その9「吸血鬼は天使だった」
今回、少年愛・同性愛要素が入ります。
そのほか流血、動物虐殺要素が苦手な方も念のためご注意ください。
小説家になろう運営様より性描写について修正するよう要請がありましたので、こちらの記事は15禁相当の内容となっております。ご了承ください。
ヨシダさんは子供の頃、某県の山奥にある施設に入っていました。コの字型の施設の2階が子供たちの寝室になっており寝泊りは2人乃至4人部屋。ヨシダさんもご多分に漏れず奥から2番目の4人部屋に入っていました。
ヨシダさんが小学6年になった頃、転入生がやってきました。 肌は透き通るほどに白く、体も今にも手折れそうな細さ。しかし肩の辺りまで伸びた髪の毛は艶々と黒く。唇は淫靡な朱色をしていました。
彼の名は仮にN君としておきましょう。N君はれっきとした男の子だったのですが、この美少年から放たれる匂うような色香に、施設に居た職員や生徒たちは思わず息をのんだといいます。
N君とヨシダさんのほかに、同室の男の子が2人居ました。それぞれA君とB君とします。ヨシダさんもN君も、A君B君も同じ12歳でした。A君とB君は幼馴染で2人して散々ワルさを続けた末、とうとうこの施設に送られたということでした。
転入初日の深夜。ヨシダさん、N君、A君、B君の順に並んで布団が敷かれ、就寝時間の9時には全員床につきました。
A君B君の悪友コンビは、何やらソワソワしている様子。隣の美少年が気になるのでしょう。N君がこの部屋に入ったときから寝るまでずっと、ネチネチとちょっかいを出し続けているのです。
翌日からは食事の時も、運動の時間も、お風呂の時間も。しつこく付きまとってはからかっていました。この不思議な美少年にどう接したらいいのかまだよくわからず、ヨシダさんは結局あまり話しかけずに過ごしていました。
N君は物静かで、自分からはあまり話しをしませんでした。好奇の目を向けられたり挑発されても怒ったりせず、ただ黙ってうつむいているだけ。しかし言葉少ななその声もまた、高くもなく低くもなく。非常に妙な、思春期の男の子には少しくすぐったいような甘い声でした。
その年の夏も終わり、N君が転入してから数ヶ月が過ぎました。さすがの悪友コンビの挑発も止んだかと思いきや。なんとB君だけは執拗にN君を挑発し続けていたのです。A君はとっくに飽きてしまったのか、あまりのB君のしつこさに時折
「おぉい、もうやめろよぉ」
と面倒臭そうに声をかけていましたが、N君をなじるB君の目は気の毒な小犬をいたぶる意地悪な主人のように爛々と輝き、その行いは徐々にエスカレートしていきました。
周囲の仲間たちは次第にB君から離れていき、職員からは再三の指導を受けたにも関わらずB君の執拗な接近はやみませんでした。寝室を分けられたこともあるのですが、驚くことに朝起きると必ずN君の布団の中にB君が居るのです。そうした行いにもN君は抵抗らしい抵抗をすることなく。いつしか周囲もそれに対して何も言わなくなっていきました。有耶無耶のまま何故か部屋割りも元通りになり、B君は相変わらず執拗にN君に迫っていました。
そんな日々が続いていた、ある夜のこと。
ヨシダさんの枕元を、誰かが音もなく通り過ぎました。何気なく薄目を開けて確かめると、隣に寝ていたN君が居ません。(ああ、トイレにでも行ったのかな)とヨシダさんは大して気に留めずもう一度眠ってしまいました。
翌朝。
施設は騒然としていました。飼育室の小さなハムスターが全て殺されていたのです。女子生徒が大事に育ててきた小さな友人達は首を千切られたり目玉を抉られたり内臓を絞り出されて引き千切られたりと、見るも無残な姿で朝を迎えていました。しかも全てのハムスターが血を抜き取られていたのです。当然、すぐさま犯人の捜索が始まりました。
しかし外から誰かが入った形跡はなく。夜間に見回りの教員が点検をした時には、まだ異変は起こっていなかったようでした。
やがて騒ぎが拡がりきったその時、突然大きな声が響きました。
「お前だろう、オカマ野郎!」
声の主はB君でした。矛先はやはりN君。あろうことかこの騒ぎの犯人をN君だと決め付けていたのです。辺りはさらに騒然となりました。誰もこの美少年が悪鬼のごとき犯行に及んだなどとは考えられません。周囲に居た生徒達、特に女の子は口々にB君を責め始めました。
喧々囂々、口論はやがて感情的になり収拾が付かなくなってきたその時。異変に気付いた一人の生徒が息を呑み、やがてその場に居た生徒全員が次第に言葉を失ってゆきました。
やり玉に挙げられたN君が静かに、うっすらとした笑みを浮かべていたのです。全てを許容したような、でも、なんだか感情というものが何処かへ抜け落ちてしまったような……どうにも掴みづらい、穏やかな笑みでした。
これにより騒ぎは収まり、結局は不可解な事件としてその場は収まったのでした。
その3日後。
今度は同じ飼育小屋のウサギが殺されました。白も黒も茶色も全て。全部で10羽以上いたウサギたちはみんな、何者かに喉元を食いちぎられ、内臓をまき散らし、全身の血を失っていました。罪もない小動物の血を食らう吸血鬼の恐怖で施設は恐慌を来しました。ハムスターの事件のあった夜から見回りと戸締りはいっそう強化され、夜間に宿舎から外へ出ることは不可能だったといいます。ではやはり、この施設の外に犯人が居て、夜な夜な動物達をいたぶって殺しているのでしょうか。しかし、こんな山奥までそんな事をしに来るなんて……それこそ、余程の狂人の仕業としか考えられないことでした。
黒髪の美少年は相変わらず無口で、立ち姿は美しく、穏やかな寝息を立てているときなどはまるで精巧な人形のように見えるほどでした。あの一件以来、誰も彼を吸血鬼と囃し立てる者は居ませんでした。
ただひとり、B君を除いては。
周囲の言葉も最早届きません。B君は執拗にN君を責め立てます。
「俺は見たんだ! お前、夜中にどこかへ出て行っただろう! お前が殺したんだ!」
N君をなじればなじるほど、B君の目玉はぎらぎら怪しく光り、ぎょろりと血走った目がうつむく美少年を捉えます。
そして、ついにあの夜を迎えました。
ヨシダさんはずっと気になっていました。ハムスターが殺された夜も、ウサギが殺された夜も、N君は夜中に部屋を出て行ったのです。確かにトイレは共同で廊下の真ん中にあります。でも、そこへ行って帰るだけなら数分も掛かりません。もっとも深夜のトイレはかなり暗くて怖くいのでみんな行きたがらず、男子生徒などは窓から小便をして済ませるものも少なからず居たそうですが。
(偶然だ。ただの偶然だ)
ヨシダさんはふと、あの白い肌と、黒く澄み切った瞳が恐ろしくなりました。 あの美しい少年の心には、本当に醜い吸血鬼が棲みついているのだろうか。そういえば彼は、滅多に話さない。誰かに声をかけられても声を発せず、頷いたり首を振るだけのときもある。それだけじゃない、N君は此処へ着てからというもの、ただの一度も、歯を見せて笑ったことが無い。あの時にっこりとほほ笑んだ彼の口はしっかりと閉じられていた。そうだ、それがあの笑みの違和感の正体だ。ということは、やはりあの瑞々しく艶やかな赤い唇の奥には……。
(疑い出せばキリがない)
ヨシダさんは頭から布団を被って、早いところ寝てしまおうとしました。
どのぐらいの時間が経ったのでしょう。ヨシダさんはかすかに布の擦れあう音を聞いて目が覚めました。
ごそごそ、しゅるしゅる……
真っ暗な部屋の中、ヨシダさんの枕元を誰かが通り過ぎました。
N君です。白い寝巻き姿のN君は暗闇をすたすたと歩き、部屋のドアを開け音もなく去ってゆきました。
まさか。
そう思った瞬間。
「おい」
ビックリして振り向くと、声の主はA君でした。
「お前も見たろ、あいつ、やっぱり吸血鬼だったのかな」
「きっとトイレだよ」
「違う……ほら、見ろ」
A君の指差す先には、B君の布団がありました。そしてそれはN君の布団と同様に空っぽでした。これはいったい……?
ヨシダさんはA君の次の言葉を待っていました。
「アイツの後、つけてったんだ」
「じゃ、B君は」
「俺たちも行こう」
ヨシダさんとA君は部屋を抜け出し、廊下の中央にあるトイレへと向かいました。しかし、トイレの灯りは消えています。
「いねえな」
「うん」
2人が次に向かったのは飼育小屋でした。黙って、何も言わずに2人は歩き出していました。まるで足が勝手に動いて、あの飼育小屋の方に呼び寄せられているようだったと、ヨシダさんは言いました。宿舎の裏手にある飼育小屋へ行くには1階の教員室前の勝手口の引き戸を開けないといけません、しかしその引き戸には大振りで見るからに頑丈な南京錠が…綺麗に外されたままぶら下がっていました。
誰かが外へ出たのです。飼育小屋にはハムスターやウサギのほか、ニワトリや生徒が作った巣箱に住み着いた小鳥も居ました。動物達が危ない……! はやる気持ちを抑えながら、A君とヨシダさんは静かに飼育小屋へと近づきました。
真っ暗闇の飼育小屋。その真ん中に黒い人影が二つ、激しく折り重なっているのが見えました。
A君がいつの間に持ち出してきたのか、懐中電灯をバチッと点けました。
真夜中の飼育小屋にうずくまっていた人影の正体は。
血まみれになったN君とB君でした。そしてその周囲には首を折られてピクリとも動かない無数のニワトリたち。 立派に伸びた鶏冠がだらりと垂れ下がり、無残な死体は真っ赤に染まっています。
あふれ出た血と獣の死臭が混じり合った凄まじく濃密な空気を吸い込んでしまい、ヨシダさんは思わず嗚咽を漏らしました。A君は絶句したまま、親友の無残な姿を見つめていました。
N君の唇の端からは真っ赤な血がこぼれていました。艶かしい唇のまわりに、白い羽根がべっとりと付いています。光に照らされたその目は妖しく、確かに一瞬 ぎらりと光ったのです。
倒錯する美少年の顔や身体中には赤い傷が幾つも見えました。N君とB君は血まみれの地獄絵図の中でひたすらお互いを傷つけ合っていたのです。
そして一部始終を見てしまい唖然とするヨシダさんとA君に向かって、N君は初めて
にたぁ。
と笑ったのです。血だらけの口の中に、鋭い牙のようなものが左右に2本確かに見えました。その微笑みにぞっとした拍子に、二人は我に返りました。
「お、おいB!」
親友のあまりに異常な姿に面食らったA君が懸命に声をかけると、B君もその声に激しく反応しました。羞恥と絶望とが一瞬で入り乱れたような表情。仰臥したB君の身体にも、赤い斑点がぽつぽつと見えています。
「あっ」
ヨシダさんが反応するよりも一瞬早く、N君は無言で跪きました。B君の上半身に覆い被さるようにして身体を重ね……そして。
「ぐううういいいいいいい!」
二人は歯を食いしばったB君の悲鳴で漸く、N君がB君の首筋に喰い付いている事に気付きました。
「うわああああああああああ!!」
二人の悲鳴を聞いて宿舎にも次々に明りがともります。ヨシダさんとA君は必死でN君を引き離そうとしますが、あの華奢な体からは想像もできないほどの腕力で、まったく歯が立ちません。獣のような姿勢のまま必死で身をよじり、苦しむB君の体にしがみつき、なおも2本の牙を首筋に食い込ませています。
やがて食い込んだ歯と肉の間から真っ赤な血がどくどくと流れてきました。気が付くとヨシダさんも、A君も、流れる血潮で両手を染めていました。
「子供達を部屋に!」
「こらあ! 宿舎に戻れ!」
教員達の声が響き、丸い灯りと共に足音が次々に向かってきます。そして、飼育小屋で大人たちが見た光景は余りに凄惨でした。N君は大人が数人がかりで漸くB君から引き離され、二人ともすぐに病院に運ばれました。
A君とヨシダさんは熱い風呂を入れてもらい、傷の手当も済ませたのちにその日はもう寝るように言われました。二人とも疲れ果てていましたが、あの惨たらしい光景が目に焼き付いて離れず、全く眠れませんでした。
明朝、教員からは、N君は以前の施設でも同様の事件を起こしていたこと。そして生まれたときから身寄りが無く、施設で育ったのちに引き取った最初の里親に暴行を受けてからは、病院とこのような施設を転々としていることなどが告げられました。
そして、N君は再び精神病院に入ったということでした。今後の治療の目処も立っておらず、なぜN君があんなに生き血に執着し、求めるのかもわからないそうです。
一方のB君。B君は前々からN君を疑っていました。おそらくは飼育小屋に居るところを発見し詰め寄ったが、返り討ちに遭ってしまった。B君は初めて会ったその日から、N君という美しい吸血鬼に魅入られていたのでしょう。そして彼らの儀式にはいけにえの小動物が必要だった。歪みきった心と体を鎮めるための儀式。そしてB君もまた、哀れな生贄のうちの一人だった。
B君の傷は深いものの命に別状は無く、呆けたような顔ですぐに戻ってきました。しかし数日後、遠い親戚と名乗る人間が付き添って施設を出てゆきました。
その日以来、A君とヨシダさんはこの事件について硬く口を閉ざしていました。他の誰かに聞かれても、決して話さなかったそうです。