二十九話《ライバルの変人》
秋宮君と、無月の必死の看病によって、退院ならぬ退家は、思ったより早かった。
二日は動けない、と秋宮君は言ったけれど、なんと一日で動けるようになったのだ。
なので早速、動けるようになった身体で、僕は家へと、自分の家へと向かっている。
電話をしたところ、長女である美惑が、その他妹の面倒を見ていてくれるらしい。
因みに、次女、京歌の、夜に発動する殺人鬼体質は、前回の通り、影入に操ってもらい、止めてもらっていた。
全く、影入には負担をかけてばかりだ。
今度甘いものでも奢ってあげよう。
「おおぃ、ライバル」
そんなことを思っていると、聞いたことのある声が聞こえた。
ライバル……と僕を呼ぶってことは、あの男か。
ってどの男だ?
うーん、最近会ったはずなんだけどなぁ……誰だ? こいつは。
僕の微々たる記憶力じゃあこんな奴を覚えているわけもない。
というか、いつ会ったんだっけ?
えーっと確か、僕が華麗に宴さんをボロボロにした時だったかな?
「おい、無視してんじゃねえぞぉ! ライバル」
「ごめん、誰かな?」
「あ? お前、この俺を忘れたっていうのか」
「うん」
「ちっ、昨日……いや一昨日にあったろうが」
「ん?」
「ああ? 何も覚えてねえのかぁ?」
「うん」
こいつ、テンション高いなぁ……面倒臭い奴だ。
「ちっ、なら教えてやる。俺の名前は時計箱、時計箱気継だぁっ!」
「時計箱……君」
「時計箱でいいっ!」
「うん、分かったよ。時計箱。それで、僕に何の用かな?」
「はっはっはぁっ! てめえに対する用なんて、昔から今まで、時空を超えても一つしかねぇっ!」
「ん?」
「俺と、戦おうぜえええっ!」
戦う? 喧嘩しろってことか?
「ごめん、そういうのは僕、好きじゃないんだ」
「俺が、未来を滅ぼす能力者だ……と言ってもかぁぁっ?」
「…………⁉︎」
こいつが……未来を滅ぼす能力者?
つまり、敵?
「無理だろうなぁ……てめえの大好きな大好きな未来から来た彼女さんの頼みだもんなぁ……能力者を倒して欲しいってのはぁっ」
「何故、無月のことを……」
「あ? それ以外にもお前のことならなんでも知ってるぜぇ? なんせ俺は、お前と戦うため、今までお前を影でサポートしていた身だからよぉっ!」
「サポート? 僕の?」
「おかしいとは思わなかったのかぁ? なんで壊滅しているはずの未来で、タイムマシンなんて便利なものが出来たのか……ってよぉっ!」
「…………⁉︎」
そういえば、壊滅しているはずの未来で、どうやって無月はタイムマシンなんて入手出来たんだ?
今の技術から相当進んでいるとはいえ、壊滅というくらいだから、材料やら機材やらなんやらが足りないはずじゃあ……!
「それがぁっ! 俺の力のお陰だってことだよぉっ!」
「君の……力?」
「俺の能力は時間を操る能力だ。俺はその能力を応用し、タイムマシンを作り、未来に置いてきたぁっ!」
「何故……そんなことを?」
「あ? そんなの決まっているだろ? お前が能力者なんかと関わり出したのはいつからだぁっ? 神中無月と出会ってからだろぉ? つまりだ。まずはお前に能力者と関わりを持たせるために、タイムマシンを作り、神中無月と巡り会わせたぁっ!」
そんな、全て……こいつが仕組んだことだというのか?
僕と戦うためだけに……。
「でも、僕と戦うなら、別に能力者と関わらせなくても良いんじゃないかな? 君がいきなり現れて、僕を倒せば良かったじゃないか」
「あ? それじゃあつまらねぇ……。俺は、最強のお前と戦いたかったんだよぉっ!」
「なんで僕なんだい? 強い人なら宴さんとかがいるじゃないか」
「そりゃあ決まってる……お前って悪魔なんだろう?」
……そんなことも知っているのか。
「まぁ一応、右手と右目はね」
「悪魔……くうぅ。格好良い響きだぜ! わかるか? 俺は別にただ強い奴と戦いたい訳じゃねぇ。悪魔で、強い奴と戦いたかったんだ」
「何故、そんなに悪魔にこだわるんだい?」
「格好良いだろ?」
「単純だね」
「単純で良いんだよっ! 俺は『悪魔』に勝ったっていう感じを味わいたいだけなんだからよぉっ!」
悪魔に勝ったっていう感じを味わいたい……か。
僕には理解できない感覚だな。
「それで? なんで今、僕の目の前に現れたんだい?」
「そりゃあ、お前が強くなったからだぁっ! 俺とでも良い勝負が出来そうなくらいになぁ」
「はぁ……」
「本来なら、てめえと戦うのは来年くらいの予定だったんだがなぁ……」
予定……?
「どういう意味かな? 予定って……」
「俺はなぁ……時間を操って、能力者とお前を戦わしていき、来年までじわじわとじわじわとお前を強くしていく予定だっだってことだあ」
「僕が能力者に負けた場合はどうつもりだったのかな?」
「あ? お前も体験しただろ? ループだよ、ループ。倒すまでループさせるんだ」
……まさか、琴鮫の件についても、こいつが一枚噛んでいたとは……。
ループなんて、いくら幽霊っていう不可思議な存在だったとしてもおかしいとは思ったんだ。
「うーん、じゃあもしてかしてだけど、影入の件にも君は関わっていたりしたのかい?」
「あれはお前の噂を流しただけだ。その他はなんもしてねぇ……。まさか、お前が影入の奴を奴隷にするとは思ってなかったがなぁ……」
「あはは……」
僕も奴隷を手に入れるとは思っていなかったよ……。
「そこまでは順調に予定通り進んでいたんだがなぁ……今回、一つのズレが生まれちまった。原因は分かるよな?」
「僕の妹……京歌」
「そうだぁ……俺にしてみれば全く厄介だ。お前みたいな悪魔や、お前の妹みたいな鬼。そういう奴らは運命力を捻じ曲げちまう」
「運命力?」
聞いたことのない単語が出てきたぞ……。
「あぁ、運命ってのは基本一本筋ってことだぁ……。パラレルワールドって言葉がある通り、ある程度のズレは起こすが最終的には収束し、変わらねえ。その収束するまでに加わる力を、俺は運命力って読んでいる」
「はぁ……なるほど」
「だがお前らみたいな奴は、さっきも言った通り、運命力を捻じ曲げる。捻じ曲げるというよりも、もう引っ繰り返すようなもんだ。全てを変えちまう」
それは凄いな……。
「だから、俺の引いたお前が能力者と戦って強くなるっていうレールは全て変わっちまった」
「ん? どういう意味だい?」
「慈宴宴だぁ……お前の妹、鬼の登場によって出現した、お前の敵。そいつと、まぁボロボロにされたとはいえ戦って、お前は今後、一年間続くはずだった能力者との戦いをしなくても、それくらい……いや、それ以上に強くなっちまったんだぁ」
「そんなに……強くなったかな?」
「なったんだぁ……。まぁだから、この俺が現れた。お前と戦うためによぉ……!」
言って時計箱はニヤリと笑った。
でも、その笑いに嫌らしさは無く、ワクワクしているというか、楽しんでいるような笑い方だった。
「そうか……それで君は未来をいずれ滅ぼす能力者。僕は戦うしかないということか……」
「あぁ……そういうことだなぁ。おっと一つ、お前に朗報を教えてやろう。精々、俺と戦う前にモチベーションを上げてくれぇ」
「ん? 朗報?」
朗報ねぇ……余り期待もせずに聞くとしよう。
「全部で七人いた未来に影響を及ぼす。まぁ、簡単に言っちまうと悪い能力者ってとこかぁ? そいつらの内、風使いとブルマ野郎はお前が倒し、影入の野郎は奴隷にした。だから残りは四人だろう?」
「まぁ、そうだね」
「そこから俺を引いて残り三人の能力者。そいつらは全員、俺がぶっ殺してやった」
「は……? 殺した……?」
なんでなんだ?
「あぁ、朗報だろう? 俺を倒せば、それで終わりなんだから」
「……なるほど。確かに朗報だね」
「つまり、最終決戦ってことだなぁ……俺としても燃えるぜ」
「はは、僕は余り燃えれないかな。戦うのは好きじゃない」
「わかってるぜぇ……ライバル。でも、お前は戦うだろ? 未来と彼女の為に」
「まぁね」
当たり前だ。
「じゃあ、七日後。つまり一週間後、勝負だ。場所はお前が影入と戦ったショッピングモールの地下、で良いよなぁ?」
「うん……」
「楽しみにして待っててやるぜ」
「僕も楽しみにして待ってるよ」
最後にそんな嘘を吐き、僕は僕をライバルと呼ぶ男、時計箱と別れた。




