16-4 悪魔信仰
バアルの能力についてアーニャはある程度のことまでは把握していた。
相手の能力をコピーすることと相手の記憶を利用して自分に反映することや、自分自身を現実に反映させて分身体のようなものを作ること。
そしてコピーできる能力は一つだけということ。
これらは全てECSで調べがついているものであった。
倉庫で自身のウォーターカッターによる攻撃が消されたこととジャンの放った銃弾が空中で止まったこと、それらを見てアーニャはバアルが睦沢 亮の念動力をコピーしたのだというところまで察しはついていた。
それはつまり自分の攻撃のほとんどはバアルに届く前に消滅してしまうことだと確信できる。
(遠距離攻撃が効かないなら近距離でなんとかするしかないわね……)
アーニャはバアルに対しウォーターカッターを連射する。
もちろんそれはバアルの念動力によって吹き飛ばされるが、アーニャはその飛び散った水でバアルの視界が一瞬隠れる隙を狙い素早くバアルの真横へと滑りこんだ。
そしてそのままバアルの顔を目掛け拳を振りぬく。
しかしバアルはそんなアーニャの拳を軽々と避けると、逆に強烈な蹴りでアーニャの小さな体を吹き飛ばした。
「ぐふッ!?」
吹き飛ばされたアーニャはビルの壁にぶつかり、そのままその場に横たわる。
「まさかお前俺様がただの能力頼みの能力者だと思ってねぇかぁ?」
バアルは近くの車を念動力で持ち上げるとそのままそれをアーニャに向け放った。
アーニャはまだ呼吸の整わない体を必死に動かし、その車を避けるように横に飛ぶ。
車はビルの壁にぶつかるとそのまま爆発し、アーニャの体をその衝撃でさらに吹き飛ばした。
吹き飛ばされたアーニャはそのまま地面に体を強く打ち付け、苦しそうな呻き声を発した。
「それによぉ、そんなボロボロの体で何ができるってんだ? 少し記憶を覗かしてもらったがよ、あの共鳴吸収ブレードとかももう使う力残ってねぇんだろ?」
「勝手に……人の頭の中……覗かないでくれるかしら……」
地面に横たわりながら途切れ途切れに喋るアーニャに対しバアルはつまらなそうに鉄の槍を向けた。
「終いだな、せめて万全の時に戦いたかったもんだぜ、まぁそれでも相手にならないけどな」
バアルがその槍を振り下ろそうとした時だった。
バアルは得体の知れない恐怖を突如感じ、すぐさま振り返る。
そこにはコンクリートで作られた紐によって身動きの取れないはずの雅史がいるだけであった。
「なんだぁ……今のは……」
「や……めろ……」
雅史が小さく呟く。
「あぁ?」
「アーニャを……傷つけるな……」
普通なら耳を貸す必要もないただの言葉、しかしバアルは雅史から目を離せずにいた。
それは雅史の右腕の傷、自分がつけたその傷から黒い何かが溢れだしていたからだ。
「ほう、なるほどなぁ……」
バアルはそれを見るとニヤリとほくそ笑み、倒れるアーニャに向かって鉄の槍を振り下ろした。
槍はアーニャの右手の甲を貫通して地面へと突き刺さった。
「あ、ぐっ……」
アーニャはその痛みを声を押し殺すように耐える。
「ほらほら、早くその力覚醒させねぇとこの女殺しちまうぞぉ?」
バアルは左手に突き刺さる鉄の槍を引き抜くと、次はその槍をアーニャの右足へと突き刺した。
左手同様にアーニャの太ももを貫通して刺さる槍。
痛みに耐え切れなくなったアーニャの叫びが辺りに響く。
その叫びを霞む意識の中で雅史は確かに聞いていた。
アーニャを守り抜く、そしてアーニャの目的を果たす、それが雅史が今目指すことであり、このゲームで戦う理由。
そのアーニャが目の前で今まさに殺されそうになっている状況、だがしかし自分の力では何も出来ない、そんな悔しさが雅史の感情を支配する。
力が、力が欲しい、大事な人を守る力が欲しい、例えそれが間違った力であっても。
それが雅史が今求める唯一の願いだった。
雅史の右腕の傷から溢れる黒い何か、それはバアルに見せられた自分の夢に出てきた闇と同じ色をしていた。
希望、、約束、力、命、記憶、アーニャ、守る、目的、願い、様々な言葉が雅史の頭に浮かび、そしてそれらが闇に飲まれていく。
雅史の視界は徐々に薄れ、それに合わせるように闇は雅史の右腕を包んでいく。
『この先ずっとおれが守ってやるよ!』
夢に出てきた男の子の言葉が頭に響く。
そして雅史は悟った、あれは自分だったのだと。
覚醒。
それは周辺に凄まじい衝撃を起こした。
雅史の手脚を拘束していたコンクリートの紐は粉々に吹き飛び、雅史のいる場所を中心に地面は陥没し、ビルにはヒビが入り窓ガラスが砕け散る。
砕け散ったガラスは雅史に雨のように降り注ぐが、それらは雅史を取り巻く闇に呑まれるように消えていく。
自由になった雅史、その右腕は人間の物とは思えないほど異形の形をしていた。
真っ黒に変色した腕、その腕からは角のような突起物がいくつも生え、指はそれぞれが巨大な針の様に尖り、それら全ては黒く染まっている。
その腕はまさに──
「悪魔の腕……」
それはバアルが望む力、まさしく悪魔の力であった。
バアルは自分が長年求めていた力を目の前にして歓喜の声を上げる。
「ヒャヒャヒャヒャ!!! これだ! これだよ俺様が求めていたのは!!!」
バアルは倒れるアーニャに目もくれず、雅史に向かい自身の能力を発動させる。
先ほどは表面上しか理解できずにいた雅史の能力、その力の全てを理解するために能力を使ったバアルはその力の本当の力を知り、そして恐怖した。
それは自分が想像していたものよりも遥かに強大な力、醜悪であり、凶悪であり、絶望を司る力。
「そうだ、この恐怖こそ俺様の力に相応しい……ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
バアルは迷わず雅史に向かって突っ込んだ。
それはもちろん自分にその力を反映させるためである。
そもそもバアル・ゼブルという男は最初はただの普通の人間であった。
普通の家庭に生まれ、普通の教育をされ、普通に学校に行き、普通に日々を過ごしていた。
彼が変わったのは17歳の時、彼はある協会で本物の悪魔の力を見たのだ。
悪魔祓い、それは悪魔に憑かれた人間の悪魔を払う儀式。
彼が興味本位で覗いたその日行われた悪魔祓いは結果から言えば失敗した。
悪魔祓いを行なった神父、その助手、そしてそれを見に来た信徒達、その全てが惨殺されたのだ。
一人の青年を除いて。
青年はその絶望的なまでの悪魔の力に魅せられ、いつしかその力を自分の物にしたいと考えた。
それから青年は自らを第一級悪魔であるバアル・ゼブルと名乗り、その時に覚醒した能力を使って徐々に信徒を増やしていった。
なぜ悪魔の力に魅せられたのか、それは自分だけが悪魔に殺されなかったことに起因する。
バアルは悪魔に認められたのだと思った、何もなかった自分の人生、そんな人生に現れた絶望的なまでの強大な力、その力の持ち主に自分は選ばれ、そして能力を授かったのだと。
「あの時と同じだ!!! その力は俺様のものだァ!!!」
バアルは雅史の頭を掴むと、最初と同じ要領で雅史の中へと意識を移した。
そこには先程同様に巨大な扉があった。
違うのはその扉が開いていることである。
バアルは迷わずその扉の中へと足を進め、能力の核へと向かった。
「俺様はこの力を持つことを認められたんだ……俺様こそがこの力を持つのに相応しいんだ……」
闇の中を歩くバアルはやがて暗闇の中に光る何かを見つけた。
「あれが悪魔の力の核……」
バアルはそれに近付き、その正体を見る。
それはバアルの想像とはかけ離れた物であった。
暗闇の中に光るもの、それはある映像であった。
まるで映画のスクリーンのように映しだされる映像の中には幼い女の子と男の子が楽しそうに公園で遊んでいる。
しばらくその場面が流れると次に映ったのは少女の姿であった。
それは雅史が今まで見てきたであろうアーニャの姿。
「なんだこれ……こんなものが悪魔の力の核だってのか……」
あまりに拍子抜けの光景に気が抜けるバアルだったが、その映像を自分へと反映し始めた。
(まぁいい、これで俺様も──)
映像を自分へと反映し始めた時、それは起こった。
激痛、突然の痛みにバアルは意識を現実へと戻す。
自分の右腕を確認したバアルはその状況に思わず叫んだ。
「ぐあ、あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
バアルの右腕は内側から破裂したように裂け、そこから大量の血が噴き出していたのだ。
「なんだよこりゃあ! ざけんじゃねぇ!!!!」
自らの右腕を抑えのた打ち回るバアルを見下ろすように、雅史はその光景を無表情で見ていた。
「俺様の……俺様の力だ……選ばれたんだ、俺様は悪魔に選ばれた人間なんだよ!!!」
雅史に向かって叫ぶバアル。
そんなバアルに対し雅史は悪魔の腕となった右腕を振り上げた。
「そうかい」
雅史は振り上げた腕をバアルに向かい振り下ろした。
雅史の腕に合わせるように歪む空間、それはアーニャが使用した共鳴吸収ブレードで次元切り裂いた時に酷似していた。
鋭く尖った爪、それはバアルの体を引き裂き、周囲の地面にまでその爪痕を深く刻み込んだ。




