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タクシー運転手のヨシダさん  作者: 佐野和哉
タクシー運転手のヨシダさん
6/40

その6「目、目、目、目」

 A県のとある街に引っ越してきたヨシダさん。季節は3月下旬。住み着いたアパートは3階建てで東向き。なんとも日当たりのいい明るい部屋でした。

 仕事先は引っ越す前に決めてあり、もちろんタクシー運転手の職に就きました。所長さんが大変人徳のある方で、社員も会社もなんだかホッコリとした雰囲気だったとか。仕事も順調で、すぐに会社にも馴染んでいました。

 しかし引っ越してきて数週間。ヨシダさんは突然体調を崩してしまいました。風邪かな、と思い薬を飲んで仕事に行きますが、どうにも気分が良くなりません。熱はないし、何か悪いものでも食べたのか……そしてある晩、ヨシダさんはとうとう寝込んでしまいました。すっかり弱って布団に横たわっていると何か聞こえてきます。

(ボソボソボソボソ)

(ボソボソボソボソボソ)

 !!?

 驚きのあまり飛び上がったヨシダさん。そして偶然目を向けたのは、部屋の隅に二つ並んだカラーボックスの隙間。その2ミリぐらいの空間に、ハッキリと浮かぶ目玉。アーモンド形の、黒目のハッキリした目玉がひとつ。

 !?

 驚いて注視すると、目玉は消えていました。

(なんだったんだろ。疲れてるのか?)

そう自分に言い聞かせても、やけにハッキリしていたあの視線が今も自分に向けられているようでした。

次の日。目が覚めて洗面台に向かって歯を磨こうとしたとき。

(ボソボソボソ)

(ボソボソボソボソ)

 あっ!!?

 鏡の中の、少し開いた風呂場のドア。そのドアとサッシの隙間に目玉。ヨシダさんは歯ブラシを吐き出して、口もゆすがずに布団に飛び込みました。

(こんな場所には居られない! 仕事してたほうがマシだ!)

 まだ少しふらつく頭で出勤したヨシダさんは、ロータリーでお客を待つことにしたそうです。

 平日の昼間。駅前は閑散としていました。前の車にお客さんが乗り込み出発しました。次はヨシダさんの番です。車を乗り場の横につけて、チラッとバックミラーを見ました。

(ボソボソボソ)

(ボソボソボソボソ)

 !!?

 バックミラー越しに映る後部座席のシーツ。そのレース地の網目の向こう側に、目玉。それも今度は、一つじゃありません。網目の間、シーツと座席の間、そこに無数の目玉がぶわーっと広がり、一斉に不規則な瞬きを始めたのです。

 ああっ!?

 運転席で思わず飛び上がってしまったヨシダさん。

 スピードメーターの中にまで目玉がぼこぼこっ、と現れて、瞬きを始めました。

 すべての目は、しっかりとヨシダさんをとらえています。そして無表情のまま瞬きをしているのです。さらにこの

(ボソボソボソ)

(ボソボソボソボソ)

 という、低くて聞き取り辛い声。

 なぜ、こんなものが現れたのか。当然、ヨシダさんに心当たりなどありませんでした。

 以来、何処に居ても、何をしていても

(ボソボソボソ)

(ボソボソボソボソ)

 と低い声がして、そしてどこからともなく現れる目、目、目、目。

 ヨシダさんは一人で居ることが恐ろしくなりました。しかし、何処で何をしていても目玉は現れるのです。家に帰るとまず、テレビを大音量で点けました。そしてそのまま洗面所に駆け込み、目をつぶって服を脱ぎ、硬く目を閉じたままシャワーだけ浴びてリビングに飛び込みました。気を抜くと何処からか(ボソボソボソ)と聞こえそうで。特に見たくもないテレビを点け、ソファに座ってまんじりと見続けていました。画面を見てはいるけれど、内容は全く頭に入っていません。テレビ以外の場所を見るのが怖いのです。

 どこの隙間に目玉が浮かぶかわからない。しかし流石にテレビの中までは現れず、ヨシダさんはようやくほっとしていました。

 番組が変わって、時刻は間もなく深夜0時であることがわかりました。ああ、そろそろ眠くなってきたな。だけど、テレビを消したくない。

 ウトウトしたままテレビを見続けていましたが、とうとう眠気が限界に来て、テレビのリモコンの赤いボタンを押すと、プツッ、と音がして。

 映像が消えて真っ黒になったテレビ画面に映っていたのは、

 画面と同じ大きさの目玉がひとつ。ゆっくりと瞬きをして。


 そこにいたんだ。ずっと俺を見ていたんだ。

 そしていつも耳元で聞こえていたボソボソいう声を、その時ハッキリと聞きました。


 ミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタ。


 その後すぐに市内の違うアパートに引っ越したら、この奇怪な現象は収まったそうです。

 歯ブラシを加えたまま布団に飛び込んだせいで、シーツがなんだか臭えんだよなあ。とこぼすヨシダさんでした。



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