十一話《駆けていく変人》
零時を過ぎた鐘が、蒜燈さんの家で鳴り響いた。
周りの住民からすれば、うるさいことこの上ないと思うかもしれないが、どうやらこの鐘は、黄金邸の地下でしか鳴っていないようなので、その辺は問題ない。
とにかく、その鐘が鳴ったところで、僕は動き始めた。
汗の染み付いた服を脱ぎ捨て、琴鮫の幽霊の能力で作ってもらった服に着替える。
出来るだけ軽装で、動きやすいように。
「ありがとう。琴鮫」
「いえ、ぼくに出来るのは……これくらいですから」
「お前は、もし僕が殺されてもずっとここにいるんだ。そうすれば死にはしない」
「え、でも僕が死なないと多分……ループは!」
「あぁ、わかってるよ。琴鮫が死ぬことがループの条件というのは……蒜燈さんから聞いた」
でもね。そう言って僕は続ける。
「でも、僕はループするからと言って、友達に、いや……親友にそう簡単に死んでほしくない」
死なんてものは、出来れば味わって欲しくない。
あんなもの、二度も味わえば十分すぎる。
「で、でも……ぼくも、ぼくにとっても、お兄様は親友なんだよ……? だから死んで欲しくない。ぼくが死んで、お兄様が助かるならぼくは!」
「馬鹿なこと……言わないでくれ。大丈夫だから」
「大丈夫……?」
そう、大丈夫だ。
「三度目の正直……見せてあげるよ」
僕は、走り出した。
蒜燈さんから教えて貰った、ブルマ野郎のところへと、走り出した。
精々、二度あることは三度ある。なんてことにはならないよう、祈りながら……。
「おい! ブルマ野郎。そんなところで何してやがる……。警察、いや、天国にでも連れてってやろうか? きっとそんな寒い格好してても暖かいぜ?」
僕は、柄にもないそんな煽りで、ブルマ野郎に話しかけた。
場所は公園。
僕と琴鮫が、初めに殺された公園である。
「貴様……ワシを馬鹿にしているのか?」
「当たり前だろ? 分かんねえのかおっさん」
「ちっ、面倒臭いガキじゃのう……。全く、煩わしい」
仕方ない……。そう言って、ブルマ野郎は拳を握り締める。
「あの幽霊少女をぶち殺す前の、ウォーミングアップとしよう」
来る……!
僕はその言葉が言われた瞬間に悟った。
恐らく、あの高速の、もしくは光速の攻撃が来る。
そう思い、真紅の目……。
能力探知を発動した。
この能力は能力の位置が何処にいても分かるというものである。
これさえ使えば、相手の動きが見えないほど速くても……。
「対応できる!」
相手の強烈なスピードから放たれたとんでもない威力の打撃を、僕は右手でガードした。
僕の右手の能力は、蒜燈さんから聞いた話だと、コピーではない。
吸収と、解放。
コピーと似ているかもしれないが、全く違う。
コピーは名の通り、相手の能力を永遠と、半永久的に入手出来るかもしれないが。
吸収と、解放というものは、つまり、相手の能力を消し、さらには消した能力を使えるというものなのだ。
コピーの能力には出来ない、能力を消すというものが、僕には出来るのである。
「くっ、なんだ……その右手は!」
「一応、名称としては能力循環というらしいよ」
「貴様……先ほどとは口調が違うでないか」
「やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。疲れた」
だから……。
「だから、君よりも速く君を倒すよ」
な⁉︎ 相手は驚いた風にそう言ってから、顔を手で隠し、笑い始めた。
「面白い……面白いぞ。貴様。ならワシは、貴様を殺そう」
ニヤリとしたその顔は気持ち悪さと不気味さを同時に醸し出し、一瞬……僕の動きを止めた。
その一瞬を奴は、ブルマ野郎は見逃さない。
「はっ……⁉︎」
気づくと背後に奴はいた。
能力探知のお陰で分かる……。
「ふん、貴様ごときがこのワシに敵うと思ったか。このガキめが。どんな原理かは知らんが、その右手に気をつければいいだけじゃろうが」
「…………っ⁉︎」
前殺された時と、全く同じ台詞を言われ、焦る。
これはやばい……。
また、死んでしまう。
「霊剣……スペルハート」
否、そんなことはなかった。
僕は、琴鮫に、服以外に武器を、剣を作ってもらったのだ。
いや、この場合は創ってもらった……という言い方のほうが正しいのであろうか?
そんなどうでもいいことを考えるほど、僕には余裕があった。
何故ならば、この霊剣スペルハートは、とにかく速さを追求した、最速の剣だからだ。
やはり、ブルマ野郎のような異常な速さに打ち勝つ為には速さしかない。
そう考えて、琴鮫に頼んだのである。
思ったより創るのに時間はかかったが、その分その速さは……ブルマ野郎を超えた。
僕は、ブルマ野郎の攻撃に当たる前に振り返り、その剣を、左手に持ったその剣を……ブルマ野郎に当てることに成功したのである。
思わずブルマ野郎も声をあげる。
「僕の……勝ちだ」
ブルマ野郎は、死んではいないものの、身体からはかなりの出血を負っている。
流石に、動けないだろう。
そう察した僕は、霊剣スペルハートを右手で吸収することによって仕舞う。
「まだ……だ。舐めるなよぉ、クソガキがぁ」
「いや、お前はもう動けないよ」
能力探知で見ると、段々とブルマ野郎の能力の強さが下がっていっている。
死に近づいている証拠だ。
「くっ…………いつか、殺してやる」
そんな言葉を残し、ブルマ野郎はばたりと倒れた。
まだ、死んではいない。
「やっぱり……殺さないと駄目だよね」
嫌だと思いながらも歩いて、ブルマ野郎に近づく。
すると、僕のポケットから紙が落ちた。
なんだろうと拾う。
「これは……」
紙は手紙だった。
蒜燈さんからの手紙。
「なになに……? 『君は殺すのが嫌だろうし、後は任せてよ。宴がそっちに行くから』」
な……⁉︎ 宴さん来るのかよ。
まぁでも安心か。
宴さんなら……。
殺し屋……慈宴宴ならば。
でも、僕は宴さんは嫌いなので早めに退散するとしよう。
一年前からあの人に出会うと碌なことがないし……。
その後、僕は蒜燈さんの家に行き、ブルマ野郎を倒したという報告をしてから、秋宮君の家へと向かった。
帰り道、神中と名乗る者から電話がかかってきたのだ。
どうやら秋宮君とその神中は、今ピンチらしい。
あぁ……全く、休憩する暇もない。
そんな事を思いながら、またいつか、琴鮫とあの喫茶店で話すのを楽しみにしつつ、僕は夜道を、月だけに照らされた夜道を、駆けていくのである。