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十八話《七月終了》


 影入の攻撃で、戦いは始まった。

足の筋力を増加させたのか、凄い踏み込みを入れ、その反動により、人間とは思えないほどの速さで僕に近づく。

そして右手を大きく振りかぶり、僕に向かって放たれた。


「うぐっ……!」


そんな声を出しながらも、僕は右手でそれを受け止める。

こうすれば、普通の女性から殴られるのと変わりない。


「くふふ……そうかぁ。そうですかぁ。その右手、厄介ですね」


まぁ右手で能力は吸収したものの、使えない。

僕から彼女には攻撃は出来ない。

なぜなら、彼女の身体は音萌さん。

友達を、攻撃出来る訳がない。

あれ……?

でも、おかしいぞ。

なんで……触れたはずなのに、なんで、こいつ未だに、音萌さんに乗り移っているんだ……?

吸収すれば、その瞬間は能力が使えなくなるはずだ。

そうすれば、奴は自動的に音萌さんの身体から出て行くんじゃなかったのか?

僕は困惑しながらも、影入を見る。


「あれぇ? 情熱的な視線ですねぇ……。なんですかぁ? 惚れちゃいましたぁ? くふふ」

「馬鹿を言っちゃあいけないよ」


僕には彼女がいるのだ。


「うーん、ならぁ……。なぜ、ボクが消えないのか分からないってところですかぁ?」

「……っ⁉︎」


こいつ、心まで読めるのか?


「いえいえ、心は読めませんよ」

「読んでるじゃないか……」


そして影入は「くふふ」と笑い、話を続ける。


「ボクがなぜ消えないか、教えてあげましょうか? ま、聞いても貴方に勝ち目はないですけどねぇ……くふふ」

「……いや、いいよ。今わかった」


これは仮定だが、恐らく、僕のこの右手は、一回で一つの能力しか吸収出来ないのだ。

しかも、この能力は自動的に発動するから、外側の音萌さんの能力と、内側の影入の能力だと、必然的に、音萌さんの能力のほうを吸収してしまうのである。

だから……影入の能力は吸収出来ない。

僕には、吸収することが出来ない。

ちっ……。影入、性格の悪い奴だ。

こんな、僕が勝てないという状況を、より悪化させるようなことを話そうとしていたなんてさぁ……。


「では、もう良いですかねぇ……くふふ」


そんな声が聞こえ、すかさず僕は右手を構える。

相手の攻撃に合わせ、その右手で守る。

それの繰り返しだ。

右から、左から、時には下からも来る拳を、永遠と、無限に、繰り返し、右で受ける。


「どうしましたぁ……? まだまだですよぉ? くふふ」


言って奴は空気を切るような速さで蹴りを上に放つ。


「う……⁉︎」


顎を掠った。

やばい……このままじゃあ。

そう思った時、奴が転んだ。


「へ……?」


足を高く上げすぎて、バランスを崩したのか、その転け方はなんというか間抜けな感じだった。

尻餅をついて、影入自身もポカーンとしている。


「くっ……くふふ。ボクとしたことが、ちょっとしたミスを犯してしまったようですねぇ……くふふ」


言いながら影入は立ち上がる。


「まだまだ、終わりませんよぉ〜……くふふ」

「……わかってるよ」


そしてまたも影入は蹴りを放った。

僕はそれに反応し、右手で守る。

すると、影入はまた転けた。


「な……何が起こってるんですかぁ……!」


影入は少し怒り気味にそう言って、座りながら、自分の手を見つつ、ふるふると身体を震わせる。

どういうことだ……?


「いや、まだですよぉ。ボクは負けませんよぉ……くふふ」


言いながらまた影入は立ち上がり……否、立ち上がることは出来なかった。

足を震わせた後、ペタリと座り込んだのだ。


「な、なんで……身体が! 動かないんですかぁっ!」


もしかすると、身体にボロが来ているのか?

筋力を増加させる能力……つまり筋肉に、身体にとてつもない負担がかかるはずだ。

それにより、身体が悲鳴をあげている……!


「能力の……使いすぎだね。僕との攻防で、百は優に超えるほどの回数、その能力を使った。身体がもう動けなくても仕方がないんだよ」

「……つ⁉︎ 予想外でしたよぉ……く、ふ、ふ。くはははははは! でもボクの勝ちですよぉ〜」

「おっと、誰かに乗り移るのかな?」

「ええ、ここには千を超える一般人がいます。この中の一人に紛れ込み、ボクは一旦逃げさしてもらいますよぉ……くふふ」

「それは出来ないよ。それをすればそれよりも速く……こいつで斬り殺す」


言って僕は霊剣スペルハートを取り出す。


「……なんですかぁ。それ」

「スピードを上昇させる能力者よりも速い剣だよ」

「…………くふふ。で、でもまだ、ずーっとボクがこの、この音萌とかいう奴の身体に入っていれば、勝てなくても、負けることはないよぉ……」

「そうかもしれない。でもさ」


言って僕は腕時計を影入に向け、見せる。


「……ん?」


影入は首を傾げた。

まぁわからないのも無理ないか。


「後、二分で、八月だよ」

「くふ、ふ。それがどうしたですかぁ……」

蒜燈晄(ひるとうあき)

「……っ⁉︎」

「そのリアクションからして、知ってるようだね。そう、僕はあの蒜燈さんと知り合いなんだよ」

「嘘ですよねぇ……?」

「ううん、八月になったら、蒜燈さんは、あの伝説の殺し屋、宴さんや、その他にも様々な人たちを連れ、君を殺しにくる」


まぁ、それは嘘だけどね。

すると、影入は顔を真っ青にしつつ、僕を睨んだ。


「さてと、君に選択肢をあげるよ。まず一つ、蒜燈さんに殺される」


まぁこれは嘘だが。


「そして二つ目、僕に殺される。まぁこれは蒜燈さんに惨たらしく殺されるくらいなら僕が殺してあげるほうがマシだということさ。どうせ蒜燈さんに殺されるなら、今僕に殺されたほうが楽だよ……って選択肢」


まぁ僕は人を殺さないけどね。


「そして、最後の選択肢。僕に永遠の服従を誓い、奴隷として永遠を過ごすこと。もし仮に更生したと僕が認めれば、奴隷ではなくしてあげてもいい」


これが、本命。

殺さなくて済む選択肢。


「さぁ、どうする?」


僕は問う。

彼女の運命の選択肢の答えを問う。


「最後の、選択肢で……お願いします」

「うん、良いよ。良い子だ。影入。じゃあ早速音萌さんに身体を返せ。二秒以内だ」

「は、はい!」


すると、音萌さんの身体から黒いオーラが消えていった。


「ふぅ……おい! 影入!」

「ひゃ、ひゃい! なんでしょうかぁ……」


呼ぶと、本当の身体をどこに隠していたのやら、あの日、図書館で出会った時と同じ姿をした影入がそう言って出てきた。


「音萌さんを、家に送っていけ。音萌さんの親には友達で一緒に遊んでいたら急に音萌さんが寝てしまったとでも伝えておけ」

「はい!」

「あ、影入」

「は、はい」

「逃げたら、分かるよね?」

「……はい」


なんだろう……。楽しいけど、凄い悪いことをしている気分だ。

やっぱり僕、奴隷なんて作るの、苦手だなぁ……。

まぁ、でも、影入が更生するまでの我慢だ。

頑張ろう。


「おーい!」


すると、そんな声が聞こえたので振り向く。


「あ、秋宮君。大丈夫だったかい?」

「うーん、まぁ何回か死にかけたけど、大丈夫だ。というか……あいつ。殺さなくていいのか?」

「う、うん。更生させるよ」

「なんで今回は更生しようと思ったんだよ。いつもはそんなことしねえじゃねえか。もしかして、女だからか?」

「ううん、違うよ。あの子は、純粋な目をしていたからさ」

「純粋な目ぇ?」

「うん、あれはまだ更生できるよ。純粋であるが故に影響されやすかったんだろう。見たところ僕たちより一つか二つ下って感じの年だし、急にあんな能力を手に入れたんじゃ、ああなってもおかしくないよ」

「そうか……」

「じゃあ帰ろうか。無月も心配しているだろうし……」

「あれ? お前神中のこと名前で呼んでたっけ?」

「色々あってね。帰り道は長いし、話しながら帰ろうか」

「あぁ、たっぷり聴かせてもらうぞ」


僕たち二人は暗い夜の中、勝利を讃えるかのように月に照らされ、家へと帰った。







 後日談を語るとしよう。

朝、音萌さんの家に行くと、音萌さんの親から図書館にいると言われた僕は、ついでにまた勉強を教えてもらおうと、秋宮君から幾つかの勉強道具を借り、図書館に向かった。


「あれあれ? 変態君じゃん変態君」


そんな風に元気そうに手を振る音萌さん。

昨日のことで身体に負担がかかっているだろうに、凄いものだ。


「昨日は……ありがとうね。変態君。この子に聞いたよ。変態君、私のこと助けてくれたんだよね?」

「この子?」


すると、ひょこりと女の子が現れた。

というか、影入だった。


「何をしているのかな? 影入」

「く、くふふ……そんなことを貴方に教える必要はないですよぉ」

「あ?」

「ごめんなさい、夜遅いからって泊めてもらいました」


なるほどね。


「あ、そういえば影入」

「くふふ……なんですかぁ。ご主人様ぁ」

「いや、今思ったんだけど君ってなんで音萌さんに乗り移ってまで僕を倒そうとしたのかな?」

「へ?」

「というか最初から、図書館の時から僕を狙っていたよね。何故僕を狙おうと?」

「えぇっとですねぇ……。能力者の中で、噂されていたんですよぉ……。能力を吸収する能力者がいるって」

「ふーん、それで探したら僕がいたと」

「はい」


もうそこまで僕の噂は能力者達に広まっていたか……。

これからはこれまで以上に苦しい戦いになりそうだな。

まぁでも、せっかく昨日、戦いが終わったところなんだし、今は気にしないでおこう。


「よし、じゃあ音萌さん。また勉強を教えてくれないかな?」

「良いよ良いよ。教えて教えてあげるる!」


夏休みも残り一月、最初の今日は、充実した日になりそうだった。



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