七話《本当は男の変人》
僕は、僕の大好きな大好きな琴鮫ちゃんに、頭がおかしいのか聞かれたので、そろそろ本気で、真面目に、彼女の話を——琴鮫の話を聞くとしよう。
「さてと、じゃあそろそろ真面目にいこうか。琴鮫」
「え、あ、はい」
お前が真面目にしてなかったんだろ……というような目線を送ってこられた気もするけれど、気にする必要はないだろう。
うん、琴鮫がそんなこと思う訳ないしな。
きっと、あー、お兄様カッコいい! なんていうことを考えているのだろう。
「えーっと、まぁとにかく……ブルマだけを履いてるおじさんに追いかけられた話の続きをしてくれ」
言うと琴鮫は「う、うん!」と言って、その時の話を語り始めた。
数十分後、話は終わった。
その間、僕は真剣に話を聞いていたし、琴鮫も真剣に話してくれた。
手振り身振りも入り交ぜて、その時の状況を、鬼気迫るかのように、詳しく、より詳しく、伝えようと必死になってくれた。
要約すると、ブルマを履いたおじさんとやらは能力者であり、何故かは知らないが、どこへ逃げても全力で追っかけてきて、琴鮫を殺そうとしたらしい。
その度、琴鮫は運良く見つからず、助かったという訳だ。
「それで……なんで琴鮫は能力者のことを知ってるんだ?」
能力者……一部は未来に影響を与えるほどの奴らだ。
何があって能力を得たのかは知らないが、この時代、まだ僕が生きているこの時代において、能力者なんてまだまだ認知されていない存在である。
それなのに、何故、何故琴鮫は、能力者を知っているんだ?
「なんでって……ぼくは」
琴鮫が何かを言おうとした時だった。
琴鮫は話している途中で移動したベンチから、崩れ落ちるかのように倒れた。
「え?」
訳が分からない。
なんだよ。なにが起こっているんだよ!
そんなことを思った時に気づいた。
奴はそこにいた。
琴鮫の横に、ブルマだけを履いた筋肉質おっさんが、右手を血で濡らしながら、そこに立っていたのだ。
「うぐ……」
恐怖で動けない。
すると、ブルマ野郎は、僕のほうを指差し、次はお前だという表情でニヤリと笑った。
そして気づけば、僕は地面を見ていた。
「あ……がっ」
消えゆく意識、血が段々と無くなっていく感覚。
身体はどこもかしこもピクリとも動きそうにない。
でも、この言葉くらいは、言っておくべきだろう。
それが人として、当たり前のことだ。
「琴鮫……ごめん」
この日、僕は死んだ。
「え……?」
気づくと、喫茶店にいた。
目の前には、まだ一口とも口をつけていないであろうコーヒーが置いてある。
喫茶店……? 僕はなんで喫茶店にいるんだ?
確か、琴鮫と僕はおっさんに殺されて……。
「あ……」
なんだ、夢か。
そうだ夢だったのだ。
冷静に考えれば分かる。美少女とともに、ブルマ野郎からの逃走劇なんて、上手く出来すぎた話だからな。
でも、なんでだろう。
涙が止まらない。あれを夢とは思えない。
泣いたことなんて、小学生以来、一切たりとも無かったというのに……。
僕は、何故泣いているんだ……。
すると、肩をポンと叩かれた。
横を向くと、そこには美少女がいた。
可愛らしい、少女がいたのだ。
そしてその少女は口を開け言った。
「あの、お兄様……覚えていますか?」
間違いない。琴鮫だった。
僕は思わず琴鮫に抱きついた。
「大丈夫だったのか! 琴鮫」
僕はまだ少し涙を流しつつ、そう言った。
「大丈夫だよ……お兄様」
琴鮫のその言葉に安心し、僕は抱きつくのを止めた。
「さて、琴鮫……一体どうなっているんだ?」
喫茶店で僕が大号泣したせいか、またもや注目を浴びてしまったので、僕たちは喫茶店から限りなく近い空き地のようなところにいた。
「え、えと、ぼくが気づいたことは一つあります」
「ん? なんなのかな?」
「時計を見てください」
言われて腕時計を見ると、なんということか、明らかに時間は巻き戻っていた。
「どういうことなんだい? これ」
「わ、わかりません」
だよなぁ……。
「でも、このままだと、また僕たち殺されるんだよね。どうしようか?」
「とりあえず……この辺は危ないと思います」
「だよね。うーん、どこか良いところ……良いところは」
全く思いつかない。
仕方ない。僕はこの辺に何があるのかすら覚えてないのだ。
「あの……あそこは?」
琴鮫はそう言って遠くを指差す。
見てみると、大きな観覧車がそこにはあった。
遊園地か……。
確かに、人も多いし……割といいのでは?
でも、ただ琴鮫が行きたいだけなんじゃ……。
いや、そんな訳ないか。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん!」
可愛いなぁ。琴鮫……近いうちに告白しよう。
それから電車を乗り継ぎ、僕らは遊園地へとたどり着いた。
「わぁー! 凄い大きいね」
「うん、あの観覧車、遠くから見ても相当大きかったけど、やっぱり近くて見ると迫力が段違いだよ」
早速だが、僕らは観覧車へと向かった。
いや、別に遊んでるんじゃないんだよ?
上からのほうが敵の動きを見やすいからだよ?
そんな誰にするでもない言い訳を心の中で言いながら、僕と琴鮫は、観覧車の中へと入った。
密室、琴鮫と二人、ひゃああああああ!
興奮するぜ!
というか、なんで僕はあってまだ少ししか経っていないのに、この子のことがこんなに好きなのだろうか?
運命……?
運命感じちゃってる?
駄目だ。落ち着け、ハイになりすぎだ。
「わぁー、高いね。見てみてお兄様! みんな小さいよ!」
「え⁉︎」
気づけば、結構上の方へと来ていた。
「お兄様?」
「あ、あぁごめんごめん。ぼーっとしていたよ。どれどれ?」
おお、これは良いな。
遠くの山もしっかり見える……。
あぁ、太陽と山が重なって…………重なって?
あれ? 太陽さん、いつの間にこんなに沈んでいたんだ。
もう夕方じゃないか。
うーん、さっき殺された時はまだ昼間だったし、さっきよりは長く生き残っているのか……。
まぁ長いこと電車に揺られていたしね。
これくらい時間が経っていてもおかしくはないか。
「なぁ……琴鮫」
「はい?」
「僕の恋人になってくれないかな?」
「へ?」
あ、つい言ってしまった。
良い雰囲気だったし仕方ない。
「あ、あの……」
琴鮫は困った風にそう言った。
あぁ……。
「僕なんかに告白されても迷惑だよね。ごめん」
「え、いや、えと、そうじゃなくて……」
「君のことは諦めるよ。でも、そのかわり、僕に君の靴下をくれないかな? パンツでもいいからさ……」
「え、あの、だから……ち、違うよ」
違う? 何が違うというんだ。
「ぼ、ぼくは!」
うん、ぼくは?
「ぼ、ぼくは、男だよ?」
…………え?
「嘘はよくないぜぜぜ? こここ琴鮫、ぼぼぼ僕を、そんなかか簡単に騙せるとと、お、思っているのか?」
「動揺しすぎだよ……お兄様」
「え、でもさ、琴鮫超可愛いじゃないか」
「うぅ……そんなに女の子みたいかな?」
むしろ女の子にしか見えないです。
「よし、なら僕と友達……いや、親友になってくれないかな?」
「え……うん! わかったよお兄様」
この日、僕に一人の親友が出来た。
女にしか見えない、可愛い可愛い男の親友が……。