18-1 異空間侵食
【18:28 都市エリア とあるビルの地下】
「ふふふーん、たーのしいなー」
長い髪を後ろで一つに束ね、白衣に身を包んだ女、グールド・S・ディファイケイドは楽しそうに作業をしていた。
ビルの地下にある一室、真ん中には手術台が置かれ、その上には巨大なライトが2つ、周りには心電図や血圧モニターなどが置かれ、その場所はまさに病院にある手術室であった。
「次はどうしようかなぁ、あんまりいじくって死なれても大変ですからねぇ」
グールドは手術台の横に置かれる機材に目を向ける。
そこにはメスを始め、ノコギリ、金槌、ペンチ、電気ドリル、そして液体の入った試験官がいくつも置かれており、グールドはそのどれを手に取ろうか迷っている様子だった。
「ねぇねぇ、君は次どれで遊びたいですか?」
グールドは手術台に乗せられた女に話しかけた。
「も、もう殺して……お願いします……」
「駄目ですよー、もう君しか残ってないんですからー」
涙ながらに自分を殺してくれと訴える女に愉快にそう言うグールド。
「あ、良いこと思いつきました、もう君の内臓半分ほど出ちゃってますし、私が自作した能力向上効果のある内臓に移し替えちゃいましょう!」
「ひっ、や、やだぁ……」
「ちゃんと麻酔しますから安心してくださいって、もちろん実験中の感情の変化も見たいので意識はそのままですけど」
グールドは注射器を取り出すと、試験官の一つから液体を吸い出し、それを女の腕に打つ。
「さーてと、私の自作の内臓はどれか使いましょうかねぇ、やっぱりもうすでに出ちゃってる大腸からですかね」
グールドが内臓の保管してある冷凍庫を開けて、自分で作った能力向上作用の内臓を探している時だった、部屋にある唯一のドアが開く。
「まだここにいたか」
「あ、ああクライムさん! ど、どうしたんですかこんなところに?」
「レイからの連絡だ、セオドアを殺った奴等の仲間の一人がここに向かってきてるそうだ、そいつをお前にやる」
「ほ、本当ですか!? やったー! あっ、でもレイさんは戦わなくていいんですか?」
「ECSの小娘には興味が無いそうだ」
「なるほど……これで新鮮な実験材料が……ウヒヒヒ」
「場所はそこら中を監視してるお前なら分かるだろ、後は任したぞ」
そう言い残しクライムは地下の部屋から出て行った。
残されたグールドはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら外に出る準備を始めた。
「さーて、どれで遊ぼうかなぁ」
その様子を見て実験台に横たわる女、ロゼ・モルフェスはもしから自分は助かるかもしれない、そう思った。
グールドに囚われたのは昨夜、森エリアで仲間を失い必死の思いで都市エリアに逃げ込んできた直後の事であった。
捕らわれてからはグールドによる実験と称した拷問のような時間。
「よーし決めた、これで行こっと、あっ、そういえば忘れてた」
意気揚々と荷物を持ち、扉を開けようとしたグールドは忘れ物をしたかのような気軽さでロゼの元へと帰ってきた。
「すみませんすみません、もう君は開放してあげますね」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
地獄のような時間の終わり、それにロゼは涙した。
(これで終わるんだ……)
グールドは手術台横の金槌を握ると、それをロゼの頭へと思い切り振り下ろした。
金槌はロゼの頭を砕き、その肉片は部屋中に飛び散る。
「おーわりっと、それじゃ行きましょうかね」
グールドは血塗れの金槌を適当に投げ捨てると、扉を開け階段を昇っていった。
獲物は新鮮な実験材料、アンナ・エヴァン・イリイーチ。
十字架を背負う者達が拠点とするビルに近付くアーニャに狙いを定め、グールド・S・ディファイケイドは動き出す。
◇
ゲームが行われる天国、この世界にも夜が近づいていた。
日が沈み、歩道に設置されている街頭が明かりをつけ始めた頃、アーニャは一人都市の中を歩いていた。
目指すはジャンが最後に自分に伝えてくれたとあるビル、そのビルの特徴は周りにある高層ビルよりも遥かに高く、最上階に球体状のドームがあることである。
それは遠くからでも目立つほどであり、実際にそのビルから遠く離れたアーニャの目にもそのビルは映っていた。
(あと少し、あと少しであいつのいる場所に……)
レイノート・ブラッティ、十字架を背負う者達の幹部の一人であるが、その情報の少なさからECSによって階級分けはされておらず、推定A級とだけ言われていた。
アーニャ自身もアレックスから話を聞くまではレイの名前さえ知らず、知っていたのは十字架を背負う者達の幹部がこのゲームに参加することと、その幹部の中に復讐相手がいたことくらいであった。
レイのいるとされるビルとの距離が縮まるにつれてアーニャの心の奥底に眠る醜い部分が表に出始める。
それは両親を殺された時に感じた殺意、それが10年近く立った今に蘇ってくるような感覚であった。
あと30分ほど歩けば目的の場所へ着くだろうか、そんなことをアーニャが思った時であった。
周囲の僅かな変化にアーニャは気が付いた。
「歪み……?」
それは空間の歪みであった。
次元干渉系能力、異なる次元に干渉することができるその能力は別次元から物を出し入れすることや、別次元を通り瞬間移動のように一瞬で他の場所へ移動する能力などがある。
それらの能力を使う際に必ず生じるのが空間の歪み、まるで空気に亀裂が入ったようなその歪みは次元干渉系の能力が使用されたことを意味するものである。
(私は能力を使ってない、ということはつまり──)
誰かがここで次元干渉能力を使用した、もしくは使用しているということに他ならない。
アーニャはすぐにウォーターカッターを取り出し、何者かの襲撃に備える。
(このタイミングでこの歪み、考えられるとしたら……)
アーニャはある女の名前を思い浮かべた。
次元干渉能力を持つ十字架を背負う者達の幹部の一人を。
次の瞬間アーニャを囲む景色はグニャリと曲がり、全く別の空間へと変わっていく。
その変化に抗うことは出来ず、辺りあったビルは全て消え、コンクリートで舗装されていた道路はタイル張りの床へと変わっていく。
空間の変化が終わると都会の街並みは消え去り、タイル張りの床が延々と続く薄暗い場所へと変わっていた。
「出てきなさい、あなたなんでしょ? グールド・S・ディファイケイド」
アーニャの呼び掛けに答えるように、突如薄暗かったその場所が光に包まれる。
光を放ったのはアーニャの頭上に現れた巨大な無数のライト。
辺りの景色がハッキリと見えるようになると、先程まで見えなかったアーニャの先に、白衣を着た女が立っていた。
「あら、こっちのことは調べ済みってことですかね?」
「知ってるでしょ? あなたECSじゃ結構有名人よ」
「それはいい意味でですかね? 例えば天才科学者とか」
「外道なクソ科学者としてよ」
「ひどいですねー、可愛い顔してそんな汚い言葉吐くものじゃありませんよ」
その女、グールドの今まで行ってきた事は一言で言うなら残虐無慈悲。
実験と称してさらった人間の数は千を越えるとされ、グールドにさらわれた人間の多くは帰ってくる事はない。
例え帰ってきた人間がいても、その人間が五体満足であるこはなく、精神的にも壊れてしまっている者がほとんどであった。
「それで私に何の用かしら、先を急いでいるからあなたなんかに構ってる余裕はないのだけれど」
「そんな邪険にしないで下さいよECSの便利屋さん、少しくらい私の実験に付き合ってくれてもいいじゃありませんか」
「分かってはいたけど話すだけ無駄みたいね」
これ以上の問答は無意味と判断し、アーニャはウォーターカッターをグールドへと向けた。
「それは私に付き合ってくれるってことでいいみたいですね、それじゃあ始めましょうか、楽しい楽しい人体実験を」




