三十三話《八月終了》
「え…………」
家に帰り、眠気に襲われながらも、無月に今回の事を、一から十まで全て、完全に、余す事なく話した。
すると、無月は口に手を当てながら、何故か悲しそうな顔で、そんな声を出した。
「どうした……のかな?」
僕もつい、慎重にそう無月に聞く。
「ごめんなさい…………」
そう言って無月は泣き始めた。
今まで見た事もないそんな顔に、僕は何とも言えない気持ちになる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
無月は繰り返しそう呟く。
やがて無月は崩れ落ちるように座り込み「ごめん…………なさい」と、再び言った。
「無月……?」
僕は名前を呼ぶ事しか出来なかった。
どうしたんだ……無月は。
「私は…………私はっ!」
続きを言いかけたところで、無月は咳き込み始めた。
僕は駆け寄り、背中をさする。
「どうしたんだい? 無月」
「私はぁ……えぐっ……私はっ!」
そこまで言いかけたところで、また無月は涙を流し始めた。
くっ……どうしたっていうんだ!
『止めておけ、人間』
すると、悪魔の少女——ウォッドの声が聞こえた。
『今は落ち着くまで放って置いてやったほうがいい』
……わかったよ。ウォッド。
「無月、とりあえず落ち着いて。落ち着いたら、ゆっくり聞くから、とにかく落ち着くんだ」
「……うん」
無月は涙を服の袖で吹きながら、そう小さく返事した。
数十分経ち、無月は落ち着いたようだが、まだ少し、目に涙を溜めている。
「無月……話して、くれるかな?」
「うん……」
「なんで、急に泣いたりなんか……」
「…………帰らない……と、いけっ」
無月は、また少し泣きながらそう言う。
そして、僕に抱きついて言った。
「……帰らないと、いけないのよ」
「…………⁉︎」
それって……つまり。
「未来に……帰らないといけないの」
そう言い切ったところで無月は僕に抱きつきながら、赤子のように泣き喚いた。
嘘……だろ?
無月が未来に帰る?
「な、なんで……?」
「……もともと、そういうことになっていたのよ。全てが解決したら、帰ることに」
「そ、んな……」
「ごめんなさい……。せっかく、恋人同士になれたのに……」
「どうにか、ならないのかな?」
「ならないわよ……」
……ウォッド。どうにかならないかな?
『ならんな』
そっか。じゃあ……諦めるよ。
『随分諦めがいいな』
無月だって、苦しいんだ。
悲しいし、辛いんだ。
そんな時に僕が……彼氏の僕が、落ち込んでどうする。
今は、笑顔でいるべきなんだよ。
最後まで笑顔で、いるべきなんだよ。
『無理は……するなよ』
分かってるよ。
「それで、無月……帰るのは、いつ?」
「八月の終わりよ。八月三十一日……」
今日は確か、八月三十日……。
後、一日か。
「よし、無月……遊園地、行こうか?」
「今から……?」
「うん。僕は、最後まで無月といたいんだ」
「…………わかったわ。私も、あー君と、最後までいたいもの」
僕は、無月と共に、電車に揺られ、遊園地へと向かっていた。
やはり一日も寝ていないと、眠気が襲ってくることもあったけど、僕は寝なかった。
寝て、無月といる時間を、減らしたくはなかった。
長時間、電車に乗っていると……ずっとこのままだったらいいのに、なんてことを思ってしまう。
いや、本当に、ずっと……このままなら、どれほどいいだろうか?
二人、手を握りながら、永遠と、電車の外の移り変わる風景を眺める。
それだけで、僕は幸せだ。
だが、永遠などある訳もなく、電車は目的地に到着した。
どうやら、降りるのは僕たち二人だけらしい。
少し歩くと、遊園地に着いた。
客は少ない。
夏休みとはいえ、終盤も終盤。
それに早朝だ。
それも当たり前のことだろう。
「無月……どれに乗りたい? やっぱり、ジェットコースターかな?」
「うん……」
その後、何に乗っても、無月は笑顔を見せなかった。
時間は、早い。
もうすぐ夜だ。
最後に、観覧車に乗ることにした。
思い出の、観覧車……。
ここで、僕は無月に告白したのだ。
「無月、行こうか」
言って無月の手を引っ張る……が、無月は動こうとしなかった。
「なんで……」
「無月?」
「なんで、あー君は、笑っていられるの?」
「なんでって……」
「悲しく……ないの?」
「悲しく……、悲しくないわけっ! ないだろっ!」
嫌に決まっている。
悲しいし、苦しいし、辛いし、今にも泣きそうだし、死にたくなるし……。
「……あー君」
「悲しいけど、それでも……僕は、僕は最後まで、無月の笑顔を見ていたいんだ」
無月とは、笑顔で別れたいんだ。
最後まで、こんな思いで、別れたくない。
「あー君……そうね。私が間違っていたわ。私も、あー君とは、笑顔で過ごしたいもの」
「無月……」
「じゃあ……観覧車、乗りましょう。夜になっちゃうわよ?」
言って無月は笑った。
今日初めて見せるその笑顔は、今までの中でも、一番のような気がした。
観覧車から降りた僕たち二人は、遊園地に隣接する、ホテルに向かった。
家だと妹たちがいて、無月と二人で過ごせないからである。
妹、と言えば夜になると、殺人鬼となる京歌が少し心配だが、影入に任せておいたし、問題はない。
「ねぇ……あー君」
「なにかな? 無月」
二人でベッドの上に座りながら話す。
「またいつか……会えるかしら? 私たち」
「うーん、まあ二百年後に会えることは確定してるけど……」
「二百年後って……あー君、死んでるわよ?」
「僕、一応少し悪魔入ってるから、寿命、残り千か二千年はあるらしいよ」
「それは……凄いわね」
言って二人で笑う。
「あー、でも、二百年後僕が合う無月と、今の無月は、違うんだよね?」
「うーん、まぁ……そうなるわね」
「そっかぁ……」
この無月じゃないと……意味はないというのに。
「大丈夫よ。あー君」
「うん?」
「私、いつか絶対に、帰るから」
「そう……だよね」
「えぇ、そうよ」
そう信じないと、やってられない。
「ありがとう……無月」
「ううん……それより」
「それより……?」
なんだろうか?
「え、えと、私たちは恋人じゃない?」
「……うん」
「私を……愛してるわよね?」
「うん」
僕が返事をすると、無月は僕に抱きついた。
そして僕の耳元に顔を近づける。
「優しくしてね」
僕は今日、大人になった。
後日談を語ろう。
あれから、一年が経った。
特に変わったことも起きていない。
強いて言うならば、蒜燈さん……に、ついてだろうか?
黄金邸の主が帰ってきたことにより、蒜燈さんは、海外に行ってしまった。
因みに、黄金邸の主は、小太りのおっさん。
いつも通り、蒜燈さんに会おうと行くと、急に出てきてびっくりしたものだ。
そういえば、黄金邸に居候していた琴鮫は、宴さんに着いて行くこととなった。
宴さんも、琴鮫の幽霊能力による武器精製は便利だと喜んでいたし、二人で今頃どこかを旅していることだろう。
宴さんと言えば、かつて宴さんに殺されそうになった僕の妹……京歌の中にいる、鬼についても語るべきだろう。
ウォッドに、妹を治す術は無いかと聞くと、左手で破壊すればいいというので、殺人鬼状態になった京歌に左手で触れると、次の日から京歌は、殺人を犯すことはなくなった。
鬼から、解放されたのだ。
後は……この京歌の殺人鬼体質を、能力によりずっと止めておいてくれた影入についても語ろう。
影入は、音萌さんの家にいる。
音萌さんに、懐いてしまったのだ。
まぁ、更生したし、全然良いのだけれど、僕は今、家に一人……少し寂しい。
妹三人は、今年も来ていたが、昨日帰ってしまったしね。
それから最後に、僕について語るとしよう。
僕は、音萌さんにも協力してもらい、必死で勉強した結果。
なんと、二年に上がれたのだ。
まぁ、僕についてはこれだけ。
因みに、秋宮君は二年には上がったものの、退学させられた。
いじめられている子を助けるために、ついやり過ぎてしまったらしい。
さて、明日からは新学期。
九月だ。
一年経った今も、無月のことは忘れられない。
けど、無月も、未来で頑張っていることだろう。
だから……。
僕は、人生を頑張るとしよう。




