18-2 人体実験
まず最初に仕掛けたのはアーニャであった。
ウォーターカッターから放たれた水の刃は対象の体を切断するため真っ直ぐグールドに向かい飛んで行く。
「まずは情報の確認からっと」
グールドがラジコンのコントローラーのような物を手元で操作すると、水の刃はグールドに届くことなく辺りに水を散らせて爆散した。
しかしアーニャはそれに怯まず二射目のウォーターカッターを放つ。
「ふむふむ、情報通りですね」
再びグールドが持っているコントローラーを操作すると最初と同様に水の刃はバシャと音を立てて爆散した。
(一体何をしているの……?)
アーニャが知るグールドの能力は異空間侵食。
それはアーニャの次元干渉能力の上位能力であり、自身の作り出す異空間を現実の空間まで侵食させることで、強制的に一定の空間を異空間へと移し変えることができる。
つまり簡単に言ってしまえば自分の世界に相手を強制的に引きずり込める次元干渉能力の最上位能力である。
(でもここがあいつの世界だからって何でもできるなんてことはあるわけがない……)
アーニャはもう一度ウォーターカッターをグールドに向け構えた。
しかし今度は水の刃が放たれることもなく、手にあるウォーターカッターに亀裂が入り、そのまま砕け散ってしまった。
「あー、無駄ですよ、もうそれの解析は終わってますから」
「そう、だったら──」
アーニャはグールドに向かい走りだした。
(武器が効かないなら直接叩くだけ)
自分に対し素早く距離を詰めるアーニャに対し、グールドは手元にあるコントローラーをいじくる。
すると突如アーニャの目の前の地面が盛り上がり、タイル張りの床を突き破って巨大な可愛らしい熊のぬいぐるみが飛び出した。
突然出てきた自分の5倍はあろうそのぬいぐるみからすかさず距離をとるアーニャ。
「どうですか? これが殺戮兵器ベアーベアー3号です!」
楽しそうにグールドはそう言うと手元のコントローラーのボタンの一つを押す。
すると熊の腹が裂け、中から綿ではなく大量のメスが姿を現した。
「!?」
アーニャはすぐに目の前に鋼鉄の壁を転送した。
それとほぼ同時に熊から大量のメスが弾丸のようにアーニャに向かって放たれるが、メスは間一髪のところで鋼鉄の壁に阻まれ、アーニャには届かなかった。
「ならこれはどうですかー?」
熊はそのままガシャンガシャンとロボットの様にぎこちなく動き出し、それは徐々に速度を上げてアーニャの出した鋼鉄の壁へと突進した。
その衝撃で壁は砕け散り、破片が辺りへ飛び散る。
壁が無くなった事によって姿を現したはアーニャはこの時すでにある武器を構えていた。
それは共鳴吸収ブレード、使用者の能力を最大限まで引き出すその刀は居合のような形で巨大な熊のぬいぐるみに向け振り抜かれた。
熊の体はその刀により文字通り一刀両断される。
「あー!!! 私のベアーベアーが!!!」
アーニャは負担の大きい共鳴吸収ブレードの装置を切ると、そのままただの刀となった共鳴吸収ブレードを構え再びグールドに向かい走った。
「もう、そんな武器セオドアさんの時には使わなかったじゃないですかー!」
グールドの目の前まで迫ったアーニャは刀をグールドに向かって振り下ろした。
しかしその刀は地面から現れた茶色い巨大な腕によって阻まれる。
「ちっ」
アーニャは後に下がり、その巨大な腕の正体を確認した。
床から這い出すよう出てきたそれは先程破壊したはずの巨大な熊であった。
「なるべく傷は付けたくないんですけど仕方ありませんね、足の一本くらいは許容範囲ってことにしときましょうか、全軍出撃でーす」
その掛け声と共に地面から次々と現れる巨大な熊たち。
その数は全部で7体。
「忠告しておくとベアーベアーの内蔵兵器はそれぞれ違うので気を付けてくださいね」
(冗談じゃないわよ……)
7体の巨大な熊は一斉にアーニャに襲いかかる。
腕をドリルに変える者、巨大な牙を生やす者、体の至るとこをから刃物を突き立てる者、様々な形をした熊を相手にアーニャは再び共鳴吸収ブレードを起動させた。
「さてと、それじゃあ私は実験の準備でもして待ちますか」
グールドは熊と戦うアーニャを背に床のタイルの一つに手を触れた。
するとそのタイルの周りが不自然に盛り上がり、そこから手術台のようなベッドが姿を現した。
その手術台の周りに地下から持ってきた機材を慣れた手付きで設置するグールド。
背後ではアーニャが巨大な熊を相手に立ち回っているが、グールドはそちらを特に気にすることなく作業を進める。
「せっかくの新鮮な被験体ですからねー、最初はなるべく肉体に負荷をかけないような実験にしたいところですが」
アーニャに対しどんな実験をしようか悩んでいるグールドはちらりとアーニャの様子を伺ってみる。
そこにはすでに3体の熊を斬り伏せたアーニャが4体目にトドメを刺すところであった。
「うーむ、予想よりも遥かに強いですね、早く準備を整えないと」
共鳴吸収ブレードが引き出すアーニャの力は次元切断、元々別次元を切り裂いて物を出し入れするアーニャの力を物体に作用させるのが共鳴吸収ブレードの力である。
しかしそれは諸刃の剣、力を最大限まで引き出すということはすなわち能力を一時的に暴走させているということであり、ここぞという時にだけ共鳴吸収ブレードの力を開放して戦っているアーニャであったが体にかかる負荷は計り知れないものであった。
「残り……1体!!!」
自身の身体能力と共鳴吸収ブレードを使い最後の1体を真っ二つに切り裂くアーニャ。
グールドの作り出した殺戮兵器ベアーベアーはその残骸を残し全滅した。
「ハァ……ハァ……」
なんとか危機を脱したアーニャの顔からは血の気が引き、唇は紫色に変色し、明らかに無理をしているのが見て取れる。
アーニャはなんとか力を振り絞り能力を発動させ、そこから薬の入った小瓶を取り出した。
そしてその蓋を開けると缶ジュースでも飲むかのようにその小瓶に入った薬を次々と口の中に放り込む。
バリバリと薬を噛み、グールドに視線を向けるアーニャ。
その顔はすでに血色を取り戻し、息の乱れもなくなっていた。
「あーらら、無理しすぎじゃありませんか? その薬どうやら能力の負荷を軽減するものみたいですけど飲み過ぎは体に毒だと思いますよ?」
「人の心配してる暇なんてないんじゃないかしら?」
グールドに向け再び走りだすアーニャ。
しかしグールドはヘラヘラと笑いながら立ち上がるとこう言い放った。
「心配もしますよ、だって君は私の大事な大事な実験材料ですからね」
途端に目の前が霞み、アーニャは頭から滑りこむように転んでしまう。
「な、なんで……」
「麻痺毒ですよ、私のベアーベアーの武器にはそれぞれ麻痺毒が塗られているので攻撃を掠っただけでもアウトってわけです。さぁてと、準備も整いましたし実験開始と行きましょうか」
グールドはアーニャの元に近づき髪を掴むとそのまま体を引きずり手術台の傍まで運んだ。
そしてアーニャを手術台に乗せると紫色の液体が入った注射器をその腕に突き刺す。
「な……にを……する……つも……り……」
「ウヒヒヒヒ、安心してください、肉体の解剖をする前にまずは君の精神で実験を始めますので」
紫色の液体がアーニャに全て注入されるとアーニャの意識は朦朧とし始め、やがて深い眠りへとついた。
「この薬は心的外傷催促剤といいましてね、まぁ簡単にいえば過去のトラウマを発症させる薬ですよ、君の辛い思い出、それを知ってからそれに合わした方法で君の脳をめちゃくちゃにしてあげます、ってもう聞いてないですね。さてさてどんな面白いものが見れるかなー」
グールドはアーニャの頭とモニターに電極を繋げれると、そこに映し出される映像を興味津々に見始めた。
それはアーニャの過去、10年前のロシアのある小さな町で起こった悲劇の映像──




