19-1 闇からの誘い
【3:19 森エリア 氷の城】
「クロードー、どこー?」
城に響く少女の声、それに反応するようにクロードは暗闇から這い出すように姿を現した。
「お呼びでしょうかお嬢様」
「わっ、びっくりした。もう少し普通に登場とかできないわけ?」
「申し訳ございません。闇の力を借りてこの腕の修復にあたっていたものでして……」
「言い訳はしない! それで傷の方はどうなの?」
「まだ完全とはいきませんが戦闘にはあまり差し支えはないかと」
「そう、ならいいわ。次に大怪我なんてしたら許さないからね」
「承知致しました。してどのようなご用件でしょうか?」
「この間言ってた狼男の話よ、この森全体に飛ばしてる私の冷気が狼男っぽいの見つけたんだけどもうすぐ森から出ちゃうわよ? 大丈夫なの?」
森の半分以上を覆う氷、そこから発せられる冷気により森全体の状況を把握するボレロは自分達の目的である狼男が森を出て都市エリアに向かっていることをクロードに告げた。
「ご安心下さい、すでにワタクシの眷属がその場に向かっております、お嬢様は気にせず遊びの準備をしてお待ち下さいませ」
「そ、ならいいんだけど、でもその狼男って本当にあたしを楽しませてくれるくらいには強いのかしら? クロードが強いって言うから一応色々準備はしたけど、もしあたしと戦う前に死なれたら興冷めなのよね」
「大丈夫ですよ、なにせあの男はワタクシと同じ遺伝する能力を持つ者ですから」
「遺伝? なにそれ」
「えーと、随分前にワタクシ説明致しましたよね?」
「そうだっけ? 全然覚えてないわ、クロードの説明が下手くそだったんじゃないの?」
「ハァ……分かりました、もう一度説明させていただきますね」
遺伝する能力、その存在はECSも認知していない。
能力は遺伝しない、それは常識であり、そういった事例がECSに報告されるようなことも今まで一度足りともなかっただ。
しかし、限られた能力に限っては確実に遺伝する。
例えば闇を支配する力を持つクロード、その能力を持つ人間は古来から吸血鬼と言われ恐れられ、その存在は伝説にさえなっている。
そして狼の力を持つヴァラヴォルフ、彼の一族も又、古来から狼男として恐れられきた。
遺伝する能力が他の能力と違う点、それは遺伝する度にその力を強大にしていくことである。
今でこそ蝙蝠に姿を変えたり、闇に溶け込むことや闇を武器にすること、噛んだ相手を自分の支配下に置くことなど様々な力を備えるクロードであったが、元々その力はそんなには強力なものではなかった。
血を絶やさずに能力の遺伝を重ね、何十年、何百年という歳月を経た結果完成したのものなのだ。
「あれ? でも能力って確か今から100年少し前くらいから覚醒する人達が出始めたのよね? なんか矛盾してない?」
「お嬢様の仰るとおりです。なのでワタクシはこの遺伝する能力は今能力と呼ばれている物とは全く別の物だと考えております、例えば──」
「ああー、もういいや、なんか難しそうだし」
「……」
「とりあえずその狼男ってのは遺伝する能力を持ってるからすっごい強いんだって言いたいんでしょ? だったらそれでいいわよ、あたしは楽しめる相手なら能力者だって魔術師だって神様だってなんだっていいんだから」
「左様ですか……」
「それであなたの眷属っていうのはどれくらいで狼男のところに着くわけ?」
「眷属でしたらもう着いております」
「へぇ、それならあたしも狼男を迎える準備を早く済ませないとね」
◇
同時刻、ヴァラヴォルフとメルルは月の明かりだけを頼りに森をひたすら南に進んでいた。
目的地は都市エリア。
メルルの千里眼によれば今2人がいる森エリアにいる人間は自分達を含めて8人。
そのうち2人は自分達で、もう2人は氷の城の中。そして3人は少し離れた場所にいる。
ヴァラヴォルフにとって今問題となっているのは残りの1人であった。
「気持ち悪いな、いつまで付いてくる気だ?」
メルルの目で確認するまでもなく、自分の鼻でその人間の場所をヴァラヴォルフは把握していた。
自分達から1キロほどの距離を常に空けて付いてくる人間。
襲ってくるわけでもなく交渉に来るわけでもなくただただ自分達の後ろにピッタリと付いてくるその人間にヴァラヴォルフは終始警戒し、中々体を休めることができずにいた。
「眠くないかメルル?」
「うん、平気! それより早く先に進もう!」
心配するヴァラヴォルフの手を取って先へ先へと進んでいくメルル。
それはまるでこの森から一刻も早く抜け出したいような行動であった。
(まぁそりゃそうか。この森にはあの吸血鬼とか氷の城を作った奴とか正体不明の不気味な女とか色々いるもんな……)
吸血鬼を名乗るクロードとの戦いも正体不明の女との戦いもヴァラヴォルフにとってかなりギリギリのものであり、どちらもあのまま戦っていればメルルがどうなっていたか分からない。
ヴァラヴォルフはメルルがそんな危険な人間達に怯えているのだと思い、少しでも安心させようと自分の疲れなどを見せないように配慮していた。
それからメルルの手に引かれ歩くこと約2時間、真っ暗な空は段々と光を帯び、朝を知らせる朝日が昇り始める。
そしてヴァラヴォルフ達の歩く先にも、ついに森の終わりを示す光が見え始めていた。
「光だー!」
木々の隙間から漏れる光にはしゃぎながらメルルは走りだした。
それを追いかけるようにヴァラヴォルフも後に続く。
森を抜けたそこにあったのは巨大な橋だった。
橋の先にはメルルの言う都会が広がっており、巨大なビルがひしめき合うように建つその場所はまさに文明世界。
「やっと着いたな……」
「すごい! キラキラしてるー!」
ゲーム開始から今まで森に身を置いていたヴァラヴォルフとメルル。
そんな2人にとって都市エリアが放つ人工的な光はどこか懐かしさを感じさせるものであった。
そのせいだろうか。
ヴァラヴォルフが突然メルルの前に現れた男への対処が遅れたのは──
「──!?」
何の前触れもなく姿を現した男、その男がメルルに触れた瞬間ヴァラヴォルフの目の前からメルルの姿は忽然と消えてしまった。
一瞬の事で対処が遅れたヴァラヴォルフは、すぐにその男の体を自身の爪で切り裂いた。
体から血を吹き出して体勢を崩す男の胸ぐらを掴み、自分の元へ引き寄せたヴァラヴォルフは叫んだ。
「てめぇメルルに何をした!!!」
しかし男はその問いかけに一切答えず無言のままである。
ヴァラヴォルフが自分の爪を首元に当ててもそれは変わらない。
「答えろ!!! でなけりゃ殺す!!!」
何の反応も示さない男にを見て、ヴァラヴォルフはある事を思い出した。
死人のような青白い肌に真っ赤な目をした男。
「あの吸血鬼の眷属ってやつか……」
それは吸血鬼クロードとの戦いで見た眷属だった。
「やっと気が付かれましたか」
眷属の男は無表情のまま口だけを動かし喋り出した。
「何が目的だ……メルルをどこにやった」
「ご安心を。お嬢さんは無事ですよ。実は貴方にはワタクシ達とあるゲームをして頂きたく思い、あのお嬢さんを誘拐させていただきました」
「ふざけんな。早くメルルを返せ」
「フフ、よっぽどあのお嬢さんが大切なようですね。もちろんゲームに勝てばお返ししますよ。ルールは簡単です。森の中心にあるあの氷の城の最上階まで来て下さい。それさえ出来ればお嬢さんは怪我することも無く貴方にお返し致します」
「本当だな?」
「ええ。ただし急いだほうがいいですよ。お城の中はとても寒いので早くしないとお嬢さん凍死してしまうかもしれませ──」
ヴァラヴォルフはクロードが喋り終わる前に眷属の男の頭を切り落とし、脚を狼に変化させると、地面を全力で蹴りあげて氷の城へ向かい駈け出した。
(頼むから無事でいてくれメルル──)




