二話《風呂の中の変人》
風呂の中、別にカップルでもなんでもなく、知り合ったばかりの、高校生くらいの男性と、女性が、二人で真剣に、裸で、語り合うという状況になった事があるという人は、今の僕を除いて、この世界にいるだろうか?
いや、いないだろう。
こんな訳の分からないことになっているのは、僕が変人と知り合ってしまうという性質のせいではあるけれど、やはり、風呂に入ってきた未来人を自称する、目の前の女が一番悪い。
変人と頻繁に出会う僕だけれど、いくらなんでも、初対面が裸というのは今までなかった。
予想外すぎる。
「それで、お客さんですか?」
「まさかまだ引っ張ってくるとは思っていなかったわ……」
そう言ってから、女はキリッとした顔つきになり、繰り返し、僕に言った。
「私は! 未来から来ました!」
「何年後から来た設定なの?」
「えーっと二百年後という設定よ」
なんで二百年後?
百年後設定のほうが作りやすいだろうに……。
「って! 設定じゃない!」
ビックリするから叫ぶのは本当にやめて下さい。心臓が止まる。
「はぁ……じゃあタイムスリップでもさせてよ」
「いいわよ!」
「おー! 言い切った!」
ここまで言い切るのだ。期待しておくとしよう。
「じゃあ一年前で……」
こいつ……今、なんて言った?
一年…………前?
「やめろ……」
気づけばそんな言葉が出ていた。
仕方あるまい。
僕に、一年前という言葉は禁句なのだ。
「ご、ごめん。じゃあいつにする?」
はぁ、何をやっているんだ。僕は……。
女性に気を使わせるなんて、人間として失格だ。
僕にこそ人間失格の名は相応しい。
自分のことを、普通だとか一般的だとか語っていたけれど、女性に気を使わせたり、友の為に戦えなかったり、恋人の為に死ねないならば、そんなのは、一般人ではなく、最低のやつだ。
「はぁ……死にたい」
「なんでそこで病むのよ!」
うるさいなぁ、二つの果実を立派に揺らしやがって……。無駄に目の前で揺れてるから眠たくなる。
「えーっとじゃあ三年後とかで?」
「わかったわよ」
女はそう言って、シャワーを止める。
そして風呂からあがった。
「あれ? 未来は?」
「貴方は裸で三年後に行きたいの?」
「……?」
何か問題でもあるのだろうか?
とにかく、裸で未来に行くのは嫌らしいので、僕はしぶしぶ、風呂から上がり、服を着た。
「ねぇ、そこにある靴下とってよ」
女に言われ、見ると、靴下が落ちていた。
それを、僕は一度口に入れ、女に投げた。
「うわっ⁉︎」
女はそう言って靴下を避ける。
「どうしたのかな? 靴下をとってと言ったのは君だろ?」
「いや、なんで口に入れたのよ……。唾液凄いついてるじゃない」
「……?」
なんで唾液がついていたら駄目なんだ?
僕の口に入れたのだから、唾液がつくのは当たり前だろうに……。
「はぁ……替えの靴下無いのに」
「え? それがあるじゃないか」
そう言って僕は、唾液のついた靴下を指差す。何で替える必要があるのだろうか?
「なんで貴方の唾液がついた靴下を履かないといけないのよ!」
「足が冷えたらどうするんだ! 僕は君を心配して言っているんだよ。さあ、早く僕の唾液がたっぷりとついた靴下を履くんだ」
「う……でも、これもミッションのため……今、こいつの機嫌を損ねたら、もしかしたら助けてくれないかもしれないし……」
ん? 何をぶつぶつ言っているんだろうか?
ミッションとか聞こえたけど……。
「わかったわよ! 履くわよ!」
「おお、やっと分かってくれたんだね」
良かった。このままじゃあこの女は足を冷やしてしまうところだった。
「う……何これぇ…………」
あぁ、女性が靴下を履いているという状況を見れるなんて、僕はなんて運が良いんだろうか。
今まで生きていてよかったと心から思う。
目の前の彼女は、ネチョネチョと音をだしながらも、右の靴下を少しずつ、少しずつ履いていってるけれど、なんというか凄い興奮する。
あぁ、まだ左も残っていると考えると、なんて楽しいのだろうか。
「うぅ、ネチョネチョするよぉ……」
女は涙目でそう言っているけれど、足が冷えてはいけないので仕方あるまい。
数分間経って、やっと彼女は両方の靴下を履いた。
それから立ち上がろうとする。
「んにゃあっ! 足の裏がべちょべちょで気持ち悪いっ……」
「大丈夫?」
「大丈……夫じゃっ! ないわよっ……」
助けてあげたいところだけど、靴下を脱がしたら足が冷えてしまうし……。
「それより早く服を着なよ。靴下だけ履いて未来に行くのかい?」
「そんな訳ないでしょ……」
あ、よく見ると裸に靴下だけというのは中々良いじゃないか。うん、そそる。
「別に僕は裸に靴下だけでも良いと思うよ」
「貴方が良くても私が良くないわよ」
靴下のべちょべちょに慣れてきたのか、女は元の口調になった。
その後、女はやっと服を着て、「さぁ! 三年後に行くわよ!」と言った。
「じゃあタイムマシンを早く出してよ」
「タイムマシンなんていらないわよ」
そう言って女は、剣を取り出した。
え? もしかして僕を剣でぶっ刺して三年間眠らせる気とか?
「や、やめてくれないかな?」
「え? あー……大丈夫よ」
何が大丈夫なんだよ!
「別にこれで刺したりはしないから、安心して」
「あ、そうなんだ」
よかった。そう僕が思った時、女はその剣を、刺した。
真横の、何もない空間に、刺したのだ。
訳がわからないかもしれないが本当なのだから仕方あるまい。
「これは……」
刺された空間を見ると、そこは切り裂かれており、ブラックホールのようなものが渦巻いている。
「これが、時空の波よ。この空間に入れば、三年後に行けるわ」
「わかった……」
三年後……か。
これを見るからに、本当に行ってしまうのだろうけれど、どんな風になっているのだろうか?
無事、どこかの大学に受かっていれば、僕は大学一年生……ということになるのか。
うーん、あまり僕には会いたくないな。
なんて言ったって三年間。
恐らく三年分、変人に会っていることだろう。
今の僕より頭がおかしくなってるんじゃなかろうか?
「さすがに……ないか」
「どうしたの?」
「いや……」
よし、気持ちを切り替えて未来へ行くとしよう。
「なんでもないよ。さあ、行こうか」
「ええ、わかったわ」
そして、僕たち二人は、時空の切れ目、時空の渦、時空の波、どう言っていいのかは分からないけれど、とにかくその空間に入り、未来へと向かった。
「ここが……未来なんだね。僕がいないようだけど、出かけているのかな?」
「ええ、多分ね」
未来の、僕の家にたどり着いた訳だけど、僕がいない。
何故かは分からないが、ホッとした。
さて、まぁ着いたのはいいものの、三年後だからといって特にすることはない。
これが百年とか大きい値になってくると全然違うのだろうけれど、さすがに三年じゃあ、たいして何も変わってはいないだろう。
「よし、帰ろうか」
うん、ずーっとここにいるのも時間の無駄だしな。
明日は補習がないけれど、そろそろ寝たい。
「早すぎるわよ! 三年後まで来た意味がないじゃない!」
「 いや、君が未来人ってわかっただけでも意味はあったよ」
「ええ……うーん、そうかな?」
「絶対そうだよ。うん! さぁ帰ろう! 僕たちの時代に」
僕がそう言うと、女はしぶしぶ剣を取り出し、再び時空を切り裂いた。
「帰ってきたね」
「うん……」
僕たちは無事、もとの時代に帰ってきた。
ふう、さてと、じゃあ寝るか。
「ねぇ、君はベッドとお布団、どっちが良い?」
「え? 私はベッドのほうが好きだけど……」
「じゃあ二階の僕の部屋使って良いよ」
「あ、ありがとう……ってなんでよ! なんで寝るのよ!」
いや、もう夜だしなぁ……。
風呂も入ったし、普通寝ないか?
あ!
「もしかしてお腹が空いているのかな? うーん、おにぎりなら百個ほど冷蔵庫にあるんだけど……食べる?」
「食べないわよ! お腹も空いてない! 私が言いたいのはなんで私の話を聞かないのかってことよ!」
「ん? ちゃんと君の話は聞いているよ。ベッドで寝たいんだよね?」
「うん! って……違うわよ!」
ん? 何が違うというのだろうか?
「私は未来から来たのよ?」
「うん」
未来から来たのよ? と言われても反応に困るなぁ……。
「うん……じゃなくて、もっと質問とかないの? なんで未来から来たのかとか」
「うん? 質問して欲しいの?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「じゃあ寝ようか、おやすみ」
そう言って僕は階段を上る。
すると、後ろから声が聞こえた。
何かと思い振り向く。
「私を、助けてください!」
女はそう叫んだ。
声が僕の耳に響く。
「私は、私、神中無月は! 秋宮さん! 貴方に助けてもらいたくて未来から来ました!」
助けてください! 繰り返しそう言って、女は僕に向かい土下座をした。
けれど、僕にも言うことがあった。
「僕、秋宮じゃないんだけど……」
「へ?」
女は間抜けな顔をして首を傾げる。
「いや、だから僕は秋宮じゃないんだよ。秋宮は僕の友達なんだ」
「えーっと……なんかごめんなさい」
「いや、別にいいけど……」
なんだか微妙な雰囲気になってしまった。
どうするんだよ、この空気……。
秋宮め……今度会ったら文句言ってやろう。
「じゃあ私、秋宮さんのところに行くわ。バイバイ」
「うん、バイバイ」
そんな風に、二人で別れの挨拶をした時だった。
上から、何かが爆発するような音が聞こえた。