16-3 記憶の中で微笑む少女
バアルが雅史の能力を理解して最初に感じたのは歓喜であった。
今までバアルが求めていた力、それがそこにはあったのだ。
「ヒャヒャヒャ、オリビアの言う通りだぜ」
「何の……話だ?」
雅史は先程から全く動く様子のないバアルを警戒しつつ尋ねた。
「ああ、そうかそうか、お前は知らないんだったよな? 自分の能力も自分の過去のこともよ」
「お前……俺のこと何か知ってんのか?」
「知ってるっつーか今知ったって言った方が正しいかもなぁ、まぁなにはともあれこれだけの力反映するにゃあちっと時間かかりそうだ、お前少しおとなしくしてな」
バアルがそう言うと雅史の足元の地面が突如盛り上がり、コンクリートの道路の一部が一本の紐のように動き出して雅史の足に絡みつく。
雅史はそれをなんとか外そうとするがそのコンクリートの紐はビクともしない。
「くそっ! 外せ!!!」
「安心しろ、用件が済んだら自由にしてやるからよ」
バアルは雅史に近づくと、自分の手を雅史の頭に置き、雅史の記憶や能力をさらに理解し始めた。
雅史も抵抗しようと拳をバアルに振り上げるが、その腕は新たに地面から作り出した紐によって絡め取られる。
「ははぁ、なるほどなぁ」
雅史はからすればバアルのしている行動は全く理解のできないものであった。
(こいつ一体何がしてぇんだ……)
「おいおいおい、こりゃマジかよ、ヒャヒャヒャ、お前相当運が悪いみたいだな」
「何言ってんだ……」
「そうだな、ただでこの力貰うってもあれだ、お前にも俺が見てるお前自身の記憶少しだけ反映させてやるよ」
「記憶? 反映?」
「いいからいいから」
バアルはそう言うと自らの能力で雅史の過去の映像を雅史自身の脳へ反映させた。
すると雅史の目の前にはある光景が広がった。
そこは夢で見た公園であった。
「これは……」
夕日に照らされた公園には一人ブランコに座る幼い少女の姿があった。
少女はつまらなそうに公園の遊具で遊ぶ他の子供たちをじっと眺めている。
暫くすると公園には子供たちの母親がやって来て、次々と子供たちは公園から出て行く。
そんな光景をただ眺めるだけの少女、気付けば公園には少女一人だけになっていた。
少女は言った。
「友達が欲しい」
小さく、消え入りそうな声で呟く。
「わたしと遊んでくれる、わたしを守ってくれる、わたしを助けてくれる、友達が欲しい」
「分かった」
少女の声に反応するように何者かが返事をする。
それと同時に突如公園は闇に染まった。
闇は少女を中心に広がり、公園の遊具を包んでいく。
そしてその闇が公園全てに広がると、声の主はもう一度言葉を発した。
「本当にいいんだな?」
少女はただコクンと頷いた。
すると闇は少女の隣のブランコへと収束するように集まっていき、やがて人の形を作り出した。
その闇で作られた人形は徐々に色をつけ始め、やがて一人の男の子へと変わった。
「あなたは?」
少女はその男の子に尋ねる。
「おれは君の友達だよ」
男の子は笑顔で少女に言った。
「友達……」
「そう、おれはのぞみの友達さ!」
少女はそれを聞くとさっきまでの暗い表情を明るくし、男の子の手を引いて公園で遊びはじめた。
すべり台に鉄棒、ジャングルジムに砂場、色々な物で遊ぶ2人の子供。
ふと少女が呟いた。
「ずーっといっしょにいようね!」
「おう! この先ずっとおれが守ってやるよ!」
希望はとても嬉しそうに笑っていた。
ズキンと頭に走った痛みによって雅史は目を覚ました。
目の前には相変わらずバアルが自分の頭に手を乗せて何かをしている。
「一体……今俺に何をした……?」
「何ってただお前の中にある記憶を少しだけ見せてやっただけさ」
「俺の記憶……だと? 俺は今の光景に覚えはねぇぞ……」
「んなもん知るかよ、俺様はただお前の脳みそン中にある映像を引っ張りだしただけなんだからよ」
(あれが俺の……)
雅史は今見た光景と最近自分が毎晩のように見ていた夢、そしてのぞみという女の子について考えた。
公園も女の子についても自分にとっては全く身に覚えがない、それどころか今見た光景の男の子がもし仮に自分だというなら一体自分は何者なのか、雅史は考えれば考えるほど分からなくなっていく。
(いやでもあれが俺の記憶なら……俺はあの2人とは別の第三者だったことになるのか……?)
まるで自分が自分ではないような気味の悪い感覚を雅史は覚えた。
一方のバアルは雅史の記憶を大方理解し終えると、雅史の能力の理解を始めた。
バアルの意識は今雅史の脳の中にあり、そのバアルの目の前には扉のような物がある。
「ははん、この中に能力の核があるってわけか……」
バアルは扉に手を掛け、そこを開けようと力を入れた。
しかし扉は開くどころかビクともしない。
「どういうことだ……」
バアルは全く動く気配のない扉の前で考えた。
自分の力で相手の能力を理解し自分に反映するのに不可能はない。
例外があるとすれば相手が強大な力を持つ場合のみだが、それも相手の体に直接触れることにより可能となる。
雅史の能力はバアルがその能力の表面を理解しただけでも今まで自分が求めていた能力であり、雅史の体に直接触れることによりその力は自分へと反映させられるはずであった。
しかし現実にはその能力の核に手は届かず、能力の全てを理解することができない。
「……なるほどな、俺様より先にこいつの能力にすでに干渉してる奴がいるってことか……」
それがバアルが出した結論だった。
自分よりも先に雅史の能力に対し何かしらの干渉を行い、他者からの干渉をできないようにしている、そうとしか考えられなかった。
バアルは雅史の頭から手を離すと少し考えこみ、一つの結論に達した。
「なぁ、確かオリビアの話じゃお前前に一度自分の能力で敵を殺したんだったよな? だったら今ここでその能力なんとか使えねぇのか?」
「さぁな……」
「まぁそうだよな、確かその時の記憶もねぇんだったもんな」
バアルの言う自分の能力で敵を殺したというのは恐らく2日目にグローリアの部下であるマールに襲われた時のことを言っているのだと雅史は感づいた。
確かにあの時は気付けば辺りは血の海だった、しかしバアルの言う通りで雅史にその時の記憶はない。
「だがよぉ、俺様の能力でお前の能力を理解できない以上はお前自身が俺様に直接能力を見せるしか方法がねぇんだわ、なんとかできないもんかねぇ」
「んなこと言われたってどうもできねぇよ、用件が終わったんならさっさとこれを外せ」
「そうかい、それじゃ仕方ねぇな」
バアルは近くに散らばっている車道の欠片を1つ手にすると、それを動けない雅史の右腕に向かって突き刺した。
「がっ!?」
今まで感じたことのないような痛みが雅史を襲う。
バアルはその突き刺した破片をネジを回すかのようにグリグリと動かし、右腕の傷を広げた。
「が、がぁ、あああぁぁぁ」
「どうだい痛いだろ? 早く能力使わないと死んじゃうかもよ?」
雅史は苦痛の表情を浮かべながら叫ぶ。
しかしバアルはそんな雅史に破片をもう1つ拾うと今度は左腕にそれを刺した。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!?」
「んー、能力の覚醒ってのは結構痛みから起きることが多いんだけどなぁ、これくらいじゃ駄目なのか?」
バアルは痛みを与えても特に変わる様子のない雅史を見て今度は念動力で車道の脇に立っている標識を鉄パイプごと地面から抜いた。
そしてその鉄の部分を念動力で捻り先端を尖らせ、槍のようなものを作った。
「これで腹でも刺しゃ嫌でも覚醒すんだろ」
雅史の腹部に狙いを定め、鉄の槍をそこに向け放とうとした時だった。
バアルは後ろを振り向き、念動力で自分に飛んできた水の刃を無力化する。
「いいとこだってのに邪魔すんじゃねぇぞくそアマがぁ」
「どうやらまだあの馬鹿は無事みたいね……」
アーニャは雅史の姿を確認すると一先ず胸を撫で下ろした。
そんなアーニャに気付いた雅史はアーニャに向かって大声で叫ぶ。
「俺のことはいい!!! お前は早く逃げろ!!!」
「何言ってんのよ、そんなこと言う暇があるならそこからなんとか脱出しなさい、私の役に立ちたいんでしょ?」
雅史をからかうようにそう言うアーニャ。
しかし口では平気そうでもこの時アーニャの体にはすでに限界が迫っていた。
共鳴吸収ブレードを使ったことにより、本来ならいつ倒れてもおかしくないほどの疲労、それを隠すようにアーニャはバアルに向けウォーターカッターを構える。
「さぁ来なさいよ教祖様」
「いいぜぇ、さっさと殺してやるよ」
バアルの言葉を合図にと2人は互い向かって同時に走りだした。




