五話《喫茶店での変人》
「倒す……と言っても、貴方の能力が結局なんなのかわからないんだから、危険なんじゃない?」
神中は僕にそう言った。
「確かに……そうだね」
うーん、僕の能力?
コピー……ではなさそうなんだよなぁ。
「なぁ……俺はそろそろ眠たいんだが?」
すると秋宮君はそう言って部屋にあるベッドに寝転がった。
「そうね。私も眠たいわ」
続くように神中もそう言って「うーん!」と言いながら背筋を伸ばした。
確かに僕も少しは眠い。
「神中はどこで寝るんだい?」
「下の階のソファーを使わせてもらうわ」
「そこは僕が使うから一緒に寝ようよ」
「……」
なぜ黙る?
僕は別に寝ている神中の目を舐めようだとか、ヘソを舐めようだなんて、一切思っていないのに……。
「よし、わかった。じゃあ僕はソファーで寝るから、神中は僕の上で寝てくれ」
「さっきと余り変わらないじゃない……」
「うーん、じゃあ君がソファーで寝てくれ。僕は君の布団となろう」
これなら納得してくれるはずだ……!
「秋宮さん……布団はどこかにないかしら?」
「あ? 一応下の階の押し入れにあるけど」
「わかったわ。ありがとう」
ん? ちょーっと待った。
「なんで布団を用意しようとしてるんだい?」
「貴方と寝たくないからよ」
「布団は危ないよ! 下手をすれば死ぬよ!」
「全国の布団派の人に殴り殺されるわよ?」
全国の布団派……?
「神中、何言ってるんだ? 全国に布団派が大量にいたとしても、こんなところに来る訳ないじゃないか」
「なんでそこで普通になるのよ!」
「ん? 僕は常に普通だってさっきも言っただろ?」
「はぁ……ま、とにかく私は布団で寝るから」
やれやれ、神中はワガママだなぁ……。
「じゃあ僕もソファーで寝てくるよ……」
「ええ」
神中から返事が返ってきたので、僕は下へと向かった。
秋宮君から返事が返ってこなかったということは、もう寝ているのだろう。よくあんなうるさい中寝れるものだ。
「ふぅ……疲れた」
ソファーにごろりと寝転がってそんなことを言い、今日あったことを思い出す。
天才の僕は、休みだというのに学校に通い、帰り道に少女を救い、未来から来た女性を風を操る変態から守った……全く、一日でこれだけのことをやるとは僕も中々に忙しいものだ。
「明日から……どうしようかなぁ」
明日……か。
やはり能力者を見つけて殺すべきだろうか?
いや、僕は人殺しは遠慮願いたい。
せいぜい死なない程度に痛みつけるくらいでいいだろう。
そんな風に考えを纏めたところで、僕を眠気が襲った。
これは寝ないとやばいな……。
僕は眠りに落ちた。
翌日、少し小腹が空いて起きると、朝の九時……。
今日は補習がなくて良かったと心から思う。
僕の学校の担任、中々に怖い。
宿題を忘れれば、骨を折り。
遅刻をすれば、腰を砕き。
忘れ物をすれば、弁当に下剤を入れてくる。
他にも様々なことをしてくるけれど、まぁそのお陰で、僕や秋宮といったそこそこに成績が悪い生徒は、滅多なことじゃあどこの骨も折れないし、滅多に腹も壊さない。
それくらい頑丈になっている。
冷静に考えれば、体罰じゃないのか? これ。
まぁそんなに気にすることでもないか。
さて、先程も言った通り、僕はお腹が空いている訳だけれど……。
「勝手に冷蔵庫開けてなんか探すのは駄目だよなぁ……」
呟いてポケットに手を入れると、チャリンと音が鳴った。手触りからも分かるようにお金だろう。
ゴソゴソとポケットの奥にも何か入ってないかと漁るが、結局出てきたのは百円玉二枚と、五十円玉一枚、合計二百五十円だけであった。
「うぐぐ……これだけじゃあ、買えるものが限られてくるなぁ」
まあ、でも仕方ないか。
外へと出発するとしよう。
秋宮君も神中もまだ寝ているし、静かに出ないとなぁ。
僕は、まるで泥棒のように、一歩一歩慎重に、ゆーっくり、ゆーっくり、音を立てずに歩いて、やっとのこと外に出ることに成功した。
朝食、ご飯派かパン派か、という質問は、時に誰かしらから聞かれることがあるだろう。
僕も質問されたことがある。
確か、「ご飯派? パン派? くだらないね。僕はパンをオカズにご飯を食べるよ」と答えたと思うけれど、今、パンをオカズにご飯を食べるというのは、不可能だろう。
何故ならば、僕は今、喫茶店に来ていた。
喫茶店……うん、基本的にはご飯など置いていないだろう。
でも、仕方ない。
お腹が空いて仕方がなかったのだから、仕方ない。
近くにあった喫茶店を選ぶ他、なかったのである。
さて、それくらいお腹の空いていた僕は、水が出されるよりも早く、メニューを開いた。
珈琲……二百五十円。
トースト……三百円。
フレンチトースト……五百五十円。
高すぎる⁉︎
「え……え?」
おかしいぞ、僕はこんな高いメニューを見たことがない。
なんだ! コーヒーが二百五十円って!
自動販売機で買ったら百二十円くらいだぞ!
そしてなんだ? この異常なほど高いフレンチトーストは……。
コーヒーとセットで頼んだら八百円もするじゃないか!
なんだ? こんなに高いものなのか?
それとも僕、あんまり喫茶店とかいかないから、感覚が狂っているのか?
くそっ、よく見たら客層も奥様や女子高生ばかり……僕だけなんか明らかに浮いている。
「注文は、お決まりでしょうか?」
「えっ⁉︎」
びっくりしたー! 店員さんかよ。
あー、どうする? 決めるも何も、僕の全財産じゃ、出来ることは決まっているじゃないか。
「こ、こ……」
「こ?」
店員は可愛く首を傾げる。
「コーヒーを、お願いします。後おまけで君の靴下とかくれると嬉しいかもです」
「へ……? あ、はい。コーヒーですね」
そう言うと、店員さんは、ささっと去っていった。
靴下……ついてるかな? ワクワクだぜ!
数分後、コーヒーを持った店員さんが来た。
「どうぞ、コーヒーです」
「ありがとう……あれ? 靴下はどうしたのかな?」
「そのようなサービスはこの店にはありません」
「なんでないのかな? 僕には理解できないよ。いや、僕は別にクレーマーって訳じゃないんだよ? でもね。僕は靴下が好きなんだ。それなのに靴下のサービスがないのはなんでかな? と思ってね」
全く……この店には靴下のサービスもないのか。
「ここ、喫茶店ですし……」
あ……くそっ! すっかり忘れていた。
「それもそうだね。ごめん、僕は君の奴隷になろう。こんなつまらないことに付き合わせてしまった償いだ」
「い、いえ……いいです」
そう言って店員さんは帰っていった。
なんだ……つまらない。
奴隷にくらいしてくれよ。
それにしても……コーヒーか。
腹の足しにもならなさそうだ。
とりあえず飲むだけ飲んで、帰ってから秋宮君に何か用意してもらうか……。
そう思って、コーヒーを一口。
「二百五十円……?」
それだけの味とは思えない……。
うーん、微妙だ。
はぁ……。
そんな風に、心の中でため息を吐いた時だった。
目の前に、女の子がいた。
中学一年生くらいの女の子。
「どうしたのかな?」
何かと思い話しかける。
うーん、こんなところに男一人でいるのは珍しいのだろうか?
「え……⁉︎」
すると、女の子はそんなオーバーリアクションとも言えるほどに驚いた。
「ん? どうしたのかな?」
「えーっと、別になんでも……ないです」
「ふーん……」
「えと、え……えっと、あの!」
「何かな?」
「あ、え、う……こ、コーヒー美味しいですか?」
うん? コーヒーに興味があるのか?
「普通かな……そんなに美味しくはないよ」
「あ、じゃ、じゃあ! ぼくにそのコーヒーください!」
ボクっ娘だと⁉︎
よし、いいだろう!
僕のコーヒーなんて百杯でも二百杯でもやろう。
「いいよ。さあお飲み」
「あ、ありがとう! ございます……」
うんうん、お礼を言えるのはいい子だ。
それにしても、急に知らない男のコーヒーを貰おうとする中学生か……。
どうやら、また変人のようだ。