十二話《操られてる変人》
僕が、秋宮君の家に着いた時、秋宮君の家の前では、打撃音が強烈なまでに鳴り響いていた。
見えるのは秋宮君と女性。そして三人の男。
女性は神中という人物であろう。
三人の男については知らない。
ゆらゆらと身体を揺らしながら黒いオーラのようなものを出しているこいつらを、僕は知らない。
全員で秋宮君を追い詰めているようだが、能力探知を使って見ると、能力者ではないようだ。
能力者ではない……つまり、一般人?
まぁでも、そんなことを考えている場合ではなかった。
僕は、走り出した。
恐らく敵であろう男三人に向かって走り出した。
友人がピンチだというのに、いつまでも見てる訳にもいくまい。
そして、拳を握りしめ、三人の内の一人の顔を、全力で、フルスイングで、殴ろうとしたその時だった。
「ストーップ!」
秋宮君のそんな声が聞こえ、僕はその拳を止めようとする。
だが、ここまでついた勢いには逆らえなかった。
逆に急いで止めようとしたせいか、拳の軸はずれ、僕は、男の横にいた、秋宮君を……全力で、フルスイングで殴ってしまった。
僕のそこまで鍛えてもいない貧弱な拳でも、あそこまでの勢いをつけて殴れば、人一人を吹っ飛ばすのには十分だった。
秋宮君は大きく吹っ飛び、後ろにあった自らの家の塀で思い切り背中を打ち、「あがっ⁉︎」といった声をだしていた。
すると、女性……神中は僕にずんずんと近づいて来た。
「何してるのよ! 貴方は!」
「すまないね。ミスってしまったようだ」
「全く……昨日一日、一体何してたのよ」
「ブルマだけを履いたおじさんから、女の子にしか見えない男の子を救うため、悪魔の目と霊剣を手に入れていたんだよ」
「はぁ……?」
まぁ訳が分からないのは仕方ないか。
僕も訳が分からなかったしね。
今でも思うよ。ブルマだけを履いたおっさんを倒すのに随分時間をかけてしまったなぁ……と。
「それで……神中。あいつらは一体何なのかな? 能力者じゃなさそうだけど」
「あれ……? なんだか貴方。少しまともになった?」
「僕は最初からまともだよ」
失礼な奴だぜ。
「…………。まぁ、いいわ。あいつらは、能力者に操られているのよ」
「操られている? 人を操る能力者がいるってことかな? それは厄介だね」
「えぇ……でも、貴方の能力なら」
「うん、そんな洗脳みたいなの、シリアスな雰囲気と一緒にぶち壊してあげるよ」
言って僕は走り、向かってくる男三人に、触れた。
すると、バタバタと男たちは倒れていき、黒いオーラのようなものも消えた。
「お疲れ様。貴方がいない間、秋宮さん死にそうになって戦っていたわよ」
「相手が操られているから……秋宮君、本気で戦えなかったんだね」
本気を出せば能力を使えば良いだけだしね。
「そういえば……なんだけど、なんで目、赤いの?」
「さっきも言ったじゃないか。これが悪魔の目だよ」
「貴方、本当に昨日一日何してたのよ」
「詳しくは後で話すよ。それより今は、秋宮君を……って秋宮君がいない⁉︎」
くっ、誰だ? 誰が秋宮君を……!
そう思ったその時だった。
やけに背中が熱い気がした。
そしてガシリと頭を何かに掴まれる感覚がする。
クルリと振り返ると、そこには燃え盛る秋宮君がいた。
「おい……! よくもやってくれたなぁ」
「あ、秋宮君……。あ、あれは僕は悪くないよ。悪いのは秋宮君のほうだ」
「てめぇ、カレーライスの材料にしてやろうか?」
あ、これ死んだね。
遺書……書いておけばよかった。
後日、秋宮君の家で僕は目覚めた。
「あー、まだ少し痛いな……」
昨日、火傷した僕は、そんなことを呟いた。
「すいませんでしたー!」
すると、秋宮君が土下座しながらそう言って僕の寝ていた部屋に入ってきた。
「どうしたんだい? 秋宮君」
「いや、マジですまなかったな。さすがにいきなり殴られるっていうのは苛立ってしまって……少しやりすぎてしまった」
「いや、いいよ。僕は気にしていない。秋宮君、昨日はずーっとあの三人を傷つけないように戦っていたんだろう? ストレスが溜まってああなるのも無理ないよ」
「う……本当に悪かったな。ほら、これ飲めよ」
ん? 僕は渡されたコップに入った液体を見た。
「それは、フェニックスの、つまり俺の炎で熱した水だ。それを飲めば大抵の傷は治る」
「おぉ、それは凄いね」
これから、便利アイテムとして多用しそうだ。
「あ、秋宮君」
水を飲みほしたところで僕は秋宮君にある提案をしようと話しかけた。
「ん? なんだよ」
「僕、今日の夜ご飯は焼肉とか食べたいんだけどどうかな?」
「…………良いんじゃないか?」
絶対、今迷ったな。
まぁそれは良い。焼肉が食べれるならば、僕は良い。
「さてと……じゃあ火傷も治ったし、僕は朝ご飯が食べたいかな? フレンチトーストを所望する」
「あ? んなの作れねえよ」
「いや、だから……さ」
言って僕は右手を秋宮君に出した。
「っ⁉︎ わかったよ。やるよ」
「さすが秋宮君。物分かりいいね」
秋宮君は財布を取り出し、僕の手の上にチャリンっと音を鳴らしながら、いくらかの小銭を置いた。
えーっと三百五十円。
「足りないよ?」
「ん? フレンチトースト二人分食べるのか?」
「いや、一つ分も足りてないよ」
「は? 嘘だろ⁉︎ そんなにパンが高い訳ないだろ?」
それが高いんだよなぁ……。値段にして五百五十円。
もう随分前のような気もするが、実質的には昨日、しっかりと確認している。
「コーヒーとセットだと八百円くらいかな……」
「う……わかったよ。やるよ」
言って秋宮君はスッと千円札を取り出した。
「ありがとう」
僕はそれをサッと受け取る。
「お釣りは返せよ? 俺、バイトしてないんだから……」
「わかってるよ。じゃあ行ってくる」
僕は早速、琴鮫と初めて出会った喫茶店へと向かった。
「おお、お兄様!」
喫茶店の中、そんな声が聞こえ振り返ると、そこには琴鮫がいた。
今日は客も少なそうだし、ゆっくり話せるだろう。
「やぁ、琴鮫。元気だったかい?」
「はい!」
「それなら良かった。それより、なんでこの喫茶店に?」
「蒜燈さんが、今日、この時間に、この喫茶店に行けばお兄様に会えると言うので」
蒜燈さん……さすがである。
「思えば……」
そんな風に言って琴鮫は会話を始める。
「思えば、お兄様とはこんな風にゆっくり会話する機会、余り無かったですね」
「うーん、そうだね。そうだ。今度こそ男同士、仲良くブルマの話でもするかい?」
「いや、それは遠慮願いたいですね」
そう琴鮫が言ったところで、僕は席に着く。
「何か食べるんですか?」
「ん、あぁ。この高い高いフレンチトーストがどうしても気になってね」
「ほー……フレンチトーストですか」
「うん、良かったら琴鮫も食べるかい?」
「ぼくはこれくらいなら作れますから、大丈夫です」
「やっぱり万能だな。幽霊の能力」
食費いらずとは家計に優しい。
「能力といえばお兄様」
「ん?」
「あの、慈宴宴さん。能力を使わずにあのブルマ野郎を殺すなんて凄いですよね」
「ああ、蒜燈さんから聞いたのか。うん、あの人は凄いよ。人間離れしている。人間じゃないんじゃないかな?」
「それは失礼では? でもそうですねぇ。世の中、人間と思っていたものが人間じゃなかったり、人間じゃないと思っていたものが人間だったりしますもんね」
「実際、人間か人間じゃないかなんて見る人で変わるしね。百人中五十人以上が、明らかな化け物でも、それを人間と言えば、それは人間になる訳だし」
「そう考えれば怖いものがありますね」
「ん?」
「いえ……」
そう前置きしてから琴鮫は話を続ける。
「この世界には、人間の姿をした化け物がいくらでも隠れていそうだ。ということです」
「姿形が似ていたら、実際気づかなさそうだもんね」
「えぇ、一つのホラー小説が書けますよ。自分の家族は化け物と入れ替わっていた! みたいな」
「それは少し怖いね。想像するとゾッとする」
実は僕の妹三人がやけにベタベタしてくるのも化け物の仕業?
いやいや、それは言い過ぎだ。
化け物でも怒るぞ。
「ホラーと言えば、ぼくはああいうの、怖くてしっかり見れないんですが、お兄様は大丈夫なんですか?」
「ん? まぁね。そこそこ得意なほうだとは思ってるよ」
「それは凄い」
実際、大抵のホラーよりも、つい先日のブルマ野郎から追いかけられるという経験のほうが怖そうなものである。
「というか……琴鮫、幽霊なのにホラー怖いの?」
「あ……忘れていました。ぼく、幽霊でしたね」
「うん、僕も忘れそうだったけど本人が忘れたら駄目でしょ」
「てへへ……」
可愛いけど、男だ。
可愛いけど、男だ。
よし、自分にしっかりと言い聞かせる。
「さて、話も一段落ついたけど……うーん、よく考えれば僕、琴鮫の好きなことって知らないんだよね。靴下を舐めることだっけ?」
「それはお兄様の好きなことですよ」
そうだっけ?
「まぁ、一応ぼくの好きなことは絵です」
「絵?」
「えぇ……。早速お兄様の絵を描いて見せましょう」
言って幽霊の能力で作り出したであろうペンと紙で、琴鮫は絵をスラスラと描いていく。
まぁ中学生の絵だ。そこまで期待もせず待つとしよう。
「出来ました!」
「はやっ⁉︎」
僕が待とうと思った瞬間出来るとは……。
「どれどれ……?」
僕は琴鮫から紙を受け取り、それを見た。
僕の写真がそこにはあった。
「琴鮫。写真は駄目じゃないかな?」
「え? それは写真ではなく絵ですよ」
「んん?」
あ、確かによく見ると絵だ。
「ちょっと……琴鮫。上手すぎやしないかな?」
「いえいえ、ぼくなんてまだまだ」
「いや、これは凄いよ。この絵、大切にするからもらって良いかな?」
「ん、あ、はい」
家宝として末代まで残そう。
僕はそう誓った。