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二十三話《土下座する変人》

 京歌と明日ケーキを買いに行くという約束をし、夕食後、僕は長女、美惑に呼び出され、ある部屋に二人でいた。


「ねえねえ、お兄ちゃん?」

「ん? 何かな?」

「いやいや、大したことではないのですが……京歌のこと、好きなのですか? あ、勿論恋愛感情的な意味で」

「んぐ?」


思わず変な声が出てしまった。

京歌のことが好き? 僕が?


「うんうん、今日、急に京歌とベタベタし始めたじゃないですか」

「ベタベタって言い方悪いな、僕はただ京歌と余り関わってなかったから、これからは関わっていこうと思っているだけだよ」

「はあはあ、どんな心境の変化がお有りで?」

「いや、別に……大したことじゃないよ」


妹が、京歌が人を殺したなんてことは絶対言えないな。


「ふむふむ、お兄ちゃん?」

「ん?」

「うんうん、絶対嘘ついてますよね?」

「はい? 僕が嘘? なんで?」

「ふふふふ、隠さなくても分かりますよ。お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの妹ですし」

「…………やっぱり分かる?」

「はい」


あー、うん。


「でも、大丈夫だよ。美惑」

「……お兄ちゃんがそう言うならこれ以上言及はしませんが、まぁ、困ったら相談して下さいね」

「…………うん」


…………っ!

妹にまでこんな心配されるなんて、僕は……駄目なやつだなぁ。

頼りになる兄として、京歌と向き合うと決めたんだ。

でもそれで、美惑や猫夜に心配をかけたら駄目だろ!

もっと、頑張ろう。

そう心に誓い、「要件はそれだけだよね? じゃあ僕は部屋に帰らしてもらうよ」と言い、僕は部屋へと戻った。


 深夜になった。そろそろ、殺人鬼としての、鬼としての京歌が目覚める時である。

今夜も、三女の猫夜から一緒に寝ようと言われたが断り、現在、透明人間である無月に、京歌の監視を頼んでいる。

そして数分、扉が開かれ、無月が来た。


「京歌は……?」

「ええ、今起きたところよ。急いで止めましょう」

「うん!」


僕は下へ降り、外に出た。

前を見るとのそのそと、ふらーりと、歩いている京歌を見つけた。


「京歌!」


思わず大きい声を出し京歌を呼ぶ。

すると、京歌はくるりというよりはぬるりと、いう感じでこちらを振り向く。


「んー? なになに? 殺されたいのー?」

「…………っ⁉︎」


やっぱり記憶はないのか……!


「でもねー、私ねー、まだねー、武器がないのー、ナイフ、お兄さんくれないかなー?」

「あげないよ……。今日、君には誰も殺させない」

「んー? お兄さんなに言ってるのー? そんなの無理だよー? だって私、鬼だもん」


だから……ね。京歌は……否、鬼はそんな風に呟き消えた。

いや、違う。移動した。

気づけばその鬼は、僕にピタリとくっつくかのように、近くにいたのである。


「お兄さん、死んじゃえ……キャハ」


ズキリと腹に痛みが刺さる。

武器はないんじゃ……!

なにで刺されたんだ、僕は……。

恐る恐る腹を見ると、そこにはなにもなかった。

あるのは鬼の手のみである。

……? どういうことだ。

もしかして、殺気だけで……ということか?

この鬼は、殺気だけで、僕に痛みを、刺さるような痛みを与えたということなのか?

だとすれば……恐ろしい。


「ビックリした? でもこれでわかったよねー? 私は止められないよー。だから……さ。止めようよこんなこと」

「止めないよ」


止めない。僕は妹を、妹と言う名の鬼の殺人を、終わらせなければならないのだ。


「あーあー、仕方ないなー、じゃあ本当に……死んじゃえ」


彼女がそう言った瞬間だった。

その彼女は、バネのように勢い良く吹き飛んだ。

その衝撃で、地面がえぐれている。

そしてボロボロのまま、彼女は立ちあがった。


「んー……? 誰かなー? 今のやったの……? 絶対にぶっ殺してあげるんだけど」


そう言って彼女はギロリと目を光らす。


「私だけど……文句ある?」


そんな声が聞こえ声の方向を見ると、そこには女性がいた。

ナイスバディの大人。

露出がそこそこ多い格好。

サングラスをかけている。

そして美しい顔。

だが、その顔の目の下には、大きくハートの刺繍が施されている。

やけに洒落たそのハートが、その女性の存在感を強調している。


「私は、殺し屋。依頼に従い貴方を消す」


そこには、伝説の殺し屋、慈宴(じえん)(うたげ)がいた。


「宴さん……なぜこんなところに」

「今、言ったよね? 依頼されたから、この殺人鬼を殺すんだよ。分かんないの?」

「いや……殺すって」

「んー? なに? 駄目なの? こいつ屑だよ? 人殺してるんだよ?」

「だ、駄目です。僕の妹ですから」

「知らないよ。依頼されたし……恨みを持たれるのが悪い。あ、それとも十億円払ってその依頼主を殺す依頼を私に出すかい?」


十億円……幼馴染に言っても、すぐに用意できるかと言われると微妙だな。


「無理ですけど……でも、見逃してはくれませんか?」

「嫌だよ?」

「……っ⁉︎」

「こちとら仕事でやってるんだ。知り合いのガキに頼まれてやめるなんてこと、する訳ない」

「お願いします!」


僕は土下座をした。

妹にしていた時とは気合も質も全然違う。

本気の……土下座だ。


「い、や、だ、よ。私は仕事を失敗したことないんだ。意地にでもその記録は維持させてもらう」

「そ、ん……な」

「じゃあね。私はあの娘と戦ってくるよー」


言葉が出ない。もう終わりだ。

僕の妹は死んでしまう。

伝説の殺し屋、慈宴宴に目をつけられたのだ。

助かる訳がない。

絶望に震えながら、僕は妹に向かって走っていく宴さんを黙って見ていることしか出来なかった。



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