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死の谷編 1

オリジナル初投稿です。


「ねぇねぇ。ドキドキするね」


長いエスカレーターに乗りながら、椎名知美 (しいなともみ ) は、兄を見上げて言った。

一つしか歳が変わらないのに、小柄な知美に対して、兄の圭太 (けいた ) は背が高い。

切れ長の不愛想な瞳も、人懐っこい表情の知美とは似ても似つかない。


「ん……。そうだな」


圭太は退屈そうに答える。

退屈、というか、倦んでいた。

世の中がろくでもない。

そんな気持ちでいっぱいだった。

14歳の少年とは思えぬほどの倦怠感。

それはここ一年間で急激に変化した生活環境の影響だった。


「ほら、見えてきたわよ」


母親の恵が言った。

精一杯の空元気を振り絞ったような声音だった。

エスカレーターが終わる。

その先には、光が広がっていた。


「キラキラしてるっ!」


知美が率直な感想を漏らす。


「ここが、『扉』……」


圭太は、目の前の物体を見つめながら呟いた。

目の前には、闇があった。

不思議な闇だった。

知美の言うとおりだ。

闇であるはずなのに、それはまばゆいばかりに光沢を放っている。

目がおかしくなってしまったのだろうかと思う。


「さて、皆さま、お揃いですね」


気が付くと後ろに、細い体躯の初老の男が立っていた。

にこやかな表情は、彼がやり手の営業マンであることを示している。


「本日は、わが社の『異世界転送移住企画』にご賛同いただき、ありがとうございます。わたくし、椎名家様を担当させていただきます、中出 (なかいで ) と申します」


恭しく、お辞儀をする。

丁寧にポマードで固められた髪から、かすかに香水の匂いがした。


「それでは、簡単にご説明をさせていただきます」


母が、神妙な面持ちでうなづいた。


「これから椎名家様には、この『輝ける闇の扉』をくぐっていただき、異世界へと転送していただきます。そこで、新たな生活を始めていただきます」


※※※


1999年。

世界は滅びなかった。

その代わり、日本各地で、不思議な現象が起こった。

空間に唐突に、『扉』が発生したのだ。

それは、空間にできた穴のようなものだった。

それをくぐった人間は、空間の向こうへと消えてしまう。

消えた人間は、誰一人として帰ってこなかった。

政府は事態を重く見、『扉』を厳重に管理する閣議決定を下した。

『扉』の発生した土地を買い上げ、そこを立ち入り禁止とした。

それから、18年が経った。

今は2017年。

『扉』を利用した違法ビジネスが横行している。

政府が『扉』の発生した土地を買い上げるときの値が安かったことが原因の一つだった。

安い金で土地を無理やり買い上げられるぐらいならと、『扉』の発生を隠していた地主が相当数いた。

それに目を付けたのが、海外資本のコンサル会社、ファンライン社だった。

反社会組織との関わり合いも指摘されているファンライン社は、『扉』を隠し持っている地主を見つけ出しては交渉し、インターネット上で『扉』を利用した移住企画ビジネスを始めた。

『扉の向こうには、楽園が待っている!』というキャッチコピーが電子の海に密かに踊った。

それと前後して、まことしやかな都市伝説が喧伝され始めていた。

曰く。


「扉の向こうからの生還者がいるらしい」

「彼は異世界で大金持ちになったらしい」

「扉の向こうに消えた人間から、携帯にメールが届いた」

「向こうの世界で、英雄になったってよ」


こうした都市伝説が、自然発生したものか、ファンライン社が作為したものかはわからない。

だが、噂が噂を呼び、異世界転送ビジネスには、一定数の応募者が生まれた。

そのほとんどが、この世に絶望した人間だった。

前科者。

老い先短い者。

借金を抱えた者。

今の世界にとどまる理由を失った人間が、新しい可能性を求めて、異世界転送ビジネスに群がった。


椎名家も、そんな一家の一つだった。

圭太の家庭は、もともとは裕福だった。

父は、土建屋の社長をやった後、地方政治家に転身した。

一代で財を築いた男と、評判だった。

晩婚だったので、子どもたちは小さかった。

彼は子供たち……圭太と知美を可愛がった。

しかし、ある時、汚職を指摘され落選することになった。

商店街のアーケードの再整備の際に、工事発注に於いて談合を示唆したという嫌疑をかけられたのだ。

警察に拘束され、取り調べを受けた。

父親は「そんなことはしていない」と身の潔白を訴えた。

真実はわからない。

だが、一度ついた傷は、信用というものを失墜させる。

父親の政界復帰は不可能に近かった。

完全なる没落だった。

以来、父親は酒に溺れた。

家庭内暴力を行うようになり、やがて心筋梗塞であっけなく死んだ。

父親の死後、財産を整理すると、思った以上に貯蓄も何もないことが判明した。

選挙やら交遊やらで金を使い果たしていた。

土建屋はすでに看板を下ろしていた。

もともと東北から越してきた一家だったので、近所に頼るべき親戚すらいない。

子供二人を抱え、働いたことのない母親は、どうすればいいのかわからなくなってしまった。

生活保護を受けることは、プライドが許さなかった。

気が滅入った。

どうすればいいのかわからない。

もういっそ、消えてしまいたい。

そんな折、どこかかから借金のことを聞きつけたのか、異世界転送ビジネスをしている男が、話しを持ち掛けてきた。


「新天地で新しい人生を始めましょうや」


母親は、異世界転送に、最後の望みを託した。


※※※


圭太が、倦んだ表情なのは、そういう理由からだった。

彼は幼くして、世の中に絶望していた。

それゆえに、妹の能天気な様子が気に食わなかった。


「あまりはしゃぐなよ、馬鹿」


その言葉に、知美はしゅんとなった。

頼りなげにうつむき、ごめんなさい、と言った。

兄には素直な妹だった。


「よろしいですかな?」


慇懃な声が響いた。

異世界転送仲介屋の中出の声だった。


「必要だと思われるお荷物は、すべてお忘れなく持っておられますね?」


母親がこくりとうなづく。


「では、『扉』を、おくぐりください。よき旅を」


知美の小さい手が、圭太の手をぎゅっと握った。

その手はかすかに汗ばんでいた。

はしゃいでいるように見えて、緊張しているのだ。

圭太はその手を強く握り返した。

そして、『扉』の中へと足を一歩、踏み入れた。


完結できるように頑張ります。

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