十四話《空気すぎる変人》
連絡先を交換すると、音萌さんは意外にもさっさと帰っていった。
全く、騒がしい人だったなぁ……。
見た目は可愛いのに、それで損している気がする。
でも、今まであそこまでうるさい人とは話したことがないから、少し新鮮ではあったな。
あ、というか今日の夜、また会うのか……。
うーん、まぁあのうるささには慣れたけれど、慣れたけれども…………やっぱり少し憂鬱な気分だ。
「それで……君は何者かな? さっきからこっちを見ていたようだけど」
僕は、音萌さんと勉強している間、ずっと何者かの気配を感じていた。
そして、そちらを向くと、女がこちらを見ていたのだ。
だから話しかけたという訳である。
見たところ……というか、この紅い目で観たところ、能力者であるということはわかっている。
もしかしたら敵かもしれない。
「おやおやぁ気づかれちゃいましたかぁ……まぁそれもそうかぁ。ボクって別に、気配とか隠せないしね。くふふ」
「ボクっ娘ってのはやはり萌えるけれど、君と琴鮫じゃあ印象が全然違うな……それで、君は敵なのかな? 敵じゃあないのかな?」
「さぁね? そんなこと、どっちでも良くないですかぁ? ボクとしてはぁ……今日は挨拶しに来ただけなんですからぁ」
「挨拶……?」
「そうそう、挨拶……。例えば、こんな感じ?」
言って女は指を鳴らす。
すると、図書館にいた全員が、つまり、全てのお客さんと店員さんが、一斉に黒いオーラを纏いながら、僕に襲いかかってきた。
「やっぱり敵じゃないか……!」
何が挨拶だ。
思いっきり戦闘態勢じゃないか。
それよりも、やばい。
平日の昼間……人が少ないとはいえ、やはり十人は優に超えている。
そんな人数で一気に襲いかかられたら、いくら触っただけで打ち消せるからといっても、一人を触ってる間に一人に攻撃され、またその一人を触ってる間に一人に攻撃されを繰り返し、ボコボコにされてしまう。
悪魔の右手で能力を吸収し、その能力を解放することは出来る。
悪魔の右目で能力は見える。
霊剣スペルハートを使えばほとんどの奴を簡単に殺せる。
けれど……防御力に関しては、僕は完全なまでに一般人レベル。
十人以上の人間に、勝てる訳もない。
「くふふ、今度はもっと人の多いところでやってあげますねぇ……楽しみにしておいて下さい」
女はそう言ってスタスタと去っていく。
くっ……逃げられる。
「あ、すっかり忘れていました」
言って女は足を止め、振り返った。
「ボクの名前は、影入衣。じっくりきっちりにったり覚えて下さいね……くふふ」
そして、影入は去っていった。
でも……僕にはそんなことを考えている暇はなかった。
今現在この時も、まだ僕は襲われているのだ。
出来るだけ攻撃を避け、そして触れるのに精一杯。
「これは……昼ごはん、食べれそうもないなぁ」
そんなことを呟き、まだまだいる人を見て絶望しつつ、僕はこの日の昼を、ただひたすら、悪魔の右手を使い、能力を消すことに使うのだった。
「はぁ……はぁ……」
疲れた……。
なんだこれ……ふざけている。
思ったより強いぞ。人を操る能力。
今度はもっと人の多いところでやるとか言ってたな……勝てる気がしない。
よし、帰ったら神中と秋宮君に相談するか。
そんな風に考えを纏め、僕は秋宮君の家へ向かった。
「へぇ、そんなことが……ってお前何勝手に音萌に焼肉奢るとか言ってんだよ! ふざけるなよ!」
家に着き、秋宮君に今日あったことを話すと、秋宮君は少し怒り気味でそう言った。
「まぁまぁ、落ち着いて。そしてそれは置いておいて。とにかく、人を操る能力は厄介だ。君や、神中も操られるかもしれないしね」
「うーん、まぁそうだな。でも……対抗策ってやっぱりお前の能力しかないだろ。頑張れ!」
「せめて、触れずにでも能力を吸収出来ればなぁ……」
「それは流石にチートすぎるだろ。無敵だ、無敵。そんなの面白くもねぇ」
「別に面白くなくていいよ⁉︎」
僕の生死がかかっているんだぞ?
面白さなんて微塵もいらねえよ。
「でもさ、パワーアップ。しようと思えば出来るんじゃないのか?」
「ん? どういうことだい?」
「いや、お前ってさ。その右手も、その右目も、どっちも確か、なんか変な女の子に噛まれたり叩かれたりして手に入れたんだろ? なら今回も、それでいけるんじゃないのか?」
「うん、確かにね。でも、悪魔……と前に付くようなものだよ? もしかしたらデメリットがあるかもしれない」
そう言うと秋宮君は、「あぁ……」と言ってから、「でもさ」と続けた。
「でも?」
「あぁ、でも、蒜燈さんに聞けばいいじゃねえか。デメリットがあるのかないのか」
「あれ? やけに親しげな言い方だね。もしかして秋宮君って、蒜燈さんのこと知ってるの?」
「あー、うん。まぁな。俺も昔は色々あったんだよ」
「まぁ……フェニックスだもんね」
本当、蒜燈さん。
何にでも関わってるなぁ……。
「でも、それは出来ないんだよ。秋宮君」
「ん? 何でだよ」
「蒜燈さんは一月に一度しか頼れない。そういうルールなんだ」
全く、困ったルールである。
蒜燈さんも意地悪なんだよなぁ……。
「後三日だっけ? 今月は」
「うん、だからまぁ……三日間敵が、影入が何もしてこなければいいんだけど」
「三日……難しいところだな」
「だね。じゃあもし、三日以内に来た場合の対策も考えておこう」
とは、言ったものの、二人揃ってそんな対策は思いつく訳もなく、段々とダレてきて、結局僕らはアイスを食べながら、テレビを見ていた。
「まぁ、なんとかなるだろ。なんとかなる」
「そうだね。なんとかなるよね」
僕たちは自らに言い聞かせるようにそう言い、テレビを見て笑う。
うーん、この余裕は、全く勉強してないけど、なんだかテストいける気がする! って思うのと似ている気がする。
結局、ダメなんだよなぁ……。
うぐ……もう少し、考えるべきかなぁ。
「あ、アイス食べてるの?」
すると、ガチャリと扉が開き、神中が出てきた。
「やぁ、神中。なんだか久しぶりだね」
「出来れば会いたくなかったわ」
「なんか冷たい⁉︎」
あれ? 僕悪いことしたかな?
「ごめん、神中。悪いことしたなら謝罪して奴隷となろう」
「言葉の前に性とかついているのが丸わかりよ」
「く……さすが神中。お見通しか」
「貴方の扱い方もそろそろわかってきたわ」
まだ会って二日なのに扱い方を分かられてしまった……。
悔しい……!
「そういえば神中。君は部屋でずっと何をしているんだい?」
「ん? あぁ、未来の様子を見ているのよ。どれだけ改善されてるのかってね」
「へぇ、僕は未来の世界でしっかりと称えられてるかな?」
「気持ち悪がられているわ」
「僕が何をしたっ⁉︎」
未来人からイジメを受けている。
未来を守るために日々戦っているというのに……。
「これよこれ。貴方は悪口を言っていればツッコミに徹してくれる。こうすればボケられないわ」
「く……」
ボケてるつもりはないんだけどな……。
僕は常に真面目だ。
「全く……貴方、本当に気持ち悪いわね」
「あ、ごめん神中」
「うん?」
「それは興奮する」
「ひっ⁉︎」
可愛いリアクションゲットだぜ!
「あ、神中もアイス食べるかな? それなら今からひとっ走り買ってくるけど」
「えぇ、ありがとう」
「ん? 毒舌キャラ終了?」
「貴方には無駄ってわかったわよ……」
「じゃあ、行ってくるね」
「ちょっと待って!」
僕が行こうとしたところで、神中はそう言って僕を止めた。
「ん? 何かな?」
「貴方って外に出たらほとんど帰ってこないじゃない。やっぱりアイスはいいわよ」
「えぇ……。んー、じゃあ僕のをあげるよ」
「え?」
言って僕はアイスをスプーンですくい、神中の口元に持っていく。
「はい、あーん」
「え、あ、え?」
「ん? だから口開けて。あーんって」
「わ、わかってるわよ……!」
どうしたんだ? 顔を赤らめて……。
間接キスとか気にするような年じゃないだろうし……。
あ、もしかして僕に惚れているのかな?
いやぁ、まぁ僕って一応、神中のこと助けたからね。
ありえるかもしれない……くふふ。
おっと、いけない。影入の笑い方が移ってしまっている。
「あ、あーん……」
言って神中は口を開けて、僕のアイスを食べた。
「ん、美味しいわ」
「そう? じゃあもう一口、あーん」
「あー…………んっ⁉︎」
おっと、アイスが神中の胸元にタレてしまった。
「ひゃうっ……冷たいっ、アイスが、溶けて……!」
なんだろう……この何とも言えない気持ちは。
「よし、神中。安心して。今すぐ僕が舐めとってあげるから」
「あ、安心出来ないわよっ⁉︎」
その後、秋宮君にタオルを取ってきてもらい、神中はアイスを拭き取った。
「ふぅ……全く、大変な目にあったわ。ちょっとの間はアイス、食べたくないわね」
そう言って神中は再び、部屋に帰った。
引きこもりみたいだな。
今度、前に琴鮫と行った遊園地に、神中と一緒に行くか。
たまには連れ出してやらないとね。
もっと神中と仲良くなりたいし……。
そんな事を考えた後、僕は再びソファーに座りながら、残ったアイスを食べつつ、テレビを見ていた。
すると、隣に秋宮君が不機嫌そうな顔で座った。
「なぁ……」
そう言って僕の肩をポンと叩く。
「何かな?」
僕は首を傾げながらそう聞く。
「俺、空気すぎやしないか?」
……なんとも言えないよ。