼女はそう結論付けていた。実際にその女生徒は彼女を軽蔑の眼差しで見ていた。それだけでなく彼女の本性が偽善者だということも見抜いていたのだ。


彼女のルックスは、一般的な美的感覚を持っている人間からすればかなりの醜女に見える顔立ちをしている。そのことは彼女本人も自覚を持っている。しかし自覚があるとはいえ、内心嘲笑されて気分を害さない人間はいない。


ゆえに彼女はその女生徒のことを嫌っていた。しかし一応は仲良くしている。なぜなら彼女は周囲の人間から良く見られたいという強い願望を持っている。なので女生徒との関係を一方的に切ってしまうと、自分が酷い女だと周りに認定されてしまうのではないかと恐れているのだ。


彼女が自分の席につくと、教師は出席を取るのを再開した。そして一時間目の席替えで彼女はこのクラス一のイケメンの男子生徒のとなりになることとなり、このチャンスをものにしたいと思った。顔や性格のせいもあってかほとんど男性との関わりはなかったので、ここでルックスの優れた男と親密な関係を築ければ少しは学校生活が楽しくなるかもしれない。


そして一日かけて彼女はその美男子と色々な会話をし、少しばかり親しくなれた。しかしその会話において彼女はウソを何度もついた。趣味は料理、変な格好をしたおじさんのエピソード。虚言を並べたて美男子の気を引こうと必死になった。その甲斐あってか、男のほうから一緒に下校しないかと誘われた。


今日は結構ついている日だ。彼女の機嫌はかなり上昇していた。毎日こんな日だったら良いのに。彼女は心底そう思った。思っていたのだが……。


事態が急変したのは放課後、つまり隣席の男と帰宅しようとしたときのことだ。二人で駐輪場に向かって自分の自転車を見つけるとすぐさま異変に気づいた。


タイヤがパンクしていたのだ、それも両輪とも。どうしてこんなことに?彼女が困惑していると、なぜだか例のクズ女ともう一人の友達の二人がやってきて事情を説明した。


そして自転車付近に一人の男子生徒の持ち物であるストラップを発見し、クズ女はその男が犯人ではないかという推測を立てた。


そこで教室に戻り、男子生徒を問いただしたが途中で逃げ出してしまいみな追走を開始した。いや、一人だけ後を追わない人物がいた。自転車の持ち主、つまり記録対象者である女子中学生だ。


なぜ彼女が追跡を行わなかったのか?それには当然理由があった。彼女は周りを見渡した。先ほどまでは数人ほど人がいたが、今はもう放課後の教室には誰もいなかった。ちょうどいい。クズ女のカバンを手に取って中身を確認した。お目当てのものはすぐに見つかった。


彫刻刀の入った箱。彼女は素早くフタを開けて、すべての彫刻刀を机上に出した。思った通り一つだけ、先端部分に微量の黒いゴムらしきものが付着していた。おそらくタイヤを刺したときに付いたものだろう。間違いない。やはりパンクさせたのはあの女だ。


なぜ彼女はクズ女が犯人だと疑ったのか。これに関しては--またしても女の勘、とでも言うべきだろうか。偽善者女がストラップの持ち主である男を犯人だと告げたとき、声色がいつもと違って聞こえ、挙動もどことなく落ち着きのないものとなっていた。


彼女はそれを敏感に感じ取った。そしてその勘はまたもや的中しており、真犯人はクズ女であったというわけだ。当然のことながら彼女の怒りは頂点に達していた。


しかし憤りが渦巻く中にも彼女の感情には幾ばくかの優越感が去来していた。あの女がこんなことを仕出かした理由は当然ながら私が二枚目男と下校するのが気に入らなかったから。つまりあのクソ女が私に嫉妬心を覚えている。その紛れもない真実が彼女の気分を心地の良いものとしていた。


とはいえ、なにかしらの報復を行わないと気が済まないのも事実だった。彼女は一番手っ取り早い仕返し方法を思いついた。周りを見渡し、クズ女がサイフをカバンに入れていることを知っていた彼女は、彫刻刀に続きサイフも取り出した。まあ三百円ほどならばれないかな。彼女は百円玉三枚を抜き出し自分のポケットに入れた。


しばらくしてクズ女ら三人が教室に戻ってきたが、逃走した男子生徒は取り逃がしてしまったらしい。と、なると明日また彼は尋問染みた質問攻めを受けることになるだろう。私がみんなの前でクズ女に彫刻刀の件について問いただせば真相は白日の下にさらされ、男子生徒の無実が証明されるかもしれない。


しかしそうなると、このクズ女が逆ギレして自分になにか良からぬことを仕出かしてくるかもしれない。そう思い敢えて追求をしなかったのである。


そう考えると私のせいであの男子生徒が苦しむ羽目になるかもしれないな。彼女はちょっと可哀相だなと思い、何だったらその男子生徒になにかお詫びをしたい気持ちに駆られた。しかしすぐには具体的なことはなにも浮かばなかったので、今日一日じっくり考えようと思った。


その後、なんと隣席の男が二人乗りして帰らないかと提案してきた。なんということだろう。男と自転車で二人乗りなど夢のまた夢だと思っていたことが現実のものになろうとは。無論、二つ返事で快諾したかったが、ここですぐにYESと答えてしまうと厚かましく思われるかもしれない。


なので一旦は遠慮の言葉を告げた。この男の性格を考えるにあと一、二回は誘ってくるはずだ。そう考えていたが、ここでまさかの邪魔が入った。


クズ女が二人乗りは犯罪などとほざき出したのだ。このアマ……。彼女のイラつきゲージはここ一ヶ月の中で最も高いものとなっていた。こいつ、逆の立場だったら絶対にこの男と二人乗りしてるくせに……。ど正論を吐いているので反論も出来ない。不承不承二人乗りを諦め、また口を閉じ舌打ちをした。


そして結局、彼女は担任の教師が所持する車に自転車とともに乗り込み、自転車屋も経由して帰宅することになった。みんなで駐車場に向かう道中、隣席の男がコッソリ耳打ちをしてきた。明日は一緒に帰ろうな。その一言で彼女は小躍りしたい気持ちになった。間違いなくここ数ヶ月の間で一番テンションが上がった瞬間だった。


そのテンションは帰宅したあとも下がることなく就寝するときまで横這い状態が続いた。もう彼女の頭の中は明日隣席の男と一緒に帰ることで一杯である。そして冤罪をかけられている男子生徒の詫びの件など、もうどうでも良いという心境になっていた。


こうしてクズ女--田中雪子の一日は終わった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。よろしければ感想なんかを書いていただければ幸いです。

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