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死の谷編 2

「なんだよ、ここは?」


『扉』を抜けた先に広がる世界を見て、圭太は愕然とした。

土。

土。

土。

四方を、ざらざらとした硬質な土の壁が囲んでいる。

まるで洞窟だった。


「兄ちゃん……」


不安げに知美が震える。


「とりあえず、ここを抜け出そう」

「待って、圭太。勝手に動くと危ないわ」


母親が言った。

圭太は母親を見た。

母親は蒼白な顔をして、膝を震わせていた。


「でも、このままここに居続けてもどうしようもないよ」


かまわずそう言い放ち、圭太は歩みだす。


「ま、待って」


母親と知美が後に続いた。

洞窟の先にかすかな光が見えていた。

そこにたどり着けば何かがあるだろう。

圭太はそう確信していた。

世界に倦んでいる彼にとって、恐れなどなかった。

かすかな光の方向へと突き進むと、それが外から漏れくる太陽光であることがはっきりとわかってきた。

ごつごつとした洞窟が途切れ、ぽっかりと空いた穴のような部分から、陽光が差し込んでいる。


「よかった、これで外に出れるよ」


圭太は振り向いて母と知美に伝えた。


「兄ちゃん、怖いもの知らずだね」

「いまさら何に怖がれっていうんだよ」

「なにって、わかんないけど。でも、何が起こるかわかんないじゃん」

「もう十分ひどいことは起こってる。これ以上何があったって大して変わりはしないさ」


圭太の物言いに知美が悲しそうに目を伏せた。

圭太は鼻を鳴らした。

投げやりになった自分を見て、妹が哀れむような表情を見せることが我慢ならなかった。

俺は俺の感情に従ってこうふるまっているだけだ。

今俺は、この態度でいることが自分への救いなんだ。

今の俺を否定しないでくれ。

そう思った。

だが、はっきりと口に出す気持ちにはならなかった。

妹と眼があった。

彼女の、幼い澄んだ瞳に自分が写っていると思うと、嫌な気分になった。

圭太は目をそらした。


「……変な兄ちゃん」


妹が悪態をついた。


※※※


洞窟を抜けたからといって楽園が待っているわけではなかった。

抜けた先は、だだっ広い大地だった。

ところどころに岩石や丘がある以外は、ほとんど何もない。

圭太は足元の土を指で撫ぜた。

固く、乾いていた。

雨があまり降らないのかもしれない。

ところどころ土はひび割れていた。

草木はそれほど多くはない。

あるにはあるが、乾燥した土のところどころに、生き抜くので精いっぱいという態で存在していた。


「こんなの、どこが楽園だよ」


圭太がそう呟くと、母親がわっと泣き出した。


「か、母さん?」

「圭太、知美、ごめん。ごめんね」


肩を震わせ、おえつを漏らす。


「私が、こんな賭けを選択したから。こんなところで、どうすればいいの? 何もないじゃない。人は? 食料は? 住居は? いったいどうすればいいの?」


その言葉には一理あった。

確かに、ここには何もない。

見渡す限り、荒廃した乾いた土だ。

空を仰いでみた。

空は、青い。

日照りが強い。

ただ、圭太は、懐かしいなと思った。

彼は、洞窟を抜けた先が宇宙空間であっても仕方がないと思っていた。

その意味では、この光景は、地球と同じだ。

荒れた大地ではあるが、常識からかけ離れたものではない。

もっと幼いころ、父親に見せられた西部劇に、このような荒れた大地がしばしば登場した。

異世界への転送だと、男は言っていたが、実は気絶させられてアメリカのどこかに連れ去られただけだと言われても納得できる。

問題は、母親の言うとおり、当面の食糧や住居だった。

それらをどうにかしなければ、命はないだろう。


「おおい! 誰かいませんか!」


圭太は大きな声を出した。

声は、広大な大地に吸収され、消えていく。

人影は現れなかった。


「おおい!!」


数度目の叫び声をあげた時、岩肌の向こうに動くものがあった。


「!! 何か動いたよ!?」


知美もその存在に気がついたらしく、岩肌を指さす。


「人かも! おぉ~い!」


手を振ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「ま、待て、違うぞ! あれは」


岩肌から姿をすべて現したそれは、野犬のような生物だった。


「犬?」


知美が拍子抜けしたような声を上げる。


「なぁんだ。喜んで損しちゃった」

「そんなこと言ってる場合じゃないかもしれないぞ」

「え?」

「野生の犬だ。もしも狂暴だったらどうする? あれがもしも狼のような連中で、肉食で、襲ってきたりしたら?」

「うぇぇぇ!?」

「あながち、ありえない話ではないわ……」


母親が、絶望したかのようにつぶやく。


「それに、あそこに見えるのは一匹だけど。もしも、集団が隠れていたりしたら」

「この不毛な大地だ。相当に飢えているかもしれないし……」


圭太たちの言葉に、知美の表情が一気に青ざめていく。


「に、逃げようよっ!」

「でも、急に動いたりしたら危険かも、知れないし」


野犬のような生物は、じっとこちらを見ていた。

大きく裂けた口から、涎がひっきりなしに滴り落ちている。

嫌な予感がした。


「でも、じっとしていても、どうしようもないわ。に、逃げましょう」


母親がそう言って、圭太と知美の手を握った。


「か、母さん」


圭太の静止を聞かず、二人を連れて走り出そうとする。

その瞬間、野犬のような生物が動いた。

驚くほど俊敏だった。

しなやかで強靭な前足と後ろ足で大地を蹴り、一気に距離を詰めた。


「ひっ!」


その瞬間、銃声が鳴り響いた。

強い衝撃に野犬のような生物の首がぐるりと90度ほど回る。

そのまま倒れこむ。

耳と目の間あたりに弾痕があり、そこからどくどくと血が流れていた。

野犬のような生物は絶命していた。

続いて、向こうの岩肌から、やや背の低いずんぐりした男が現れた。

手には猟銃を持っている。

この男が撃ったことは明白だった。


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