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タクシー運転手のヨシダさん  作者: 佐野和哉
タクシー運転手のヨシダさん #2
40/41

その5「案山子」

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリーリーリーリーリー


「あづーーいぃ……」

 虫やカエルの鳴く声がゲコゲコリーリーと響き渡る、真っ暗な田舎道。空気がまとわりつくように湿っぽくて蒸し暑い、まさに熱帯夜と言うべき真夏のある夜のこと。

「ねえーー、どこまで歩くのさあーー」

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 じっとりとまとわりつく暑さと、上がり続ける体温のダブルパンチで汗が止まらない。汗拭き用のタオルがすっかり湿っていて首筋に触れるとかえって気持ち悪い。夜なのでそこまで気温は高くないのだろうけど湿度の方が高くって、これじゃまるで泳いでいるみたいだ。

「ねえーーヨシダさん!」

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

「ねえー」

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……

 リーリーリー「おーーい、オッサン!」リーリー

「うーーるっせえなあ、黙って歩け」

「こんな山奥連れてきてどーーすんだよ、何があるのさ」


 毎度の事ながら車で延々走っている間は、どこの何を目指しているのか一切教えて貰えない。企画が始まるまで原付でベトナムを縦断するのか、はたまた全国各地の深夜バスに乗せられるのかわからない北海道のローカルテレビ番組みたいなもんだ。

「案山子」

「はぁ!?」

 このクソ暑い中延々と歩いてきて、もうこのオッサンの愛車である白いスカイラインを停めてある場所まで戻るのもめんどくさいぐらいのところまで来てやっと教えやがったと思ったら、言うに事欠いて案山子だと!?


「何それ。そんなもん見てどーするだん、トロくさい」

 ヨシダさんの住む大阪は生野区を出てからひたすら走って走って、僕たちがやってきたのは幾つも山を越えた先にある廃村だった。といっても目当ての地域はもう少し先の方にあるのだが道路がすっかり荒れ果ててしまっていて、小さめの岩みたいな落石や、お笑いウルトラクイズならたけし軍団が落っこちそうな穴ぼこまで考えられる限り最悪の路面状態となっていた。で、例によってこのオッサンが「これ以上クルマで走るのヤダ!」とかゴネ出したせいで、このクソ熱帯夜にこんなところをほっつき歩くハメになったのだ。そりゃあコッチだって三河弁丸出しでゴネ返したくもなる。

「……」

「なあー、も帰ろうよぉ!」

「……」

「アレだら、どぉーせ案山子ったって、なんか何処ぞの小学生が課外授業で作った版権どアウトのド〇えもんとか熊の(ピー!)さんのアイデア案山子とか空き缶とペットボトルのリサイクル案山子とかそんなん」

「ちっげーよバァカ。んなもんオレだって見るかよ」

「じゃあー何さ」

「んー?」

「フツーの案山子じゃないってことでしょ」

「そ」

「じゃあー何さ」

「生きてる案山子」

「い、生きてる……?」

「そ」

「頭がカブで夜中になるとぴょんぴょん跳ねるの?」

 どうも今日は水曜にやってた北海道のローカル番組づいている。

「そんなら今ごろ向こうから跳ねて来やがるだろ、バカ」

「ほいじゃなんだん」

「案山子ってのはお前、色々あるだろ。それこそ今お前が言ったような可愛いモンから、よくある素朴なのまで。だけどまあ成り立ちって言やあ結構えぐいんだ。その昔はどこぞから逃げてきた落ち武者だとか今よりずっと閉鎖的だった村社会の掟破りだとか、そういうのを身ぐるみ剥いで半殺しにしてその辺に磔にしてあったり、生贄だっつって何日もそのまま放置してあったりな。どこまでホントか知らねえけど」

「つまりそういうエグい殺され方をした案山子が化けて出る、と」

「まあな。噂によれば或るところで生きたまま案山子にされた男が血の涙を流しながら今も磔になっているんだとよ」

「せっかく向こうで磔になっとるのに、わざわざコッチから会いに行くわけ?」

「そ。ただ、この案山子の話はもうちょっと新しめで、他とはまたひと味違うんだ」

 ヨシダさんはそう言うと、首筋から顔にかけて乱暴にタオルで汗を拭って話を続けた。


 この辺りは今じゃ廃村だが以前はそこそこ続いてた集落があったんだ。けどな、遅れてたっつーか悪い意味で昔ながらの価値観がずっと色濃く残ってる家もあってさ。父権の絶対性ってのか。お前もわかるだろ、要するにどんなバカでもクズでも酒くらって暴れても親父は親父だから絶対だ、ってやつ。今だったら虐待だの家庭内暴力だのでイッパツだろうけどな。

 程度に差はあったけど、どこの家も男尊女卑みてえのが多少なり続いてた。ただ、ある時そんな村ん中でも飛びっきりのクズ男がいてさ。コイツだけはあまりに酷かったんで村中の鼻つまみ者だった。コイツのおかげで他の連中は多少マシに見えるどころか、逆に村の連中が反面教師にして真っ当な親孝行やカミさん孝行をしたり、娘が生まれたら打って変わって溺愛するようになったりしたぐらいだ。ヒトのふり見て我がふり直せとはよく言ったもんだな。まあ、とにかく酷いったらなかった。


 ソイツは親父も親父で酒癖が悪くて、母親はとっくに逃げちまってた。でその親父も酒で体壊して早死にしたんで保険金で細々と食いつないでた。っても、アマゾンも楽天も無え時代だから、みんな村にひとつきりの店で酒もメシも買うわけだ。それぞれ肉野菜はココ、酒はこの家で弁当や総菜はココで……なんてな具合にな。要するに店と個人宅、村の中のプライバシーや関係性がそのままイコールってわけよ。けどコイツだけはみんな店であり自分ん家に入れたくないんで、家の前まで適当に届けてた。そんぐらい腫れものに触るような奴だった。アマゾンどころかウーバーイーツの先駆けだったかもしれねえな。


 まあそれはさておき、ところがどっこい。そんな奴であっても惚れちまった女性ひとってのが居て、周囲の反対も聞かず遂に結婚することになっちまった。あの当時も今ほどじゃないが、田舎へ回帰するみたいな事業があってな。役場の方でもそれとなく推してたところへやって来たのがその女性だった。そこそこ開けたところから来たらしいってこと以外は素性がわからない部分も少なからずあったみたいだが、折角だからと住まわせることになった。ただ案の定、村人は余所者ヨソもんに冷たかった。そして若くて結構可愛かったその子に唯一優しかったのが、よりによってクズで通ったその男だったってわけ。まあモラハラクズ男ってのは往々にして外面はいいし、最初だけは女性に優しくするもんだからな。


 で、その家に嫁いできた母親ひとから生まれた息子ってのが、まあそんな代々続くクズ遺伝の親父から事あるごとに殴る蹴るで虐められて育つわな。筋金入りのクズが結婚して子供出来たぐらいで直りゃ苦労ねえもん。で何をするにも怒鳴られてぶっ飛ばされて。それだけじゃねえ、普段から酒を飲んじゃ見境なく暴れて物は壊したり筋の通らねえ喧嘩を吹っかけて暴れてるような奴だ。息子のことだって家じゅう引きずり回したり真冬にハダカで外に追ん出したりとか、タバコの火を押し付けたりとかも当たり前でな。まあ酷いもんだった。狭い村んなかのこと、何したって筒抜けだし下手すりゃ辺り一面に怒鳴り声やモノが壊れる音だって聞こえてる。だけどみんな見て見ぬふりをしてたんだ。最低限、表面上は明るく親切に振舞っても内心じゃ自分たちにも矛先が向かないように極力かかわらないように避けて暮らしてた。村ん中で毎日ちょっとした台風か火事が起こってるようなもんだからな。


 そんな家に嫁いで子供まで授かっちまったおかげで、亭主の不始末はみんな嫁が被ることになった。村人はハブいた責任を感じなくていいし、クズの亭主もテメエの責任を全部おっ被せられるんで誰にとっても都合が良かったんだ。嫁さん以外には、な。嫁の方も初めのうちは甲斐甲斐しく謝ったり旦那を説得してたりしてたが、そんなもんで聞くようなタマじゃねえ。火に油を注いで余計に殴られたり蹴飛ばされたり、お前らが吹き込んだんだろうとまた往来やヒトん家に乗り込んでまで暴れ出す始末。それもさらに旦那の不始末は嫁の責任、となって蓄積していった。大体みんなこの鼻つまみ者を押し付けあっていたから謝りに来られたってどうでも良かったし、ちょうどいい人柱だったわけだな


「あんまりじゃん、惚れた弱みってレベルじゃねえぞ」

「最初は嫁さんも好きな男のことだからと一生懸命に尽くしてたさ。でも、すぐに様子は変わった。逆らったら殺される、ってな。それにもう村中みんなが自分にこのクズ男を押し付けてるのだって気づいてた。だから逃げられなかった」

「どうして……! なんで逃げなかったんだろう」

「何度も夜逃げしようとしたさ、でも連れ出してくれる人も居なきゃ匿ってくれる家もなきゃ、殴られたり蹴られたりしても手当してくれる医者も居なかった。逆に相談した村人が旦那の方に


お前の嫁はお前と、この村を捨てて逃げようとしてる


散々迷惑をかけておいて後ろ脚で砂をかけていくつもりか


 とチクって非難した奴まで居たぐらいだ。ハナっから味方なんか居やしねえ、田舎なんてのはそういうとこもあるんだ。陰湿で、他にやることがなくて、余所もんが嫌いな癖に自分たちが捨てられるとなったら餓鬼みてえにしつこい。住めば都だなんて言うけどな、中にゃ地獄の都もあるってこった。そこへ来て生まれた息子と、その母親に待っているのが、どんな生活か」

「うわ……」

「な? お前わかるだろ。そんな親父から生まれてきちまったことすべての残酷さ、凄まじさが」

「ああ……」

 この暑いのに背筋がサーっと冷たくなったのを感じた。膝から肩へ、そして頭の奥へ血潮が満ちて息が苦しくなってくる。僕の最も暗く重たい過去。いわれのない罵声と暴力が家の中は勿論しまいには公園でもジャスコでもどこでもお構いなしに飛んでくるようになった日々。子供の頃の僕は毎日、ドコに埋まっているかもわからない、何が間違っていたのかさえわからないまま突然爆発する実の父親という名の地雷に怯えながら歩いていた。何気ない一言が、ふとした行動が奴の逆鱗に触れズタズタになるまでシバキ回され、それは奴の中で正当化される。そして一通り暴れて気が済んだあとには


お前が嫌いでやったんじゃない

お前が憎くてやったんじゃない


 それが免罪の呪文であるかのように奴は繰り返した

「ただカズヤ、お前は近所のジイさんバアさんの家があったし元々が母方の実家だったからソイツ追い出して、その後も色々あったけど助けてくれた人も沢山いただろ?」

「うん、ホントそうだったよ」

「あの家に生まれちまった息子には、それすら無かったんだ。助けてくれる人も、救ってくれる人も、逃げ場所になってくれる人も。誰もいなかった」


 そのうえにあの家のガキだからって周囲からも避けられてな。祭りや盆踊り、暮れの餅つきに正月の初詣でみたいなイベントごとからもことごとくハブられた上に今度は学校に入っても遠足とか修学旅行すら仲間に入れる奴は居なかった。あの家のアイツとはかかわるな、って親同士で根回ししてたんだ。もちろん学校側だって織り込み済みさ。あの親父にかかわるとロクなことがない、ってのはココに住んでりゃ三日で身に染みる。そのぐらい狭い世界で、そのぐらい村八分に遭ってたってわけさ。

 だが村ん中じゃそうかも知れんが世の中の方は確実に変わってた。この息子が物心ついたころには、もうこの家や村はおかしいってことに気づいちまってたんだ。ガキ同士も狭い世界に居ればそれが全てになっちまうが、それでも味方してくれようとした奴は居た。


 ただ、そうすると親の方が折角出来た友達を引っぺがしちまう。そりゃそうだ、誰だって他所のガキより我が子が可愛いし、自分の身も可愛い。そうやって親の方で子供たちの世界を狭く暗く窮屈にしていく。それが自然豊かでのどかな風景が続く、この村の教育のうちのひとつだったってことさ。

 まあそうやって息子の方は洗脳が解けたんで、小学校高学年から中学を卒業するまで完全に孤立してたのも耐えきって田舎を飛び出した。中学の教員もそれを勧めて就職先も見つけてくれたそうだ。厄介払いも兼ねてたんだろうが、ホントにその方が本人のためになるとも思ったんだろう。ただ一緒に連れて行きたかったけど、唯一ずっとかばってくれてた母親の方はやっぱり体裁があるからと言ってついて来なかった。母方の親類縁者も村に寄り付かなかったんで、他に身寄りもなかった。息子はそんな場所から飛び出すことが出来たが、母親の方は遂に洗脳が解けることがなかったってことだな……ここから飛び出して新しい生活をする自分が想像出来なかった。見つかって連れ戻されて今よりもっとこっ酷い目に遭うって、そんな想像しか出来なくなってたんだ。


 それでも全ての矛先は残った母親に向く。息子が家を出てからというもの、前にも増して暴力と暴言、器物破損が加速していった。当然仕事もしなくなるし雇ってくれるような人もいなくなる。村の外から嫁いできた母親よりもこの村で育った父親の方がより肩身が狭くなる。するとまた家の中で暴れる。その繰り返し、家はどんどんみすぼらしくなり、直すのが追い付かなくなってアチコチ壊れたまま放置されるようになった。窓ガラスも割れっぱなし、ドアも壁も破れっぱなし。父親は息子が自分の思い通り、言う通りにしなかったことが認められないし、村の連中はそんな奴が自分らの身内だと認めたくない。


 そしてその全ての矛先が母親に向く。旦那の不始末の後始末も出来ない、不義理でダメな嫁のレッテルを貼られているうちに、本人も本人でそんな環境に身を置きすぎて完全に麻痺しちまった。外を歩くこともなくなり、割れた窓ガラスや破れたドアなんかがそのうち直しもしないでほっとかれるようにもなってな。どうせ壊されるし、直すような金もないし、何より家の心配をするぐらいなら自分の身の安全のがよっぽど心配だったろうしな。それに折角直すにしたって、直してるとこを見た父親の機嫌が悪けりゃ

当てつけか!

わざとらしくしやがって!!

 って自分がドアやガラスよりひどい目に遭うんだ。そりゃあ何もしなくなるだろ。そのうちにどんどんおかしくなって、こんなに長い間ずっと責められ続けたせいで本当に全部自分が悪いんじゃないかと思うようになった。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、遂には日がな一日ずっと虚ろな目をしたまま謝り続けるだけになってた。


 父親が暴れたらごめんなさい、酒飲んでトチ狂ったらごめんなさい、家がみすぼらしいのも暮らしが貧しいのも仕事が上手くいかないのも生活が思い通りにならないのも何もかも悪いことは全部何から何まで母親が自分のせいにしちまった。

 そしてもう誰も止める人も、止めてくれる人もいなくなった。誰だって地獄から抜け出そうとしてりゃ手も差し伸べるし助言もするけど、自分から地獄に向かってく奴を止めてやることなんか出来ねえし、下手すりゃテメエもソイツのお好きな地獄に付き合わされるだけだ。そりゃほっとくわな。

 ましてやこの夫婦にとっての世間とか世界は殆ど狭い村ン中だったのに、そこからも孤立してとうとう二人だけの地獄に閉じこもっちまった。寝ても覚めてもキレてる父親と謝ってる母親。家はボロボロ、畳も腐っちまってるしロクに食うものもない、屋根にも壁にも穴は開いてるし玄関の引き戸はバカんなって開きゃしねえんで縁側から出入りしてたぐらいだ。


 そんな状態が何年も続いてて、周囲も自分たちも、それにマヒしたまま年だけを取って老けていった。息子の方は、といえば初めはどこぞの工場で住み込みで働き始めて、そこで貯めたカネで免許取って今度は運送屋の寮に入った。

 自分の知らなかった村の外の世界で、めいっぱい新しい空気を吸い込んだ。気持ちよかっただろうよ。

 ただやっぱり相当抑圧されて育ったせいか、周囲との協調性はイマイチどころか限りなくゼロだったみてえでな。トラックは乗って走っちまえば一人だから気楽なもんだが寮生活となるとそうもいかねえ。


 育ちのせいで炊事洗濯掃除は一通りのことが出来たもんだから、周りで自分より年いってる癖にちょっとでも出来ねえ奴がいると気に入らねえってケチ付けちゃ、しょっちゅう喧嘩してたらしい。自分はとんでもない辛くて悲惨な育ち方をしたんだから、とかなんとか言い訳しちゃあ揉めても謝りもしねえで被害者ヅラするばっかりで、しまいにゃ会社ん中でもどんどん孤立していった。

 自分じゃどうか知らないが、周りにしてみりゃ世界で一番ツラくて苦労してるのは未来永劫リアルタイムで自分テメエだと思ってやがるような単なるクソガキだからな。それがそのまま社会に出たなんて言えば聞こえはいいがアカの他人からすりゃ家出して野放しになったに過ぎねえし、これまでロクな生活をしてなかっただけだからな。ちょっと掃除洗濯したぐれえで威張るどころか暴れて威張ってゴネ倒されちゃ周りの連中はたまんねえよ。


 いつでも自分ばっかり中心で、他人が思い通りにならなきゃ思いつく限り罵倒してキレ散らかして延々責めなじる、そうまでしてでも言う事を聞かせなきゃ気が済まねえし絶対に謝らない。仕事はちゃんとやるかもしれねえし、確かにヒトサマより出来ることはあるだろうよ。だからってそれじゃダメだ、と、もうコレだけ言われたらアウトさ。


「うげぇ、めんどくせぇーー……」

「だろォ。だけど何しろモラハラ特有の外面の良さで女にはモテてた。知らぬが仏とは言ったもんで、本性を知らねえで付き合い出して気が付いたころには泥沼にハマっちまってる。貸した金は戻ってこねえし束縛はキツイ。だけどそんな奴を選んだ自分の事が認められないと、コイツから離れることも出来ねえ。いつだってコイツはテメエが人質で他人に我慢と供出を強いることが当然だと思ってやがる。何しろ世界一の苦労人で宇宙イチ努力家なのはテメエだと思ってケツかるからな」

「なんか大分だいぶアンタの私情が入っとらん?」

「るせえ、俺ぁそーゆー甘ったれたクソガキが年だけ食ったような奴が大っ嫌いなんだ」

「なるほどね、耳が痛えや」


 そんなわけで運送会社の寮にも居づらくなったころ、コイツにまた彼女が出来た。

 この彼女の実家ってのが田舎で建設会社をやっててまあまあ太い家だった。そこで何不自由なく暮らしてたんだが、甘やかされて育ったせいかロクに働かずマトモな仕事もしてなかったんだな。ただ160そこそこのタッパがあって胸やケツがデカくて顔も目がパッチリで垂れ目の、鼻筋も通ってて唇はぽってりして……って感じで……わかるだろ、男受けするタイプの子だったんだ。それがむさくるしい男ばっかりの世界でチヤホヤされて、高校を出るか出ないかのうちに会社に出入りする男たちと誰彼構わず寝ては小遣いをもらうようになってた。もっと早かったって噂もあるがな。


 会社の敷地に二階建ての小さなアパートがあって、そこが運ちゃん達の独身寮だった。彼女の仕事場はそこで、昼でも夜でも呼ばれるがままに相手をしていた。中にはわざわざ仕事終わりに、もうひと汗かいてから帰る奴も居たぐらいだ。

 二人はそんな風にして出会った。

 ちょうど運ちゃん連中にも飽きられ始めて、もの寂しくなってたんだろう。性依存ってやつだったのかも知れねえな。大抵の事はこなしてきた彼女と、とにかく他人を束縛して自分の思い通りにしたい男。割れ鍋に綴じ蓋とは言ったもので、初めのうちは金と体目当てだったんだが、しまいに唆してアパート借りさせてそこに転がり込んだ。費用は全部その彼女の親持ちさ。当然トラックなんかすぐに適当な言い訳つけてバックレちまったうえに前の女から借りてた金も新しい彼女に立て替えさせて自分は相変わらず苦労続きで悲惨な弱者を気取ってやがった。


 彼女の方も実家は太いし田舎育ちで純朴なんだが育ちのほうは良くなかったのかちょいと曲がったところがあって、この息子に言い寄られたことで逆にベタ惚れしちまった。溺愛されて育ったせいで身に沁みついた人恋しさが裏目に出たんだな。愛する彼氏が言う事なら何でも聞いたし受け入れようとした。何か揉め事になれば自分が間違ってる、悪いのは自分なんだって思いこんじまうタイプだったんだろう。親子揃って相手にそういう風に思わせて何もかも譲らせて食い尽くすタイプの男だったし、そういう男に捕まっちまう女をきっちり餌食にしてやがった。で、最初のうちこそすったもんだしたが結局は割れ鍋に綴じ蓋で上手くいってたってわけだ。

「ほんと、どこでどんな奴に捕まるかわかんないのに、上手く行く奴は上手く行くんだよねえ」

「どっかのボンクラ大臣みてえな言い回ししてんじゃねえ」

「ちょっと心当たりが」

「だろうな、その言い草は」


 結局そのままズルズルと付き合い続けてた。彼女の方は必死こいて仕事して家事もして、そのうえワガママ放題に付き合わされて……時々ケンカもしたが、いつも最後はクソ息子のクソ男特有の自己中心的な被害者様意識を爆発させて、そのあとでちょっと優しくされた彼女の方がコロっと丸め込まれてた。

「共依存ってやつね」

「そ。まあカエルの子はカエル、父子揃ってやる事ぁ同じだったってわけさ」

 便利で素直な彼女に執着するクソ息子、そんな男と知っていながらも結局は依存する彼女。絶対に別れた方がいい、長続きしない、最後は自分がひどい目に遭って破滅を迎えるだけだと幾ら叫んだところで絶対に耳を傾けるどころか一顧だにせず突っ走っていってしまう。他人から見た自分の姿がわからなくなるというのは恐ろしいもので、僕もこれまでそういう人を何人か見てきた。


どうして逃げなかったのだろう

どうしてわからなかったのだろう


 そんな風に思う事も、しばしばあった。だけど結局は自分の心の持ちようで、他人が干渉することが出来る部分なんて知れている。恐怖や強迫観念、植え付けられた固定観念といったものに人間は案外簡単に支配され、どんなに立派でマトモな人でもビックリするほど呆気なく自分を見失ってしまう。その場を凌ぎ、その繋がりを維持することだけに躍起になってしまう。

 そしてそれは、虐待と束縛を受けていた少年時代の僕の姿そのものでもあった。別に僕が立派でマトモだと言うつもりは微塵も無いが。

 ヨシダさんが「お前わかるだろ」と言っていたのはこのことで、僕はこのとき無性に憤りを感じていた。そんな男が他にも居たなんて考えるだけでも、背中が熱くなって動悸がしてくる。だけどヨシダさんの話は続く。


 ところがそこに訃報が届いた。村に残してきたおふくろさんが亡くなったんだと。流石のクソ息子でもこれは心残りも相まって相当堪えたみたいで、遂に彼女を連れて里帰りをすることにした。彼女を連れて行くのは路銀の金づるとしての意味もあったが、それ以上に自分が遠くへ行くのに彼女を置いていくというのがそもそもの発想になかったんだ。自分の一大イベントは相手にとっても同じぐらいの意味合いを持つはず、というのがまあこういうクソみてえな奴の常識なんだろうよ。もっとも彼女の方も、もはや癒着しきった精神状態で彼氏だけ何処ぞへ送り出すような真似は出来なかったろう。

 どっちみち、今思えば最後の引き金を引いちまったんだな……この時に。

 

「けど、そんな状態になってたのによくお葬式あげたり訃報の手配なんか出来たよね」

「まあ、そこがちょっとキツいことんなっててな」

 実家に着いてみると案の定、荒れ果てた家で葬式を上げた様子はない。村役場に勤めてた同級生に聞いても葬式どころか死んだという話も暫くしてから聞いたってぐらいで。じゃあ何で判明したかっていうとな、死体をずっと家で放置していたからなんだ。

 意を決して廃墟通り越してバラックみてえになった自宅に入ってみると、あの悪鬼羅刹のような父親はすっかり痩せこけて髪も髭も伸び放題だし風呂にも入ってねえからケモノみてえな臭いがプンプンしてたんだが、何より目だけがギラギラ光って見えたんだと。

 長年のアルコール依存と極貧生活ですっかり狂っちまってたんだ。

 どんぐらい狂ってやがったかっていうとな、その親父はもうマトモに働くどころか日常生活も困難なぐらいおかしくなったのと、そのせいで食うモノもないんで


死んで腐った自分の妻の肉を貪ってやがった


 んだ。結局、いよいよ腐敗臭が凄いんで調べに来たのが件の同級生で、そこで全部発覚して方々探した挙句に息子の元へ便りが来た。が、親父を家から連れ出そうとしても暴れまくるんでもう誰も手が付けられなかった。警察から役場の人間、消防団までみんな借り出したが手に負えないのと関わりたがらないってんで、結局そのまま放ったらかしにされてたのさ。


「立派な犯罪じゃん」

「放っておきゃコイツもすぐ死ぬだろって思ったらしいな。まあ触らぬ神に祟りなしってことだ」

「神ねえ、神様どころか人権すら失せてるね」

「まあ失くしたのは本人の自業自得だがな」

 久しぶりに帰ってきた息子に対しても、顔を見るなり積もりに積もった理不尽な罵声を散々浴びせて来た。が、もうそのほとんどが聞き取れないか何を言っているのか理解不能だったらしい。歯も殆どなくなっちまってたし、アルコール依存症で酷いせん妄状態だったのもあったしで、まあ無理もねえわな。


 結局その日の夜、息子夫婦は役場に勤める同級生のつてで村はずれの公民館で寝ることになった。

 だけどな、ここが終わりの始まりってヤツで──

「ねえーヨシダさん」

「あ?」

「それってもしかして、ここ?」

「そ」

 僕たちは話しながら辿り着いていた。この凄惨な物語の終わりの始まり、忘れられた惨劇のモニュメントでもある寂れた田舎の公民館。その玄関先へ。

 すっかり煤けた平屋建ての周囲は長い間使われていないとみえて背の高い草いきれで覆われ、蒸し暑い夜の空気の流れのなかに浮かび上がった影のようにゆっくりと揺れている。

 一瞬、周囲の音が自分を中心にした円になって遠ざかった。そしてまた一段とボリュームを上げて鳴り始めた。そんな気がした。

 ひどい熱帯夜で汗が止まらないというのにこの時だけはゾクっとくる嫌な雰囲気を打ち消すのと、それがゆえに周囲の気配に過敏になったせいだろう。要するに怖かったんだ。

 だけど僕は聞かずにはいられなかったし、ヨシダさんは聞かれるのを待っていたと思う。


「でさ、此処で何があったの」

「息子夫婦が寝てるところへ親父が忍び込んだ。金目のモノ持ってるんだろうってんで盗みに入ったんだな」

「うげ」

「ところがそれを息子本人じゃなく、そのカミさんに見つかっちまった」

「あ……」

「カミさんはビビって声も出なかったんだが、トチ狂った親父の方が逆上しちまってな」

「……」

 じわり、と頭皮のどこかで汗の膨れた感触がする。そしてそれは拭いきれない嫌な予感になって額から垂れていった。

「最初は殺そうとしたんだが流石に抵抗されて、もみ合いになっているうちに」

「……」

「何十年ぶりかの、若い女の匂いと肌触りを味わっちまって歯止めが利かなくなったんだ。ああいうキチガイはな、ガリガリに痩せてようがビョーキだろうが腕や足の一本や二本足りなかろうがカンケーねえんだ。リミッターが切れちゃってるからな」

「ああ……」

 嫌な予感が嫌すぎるほど的中して、僕は背中の辺りに汗とは違う何か別の感触が走っていくのを務めて無視しながらヨシダさんの話を聞き続けた。


「隣で揉み合ってるんで息子の方もすぐに気づいたんだが、その時には既に……。息子は息子で遂にキレて、その場で父親を半殺しにしたうえ自宅まで引きずって行って裏庭で案山子にして、灯油まいて火ぃ点けた」

「か、案山子にしたぁ?」

「そ。月明かりの中でそこにあった腐りかけの物干し竿や角材なんかを使って、自分のシャツを破って半分くたばりかけの父親を縛り付けた。そんで仕上げに物置に残ってた灯油をぶっかけたらすかさず着火ってわけだ」

「よくもまあ咄嗟にそんなこと出来たね」

「色々と職を転々としてたからな、廃材でちょっとしたもん組み立てるぐらい朝飯前だろ。ましてブチ切れてるからな、そういう時に咄嗟に出るものってのはホントに身に付いてるものってことだろうな。だから逆に容赦なくガッチリ出来上がったんだと思うぞ。実際んとこどうだか知らんが」

「うへえ」

「最期の力を振り絞ってもがき苦しんだ親父が狂ったように泣き叫びながら暴れたせいで灯油のタンクをひっくり返して、油ごとそこら中の枯れ木と一緒に息子にも引火したのが運の尽きさ。みるみる燃え広がった炎がそのまま家ごと全燃させて父子もろとも焼死した。あっという間の出来事だったらしい。その頃には野次馬も出てきて、業火の中で断末魔をあげて崩れ落ちる息子を見たって人も居た。息子の妻は搬送先の病院で件の同級生に全てを語った直後に失踪して、結局そのまま見つからなかったそ「ね、ねえヨシダさん!」

 僕はたまりかねて横槍を入れた

「あんだよ」

「ずっと気になってたんだけど、そんな話どこで聞いたのさ」

「ん? ああそうか。お前にそれ話してなかったな……去年の暮れだったかな、乗せたんだよ。タクシーに。お客として」

「誰を?」

「村役場に勤めてた件の同級生を」


 その同級生な、事件のあと流石にあんまり辛かったんで大阪へ越してきてたんだよ。っても当時すでに結構なご老人でさ、大病して週に三回タクシーで病院に通っていたんだ。そしたらなんでか知らねえけど気に入ってもらえたんで、毎回のご指名で送り迎えをしていたうちに聞いた話ってわけさ。

 そんである日、そのご指名がなくなった。

 俺宛の訃報が会社に届いたのは、一週間ぐらいしてからだったかなあ。

 あのジイさん、公民館を貸したこと、たぶん死ぬまで後悔してた。俺には何度も何度も繰り返しこぼしてたよ。なんであの時、公民館なんか貸しちまって寝かせたんだろうって。自分の家でも部屋でも入れてやりゃあ良かったんだ、って。

 親父も息子も最期は酷い死に方しちまって、そのカミさんの方も結局は行方知れず。ずっと自分を責めてたんだろうなあ……。


 ガサッ


 そのとき。公民館の裏手から何か物音がした。蒸し暑い夜のこと、さっきから虫や鳥の声ぐらいは当たり前のように聞こえてくるし騒音がない分だけ慣れてしまえば気にならなくなっていたから、その音がやけに大きくハッキリと聞こえてしまった。

「犬か猫でもいるんじゃない?」

「だろうな、ただ住んでやがると厄介だな」

「は? 入るの?」

「は? 入らねえの?」

「え、だって、こんなん鍵でもかってあるだら」

「だったら開けりゃいいだろ」

「なにをトロくさいことっとるだんワヤだでいかんわ!」

「ああん? トロが臭けりゃ赤身を食えよ!」

「お刺身の話しとるじゃないだて、やめりんって!」

 ガサッ

 ほらまた。建物の裏手、茂みの影で何かが動いている

「じゃあーお前だけココで待ってりゃいいだろ、俺ちょっと覗いて来っから」

 へ?

 ここで……?

 うーーん……

「わーったよ、行くよ」

「おーーそうかい、そうかい」

 ガラララ!

 引き戸は意外なほどあっさりと動いて、埃臭くてカビっぽい空気が外の湿気と混じりあって何とも言えないニオイを吐き出した。

「開いてやんの」

「鍵閉まっとったらどうするつもりだったの」

「開けりゃいいって言ってるだろ、お前いるし」

 ……蹴破るつもりだったな、このオッサン。


 公民館の玄関を開けると左手に横長の下駄箱。低い段差を上がってすぐに八畳ほどの部屋があって、その奥がもう少し広い集会所になっていた。それと給湯室、トイレ、洗面所と洗濯場……実に簡単で質素な造りだ。なんら変わったところはない。

 あんな凄惨な事件が起こったと聞いてさえいなければ、ちっとも怖くなんかないはずだ。別に血の一滴でもこぼれているわけでなし、その場で殺人事件が起きたのでもない。ただ、ここで寝泊まりをしたばっかりに狂い続けた運命にトドメを刺された人たちがいた、ということだけが残ってしまっている。

「なんもないね」

「なんもねえな」

 懐中電灯をふりふり照らしながらヨシダさんと僕は交互にそんなことを言いつつ、じゃあ一体何があって何が起こって見つかれば気が済むのか、などとまた生産性のない会話を暫く続けた。口を開けると埃とカビの混じった空気を吸い込んでしまいそうだが、黙っているとやっぱり薄気味悪いからどうしても声が大きくなる。

 その無意味な大声会話の切れ目に滑り込むような

 ガタンッ!

 物音。それも、すぐ後ろの襖の向こう側から。まるでここで寝てる先客が突然の訪問者に起こされて不機嫌な目覚めを迎えたみたいに。

「ヨ、ヨシダさ」

「ああ?」

「いま、なんか聞こえたよね」

「ああ」

 ガタッ、ゴトン……

「え、また……? ねえヨシダさ」

「カズヤ……振り向くなよ。お前」

「は!? なにぃ、もー」

「いいから!」

 ゴトッ……!

「まってやめてよもう」

「うるせえ、そのままコッチ来い、出るぞココ」

「え!?」

 ヨシダさんは僕のすぐ後ろを懐中電灯で一瞬だけ照らして、あとは引きつった顔をして踵を返した。僕はヨシダさんに腕を引っ張られたまま、その勢いで歩き出した。土足のまま上がり込んだため板張りの廊下を歩くとドカドカ大きな音がする。二人とも、もう何も話さないから足音だけがドカドカと騒がしい。だけどそれ以上に、僕たちのすぐ後ろにピッタリくっ付いた物音が同じようにゴトゴト、ドコドコと鳴り続けている。これは一体なんなんだ、後ろに一体何が居るんだ。振り向いた僕たちが何を見て、何が居て、何が起こったら、僕たちの気が済んだのだろう。

 玄関まで戻ってきて、すかさずヨシダさんが引き戸にとりついて横に……開かない。ガタッと無情な音を立てるだけで一向に開く気配がない。

 脂汗でじっとりと湿った顔に埃がべたべたとくっ付いて実に不快だ。

 そしてきっと今、僕たちの真後ろには何かおぞましいものがぴったりくっついて立っているに違いない。そう考えただけで僕はもう発狂寸前で年の離れた友人に怒鳴り散らしていた。

「こんな時によしんよ! トロくさいなーもー!!」

「じゃあーお前が開けろよ!」

「開けろって、さっきアッサリ開いたじゃん!」

「だから今んなって開かねえからコッチだってお前」

「ホントにもう……(ガタッ)はぁ!?」

「な!?」

 引き戸は確かにビクともしなかった。

「ちょ、これ、どーーするだん!」

「オレに聞くなよな!」

 僕とヨシダさんは怒鳴り合いながらも、お互いの目と目が合ったときに全てを理解した。そうか、この手があったわ。

「ヨシダさん、バチ当たったら責任取りんよ」

「連帯責任って言葉、知ってるか?」

 僕は恐る恐る三歩下がると、勢いよく踏み込んで左足を振り上げた。百キロ近い全体重を乗せた十六文キックを叩きつけられた引き戸は騒々しくも軽い音を立てて建物の外側にグニャリと曲がり、弾けてるようにレールから外れた。一発で決まって良かった。

「よっしゃ! 走れ!」

「痛ててて、ヨシダさん待ってよ!」

 言うが早いか一目散に駆けだしたヨシダさんの後を追うために僕も走った。相変わらず真っ暗な見知らぬ田舎道を、のっぽのオッサンと体重百キロ近い汗だくのデブが必死の形相で走っている。当事者じゃなきゃこんな絵面はさぞかし滑稽だろう。

 それにしても、さっき僕の後ろには何が居たんだ?

 そしてこれから何処へ向かえばいいんだ、てか、もう帰ろうよお!

「カズヤ、こっちだ!」

 僕の心からの泣き言が喉まで出かかったとき、ヨシダさんが右に飛び跳ねるように曲がった。僕も続いて転がるように曲がった。というか実際にスッ転んだ。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 一瞬の静寂で思い出すカエルや虫の鳴き声を耳から、砂ぼこりと土くれの匂いを鼻から吸い込みながら見上げた夜空に、ぼんやりと影になった年の離れた親友の顔。

「なにがいたの?」

 僕は自分でも呆れるほど間抜けな声で彼に尋ねた。

「言わねえほうがいいと思うぞ」

「それじゃ余計に気になるじゃん!」

 立ち上がって服についた砂や土を払いながら僕はなおも食い下がった。けれどヨシダさんはそれに答えることなく全然別なことを簡潔に言った。

「ここだ」

 どこだ?

 なにが?

「どこが? なにが?」

 思ったままをそのまま口に出した僕は、ヨシダさんの背中越しにその場所を見て全てを悟った。ここだ、間違いなくここだ。

 それはかろうじて建物、と呼べる状態ではあったが、ひどく荒れ果てていてもはや廃墟とすらも言い難い。囲いのブロック塀と貧相ながらも門が構えてあるものの殆ど崩れかけているし、母屋の方もバラックとか残骸とか言った方が良さそうだった。

 つまり、案山子さんがいらっしゃるのはコチラで御座いますね。

「そ」

「なんもっとらんに」

「顔に書いてあった」

「じゃあやっぱ、この裏庭に……」

「もうこんなとこ裏もオモテもねえけどな」

「確かに……」

「よし、オイ気を付けろよ」

「やっぱ行くのね」

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 ヨシダさんは何も答えず無言で背中を向けて歩き出した。というかこのオッサンなりの答えがコレなのだろう。そして僕も黙って後ろをついてゆく。アチコチが崩れたブロック塀とバラックの間は草いきれと、しっかり育った低い木立がひしめいていた。そこを懐中電灯でふりふり照らしながらザクザク進む。時々、家の方にも丸い光を向けてみる。放射状に広がった灯りの中でもかなり内部が見渡せた。それほどまでに荒れ果てて、窓も壁も屋根すらも破壊し尽くされていたのだ。


 幾らか時間が経っているとはいえ、こんなになるまで住んでたって、本当に気が狂ってしまってたんだろうなあ。

 建物の角だった柱の残骸を一つ曲がる。ごく狭い敷地のこと、すぐに次の曲がり角が見える。さっきより少し明るく感じるのは、雲の切れ目が近づいて月明かりが届いてきたからだろう。

 背の高い草いきれ越しにヨシダさんの影がずんずん進んでゆくのを追いかけて、僕もがさごそ進む。ごく狭く限られた場所、こんな廃れ切った場所、誰にも忘れられたはずの場所を真夜中に歩く。世にも奇妙な噂を確かめるためだけに。

 ヨシダさんの影が角を曲がった。と言っても、この建物にカドなんて殆ど残ってなくて、ボロボロに崩れて所々砕けたままのブロック塀に沿って曲がったようなものだ。

 そしてそこが問題の裏庭だった。


 といっても別に変ったことなど何もなかったし、異臭や不穏な気配も感じない。

 さっきの物音の方がよっぽど怖かった。ハナシによればかつて此処に瀕死の父親を引きずってきて磔にしたうえに灯油をまいて火を点けたら自分にも引火して親子揃って焼死した人たちがいて、それを見ていた息子の奥さんは、その父親に乱暴されていたという……絶望の蟲毒を試みたような場所だというけれど。

「ヨシダさん、なんもないじゃん」

「だなあ」

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 辺りは静まり返って、虫やカエルの鳴き声だけが山あいの集落に反響し続けているようだ。動くものも、話す声も、忍び寄るものもない。特に最後のはなくていい。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 パチッ

 ゲコゲコゲコゲコゲコパチパチガコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 ゲコゲコゲコゲコパチッゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲパチッコゲコゲコゲコゲコゲコゲコガコゲコ

 バチンッ……パチパチ

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

 リーリーリーリー

 パチパチン……パチ

 ゲコゲコゲコゲコゲコガコゲコゲコ

「ヨシダさん、今なんか聞こえなかった?」

「ああ? オイ焦げくせえな」

「え、あ、ほんとだ!」

 気が付いたときには遅かった。何かが弾けるような音と、周囲に漂う焦げ臭いにおい。燃えてる……? けど、火の手が上がったようにはみえない。なにしろ辺り一面暗闇で、うっすらと差す月明かりと懐中電灯だけが頼りなぐらいだ。炎が上がればすぐにわかるはずなのに……だけど煙だけは確実に濃くなり、この辺り一帯に渦巻いているようだった。呼吸が苦しく、喉に入るとひどくむせる。懐中電灯の明かりが黄色く真っすぐに伸びて、廃墟の壁に当たって丸く跳ね返る。本当に煙が出てるんだ……何処から!?

「ヨシダさん、ゲホッ、これ何!?」

「何ってゲッホわかんだろ煙だよ、ゴッホゴホ」

「なんでさ、何もゴホッ、燃えとらんじゃん!」

「ゲェッホ!!んなことゲッホ俺が知るかよ! オレたちこのままじゃ燻製だぞゲエッホゴッホ」

 声を出そうにも煙にまかれてしまい上手く話せない。呼吸が苦しい、蒸し暑さのせいでじっとりと汗をかいていた顔や手肌にまとわりつく煙の煤や灰までもが猛烈に不快きわまりない。火元がわからないのは怖いし火が点いてるのは間違いなさそうだけど、自分たちの不始末じゃないんだし……。

「やべえな、オイ大丈夫か?」

「うん、逃げようよ早く!」

「よしきた、戻れ!」

 僕とヨシダさんは殆ど同時に踵を返して走り出した。狭い敷地のこと、このまま来た道を戻ればそのまま塀の外へ出られるはずだ。

 しっかりと生い茂った草いきれに何度も躓きながら、煙を吸い込んでむせ返りながら、僕とヨシダさんは猛然と走り出した。そして脳裏でめらめらと揺れる業火に照らされるように、嫌な予感のイメージが揺らめき始めているのを、僕もヨシダさんも必死でかき消そうとしていた。その嫌な予感とイメージから逃げるために、闇夜を疾走してたのかもしれない。

 角を曲がって、走って、また曲がって、すぐまた曲がる。走って、角を曲がって、走る。転ぶ、すぐまた走る。曲がる。角を、曲がる。幾つ? 曲がる!?

「カズヤ、オイ止まれ!」

「ヨシダさん、これ……!」

「出れねえってか!?」

「門が、門ないの!?」

「ねえモンはねえよ!」

「モンが無いもんで困っとるじゃん!」

「バカてめえ落ち着け!」

「ちょ、ちょっと待って……」

 怒鳴りたくても、もう息が続かない。ずっと煙にいぶされたまま走ってたから心臓が体の奥底からドックンドックン煽られているようだ。息苦しいのをどうにか落ち着かせて、辺りを見渡す。真っ暗で、煙たくて、懐中電灯の灯りがふたつ。

「ずっとグルグル回ってたってこと……?」

「良かったな、脂身からバターに格上げだ」

「冗談じゃねえや」


 どうやら同じ場所をずっとグルグル走り続けていたらしい。とにかく落ち着いて、怖いけどゆっくり歩いて出口を探すことにした。出口も何も、最初に入ってきたあの崩れた門か、その周辺からでも幾らでも出られそうなもんだったのに……。

「てか、一周回ってたってことは、さっき逃げたとこも通ってたってこと?」

「さあーな、もしかするとそもそも繋がってねえのかもしれねえぞ」

「へ??」

「だぁからあ、俺たちが今いる場所と、さっきココ入った場所が同じとは限らねえだろ」

「時間軸とか位相がズレてるってこと?」

「なんかよくわかんねえけど、多分そうだろ」

「じゃあこれが、この場所の記憶……?」

「前に行った廃病院で吸血院長が見せてくれたアレか」

「うん、だとすると……ココに残ってるのは誰の」

「オイ」

 ヨシダさんが急に足を止めて話を遮った。ちょうど敷地をぐるっと反対側に回り込んだところで、つまりそれはさっき僕たちが踵を返した場所。問題の場所、火元とでもいうべき地点だった。

「どしたの、此処さっきの場所だよね」

「なんか変だと思わねえか?」

「ええ~?」

「よく見ろ、なんかあるぞ」

 煙たい真っ暗闇に懐中電灯を向けると、確かにぼんやりと何かある。暗闇に影が浮かんでいるような感じでハッキリとは見えないけど、結構な大きさだ。僕より背が高くて、ちょうど頭の高さぐらいのところで板切れのようなものが左右に広がっている。

 ぎい

 と何かが軋む音がした。

 しゅうしゅう

と漏れるような呼気が聞こえる。僕ではない、ましてヨシダさんでもない。懐中電灯の丸い光のぶんだけ白く浮かび上がった煙。その向こうで軋む板切れ。

 それは腐臭を放つ懺悔、それは悪臭に塗れた結末。

 生暖かい風がふぅ……と吹いて分厚い雲が少しずつ動き始め、雲の間から漏れてくる月明かりがだんだんと太くハッキリした輪郭を持ち始めた。そして青白い月明かりがちょうどスポットライトのように照らしたのは……

 腐り果てた男の焼死体を磔にして作られた案山子、だった。

 目玉は両方ともぐずぐずに崩れ落ち、鼻と耳からはどす黒い血を流した後がこびりついて、唇が剥がれ歯が折れた口から腐って膨れ上がった舌がはみ出て垂れ下がっている。

「わあーーー! わあーーーーっ!」

「うるせえ!! オイ、み、見ろ!」

 しゅうしゅうしゅうしゅうしゅう……がっはーーっ!

 突然、腐った焼死体がぶるぶるっと激しく揺れると、次の瞬間、何かを大量に吐き出した。微細なゴミのようなそれは煙の中で黒い影になってブワーンと嫌な音を立てながら飛び回り、僕とヨシダさんの顔の周りへまとわりついてきた。

「ぎゃーー! なんだこれー!?」

「虫だ!!」

 ブワーンブワーンと神経を逆なでするような羽音を響かせてコバエのようなものが飛び回る。月明かりが反射して透明な羽根、真っ赤な目玉、黒く節くれだった背中が光る。何故かそんな細かいものがハッキリと目についた。なんだこれは、なんだこの虫は、なんでこんな虫が!?

「なんで? なんでこんな虫が見えるの!?」

「カズヤぁ、今、なんつった!?」

「虫! 虫こんなよく見えるのおかしいじゃん!」

「それだ!!」

 口を開けると入り込んでくるコバエのような赤い目をした虫をペッペと吐き出しながら、僕とヨシダさんは煙の中を逃げ惑った。虫が見えるのおかしいじゃん! に対して、それだ! って一体どういうこと!?

 長い付き合いだが相変わらずこのオッサンの言うことはわからない、こんな時に何を言ってるんだろう……僕は目をぎゅっと閉じて頭を下げたまま塀に向かって逃げ出した。乗り越えるか、崩れたところを狙って飛び出そうという算段だった。けど

「バカ、カズヤこっちだ!」

 急に背後から怒鳴られて、同時に首根っこを掴まれて廃墟どころか廃れ切った家屋の中に引きずり込まれた。バタバターッ! と放り込まれたそこは縁側で、窓も網戸も雨戸もないのでそのまま開けっ広げになっていた場所だった。あちこち床板に穴は開いてるわ腐ってるわで、倒れ込んだ僕の顔のすぐそばも大きな穴が開いていた

「なにすんのさ!」

「これを見ろ!」

 ヨシダさんは息も絶え絶えに庭の方を指さした。えっ、と僕がそちらに目をやると……


 そこにはさっきまでの狂騒が嘘のように静まり返った庭があった。煙も、虫も、まして磔にされた腐乱死体なんて何処にもありゃしなかった。

「なんで……?」

 頭からでっかいクエスチョンマークを出して呆然とする僕に、まだ少しゼエゼエ言いながらもヨシダさんは言う。

「虫がやけにハッキリ見えたろ。あれでわかった」

「なにが?」

「お前、自分で言ってたじゃねえか。あれは俺たちが見てたんじゃねえ。ココが俺たちに見せてたんだ」

「場所の記憶ってこと?」

「そ」

「じゃあ、あれも……?」

「ああん?」

 僕が指さした先を見ようと振り返ったヨシダさんの背中が強張るように固まった。

「ねえ、あれ、だれ」

「俺が知るかよ。お前こそ誰だと思うよ」

「アンタと同じこと考えとると思うに」

「やっぱそうか」

 部屋の片隅には遺された古い鏡。柱の目の高さにかけられた四角い鏡の中に月明かりが差し込んで、青白い光がボロボロの部屋の中にいる僕たちをぼんやりと浮かび上がらせている。僕と、ヨシダさんと、もう一人。真っ黒な人の影らしき、正体不明の何かを──

 それは蠢くでも揺れるでもなく、ただ明らかにそこだけが人間の形をした影となってすっぽりと黒く抜け落ちているように立っていた。

「こ、こんばんは……」

「バカお前、ラッシャー木村か」

「だって」


 影のような黒い何かは、まるでずっとそこにそうやって立っていたかのように僕たちには構わずぼうっと黒いままだった。揺れたり広がったりすることもなく、ただずっと佇んでいた

「何かの影じゃないの?」

「じゃあお前、こりゃどーゆーこったよ」

 僕のわずかな希望を、ヨシダさんが懐中電灯ひとつで粉々に打ち砕く。彼の赤い懐中電灯から放たれた黄色い光は、人の形をした真っ黒な影のような何かを照らすことなく……まるで吸い込まれるかのように忽然と消えてしまっていたのだ

「光が……光が……」

「くたばりかかってるゲーテじゃねえんだ、いよいよお出ましってことだな」

 グクリ

 と生唾を飲み込む音が聞こえた。なんだかんだヨシダさんも怖いのだ。が、今それを言うとオバケより恐ろしい目に遭うので黙っていた

 カ……ソ……ウ……

「え?」

「俺は何も言ってねえよ」

 僕は何か聞こえた気がして、思わずヨシダさんの方を向いた。ヨシダさんも同じだったようで僕と目が合った。そして彼は手と首を横に振って

「お前にも聞こえたのか」

 と、事も無げに言った

 ワ・・・・・・ソ・・・・・・カワ・・・・・・

「ほら、また」

「俺たち二人とも言ってやしねえじゃねえか、何も」

「でも」

「見ろ!」

 カ・・・・・・ワ・・・・・イ・・・・・・ソウ・・・・・・

「か、わ、い」「そう?」

 カ・・・・・・ワ・・・・・・イ・・・・・・ソ・・・・・・ウ……?

 可哀想? あの影だ、あの影は確かにそう言っている。いや、僕たちに向かって何かを訴えている。可哀想、可哀想と言っている

「いや、違うな」

「どうして? だってさっきから可哀想、可哀想、って」

「そうじゃない。アイツが可哀想だと思ってるのは……可哀想だと思って欲しいのは、アイツ自身だ!」

「あっ」

「よく聞いてみろ、俺やお前、それにここで死んだ他の誰でもない……アイツは死んでからも自分がいちばん可哀想で、同情を求めてここにしがみついてるんだ。そして時々こうして迷い込んで来るバカな奴等に」

「自分でう」

「その通りじゃねえか。で、こうして迷い込んで来るバカなデブに」

「僕だけじゃないかそれは!」

「うるせえ。これでわかった、アイツが……アイツが」

「アイツ? あの、影……?」

 カワ・・・・・・イ・・・・・・ソ……

「やめろ!」

 ガシャン! と激しい音がして懐中電灯の光の中を何かがキラリと飛んでいった。近くに落ちていたコップか何かを掴んでヨシダさんが投げつけたらしかった。だけどそれは虚しく影をすり抜けて、壁に当たって粉々に砕けた。きっとこの家の中で、何百回何前回何十年と繰り返された惨劇の組曲を奏でて来たオーケストラの、パーカッションの一つのようなものだっただろう。

 僕にも覚えがある。酒に酔って気に食わないことに腹を立て、味噌汁の入ったお椀や読みかけの漫画雑誌、果てにはビールが入ったままのジョッキや食卓ごと投げつけられた。怒鳴り散らし、手当たり次第に暴れ、部屋中を引きずり回され、僕も母もボロボロにされた。毎日毎日、目隠しをされたまま理不尽の地雷原を歩かされているようなものだった。

 そして決まって地雷が爆ぜて、僕たちは惨めな思いをした。体の傷なら治せるけれど、心の痛手は癒せはしない。きっとこの影も、いや、あの彼女……あの子も……僕と同じか、それ以上の目に遭ったんだ。僕にはわかる。そうだ、本当に可哀想なのは、この子なんだ

「やめろ! よせ、カズヤ、言うな!!」

「だってヨシダさん、この子、確かにホントに絶対……」

「言うな!」

「可哀想だよ!!」

 カワ・・・・・・イ・・・・・・ソウ……? ガアアアアアアアア!!カバ、カババ、ガガガバイゾブブブブブゴゲゴゲゴボボベゲゴ

「わあーっ!」

「カズヤ!!」

 僕が彼女に同情を寄せて始めていたことを、ヨシダさんは早いうちに見抜いていた。僕の生い立ちや育ちの事を彼にも話していたからだ。そして彼女はそれを待ち構えていた。僕の発した可哀想という言葉を決して逃すまいと、まるで残響ごと飲み込もうとするかのように、懐中電灯の明かりの中で人影の形をした闇が ゆらり と揺れて、目にも留まらぬ速さで僕の足元に絡みついてきた。僕の足元から伸びる影に、闇から伸びた影が重なって溶接されるように一つになってゆく。そして僕の足はみるみるうちに重く、冷たくなっていった。まるで爪先から順に、石になってしまっていくようだ……!

「ヨ、ヨシダさん! 体が、足が重いよー!!」

「バカ! オメェーの体が重てえのなんか毎度の事だろうが!」

「で、でも、うう動かないんだよお!!」

「あーーもう! 影だ、そうだ! カズヤ飛べ! 飛ぶんだ、飛べねえ豚はただのデブだ!!」

「と、飛ぶぅ!?」

 僕の足はすっかり他人様のものか、そうでなければ石で出来た冷たい置物のようになってしまっている。踏ん張って地面を蹴って飛び上がることが、まるで月面飛行ぐらい実現不可能な大偉業に思える。でも、地面にうつった影から体を断ち切るにはこれしかない、飛ばなきゃ、飛ばなきゃ!

「わあーっ、おりゃーっ、だあーっ!」

「さっきっから叫んでるだけじゃねえか、口動かしてねえで足動かせ、デブ!」

 ガガガガガワイゾォォォ!!

 ガァァァァァァァ!!

「だってえ! だっでええ飛べないよおおお!!」

「あーもう! 泣くな!! どうせならもっと飛べそうな声出してみろ!」

「と、飛べそうな……!? と、と、飛ぶぅ!?」

「そうだ、飛べ!」

「わああああああ!」

 カバイゾゾオゾゾアブバババババ

 ガワイゾオオオオオオオグブグブバベブゴ

 影はますます勢いづいて僕の足元に這入り込んで来ている。脚の冷たさが刺すような痛みに変わり、爪先の感覚がすっかり失せて、怖いやら痛いやら冷たいやら、たまらず涙声になりながらも、僕は必死で、力の限り暗闇に向かって叫んだ。飛ぶんだ、僕は、飛ぶんだ!!


「シュワーーッチ!!」


 そして僕の体は地面から数センチばかり浮いて、すぐさまドスンと着地した。ああ、飛べた! と思った瞬間には足の感覚も戻っていた

「良かったな、ウルトラマンロース!」

 そう言われた僕は半泣きのまま笑って、咄嗟にメタリウム光線のポーズを取りつつ

「ブヒッ」

 と鳴いた。

「さあ逃げるぞ、走れるか!?」

「うん!!」

 言うが早いかヨシダさんは脱兎の如く駆け出した。僕もその後に続いた。あの影は自分への同情を待ってた、そしてそれを喰らっていた。あの場所に縛られているのも、誰かの同情を得たいがためだったのかもしれない。自分で自分の縛り続けてないと、彼女は自分を保てない……誰かのカワイソウを浴び続け貪り続けないと、このまま……。

 ガボォアイゾォォォォォ!!

 ガァァァァァァ!!

「来た!」

「振り向くな、危ねえぞ!」

「あっ!」

「おっ!?」

 その時、突然懐中電灯の光が消えた……シューンと縮むようにして白い輪っかになった光が闇の中に溶けていった。二人して思わず立ち止まってしまい、呆然としながら懐中電灯を自分の顔に向けてみると、光っている。確かに灯りは点いている。眩しい。だけど目の前に向けると……?

「飲まれてる」

「なに?」

「光が飲まれてる……!?」

「まさか」

「ヨシダさん、コレきっと全部あいつの影だよ!」

「クソッ、このボロクソ廃屋ごと取り込まれてるのか!」

 ギィィィィィィィィ!!

 ガァァァァァァ

 ガ、ガワ、ガワイゾ・・・・・・ガバァァァァァ

「!?」

「ヨシダさん、どうしたの!?」

「カズヤ、どうやら影は一人じゃねえらしいぞ」

「えー!?」

「あの影は、もともと一人だった。だが今じゃこの周囲を丸ごと取り込んで縛り付けてるんだ。親父も息子も、そして……」

 と、ヨシダさんが話すのを遮るように

 ブンッ

 と低く震えるような音がした。そして次の瞬間、僕たちは完全に闇の中に飲み込まれていた。もはや懐中電灯の明かりどころかお互いの姿も見えないほど深く暗い闇の中、何故か無数のシャボン玉だけがハッキリと浮き上がるように飛んでいるのが見えた。白く光る輪郭に油膜の虹を光らせながら中空を漂うあぶくをよく見ると、その一つ一つの中で何かが蠢いている。そしてその一つ一つ、いや一人一人が、この場に取り込まれたまま現世に残された思念だった

「どうやら正解だったようだぞ、カズヤ」

「当たったで何か貰えるのかねえ」

「ああ。ご褒美のムービーが始まるみてえだ」

「イケ好かないテレビゲームみたいだね」


 ──焔。全身を焼き尽くす、どす黒い焔に巻かれている。体中の皮膚という皮膚が焼け爛れめくれあがり、血も肉も骨まで焦げ付いて異臭を放つ煙を上げる。まるで自らを燃やしながら地獄に向かって突っ走る暗黒の蒸気機関車のように……そして殺してやりたい程に恨み憎み続けてた実の父親ごと火葬された。最期の一瞬だけ苦痛も痛みも熱さも、何もかも感じなくなった。黒煙の向こうで笑ってるアイツが見えた。そして焔が消えて、木材で拵えた磔台と、そこに縛り付けた親父ごと燃え尽きた俺は消し炭と灰の中に倒れ込んだ。もう既に俺の体にたかろうと飛び回っているコバエ共の赤い目玉やセロファンのような翅まで何故だかハッキリよく見えた。それが俺の最後の記憶だった

 生きてるうちの、な

 俺は今もココに囚われている。そして恨みと憎しみの記憶の中で永遠に生き続けている。決して死ぬことも、ここから離れることも出来やしない……

 なんで、ちくしょう、なんで俺が、俺は、俺はなんで……!

 なんで! なんで!! なんで!?


 カ、カ、カネ……サケ買うんだヨゥ、カネがいるケ、わけえセガレ帰って来たケエ、ゼゼコ持ってネかと思って取りに来たら嫁ッコが起きて止めくさる。オナゴのワケのなんか、な、な、ナン十年と触ってネエもんじゃけ、ムラムラっと来て……それを見たセガレはナ、セガレはワシにも怒鳴りよったが、それよりテメエの嫁ッコの胸倉掴んで怒鳴り散らすもんじゃケエ、ワシぁゼゼコだけもろて行こう思ったんじゃが、セガレはワシも許さんちゅうて殴る蹴る、そりゃあ酷い目にうたわ……まさかセガレに火炙りにされるとは思わなんだけどノゥ、それよりも……それよりもヨゥ、あの女。アラあ嫁ッコじゃノウて鬼ッコじゃア、ワシァ、ワシァ恐ろしゅうて

 ああああマンマイダブツナンマイダブツ……許して、許してツカァさい……あああああああ……


 あたし別に来たくなかった、彼が心霊スポットとか好きで連れて来られて、ここで凄い可哀想な人が自殺して、凄い悲惨な暴力とかあって……そうしたら、そうしたら!

 付き合ってる子と一緒に来たけど、ただ廃墟巡りをしたかっただけで……ただここで写真を撮ったり、少しポーズをして貰ったり、ちょっと脱いで貰ったりしたかっただけなのに。だから、だから月が綺麗な夜を狙って来たら、月が、月が出た時に、庭に、庭にあんなものが出たから……!


 ワシァ家もカネもうなって、落ち延びるようにしてこのあばら家に辿り着きました。雨風が凌げれば、と思って這入り込んだまでは良かったんじゃが、その後に出たんがワシより気の毒な娘さんで。そがなして情けをかけたのが運の尽きじゃったなあ……闇の長い手、っちゅうのは、ああいうのを言うんですけえのぅ……

 もう取られるもんは皆取られてもうて、この命になんか何の値打ちも無いと思っとったが、それでも取れるもんは取る。人の情けを喰らいよる奴等は生きとっても死に腐っても、やることは同じじゃけえのぅ


 降りしきる雨。深い森の高い木立の枝葉を縫うように、私の体を濡らす冷たい雨。病院のあたたかなベッドも、随分久しぶりだったマトモな食事も、優しい医者や看護師さんたちも……私のことを暴きに来たようで、私のことを笑顔で詰って来るようで

 だから私は、何処までも走って来た。こうするしか、なかった。全部全部、私の人生は、こうするしか、なかった……疲れたなあ……

 踏みしめた落ち葉から土の匂いが漂って、むわっと濃密な緑の空気で包まれているみたい。雨で湿った足音、ずるりと滑る泥、雨音にかき消されるように倒れ込む地面は思ってた以上に温かくて優しかった。見上げた夜空は雲に覆われた薄紫色で、私に向かって降り注ぐ雨粒さえも私を罵り問い詰めるようで、涙なのか雨なのかわからないけど私は泣いた泣いた泣いて泣いて、そのまま眠りについた。細くなった腕、薄くなった胸、あばらも首も骨と筋が浮き上がって、私まるで死体みたい。何時の間にか雨より高いところに居て、私は私をじっと見ていた

 どんどん朽ちて枯れて腐ってゆく私の体は、そのまま真っ黒な影になった。私の心は冷たく暗い場所に吸い込まれていった。私の影が、冷たく暗い場所だった

 私は冷たくて暗い、深い深い影になった──


 暗転。再び僕たちの目の前は、冷たく暗い、深い闇に閉ざされた。真っ黒な影のなかで僕たちは答え合わせを始める。

「ね、ねえヨシダさん」

「あん?」

「これさ、違っとるかもしれんけどさ……」

「おう」

「この人達を殺した奴って……最初っから最後まで、全部同じだよね」

「だろうな」

「親父も息子も、ココに取り込まれた人たちも」

「だろうな」

「やっぱり、ほーだよねえ」

「で、誰だと思うよ。それは」

「アンタと同じこと考えとると思うに」

「だろうな」

 僕たちはお互いの姿かたちすら見えないほどの闇の中で、恐怖や不気味な気配と背中合わせのまま話し続けた。

「ヨシダさんが聞いた話じゃ、モラハラクズ息子が彼女を親父に寝取られそうになって、それに逆上して親父を殺そうとしたところを道連れにされたってことだけど……コレ多分違うよね」

「だろうな」

 ア・・・・・・ア・・・・・・ア

 何処かでひと際濃い影が蠢いた。それは闇にとける漣のように、この影の群れを揺らした。

 アーアーアーア

 ア……

「同情、哀れみ、誰かに救われたかった。でも、誰にも助けてもらえなかった……それで、酷い目に遭っても遭っても逃げられなくなってしまった。もっと早く、逃げらればよかったのに」

 ア・・・・・・ア・・・・・・

「でもなあ、それでも逃げない奴を目ざとく見つけちゃ餌食にするもんなんだよ。モラハラクズ人間なんてのはな」

 ウ・・・・・・アウ

「そうだねえ。だから結局ぶっ壊れちゃうんだよね。それを洗脳とか、調教とか言うのは、いつも壊す側でさ。壊れちゃった人は、もう自分が何をしているのか。いま自分がどれだけこっぴどい目に遭わされてるかすらわからなくなってしまう。だけど、それでも辛い。それは全部自分のせい、自分がもっとちゃんとすれば、上手くやれれば……」

「だがそれは、賽の河原で石を積むようなもの。壊す側の言い分には逆らえず、また石を積む。崩されても崩されても……やがて心身の限界を完全に超えちまって、再起不能になるまで続ける。壊れたら壊した奴は背を向けて立ち去ろうとする、壊された方はそこで気が付くか、そうでなければ尚も棄てられまいと縋りつく」

 イヤダ・・・・・・イヤダ・・・・・・

「結局は自分だけなんだよね。たとえ自分を壊されかけても、壊れずに耐えて頑張る自分を見て欲しい。貴方のために耐えてる自分を見て欲しい。壊す側は、そういう風に仕向けているのに」

「この闇は、ただの闇じゃない。爛れた心に巣食う因業な病みだ。いびつな自意識で育って、そのまま歪んで生きて行く。それもまたいいだろう」

 アア、アアアア

「だけど、そんな自分ばかり見て欲しい、助けて欲しいからって……」

「嘘ついて逃げて、結局野たれ死にしちゃなんにもならねえだろうよ!」

 アアアアアアアアアアアアアアアア!!

「アンタは、アンタは思い通りにならないばかりか自分を苦しめるばかりの父子に苛立ち、最悪のカタチでワガママをしたんだね。火を点けても中々死なない親父と、その火が燃え移った息子。二人とも殺したのはアンタだね!」

「俺がタクシー運転手としてお前の旦那の幼馴染を乗せた時、本当に本当に悔やんでいたんだ。あの時、自分がもっとしっかりしていれば……と。だがお前は何だ! 自分可愛さに嘘の証言をした挙句に担ぎ込まれた病院にも居づらくなってトンズラ。虚偽が露見すればタダじゃ済まないどころか、奇跡的な生還を果たした可哀想過ぎる被害者から放火魔の猟奇殺人犯に早変わりだ。お前はお前が被害者で居続けるために、あのお人好しの男まで騙して、心に深い傷を負わせたまま生涯を送らせたんだ。俺はお前たち夫婦や、お前のことなんてどうでもいい。だが、あの時のあの、老いて衰えてもなお自らの過ちと軽率を悔やみ続けた顔だけは忘れられねえ」

 ウウウウウ……イヤダ・・・・・・イヤダ・・・・・・ヤ・メ・テ

「さっきの影たちはみんな、自分のしたことよりもされたことを悔やんでいた。嘆いていた。似た者同士なんだよ」

 ヤメテ、ヤメテ、ヤメ

「自分のしたことより他人にされたことばかりが気になるんだよな。自分のしたことが気になる時は、そのせいで相手が怒ったり自分のことを嫌ったりしたときだけ。底の浅い自己犠牲は単なる自己満足、お前はその極致に至って二人殺して一人を生涯苦しめた。悪いが俺は、お前のことが許せない」


ヤメロォォォォォォ!!

ヤ゛メ゛ロ゛ォォォォォ!!


「ヨシダさん、図星だったみたいだよ! この影、凄く怒ってる!」

 びりびりと真っ暗闇の空間そのものが激しく振動している。と言うよりも、この闇が彼女そのものなのだ。この振動は、彼女の怒りそのものだ

「あんまり業が深いんで闇を抱えるとか闇に落ちるとか通り越して、テメエが闇そのものになっちまいやがった。そりゃあ認めたくても認められねえで遂にこんななっちまったのを、今更わざわざ言われりゃキレらあな!」

「どうするの!?」

「あん?」

「なんか策があるんでしょ?」

「なんの?」

「コレ!」

「どれ!?」

「だぁから! ブチ切れてるこの影さんどーーすんのさ!?」

「俺が知るかよ! お前だって調子こいて名探偵気取って推理してやがったろ、推理が当たって狼狽えるキンダイチが何処に居んだよ!」

「うああーーどうしよう!」

 僕はキンダイチよろしく頭を掻きむしったが別に策は浮かばない。濃密過ぎて質量を持ち始めそうな深すぎる闇が揺れる、たわむ。

「オイ、カズヤお前ドコだ!」

「ココだよう!」

「見えねえんだよ!」

「コッチもだよ!」

「まーいいや、お前絶対ソコ動くなよ! わかったな……うぉあっ!!」

「ヨシダさん!?」

 バキャン! とズバン! の混じり合った酷い音が僕のすぐ右後ろから聞こえて来た。もしかして

「痛ってえー! あっ!」

「ヨシダさん、大丈夫!?」

「……!」

「よ、ヨシダさん!?」

 このオンボロ廃屋のこと、きっと床板が腐ってて踏み抜いたんだ。それにしても返事が無い、怪我でもしたのか、それとも……もしかして。

「ねえヨシダさん、もしかして下は、床下なら」

「……!」

 と、次の瞬間だった。床板を突き破る激しい音と共に、僕の右足首を節くれだった硬い指ががっしりと掴んで来た。驚きのあまり声も出ず絶望が脳裏をよぎった僕を難なく引きずり倒して、そのまま力いっぱいズルズルと引っ張って行こうとした。

「わーっ! わああーーっ!」

 僕は力いっぱい抵抗して、踏ん張って、空いてる左足で手を蹴っ飛ばしたけど真っ暗なうえに的が小さくて、自分で自分の脹脛や踝を蹴るばかり。ロクすっぽ抵抗も出来ないまま叫びも虚しく、僕は真っ暗な闇の裂け目へと引きずり込まれてしまった

「わひぃーっ!」

ってえな! このバカ! ちったぁ大人しくしろってんだ!!」

「ヨシダさん!?」

 闇の裂け目で僕を待っていたのは、限界寸前まで不機嫌なトシの離れた親友だった。恨めしそうに僕を睨んで、節くれだった手をスリスリさすっている。

「バカ野郎! 折角ヒトが抜け道を見つけてやったのに!」

「腐った床、踏み抜いて落っこちただけじゃないか」

「なにおう!?」

「ってアレ、ヨシダさん! 見えてるじゃん!」

「ああ、だから言ったろ。抜け道だって」

 闇の裂け目は文字通り、あの質量を持つほど濃い影の闇から逃れるための唯一の道だったのだ。懐かしくも憎たらしい顔が懐中電灯に照らされて目をしぱしぱさせている。が、そんなことも言ってられない。頭上では何かがミシミシパキパキと軋みゆがみ捩れ、潰れかかっているような音がする。埃臭い土煙が濃密に漂うなかを、懐中電灯の黄色い光が真っすぐ伸びてゆく。

「マズいな、奴らこのまま俺たちを潰しちまうつもりだぞ」

「冗談じゃない、早く逃げようよ!」

「よし、行くぞ! ……おいドコ行くんだ!」

「え、だって早く外に」

「バカそっちじゃねえ、ついてこい!」

 ヨシダさんは僕のケツをペシっと叩くが早いか、脱兎の如く軒下の真っ暗闇を這い進んで行った。僕も肘や膝が痛いのも構わずにザクザク進んで行った。頭の上からバキバキミシミシと床板や柱の軋む音がひっきりなしに響いてきて、そのうえ家中がガタガタと大きく揺れ始めた。本格的にブッ潰れる寸前なのだろう、ただでさえ風雨に曝され腐食も破損もお構いなしで放置され続けていた廃屋だ、このままじゃ二人ともペシャンコになって、あの影たちと同じ冷たい人間の仲間入りだ。

「おっ、やったぞ! 出口だ」

「ほんと!?」

 前を行くヨシダさんの頭から背中、脚、そして靴が、崩れかけた影の巣窟からスルスルと抜け出していった。いよいよ振動を増すなかで僕もそれに続こうと、頭と右手が外に出た。見上げた空に月が出ていた。

 その時だった。

 みしり、みしりみしみし……メリメリメリメリーッ!

「わあーーっ!」

「カズヤ!?」

 まるでクレイジーケンバンド代表取締役歌手・ィ横山剣サンの名フレーズのような音を立てて、轟音と共に瓦礫の山が僕の頭上に降り注いできた。その後で山奥の廃村に響き渡った、ドッシャーーン! ガラガラガラガラ、という音は、薄れてゆく意識の中のVTRから朧げに聞こえてた。そして僕は再び暗闇の中へ引きずり戻された。


「カズヤ! オイ、起きろ!!」

 辛うじて瓦礫の山から外に出ていた僕の左肩を平手でバシバシ叩きながら、周囲の瓦礫を持ち上げたり蹴飛ばしたりして除けているヨシダさんが見える。何処までも続く黒い稜線と夜空の境目が月明かりの中でぼんやり青白く浮かび上がり、その遥か上空に麓の町の灯りが揺らめく。

「コノヤロー! 急げ!」

 業を煮やしたヨシダさんが、僕の肩口に爪先で蹴りを入れた。乱暴な人だなあ。でも僕が蹴られているのに、僕は痛みを感じない。

「バッカヤロー! テメエ死にてえのか!?」

 ヨシダさんは必死の形相で怒鳴りながらさらに二発、三発と蹴り込むが、僕の体はピクリともしない。そして崩れ落ちた廃屋の瓦礫の山から、まるで雨上がりの雑木林にキノコでも沸いたみたいにゾロゾロと黒い手が生えて来て、僕の体の周りでざわざわと揺らめいた。そこだけ黒く切り抜いたように深い、深い暗闇で出来た手のひらにはアーモンド形の目玉が一つ付いていて、そいつがニタニタ楽しそうに嬉しそうに笑いながら、ざわざわと揺らめいた。

「あーもう! 重ってえんだよデブ!」

 何度目かの回し蹴りが僕の肩口に食い込んだ。だけどやっぱり、僕はそれを遥か上空から見下ろしていることしか出来ない。

 蹴られているのは確かに僕だが、見下ろす僕は誰だろう……?

 バシッ!

 ん……?

 ゴキッ!

 いてっ。

「起ぉーーきーろってんだろ、このデブ!!」

 そして遂に放たれたヨシダさん渾身の一発は怒りと焦りと疲労とで狙いを外し、僕の左肩ではなく左側頭部のコメカミ辺りを鋭く蹴り上げた。

 ぼかーん!

 と間抜けすぎる音がして、僕は突然、まるでワイヤーでも切れたかのように夜空から瓦礫の山に向かって真っ逆さまに突き落とされた。

「痛い!!」

 ガバッ! と反射的に体を起こすと、下半身が瓦礫に埋まっていてまた痛い。膝や太ももに木材や石くれが食い込んでいるのと、散々ぱら蹴飛ばされた左肩とコメカミがズキズキ痛む。

「いたたた、蹴飛ばすことないだろ! ヒトが気絶しとるっちゅうのに!!」

「こんな時に呑気にノビてやがるからだろうが、早く出ろ!」

「出れたら苦労しとらんわ! もーっ!」

 すっかり「ワヤ」になった元廃屋の瓦礫の山からなんとか脱出しようと、僕は痛む足を必死で引き抜こうともがき始めた。僅かに動く瓦礫、微かに浮き上がる木材、燃え始めた残骸、立ちはだかる黒い影……影ぇ!?

 無数の手、手、手、手たちが縋り合うように絡みつき、ちょうど妙齢の女性一人分くらいのサイズの人影になった。それは闇夜に舌を伸ばし始めた真っ赤な炎に照らされても染まることなく、そこだけが漆黒のままだった。

「うあああ……」

「早くしろ、お前も取り込まれちまうぞ!」

 ヨシダさんが僕の両肩の下から腕を差し込み、首の後ろで手を組んで思いっきり引っ張った。長座のまま尖った器具で足を固定されたうえフルネルソンで攻められてると思えばいい。痛いのなんの!

「ギャーー! いたたたたたた!!」

「我慢しろ!」

 月明かりを浴びてなお夜の闇にクッキリ浮き上がる影の中には、まるで溺れているかのように渦を巻く怨念、怨念、怨念のこもった顔、顔、顔。

 あれは彼女に、この廃屋だった場所にしがみついて訪れるものを取り込み続けた影に飲み込まれた連中のウラミツラミが凝縮された姿なんだ……。何をするにも身勝手で自分に余裕が無いのを他人に依存したり束縛したりして晴らそうとする、こんなになってでも自分が可愛い連中が蠢く無限の蟻地獄のようだ。

 その凝縮された地獄で出来た影が、僕に向かって手を伸ばす。指先が揺らぎ、この世とあの世の境目を曖昧にする。その指が、手のひらが、影が、ほんの少し近づくだけで体感気温がグングン下がる。ひんやりとした空気が汗で濡れた額や鼻先を掠めて、それがまた殊の外恐ろしかった。

「わわわわ、わあーっ!」

「オイしっかりしろ、あと少しだ!」

 痛みと恐怖で全然実感してなかったが、僕の太ももは瓦礫の山から殆ど抜けきっていた。破れたズボンに血がにじんでいるのがわかる。足首をぐりぐり動かすと、右足は呆気なくスポン! と抜けた。残りは左足だけだ。

 でも

「どうだ、いけそうか!?」

「ダメだ、動かせない!!」

 左足に圧し掛かった角材と土壁の大きな残骸はずっしりと重く、片足の力ではビクともしなかった。炎が勢いを増し、影は冷たくにじり寄る。どうしよう、どうすれば……!?

 焦れば焦るほど瓦礫が重たくなっていく気がして、どんどん絶望が押し寄せて来る。なんで、なんで僕が、なんで僕だけが!?

「だぁーっ! チクショウ!!」

「落ち着けカズヤ、よく見ろ、大丈夫だ!」

 ア・・・・・・ア・・・・・ガ・・・・・・ウーウーウー

 僕に向かって手を伸ばす地獄の影が迫って来る。ゆっくり、ゆっっくりとにじり寄るそれに触れたら最後、自分も地獄の仲間入りだ。ここでこの先、未来永劫、次の犠牲者を探し続けて闇の中を彷徨うのだ。これが大丈夫なわけないじゃんか!

 アアアアーー、カ、ワ、イ、ソ、ウ……イタイ

「痛いのはコッチだよ! ど、ど、どうしよう」

「カズヤ、よく見ろってんだろ! ホラ」

 ヨシダさんが何度も強く指し示す先には瓦礫の山が一つあって、そこからひしゃげた細い鉄パイプが伸びているのが見えた。炎で赤黒く照らされた、その細長く曲がりくねった鉄パイプが、僕の一縷の望み、地獄に降りた蜘蛛の糸だった。

「あれか!」

「それだ!」

 僕は力いっぱい手を伸ばすけど、あともう少しのところで届かない……ヨシダさんは、というと、影に行く手を阻まれているうえ、瓦礫の除去作業で疲労困憊のようだ。なんとか、なんとかあの鉄パイプが欲しい……!

「カズヤ、あと少しだ、がんばれ!!」

「ぬおーーっ!」

 へし折れた木材や砕けた漆喰、土台のコンクリートまでが足首に突き刺さり圧し掛かって来る。そこへ冷たい地獄の影が迫る。

「いいぞ、あの影、弱ってるみてえだ! 急げ!」

 ポタ、ポタ、と音がする。炎に紛れて微かな雫。コレは一体……?

「ふんっ!」

 ひと際大きく息を吸い込んで、覚悟を決めて体を起こして手を伸ばす。でも、指先を掠めるだけで、また届かない。逃げようとすればするほど、もがけばもがくほど体に傷が増えて、痛みが増して、どんどん辛く悲しくなってくる。血も出るし、涙も止まらない。どうしてこんな、どうして自分が、いつまでこんな、いつまで自分は……!

「もうイヤだあー!」

「諦めるな!! お前、プロレス諦めても人生諦めてちゃオシマイだぞ!!」

 僕は18の春にプロレスラー養成学校に入学したが、根性が足りずに呆気なく諦めてしまった過去があった。ヨシダさんと出会ったのも、その養成学校時代の先輩が出場する試合を観戦するため、東京に行ったときだった。あれから数年、ヨシダさんは今更そんなことまで言い出して、また僕を苦しめる。生きてたって、今こんな辛いんじゃないか、痛い思いをして、怖い思いをして、どうしてこんなことに……。

「なんだよぅ、もうダメだよお!」

 ア、ア、ヒヒ、ヒヒヒヒ……!!

 悲観する僕を見て怒鳴るヨシダさんと、嬉しそうに揺れる影。イヒヒ、イヒヒヒと引きつったような声を上げて、さらにゆっくり、ゆっっくりと距離を詰める。僕が思い切り手を伸ばすか、この影がひと思いに僕を取り込むか。どちらにしても瀬戸際だった。

 どうせなら手っ取り早くラクにしてほしい、もう痛い思いも怖いオッサンも御免だ。この影と恐怖から抗うような術はない。僕にそんな元気はない。

「カズヤ、テメエ、そんな鉄の棒きれ一つ掴めねえのかよ!」

「だって、だってえ!」

 もう泣きごとを言うのもしんどいが、意に反して体は抵抗を続けている。だけど意識が再び朦朧としてきて、疲労と恐怖で今にも気絶しそうだ。炎に焼かれ煙に巻かれ影には迫られヨシダさんには怒鳴られ、もういっそ全部おしまいにして気絶してしまいたい。

「だーっくそ!」

 業を煮やしたヨシダさんが僕の足元に駆け寄って、瓦礫の山を力づくで除けようとする。だけど、その瞬間、ガスかオイルが僅かに残っていたのか、爆発音と共にひと際大きな炎が上がって、ヨシダさんの背中を焦がした。

「うわ! くそお!!」

「ヨシダさん! ヨシダさんもういいよ逃げてよ! 早く!!」

「お前コノヤロー! 言うに事欠いてなんつー言い草だコンチキショウ!」

 我慢の限界を突破したのか、ヨシダさんは身動きの取れない僕めがけて猛烈なビンタを放った。スパーン! と乾いた音がして、僕の左頬に掌がブチ当たった。飛び散る汗と血がスローモーションで炎の中に消えて行くのを、僕は半ば他人事のように茫然と見送った。

「いい加減にしろ! 生きて帰るぞ馬鹿野郎!」

「……!」

 ズズズズ……何かが蠢く音がした。振り向くと、あの地獄の塊みたいな影が怯えたような仕草で縮み上がり、震えているのが見えた。

 イタイ・・・・・・イタイ・・・・・・コ、ワ、イ

 ヤメテ・・・・・・ヤメテ・・・・・・ヤメ……アアアア

「しめた! 奴の弱点はコレだったんだ。暴力だ!」

「はぁ!?」

「あの女も家族も、どいつもこいつもこの場所に縛られてる。そしてその元凶はと言えば恐怖だ、あいつらの恐怖の源は暴力、問答無用で振るわれる暴力だ!」

「ならさっき散々ぱら蹴ったろ! あれはどうなのさ」

「あん時、俺はお前を心底助けたかったよ。だから出来る限りのことをした。そりゃ多少乱暴だったかも知れんがな。でも今は、お前のその不甲斐なさに腹が立った、だから張った。奴等はそれを恐れている、奴等は怒りと暴力が弱点なんだ!!」

 そんなもん地縛霊じゃなくても大抵の人間は苦手だろうと思ったが、言ってる余裕なんか無かった。それよりも

「つまり」

「なんだよお、ボクは今こんな辛いんだぞ!」

 言いたいことが何となく伝わった僕は、そう叫びながらヨシダさんの目を見て頷いた。

「ウルセーッ! 黙れデブ!!」

 中々の迫力だ、そしてドカドカ蹴って来るのが相変わらず痛い。

「痛いなあー! やめてよお!!」

 イヤダ、イヤ、イタイ……!

「オラ! ふざけんなコラ!」

「ナニコラ、タココラ!!」

 僕たちは罵倒し合い、蹴りを浴びながらも機を窺った。そしてヨシダさんが僕の目を見て頷き、二歩、三歩と後ずさって助走を付けた。僕はそれを見て彼に背を向け叫んだ。

「わーー! やめてよお!!」

 ヤメテ、イタイ、ヤメ

「こらコノヤロー!」

 ヨシダさんのランニング回し蹴りが僕の背中にスパーンと決まり、僕はその勢いを利用して思いっきり体を前に伸ばした。ぐい、と指先が鉄パイプに引っかかった。千載一遇のチャンス!

 でも

っづい!」

 燃えてる瓦礫の山に突き立っていた鉄パイプは当然のように熱を持ち、僕の手のひらを焼いた。でも、コレを離すわけにはいかない。

「よおし! 離すなよ、そいつで瓦礫を持ち上げろ!」

 うーーん! と力を籠めて引っ張り上げると、鉄パイプは呆気なく抜き取られた。どうもそいつが見えないところで支えになっていたらしく、それだけで少し瓦礫の圧が緩んだ。そこへ、足首のすぐ左に広がった穴を見つけて差し込み、鉄パイプの反対側に全体重をかけて圧し掛かった。

 ぐいがらっ!

 と音がして、一瞬だけ瓦礫の塊が持ち上がった。

「今だ! カズヤ!!」

「ぬおーーっ!」

 鉄パイプを限界まで持ち上げて、足を引っこ抜くと同時に手を離す。ガシャン! と、ドシャン! と、ガラガラガラズダーン!! という轟音が響き渡り、僕の脚を挟んでいた所からその向こうで燃えている木材と襖やら障子紙の格子やらまでが連鎖的に崩れていった。

 そして、それは、長い間この場所を呪い続けて来た被虐の記憶を閉じ込めるための依り代が完全に崩壊してゆく音でもあった。

「よーし走れ、カズヤ!!」

「いててて、待ってよぉ!」

 僕は痛む足を引きずりながらも、振り返ることなく猛然と駆け出したヨシダさんを必死で追い掛けた。その途中、背後から微かに、だけど大勢の悲鳴のような声が聞こえたような気がした。


ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

リーリーリーリー

ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ

リーリーリーリー


 なんとかヨシダさんの愛車である白いスカイラインまで帰り着いた僕たちは息を整える間も惜しんで滑り込み、即座にエンジンを掛けた。呆気なく小気味良い音を立てて回り始めた古いエンジンのおかげで、アクセルを踏み込みハンドルを操作するだけで、その場から猛スピードで逃げ出すことが出来た。

 そこでようやく安心した僕たちに、次第に会話が戻って来た。

「ぜえーっ、ぜえーっ、イタタタ」

「いつまでゼエゼエ言ってんだ、もう大丈夫だろ」

「そりゃこんな、足も痛いのに山んなか走りゃ息も上がるよ」

「デブ」

「さっきも暴言吐くフリして、あれ演技じゃなかったんじゃない!?」

「何が」

「バカヤロー、このデブ、ってあれ。痛かったしさあ」

「お前が俺の方見て、やれ、って言うから」

「だからってあんな蹴ることないだろ!」

「おかげで逃げられたろ、いいじゃねえか」

「けどさ、なんであんな風になっちゃったんだろうね」

「ああん?」

「だってさ、逃げようと思えば幾らでも……」

「だからお前は甘いんだよ、逃げるにも体力や根性が要るんだ。さっきのお前だって、足、挟まれたって根性出して逃げようとしたから今こうして助かったんじゃねえか」

「そうか……」

 ズキリズキリと鋭く、深く痛む足を見ながら考えた。僕は痛みに堪えて、恐怖から逃れることが出来た。だけどあの時、あまりの怖さと痛みに、もう僕はこのまま取り込まれてもいいとさえ思った。一瞬でも、あれは影に飲まれていたのかも知れない。

「あの時、飲まれかかってたんだなあ」

「だろうな。元々お前は根性ねえし、そーゆー奴が引っかかって取り込まれて共倒れになるんだよ」

「……そうかもなあ」

 僕が突っかかって来なかったので拍子抜けしたのか、ヨシダさんも話題を変えた。

「あいつらは、放っておいても消えるだろうな」

「なんで? あんな深くてハッキリした影だったじゃん」

「だからだよ、あれは、あの場所の記憶も込みでアレだったんだ。あまりに強くなり過ぎて、自分であの廃屋ごとぶっ潰しちまった。だからもう、記憶を閉じ込めておく場所も失ったし、そこを依り代に留まることも出来ない。あとは風化していくだけさ」

「そっか……けど、その方がいいかも知れんね」

「まあな。影として、念としてアレが残る限り、それは誰かを妬んで僻んで恨み続けるだけ、だしな」


 逃げようと思えば、幾らでも逃げられるのに……どうして逃げないんだって思う事が、ネットをやってて色んな人間関係を見てるとたまにある。私の母も、実は同じで、何度も酷い目に遭っているのに、その真っ最中には逃げ出そうとも助けを求めようともしなかった。それは最早、そいつを愛しているとか好きだからではなく、その場から脱出する気力も奪われ、その環境から抜け出すべきという正常な判断すら失われた人間の弱さに付け込まれているのだ。

 病みは闇を呼び、闇は影を刻みつけて決して消えない傷になる。

 それはきっと、あの場所で命を落としてでも変わることが出来ずに、消え失せてしまえる日まで緩やかに繰り返されるのだろう。

「何はともあれ、終わったな」

「そうだね、それにしてもアチコチ痛えな……」

「まだ言ってやがる、だからお前は根性が足りねえんだ」

「なにお! あんな思いっきり蹴るこたないじゃんか! それに演技じゃなかっただろアレ」

「何が!?」

「人のことドサクサに紛れてバカだのデブだの、あんなもん、いつも思っとることそのまま言っとるだけじゃんか!」

「当ったりぇだろバァカ! 俺は嘘が吐けない性格なんだよ!!」

「嘘はかんでいいから暴言もくなよな!」

「俺が一生懸命に助けてやらなかったら、お前なんか今頃あのボロ屋のなかでメソメソ影んなってただろうが! もっと感謝しろ!!」

「だったらもっと素直に感謝出来る助け方しろよな!!」


 結局、麓のコンビニの駐車場に入るまで僕とヨシダさんの不毛な議論は続いた。冷たい飲み物や夜食のオニギリ、それに絆創膏と消毒液を買い込んだ僕たちが大阪にあるヨシダさんのアパートまで帰って来た頃には夜も白々明けて来て、僕は静まり返った商店街をトボトボ歩いて桃谷駅から環状線に乗り込み、新大阪から新幹線に乗って豊橋まで帰った。そのあいだ、ヨシダさんから特に連絡は無かった。きっと爆睡していたんだろう。

 僕も新大阪を出て、淀川を渡ったところで記憶がない。目が覚めたら三河安城を通り過ぎて矢作川を渡ろうかというところだった。大井川や天竜川を渡ってなくて良かった。

 絆創膏の傷が治るのが先か、またあのオッサンから電話がかかって来るのが先か。どっちかなあ。


タクシー運転手のヨシダさん つづく


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