20-1 人形
最初に仕掛けたのはヴァラヴォルフだった。
その強靭な脚力を用いた目にも留まらぬ速度での特攻。
四肢を変化させヴァラヴォルフは最短距離でボレロとの距離を縮める。
そしてその首に爪を突き立てた。
が、しかし──
ヴァラヴォルフはボレロに爪先が触れた瞬間、地面を蹴りあげて元いた場所へと飛び退いた。
「フフ、良い反射神経ね」
ヴァラヴォルフが自身の右腕に目を向けると、ボレロの首に触れたその腕は肩先まで凍りついていた。
「なるほど……氷の女王とはよくいったもんだ……」
「でしょ? あたしはあたしに触れた物を全て凍らせる。つまりあなたのように肉弾戦しかできない能力者じゃどうあってもあたしに攻撃は届かないってわけ」
「そっか……」
ヴァラヴォルフはそう言って左腕で自身の凍りついた右腕を切り落とす。
「わお、大胆ねー」
そしてそのままヴァラヴォルフは自身の能力の本当の力、全身を変化させた。
体は銀色の毛に覆われ、裂けた口からは鋭い牙が顔を覗かせる。
それと同時に右肩の切断面から血管が伸び、すぐに無くなった右腕を再生した。
「へぇ、それがクロードが言ってた超再生能力ってやつかしら? いいわねー、でも痛くないの?」
そんな軽い口調で自分に話しかけるボレロを無視し、ヴァラヴォルフは最初と同様に爪を構えてボレロに特攻を仕掛けた。
「またそれ? つまんないの」
呆れたような態度でため息をつくボレロ、しかしヴァラヴォルフの爪が自身の首に触れる瞬間ある事に気づく。
(まずい──)
瞬時に体勢を変え、間一髪でそれを避ける。
ヴァラヴォルフの爪はボレロの首を掠め、ボレロは爪の触れた箇所を右腕で抑えると、目を見開いて能力を足元の地面に向け発動させた。
するとボレロの足元からヴァラヴォルフに向けて数十本の人間大の氷柱が飛び出した。
ヴァラヴォルフはその氷柱を空中に飛びながら避けると、ボレロと距離をとる。
「なるほどね……」
ヴァラヴォルフを不敵な笑みを浮かべて睨むボレロ。
それに対しヴァラヴォルフは凍りついた右腕を最初と同じように切り落として再生させる。
「あたしがあなたの右腕を凍りつかせるよりも早く攻撃する。そうすればあたしに傷もつけられるってわけね」
「そういうこと。つまりあんたにも俺の攻撃は届くってことさ。まぁ今のはあんたの方が一瞬早くて仕留め損なったけどな」
「そう……今のところは期待通りってところかしらね」
ボレロは自身の能力で先程と同じように床から氷柱を作り出す。
そしてそれをそのままヴァラヴォルフへと次々と飛ばしていく。
ヴァラヴォルフはその氷柱を軽い身のこなしで避けながら着実に自身の移動速度を上げていった。
「ほらほら、もっと早く動かないと串刺しよ」
ヴァラヴォルフはある程度速度がつくと、その場から壁へと飛び、ボレロの周りを壁から壁へと足で氷を砕きながら飛び回り始めた。
その速度は暫くするとボレロの目からは周囲の氷が音を立てて砕け散っていく様子だけしか見えなくなっていく。
「思ったよりも早いわね……なら……」
もはやヴァラヴォルフを目で追うことの出来なくなったボレロは足元で氷の壁を作り出し、自身の周囲を箱で包むように防御を固める。
(これならあいつの攻撃も防げるはず、それに氷を介せばあの早さも鈍るわ……)
だがそんなボレロの考えとは裏腹に、ヴァラヴォルフは自身の脚のバネを活かしてさらに加速を続け、そしてその速度が限界まで達した時、最大限の力を使って壁を蹴り上げた。
その反動は城の外壁をも突き破り、そのままボレロの作り上げた氷の壁へ右腕を突き立てる。
次の瞬間、パキッという乾いた音が部屋に響いた。
そしてヴァラヴォルフが口を開く。
「あんたの力は確かに強力だと思うよ。でも少し過信し過ぎたな」
ヴァラヴォルフの右腕は氷の壁に綺麗な穴を開け、中にいたボレロの胸部を完璧に貫いていた。
そして氷の壁の穴を中心にヒビ割れが起こり始め、ボレロを囲っていた氷の壁は砕けていく。
中から現れたのはヴァラヴォルフに背後から胸部を貫かれながらも不気味な笑みを浮かべるボレロ。
「フフ……まさかこんなあっさり突破されちゃうなんてね……」
「よくこんな状況で笑ってられるな。確かにイカレ具合で言えばあんたはS級だよ」
「だって嬉しいんだもの。このあたしを壊せる人に出会えるなんて……」
パキッと乾いた音がまたしても部屋に響く。
それはボレロの頬にヒビの入る音であった。
ここで勝ちを確信していたヴァラヴォルフは即座にボレロの胸部から腕を引き抜いて距離をとった。
「フフ……フフフ……合格よ狼男さん……」
この時ヴァラヴォルフが見たのは自分が開けたボレロの胸部の中身であった。
そこからは一滴も血が流れておらず、断面に人の肉らしきものは見えない。
そこにあるのは氷だけ。
(まさか……)
「さてと、これで余興は終わり。いい加減戦いを始めましょうか」
その声と共に砕け散るボレロの体。
そしてヴァラヴォルフは思い出す。
この城に来て初めて出会った氷で作られたボレロの偽物。
まるで本当に意思を持つかのように作られたあの氷の人形の事を──
砕け散ったボレロのいたすぐ真下の床から突如縦長の正方形の形をした棺にも似た氷の塊が飛び出す。
そしてその棺型の氷の表面が扉でも開くかのように開き、中から1人の少女が現れた。
それは紛れも無く先程ヴァラヴォルフが胸部を貫いたボレロ・カーティス本人だった。
棺型の氷から軽い足取りで出てきたボレロは少し残念そうにため息を吐く。
「んー、いくらあたしの力の10分の1以下だって言ってもまさかあそこまであっさり倒されちゃうなんてねー」
「やっぱ……さっきのはあんたが作った氷の人形ってわけか……」
「あら? 興味ある? だったら教えてあげる。あの氷人形はあたしの力と人格を反映させたものなの。まぁとはいっても半分はクロードに手伝ってもらったんだけどね。でも結構ショックなのよ。アレを作るの1年は掛かったんだから! でもまぁあなたの言っていたように力を過信し過ぎたってことかしら」
ふざけてやがる、そうヴァラヴォルフは心の中で悪態をついた。
「でもね、アレを倒せる能力者にここで出会えたのは本当に嬉しいの。あなたならあたしの遊び相手になってくれそうだものね」
ゾクリとヴァラヴォルフの全身に悪寒のようなものが走った。
ヴァラヴォルフがこのゲームに参加して出会った強力な能力者達。
その誰とも比較にならない強大な力をヴァラヴォルフは感じ取っていた。
「さて、さっきの氷人形が言ってたように戦いでも始めましょうか。でもあたし自身が戦うのなんて数十年ぶりだし、力の加減できなかったらごめんね」
そう首を傾けて微笑んだボレロを見て、ヴァラヴォルフは床を思い切り蹴りあげて部屋の外に続くバルコニーへと駆け出す。
それとほぼ同時にボレロの周囲を除いた部屋の全てが凍りついた。
全てとはつまり部屋にあった大気。
間一髪のところで部屋から飛び出し、地上から約300メートルの上空へ身を投げたヴァラヴォルフは先程まで自分がいた場所に目をやった。
そこにあったのはなんとも奇妙なものだった。
全てが氷で作られたボレロ・カーティスの城。
その最上部にはついさっきまで存在していなかった巨大な氷の花があった。
「ハハ、冗談じゃねぇぞ……」
一瞬でも判断が遅れていればあの氷の花の中で自分が凍っていたという事実。
だが助かった。
そうヴァラヴォルフが安堵した時だった。
巨大な花の花弁が一枚砕け散り、そこから1つの影が飛び出してきた。
その影とはもちろん──
「ボレロ……カーティス……」
「どうかしら狼男さん? これは蓮の花。花言葉は清らかな心って意味らしいわ、フフ、あたしにぴったりだと思わない?」
地上から300メートルの空中を真っ逆さまに落ちながらボレロは楽しそうに笑う。
とても無邪気に、そして本当に嬉しそうに。
「さぁ狼男さん! もっと遊びましょう!」




