表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タクシー運転手のヨシダさん  作者: 佐野和哉
タクシー運転手のヨシダさん
5/40

その5「あなたはだあれ?」

 タクシーの運転手さんと言えばお客さんの話を聞くのも立派な仕事。長距離のお客さんに色々とお聞きするなんて事もしばしば。そんな中には、巻き込んだんだか巻き込まれたんだか、その場で奇怪な出来事に出っくわすこともあったそうです。


 コレは比較的新しい(と言っても10年ぐらい前の)お話。 当時ヨシダさんはY県のある田舎町に居たそうです。郊外にはマンモス団地が広がっていて、そこへ帰るお客さんを乗せたのは、初夏の涼しい夜のことでした。

 駅前のロータリーから国道を走ること10分。大きな四つ角の交差点を右に折れるとそこが団地で、電話ボックスと交番の前をもう一度右に曲がりそのまま50メートルまっすぐに進んで、車をスーッと滑らせるように駐輪場の前に停める。お客さんはそこで降りて行きました。階段を登っていくお客さんを目で追って、姿が消えたのを見計らってヨシダさんも走り出しました。その時点で時間は午前0時。さしものマンモス団地も静まり返って、灯りの点いている部屋もまばらでした。

 そのまま団地を出ようとして、交番の前を右へ。あ、間違えた。まあいいや、もう一回りして出よう。街灯がポツリポツリと立ち並ぶ静かな団地の通路を、ヨシダさんのタクシーがスイスイ走って行きます。

(あ、誰か立ってる。お客さんかな? 珍しい)

 停まってドアを開けると

「あれっ、運転手さん」

 素っ頓狂な声を出したのはなんと、さっきのお客さんでした。

「ああ、どうも。さっき帰ったんじゃ? 」

「いやあ、どうやら家を間違えたみたいで」

「ああそうでしたか(笑)」

「それで隣の階段かと思って行ってみたら、やっぱり違うんです」

「はあ」

「ですから、部屋を間違っていたのに、ホントはその部屋で合ってるんです!」

「ええー? 」

 怪訝な顔をするヨシダさんに、お客さんは興奮したまま説明を続けます。

「いや~あの時、確かに家に帰ったんです。だけどカギが合わない。それで登る階段を間違えたのかと思って。いや間違うはずはないんですけど、それで隣へ行ってみて部屋番号を見たんです。そしたらちゃんと合ってるんですよ!」

「ほうほう」

「それで、あのアタシが降りた場所はB棟なんですが、棟を間違えたかと思いまして。隣のC棟まで歩いたんです。だけど、やっぱりC棟はC棟なんです。もうわけがわからなくて、交番に駆け込もうかと思ったんですが、そんなこと言っても信じてもらえないでしょうし」

(ははあ、この人酔っ払ってるのかな?)

 ヨシダさんはお客さんの話を聞いても、まだあまり気にしていませんでした。

「じゃあ、私が一緒に行きましょう。今度こそ大丈夫かもしれないじゃないですか。ね、もう一度帰ってみましょうよ」

 どうせヒマだし、とまでは言いませんでしたが、ヨシダさんはお客さんと二人でB棟の階段を登って行きました。

「ここの3階なんです」

「この部屋ですね?」

「ええ。じゃあ、開けますね」

 ガチャガチャ。お客さんは手に持っていた鍵をドアに差し込みました。

 ガチャガチャガチャ、ガチャ。


 開かない。


「ホントにこの部屋なんですね? 」

「間違いありません!」

「そういえば、お客さん一人暮らしですか? 」

「はい。アタシ一人で住んでます」

「じゃあ、知らない間にカギを取り替えられたってこともないんですね? 」

「はい、たぶんないはずですが」

「家賃を滞納したとか?(笑)」

「そ、そんな馬鹿な!」

 あまり冗談の通じなさそうな、いや、真面目そうな人です。ヨシダさんをからかっているようでもありませんでした。

(ふうむ)

 とにかく、ここで話し込んでいては近所迷惑です。ヨシダさんはお客さんを促して、もう一度階段を下りました。

 駐輪場の車止めに腰掛けて、ヨシダさんはふと、さっき目の前まで行った304号室の窓を見ました。 男性一人暮らしの部屋は当然真っ暗で、窓の向こうにもココと同じ夜が閉じ込められているだけ。

 の、ハズでした。

 304号室の窓にかかった薄いカーテンに、街灯の明かりが僅かに反射して、内側にぼんやりと黒い人影を映し出しています。

(!!?)

 ヨシダさんは我が目を疑いました。

(誰か居る!?)

 その視線を追って、お客さんも部屋の窓を見ました。が、怪訝な顔をしてヨシダさんの方を向き直る辺り、どうやら見えてしまったのはヨシダさんだけのようでした。

(一体アレはナンなんだ)

 そして何故、部屋の鍵が開かなかったんだろう。疑問はつのるばかりです。

「あの、運転手さん? どうかしました?」

 お客さんはまだきょとんとしています。

 もう一度窓を見ると、やはりぼんやりと何かが映っています。自分達や他の誰かの影が映っているようではありません。では一体誰だ。


「お客さん、もう今日は私の部屋に来ませんか?明日改めて大家さんに連絡して、鍵を開けてもらいましょうよ」

 ヨシダさんは少し恐ろしくなり、また疲れていたのでそう持ちかけました。

「いやいや、そんなご迷惑を」

「いいんです、私も独り者ですから。お構いなく 」

「そうですか、有難う御座います。」

「いえ。夜も遅いですから。どうぞ」

「どうも申し訳ありません」

 結局、そのままヨシダさんは車にお客さんを乗せて、自室で夜を明かしました。

 翌日、お客さんもヨシダさんも会社を休み、大家さん立会いのもと鍵を開けてもらうことになりました。しかし。


 ガチャリ。

 昨日は押しても引いてもビクともしなかったドアが、何の抵抗もなくアッサリ開きました。こうも呆気ないと、事情を聞いてやってきた大家さんも逆に驚いていました。

 お客さんとヨシダさんは、念のため部屋の中を改めに入りました。真っ先に預金通帳や印鑑を取り出したお客さんを尻目に、ヨシダさんは昨夜の窓の前に立ってみました。

 薄手のカーテンが静かに垂れ下がっています。

 しゃっ。

 カーテンを開けて外を見ても、うす曇りの空が見えるだけ。

(なんだったんだろう)

 そう思って後ろを振り向こうとした、その瞬間。

 目の前の窓に映っていたのは、ヨシダさんでもなく、お客さんでもなく、管理人さんでもありませんでした。

 それは、真っ黒な人影。今度はハッキリと見えました。ビックリして振り向けないで居ると、お客さんが後ろから声をかけてきました。それで漸く振り返ったヨシダさん。

 反対側の窓からも、うす曇りの初夏の空が見えました。結局、ヨシダさんは窓から見た黒い陰のことも、そしてやはり部屋の中にいた影のことも、ついに明かさなかったそうです。


「アレはナンだったんだろうな~」

と、のん気に話してくれたヨシダさん。あれから約10年が経ちました。今でもあの影は、部屋の中に居て。誰の目にも映らず、ひっそりと佇んでいるんでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ