16-1 倉庫の戦い
バアルは倉庫にあるコンテナの一つを念動力で持ち上げるとそれをそのまま3人に向け落とした。
3人はそれぞれそのコンテナを回避し、すぐに体勢を立て直す。
「アーニャ! ジャン! 俺はバアルを連れてここから離れる! 後の2人は頼んだ!!!」
雅史はそう叫ぶと真っ直ぐ出口へと走った。
その雅史を追うようにバアルも出口へと向かう。
「ヒャヒャヒャ! 逃さねぇぜぇ!!!」
そのバアルの後に続くオリビアとコーコ。
しかし二人は目の前に現れたアーニャとジャンによって道を塞がれた。
「あなたの相手は私よ」
アーニャは矢を放とうとするコーコに対しすぐさま距離を縮め弓を持つコーコに蹴りを入れた。
アーニャの蹴りを弓で防ぐコーコだったが、その衝撃で少し後ろに飛ばされる。
「やっぱアーニャは強いねー!」
オリビアは懐から取り出した銃をアーニャに向けるが、すぐにそれをやめ後ろに身を引いた。
それとほぼ同時に銃弾がオリビアの頬を掠める。
「……へぇ、わたしの相手はあなたがしてくれるってわけ?」
頬から流れる血を舌で舐めながらオリビアは自分に向け発砲してきたジャンへと顔を向ける。
「あぁ、しっかり殺してやるよ」
一方倉庫から外に出た雅史は後ろに目をやった。
そこには不気味に笑いながら自分を追いかけてくるバアルの姿があった。
(よし、これでいい……)
ここまでは雅史の読み通りであった。
あの中でもっとも厄介であろうA級のバアル・ゼブル、その男の目的が自分ならば、自分が逃げ出せばバアルもその後を追ってくると踏んだのである。
あの状況で何よりも最優先すべきはバアルを自分に引きつけること。
これでアーニャとジャンの生存確率は大幅に上がることとなった。
「後はこっからどうするかだな……」
雅史はある場所を目指し全力で走った。
普通に考えればA級であるバアルに敵うはずはない、バアルの能力こそ知らない雅史だったがそれだけは確信できた。
しかしそう思っているのは向こうも同じはずである。
相手の慢心を利用して倒したリアンの時を思い出し、雅史はひたすら走った。
倉庫から少し離れたビルの前まで走った雅史は後ろを振り向き、バアルを視界に捉えた。
バアルはようやく動きを止めた雅史に迷わず突っ込んでいく。
「どうした! さっさと俺を捕まえてみろよ!!!」
「ヒャヒャヒャ、言われなくてもそうさせてもらうぜぇ!!!」
(そうだ、そのまま来い……)
雅史とバアルの間の道、そこはコンクリートで固められた車道である。
普通に見れば何の変哲もないただの道。
しかし雅史が狙っていたのはその道にバアルをおびき寄せることである。
昨日、雅史はローゼンクロイツとメルルの捜索に向かう際に倉庫の周辺に罠を仕掛けるアーニャを手伝った。
アーニャの仕掛けた罠の種類は2種類。
1つは自動で作動する物体センサー、2つ目は手動で操作する迎撃用の罠である。
物体センサーはそこを通った人間を感知し、すぐにアーニャの持つ携帯のようなタブレットにその存在を知らせるもの、そして迎撃用の罠は手動で操作することによりその罠の近くにいる人間を殺すためのものである。
本来なら手動ではなく自動の迎撃用罠にするべきであったが、それだとアレックスの他の仲間が帰ってきた時にその罠に掛かってしまう可能性もあるためそれはできなかった。
雅史はバアルが車道の一部に擬態させてある迎撃用の罠、対能力者用地雷の作動装置のスイッチにポケットの中で指をかけた。
そしてバアルがその地雷の真上に来た瞬間、雅史はどのスイッチを押した。
それと同時にバアルの真下の車道は赤く光り、その光はバアルを閉じ込めるように円を描いて空高く伸びていく。
そしてその赤い光の円の中で地雷に仕込まれている爆薬が爆発した。
対能力者用地雷とは対象の動きを封じた上で起爆する地雷であり、強力な能力者であれば何かしらの能力でその爆発を避ける可能性もあるということを考慮したものであった。
光の中に閉じ込められた対象は爆発を避けることは出来ず、円の中で一瞬にして広がる炎はその人間の体を一瞬で燃やし尽くす。
爆発と同時に壊れたバアルを閉じ込めていた赤い光の円の欠片は辺りに飛び散り、雅史の前には爆炎が広がっている。
その光景を見ても雅史は勝利を確信してはいなかった。
「まぁだよな……」
普通の人間相手ならこれでお終いであろう、しかし相手は能力者、それもA級の能力者である。
煙が晴れ、それを見た雅史は驚きはしなかった。
そこには何食わぬ顔で立っている無傷のバアルがいた。
「いやぁびっくりしたぜ、こんな罠があるなんてオリビアからは聞いてなかったぜ」
バアルは服についた埃を片手で払うような動作をしながら平然と言った。
「さてと、んじゃまぁ追いかけっこは終わりだ、そろそろ俺様の目的を果たさせてもらうかねぇ」
バアルは自身の能力である相手の記憶や能力を理解する力を雅史に向け発動した。
◇
倉庫内ではアーニャとコーコが戦いを繰り広げていた。
「うざったいわねその弓!」
アーニャはコーコが放つ矢を交わしながら攻撃のタイミングを窺うが、コーコの弓を躱すのに精一杯で中々攻めきれずにいた。
(一体いくつあんのよあの矢は……このままじゃ埒が明かないわ)
アーニャは自身の能力であるものを目の前へと転送した。
それは幅三メートルほどの巨大な鉄の壁。
アーニャはその壁に一旦姿を隠すとウォーターカッターをしまい他の兵器を取り出した。
そして壁の後ろで少し息を整える。
(遠距離じゃあっちの方が上──)
次の行動をアーニャが考えようとした時だった、アーニャの目の前の鋼鉄の壁から突如矢が突き出してきた。
「!?」
それに気付きすぐさま矢を避けるアーニャだったが、安心しきっていたアーニャの反応は一歩遅れ、矢はアーニャの左肩を掠めた。
掠めた左肩からは血が流れ出し、アーニャの左腕を真っ赤に染める。
穴の空いた鋼鉄の壁の先に第二射を放とうとしているコーコを視認したアーニャは視界の悪い壁から離れ、第二射を躱した。
「ほんと厄介ね……能力は物体強化っていったところかしら……?」
そんなアーニャの問いかけに答えることもなく淡々と次の矢を構えるコーコ。
(まるで機械ね……)
アーニャは呼吸を整えるようにふぅと息を大きく吐くと新しく手にした武器を前に構えた。
それはまるで日本刀のような形をしたもので、日本刀と違うとこを挙げるならば柄の部分からコードのようなものが2本伸び、それがアーニャの右腕に螺旋状に絡みついていることである。
コーコはアーニャが新しい武器を構えたことに特に興味を示さず、さっきまで変わらない動きで矢を放った。
全てを貫通する矢、それはアーニャの頭を目掛け正確に飛んで行く。
しかしアーニャはそれを避けようともせずただ片手で刀を構えじっとその場に立っていた。
次の瞬間には矢がアーニャに届く、そんな距離まで矢が近づいた時、突如その矢は姿を消した。
姿を消したとは文字通り跡形もなく消えたのである。
そんな光景を目にしたコーコは僅かに表情を変え、第二射を放った。
しかしその矢もまたアーニャに届く前に姿を消した。
「行くわよ……」
アーニャはコーコがその不可思議な光景に動揺した隙を見逃さす、一気にコーコとの距離を詰めた。
反応が遅れたコーコは背中にある矢を一本ではなく5本取り出し、それをそのままアーニャに向け放った。
アーニャはそれを見て持っていた刀を目の前の何もない空間に向かって一振りする。
するとその5本の矢も先ほどまでと同様にその姿を消してしまった。
「これで終わりね」
コーコのすぐ目の前まで距離を縮めたアーニャはコーコに向かって居合のような動作でその刀を下から振り上げた。
刀はコーコの両腕を捕らえ、そのままコーコの両腕の関節あたりを矢と同様に消失させる。
途端にその腕からは血が吹き出し、コーコはバランスを崩し後ろに倒れた。
「な、なにが起きて……」
両腕を失ったコーコに為す術はなく、アーニャはコーコに向け刀を向けた。
「この刀の名前は共鳴吸収ブレード、使用者の能力を最大限まで引き出すことができる刀なのよ」
「そ、そっかぁ……すみません教祖様……私はここまでみたいです……」
両腕から流れる血は辺りを血の海に変え、コーコの声も段々と弱々しくなっていく。
「死ぬ前に一つ聞いておきたいんだけどどうしてあなたたちは雅史を狙うの? 何が目的なの?」
「あ、あぁ、教祖様……どうか……どうか悪魔の……力を……」
「悪魔の力……?」
「教祖……さ……ま……」
コーコはそのまま息絶え、心臓へと変わっていく。
「一体何のことを……」
コーコが最後に言っていた悪魔の力、それが一体どう雅史と関係してくるのかアーニャには検討もつかなかった。
しかしそれは雅史の能力に関係してくるのだということは容易に想像することができた。
「とりあえず今は──」
アーニャが刀にある起動装置を解除し、右腕に巻き付いたコードが柄の中へと収納された時だった。
突如アーニャは口から血を吐き、その場に片膝をついて胸を押さえつけた。
(やっぱり……そうそう使えるものじゃ……ないわねアレは……)
苦しそうに胸を抑えるアーニャは懐からビンを取り出すとそこに入っているカプセル状の薬を何錠か取り出し、それをそのまま口に含んだ。
乱れた息を整えながら口の血を拭うアーニャ。
(雅史、ジャン……悪いけどちょっとすぐには向かえそうにないわ……)




