二十一話《向き合おう変人》
血塗られた少女、京歌。
僕の妹である。でもその妹は、人を殺した。
笑顔で、何事もなかったかのように彼女はそのことを語る。
が、その笑顔は狂気的で、その笑顔そのものが凶器のようで、一言で言うならば、狂っている。
彼女は——僕の妹、京歌は、狂っているのである。
京歌が人を殺したなどと言ってから少し経ったころだった。
電話がかかってきた。
「やあや、私だよ。蒜燈だ」
「蒜燈……さん」
「その様子だと、相当ショックを受けているようだね」
「蒜燈さんなら知ってるんですよね? 僕の妹は……何なんですか?」
そもそもあれは、本当に僕の妹なのか?
「うん、ごめんね。教えられない」
「え……」
「でも、私の家の前に資料を置いておくよ。それで理解してくれ」
言って蒜燈さんは電話を切った。
まるで、話などしたくもないように……。
「……行くか」
僕は蒜燈さんの家へと向かった。
蒜燈さんの家に行くと、資料が置いてあった。
ホッチキスで纏められた簡易的な資料、そこまで分厚さもないので、すぐに読めるだろう。
「え……」
思った通り、すぐに読めたが、そこには信じられない真実が載っていた。
纏めると、僕の妹、京歌は人間ではない。
いや、人間ではあるのだが、人間の皮を被った殺人鬼。
鬼である。
この鬼の殺戮は、半年程度前、つまり僕が一人暮らしを始めたころから始まった。
被害者数、百二十三人。
異常で、非情な数字だった。
彼女自身に罪の意識はないらしく、夜になれば歩き回り、見つけた相手を殺し、殺し、殺す。
死体は朝には何故か無くなっているようで、彼女の記憶も朝には消える。
理由は不明。
二重人格だと言う説が一番有効ではある。
「……僕のせいだ」
僕が寂しい思いをさせたんだ。
高校になって一人暮らしをするなんて言うから……。
ただでさえ、僕は京歌のことを可愛いとは思いつつも、そこまで構ってあげてなかったのだ。
それなのに、急にいなくなったら、寂しくもあるだろう。
僕は知っているのだ。
僕の妹達三人は、全員僕が好きだと……。
恋愛感情の方で、僕のことが好きなのだと。
知っている。知ってしまっている。
知りたくもないことを、知っていなければ幸せなことを、知ってしまっている。
さすがに、一緒に風呂に入ろうだの、寝ようだの、胸を揉めだの言われたら分かる。
それなのに、僕は妹に、妹の京歌に、構ってあげられなかった。
そんなの、傷つくに決まっている。
好きな人がいなくなるなど辛いに決まっている。
僕だって、無月が未来に帰るなんて言ったら、泣いてしまう。
悲しいだろうし、辛いだろう。
僕はなんてことをしてしまったんだろう。
妹に寂しい思いをさせるのみでなく、妹を鬼へと変えてしまった。
「あ、ああ」
あああああああああああああああああああ!
頭を抑えて僕はしゃがみ込み、呻く。
苦しみをひねり出すように呻く。
身体の震えも止まらない。
汗もダラダラと垂れ、涙と混ざり身体も少し濡れてきた。
「な、なんで……こんなことに」
「どうしたんですか?」
僕がそんな風に悩んでいると、ふいに声をかけられた。
「琴鮫……」
「大丈夫ですか? お兄様」
幽霊少年、冷遊師琴鮫がそこにはいた。
「なるほど……そんなことが」
僕は琴鮫に全てを話した。
琴鮫は真剣な顔でうんうんと頷きながら、話を聞いてくれた。
「僕はどうすればいいのかな? 妹を止めるために、殺さないと……駄目なのかな?」
「いえいえ、そんなことをしては駄目ですよ。お兄様。家族なんだよ?」
「……そうだけど、でも! どうしたら」
「そうですねぇ……その京歌ちゃんと、遊んであげてはどうでしょうか? 名一杯、精一杯に」
遊ぶ……?
「遊ぶって……そんな、そんな状況じゃあないだろ? 琴鮫」
「お兄様、でも自分で言ってたじゃないですか。自分が寂しい思いをさせたから妹さんはああなったと。ならば、今からでも遅くはありません。妹さんと遊びましょう。妹さんと笑いましょう。妹さんと、向き合いましょう」
「……確かに、そうかもしれないね」
僕は、いつの間にか、彼女と向き合うことを恐れていた。
狂っている彼女と、関わるのを避けていた。
そんなのは……おかしい。
京歌は、友達でもなければ恋人でもなく、家族なのだ。
家族と向き合わないで、僕はどの面下げて、未来を守ろうだの、女の子を守ろうだのということが言えるのだ。
向き合おう、京歌と。
今度は一杯話そう。
それが、家族なのだから……。
「ありがとう、琴鮫。僕なんかの相談に乗ってくれて」
「いえ、僕なんかと謙遜しないで下さい。お兄様は、ぼくを助けてくれました。他にも様々な人を助けてきました。もっと、自分に自信を持って下さい」
「……そっか。うん! 頑張ってみるよ」
「はい!」
琴鮫のそんな返事と笑顔で癒された僕は、さっそく家へと帰った。
まだ昼だ……。
京歌と、向き合おう。
「京歌、映画にでも行かないか?」
帰って早速京歌の部屋に行き、僕はそう言った。
「え? お兄ちゃん? え? あ、え? 私、美惑ちゃんじゃないよ? 私、猫夜ちゃんじゃないよ? 長女でも三女でもない次女の京歌だよ? 京歌ちゃんだよ? わかってる? お兄ちゃん? そんな京歌と映画にでも行こうと自分が言っているのを理解しているの? お兄ちゃん?」
「そんなに疑問符を並べなくても……僕はただ、たまには京歌と映画にでも行こうかなと思っただけだよ?」
「あ、でもお兄ちゃん」
「ん?」
「映画は嫌だよ。京歌、外に行くの嫌いなの知らないの?」
知らなかった……。
こんなことも知らなかったというのか僕は……。
いや、でも今から知っていけばいいさ。
今までの分も、妹を知っていこう。
「ごめん、知らなかったよ。よし、じゃあ何しようか?」
「うーん、京歌はね。お兄ちゃんの性癖が知りたいな?」
「うん? お兄ちゃんには性癖なんてないよ?」
あれ? 京歌ってこんなキャラなのか?
姉の、美惑の影響?
「嘘つかないでよ。性癖がない人なんていないんだよ?」
「……靴下」
「へ?」
「僕は靴下を舐めるのが好きだ」
妹に僕は何を言っているのだろうか。
僕は妹と何を話しているんだろうか?
何故僕は僕の妹と僕の性癖について話しているんだろうか?
「靴下……ってお兄ちゃん、大丈夫?」
「あはは、大丈夫に決まっているではないか。妹よ」
「うーん、お兄ちゃん。靴下の何がいいの?」
「いやいや、お妹ちゃん」
「お妹ちゃん⁉︎」
「お妹ちゃん、靴下の良さが分からないなんて、人生損をしているよ」
「そんなレベル⁉︎」
うん、そんなレベルだ。
僕にとって、靴下=人生だ。
「まずね。お妹ちゃん。自分の靴下を見てごらん?」
「え? あ、うん。まぁ……白い靴下だね」
「白い靴下……。実に京歌を表しているとは思わないかな? 京歌の成長の経過を表しているとは思わないかな?」
「成長の経過……?」
「靴下と侮っては駄目なんだ。靴下をよく見ると、成長の経過はもちろん、その人がどんな人間なのかということも分かるんだよ」
「どんなところから成長の経過を感じるの?」
「どんなところ……ってこれは下着にも通じるものだけど、色だね。ほら、白ってお子様って印象あるだろ? 黒って大人っぽい印象あるだろ? ピンクって可愛らしい感じするだろ? あんな感じだよ」
「むー!」
すると京歌はそう言ってぷくりと頬を膨らました。
僕は首を傾げる。
「それだと京歌が子供みたいだよ!」
「え? 子供じゃないか。可愛らしい子供じゃないか」
「大人だもん、超超超大人だもん。巨人と言ってもいいよ」
でかくすれば良いってものじゃないだろ……。
「んー、じゃあ巨人のお妹ちゃん」
「ん?」
「タンゲドリロンチョって言葉、知ってるかな?」
「タンゲドリロンチョ?」
「あー、ごめん。知らないよねタンゲドリロンチョなんて……だってお妹ちゃんはまだ子供だもんね」
「子供じゃないよ! タンゲドリロンチョでしょ? 知ってるもん、あれでしょ? あれ」
あれも何もタンゲドリロンチョなんてものはない。
繰り返す、タンゲドリロンチョなんてものはない。
この世に、タンゲドリロンチョなんてものはないのである。
「どれかな?」
「……」
言うと京歌は黙った。黙秘した。
「まぁこれで分かったね。京歌は靴下が示し出すように子供なんだよ」
「うぐぐ……まぁ、靴下が成長の度合いや、どんな人間か分かるっていうのは分かったけど、なんでお兄ちゃんは靴下が好きなのってことがまだ分かっていないよ」
「うん? 今ので分からなかったのかい?」
「うん、子供だし」
清々しい切り替えようだ。
「えっとだね。つまり靴下はその人を表していると言ってもいいだろう?」
「うん」
「それを舐めるんだよ? その人の全身を舐めているのと同じとは思わないかな?」
「うわぁ……」
引かれた。思いっきり引かれた。
ここまで引かれたのは初めてだ。
引き算でもここまでは引かないぞ。
「お兄ちゃん、相当気持ち悪いよ?」
「京歌が性癖についてなんか聞くからじゃないか。うーむ、じゃあ京歌の性癖は?」
「自転車」
「え⁉︎」
これはまた、話が長くなりそうだ。




