15-3 招かれざる来訪者
【9:16 都市エリア 東部 倉庫】
アレックスとローゼンクロイツが森エリアへ向かって約1時間。
雅史とアーニャとジャンの3人はマルコスが倉庫内に描いた半径5メートルほどの円の中にいた。
雅史とアーニャはパイプ椅子に腰掛け、ジャンは奥から持ってきたベッドの上で体を寝かしている。
「ねぇ雅史、あなたにお願いがあるんだけどいいかしら?」
「なんだ?」
「今まで集めた心臓は全部私が持っているでしょ? それを全てあなたに預けておきたいの」
「お、おう」
アーニャの突然の提案に雅史は困惑したが、何か考えがあるのかと思いその提案を受け入れた。
雅史がアーニャの心臓の受け渡しに了承したことにより、アーニャの所持していた心臓が雅史の中へと移る。
アーニャの手を通して雅史の中に移動するその心臓の数は11個、グローリア戦やリアン戦で死んだ者達が元々所持していた物である。
受け渡しが終ると雅史はアーニャに尋ねた。
「でもどうして今更俺に心臓を?」
「別に大した理由はないわよ、それよりもこの円の中って狭いわね、もっとどうにかならないものかしら」
アーニャは話を逸らすようにマルコスに問いかける。
「すみません、これが俺の限界なんです……」
マルコスは少し申し訳なさそうにアーニャに謝った。
「あ、別にあなたを責めるつもりじゃなかったのよ、こちらこそ謝るわ」
「いぇ、そんな、すみません……」
浅黒い肌に引き締まった体をし、見るからに強そうな見た目のマルコスはやけに低姿勢な態度でもう一度アーニャに謝った。
「……そんなに謝らなくていいわよ」
「あ、はい、ほんとすみません」
マルコスの3度目の謝罪を聞きアーニャの頬がピクリと少し引きつった。
2人の会話を聞いていた雅史はアーニャが苛立ったのを感じ取り、話題を変えるようにマルコスに質問をした。
「マ、マルコスはどうしてこのゲームに? 性格的にあんまり戦いには向いてるように見えねぇけど」
「ですよね、俺もあまり自分が戦闘に向いてるとは思ってません、でもどうしても叶えたい願いがあったもので……」
「それって一体?」
「お金です、俺の家大家族なのにほんと貧乏で、ついこの間親父も死んじまって妹や弟守れんの俺しかいないんですよ、だからこのゲームに参加したんです、なんか大した理由じゃなくてすみません……」
「……いや、立派な願いだと思うぞ」
「そうですかね、そう言って貰えると嬉しいです」
「なら生き残って家族のとこ帰らねぇとな」
雅史は笑顔でマルコスにそう言った。
「まぁでも今俺が死んでもアレックスさんに協力する代わりに家族への支援をECSでしてもらうと約束できたので……」
「アホか、家族はお前を待ってるんだろ、ならお前が死んじゃだめだろ」
雅史は元の世界に自分を待つ家族がいるのが羨ましいと思った。
しかしすぐにそのことに疑問を感じた。
(あれ、なんで家族がいることを羨ましいと思ってんだ? 俺にも家族はいるはずなんだけどな……)
今だに顔を思い出すことの出来ない家族を思って雅史は疑問を抱いた。
自分には本当に家族などいたのだろうかと。
マルコスは雅史の言葉を聞き、感謝の言葉を述べようとした。
ただ一言ありがとうと、しかしその言葉は倉庫の壁を貫き、マルコスの後頭部を正確に射抜いた矢によってマルコスの意識ごと遮断された。
「え……?」
雅史の目の前には口から矢を生やしたマルコスが立っている。
その光景を雅史はただ呆然として見ていた。
あまりに突然の出来事、雅史が状況を認識するよりも早くアーニャとジャンが動いた。
「アーニャちゃん!!!」
「分かってるわよ!!!」
アーニャはすぐにジャンに拳銃を投げ渡し、自分はウォーターカッターを矢によって貫かれた倉庫の壁へ向けた。
それとほぼ同時に鋼板の倉庫の壁はパキパキと音を立て、紙を丸めるかのように壁の一部分だけがペンシャンコにされ剥がされる。
その先には2人の女と黒い服に身を包んだ男が立っていた。
そして2人の女の1人、それは3人がよく知る顔であった。
「オリ……ビア……?」
最初に口を開いたのは雅史だった。
オリビアはそんな雅史に笑顔でいった。
「やっほーみんな!」
「な、何が一体どうなって……」
突然の状況に混乱する雅史。
(なんでオリビアが……本当に裏切ったのか……いやそれよりもマルコスは死んだのか? なにが、なにがどうなって……)
「しっかりしなさい!!!」
考えのまとまらない雅史を正気に戻したのはアーニャだった。
「ア、アーニャ」
「今は迷ってる暇なんてないはずよ!!!」
アーニャはウォーターカッターを現れたバアル達へと放った。
水の刃は真っ直ぐ三人へと向かうが、途中で爆発するように刃を形作る水は崩れ辺りに飛び散った。
「ちっ、やっぱこんなんじゃ駄目そうね……」
「おいおいいきなり物騒じゃねぇかよぉ? 俺達は別に戦いに来たわけじゃないんだぜ」
倉庫の壁に空いた穴から中へと足を踏み入れた男、バアル・ゼブルは両手を広げアーニャ達へと問いかけた。
「よく言うわ……」
「ほんとだって、俺様はただあんたらと交渉をしにきたんだ」
バアルはそう言うと後ろにいるコーコに首でなにやら指示を出した。
コーコは両手に2人の人間の頭を掴んでおり、そのまま掴んでいる人間をアーニャ達の前へ無造作に投げはなった。
「アンドレ・オスト、エルキ・シュナイデン、ここに来る前に捕まえたんだがこいつらあんたらの仲間だろ?」
「アーニャ、あの2人もしかして……?」
ジャンがアーニャに話かける。
「ええ、アレックスの仲間の名前みたいね……」
「んん? なんか思ってた反応とちげぇな? なぁオリビア、この二人仲間じゃねぇのか?」
「んー、仲間といえば仲間ですけど顔を知ってるアレックスさんはいないみたいですしマルコスさんはさっき殺しちゃいましたからね」
「なるほどなぁ、まぁいいか、とりあえず交渉といこう」
確かにアンドレ・オストとエルキ・シュナイデンはアレックスの仲間である。
しかしオリビアの言う通りこの場に2人に直接面識のある人間はいなかった。
当初の予定ではアレックスを相手にこの2人を使って交渉しようと考えていたバアルだったが、アレックスはメルルの捜索のため森エリアへと行ってしまっている。
バアルは仕方なくアーニャ達へ交渉を持ちかけた。
「この2人の命、これが俺様の交渉材料だ、そんであんたらの差し出すものはそこの男」
そういってバアルが指を指したのは雅史だった。
「なっ……!?」
「悪い話じゃねぇだろ? 二つの命と一つの命だ」
「ちょっと待て、なんで俺なんだ……?」
「あぁ? んなもん何でもいいだろうが」
冷静さを取り戻しつつあった雅史はこの状況の分析に入っていた。
考えたくはないがオリビアが裏切ったことは確実、そしてオリビアの新しい仲間はバアルと言う男、その男の目的は自分であるということ、雅史はいかにこの窮地を脱出できるかを必死になって考えた。
「雅史、あの男の話にのる必要はないわ、隙を見てなんとか逃げるわよ」
アーニャが小声で雅史に囁く。
しかし雅史はアーニャの考えとは裏腹に、ある程度ここでバアルと会話をしておくべきだと判断した。
それが交渉に乗る乗らないに関わらずである。
「……いくつか質問いいか?」
「ああ、いいぜ」
「まずオリビアに聞きたい、お前本当に俺達を裏切ったのか……?」
オリビアは雅史の言葉に一瞬キョトンとした目をするとすぐに笑い始めた。
「アハハハハハ、ちょっと雅史くん、見れば分かるじゃん、それに裏切ったんじゃなくて最初っからわたしはバアル様の仲間なの! ほんと雅史くんてばお人好しー!」
「……そうか、もう一つ質問だ、睦沢を殺ったのはお前達か?」
その質問に一瞬場が静まり返る。
その沈黙を破ったのはオリビアだった。
「フフ……フフフ……あったりー! そうだよ、亮くんを殺したのはわたし!」
にこやかに、なんの悪びれた様子もなく笑顔でオリビアは答えた。
その回答と同時に倉庫に銃声の乾いた音が響き渡った。
「わー、びっくりした、突然やめてよジャン」
撃ったのはジャンだった。
ジャンが放った銃弾はオリビアの前で止まっている。
「オリビア……お前だけは絶対許さねぇ……」
「ほんとお人好しばっかりだね、そんなんだからわたしやリアンに騙されちゃうんだよ」
ジャンはそれを聞き我を忘れオリビアに飛び掛かかろうとした。
それを止めたのはアーニャだった。
「ジャン落ち着いて!! あなたらしくないわよ! 今あなたが死んだらあいつが浮かばれないだけよ」
「くそ……くそったれ!!!」
「さて、もう話し合いは終わりでいいよな? それじゃあ交渉再開といこうか」
バアル再び雅史に問いかけた。
「最後に一つだけ聞かせろ、俺が交渉に応じたらアーニャとジャンはどうなる?」
「あぁ? んなもん殺すに決まってんだろ」
何を言っているんだとばかりにバアルは平然と答えた。
雅史は目の前で倒れているアレックスの仲間という人間に目をやった。
2人とはアレックスから名前を聞いただけで面識は一切ない、しかし仲間であることもまた事実である。
自分の判断で救うことができるかもしれない命。
(俺って最低かもな……)
「さぁ、とっとと答えろよ?」
「決めたよ、答えはノーだ」
「ヒャヒャヒャ、だろうーな! 交渉決裂だ!!!」
コーコが放った矢が地面に倒れるアンドレとエルキの頭を貫くのと同時に血を啜る悪魔教祖、バアル・ゼブルとの戦いが始まった。




